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AI百景  作者: 古数母守
38/56

38.ペットの気持ち

 AIを使って動物の鳴き声を分析する研究が注目を集めていた。クジラの歌を解析している研究者の動画によるとクジラは何キロメートルも離れた相手とコミュニケーションを取っているということだった。それは警戒や注意や怒りを示すだけの鳴き声ではなくて、私たちが考えている以上に言語的なものということであり、動画を見た私はなんだか満たされた気分になっていた。その時、広告が入った。

「これであなたもペットの気持ちがわかるようになります。今なら、五十パーセントオフで購入できます。この動画を見た人だけの特別価格です」

広告はそう言っていた。気になったのでクリックすると製品の紹介ページに飛んだ。AIを使って動物の鳴き声を解析できるというシステムが紹介されていた。マイクとソフトウェアとスピーカーがセットになっている。けっこう小型だった。

<これを使うとシロと話せるのだろうか?>

私は思った。恋人もなく寂しい人生を送って来た。辛いこともたくさんあった。打ちひしがれて帰宅した時、シロはいつも尻尾を一生懸命に振って私を迎えてくれた。何度、励まされたことかわからない。このシステムさえあれば、シロともっと深いコミュニケーションが取れるようになるかもしれない。そう思うと居ても立っても居られなくなった。それなりの価格だったが、気が付けば購入ボタンを押していた。


 それから一週間してシステムが届いた。開封して電源を入れた。マイクをシロの方に向けた。シロは元気にワンワンと鳴いていた。

「散歩に行こうよ」

スピーカーから音声が聞こえた。朝夕の散歩は欠かさなかったが、シロはもっと歩きたいのかもしれなかった。気持ちを察した私はさっそくシロと散歩に出掛けた。外に出るとシロは元気にどんどん進んで行ったが、しばらくすると立ち止まった。どうしたのかと思うとプードルを散歩させている婦人がこちらに向かって来るのが見えた。そのプードルにシロが好意を抱いていることは、普段の様子からも察しられたが、本当はどう思っているのだろうかと思って、マイクをシロの方に向けてみた。

「ねえちゃん。いい身体してまんな」

スピーカーから音声が流れた。夫人が驚いた顔をしていた。いきなりそんな下品な言葉を吐きかけられるなんて信じられないという表情だった。

「違うんです」

私は必死に取り繕っていた。私じゃないんです。この犬が言っているんですと弁解したくなったが、益々立場を危うくしてしまうような気がした。

「今度、一発やらせろよ」

スピーカーからは無慈悲に音声が流れ続けた。こらえ切れなくなった私はシロを抱きかかえると一目散にその場を立ち去った。

「だめじゃないか? あんなふうに言っちゃ!」

私はシロに言い聞かせようとしたが、システムはペットの気持ちを解析してスピーカーに流すだけで、私の言葉を翻訳してシロに伝えてくれる訳ではなかった。


「そろそろメシの時間やな? はよ用意せいや」

帰宅してすぐにスピーカーから音声が流れた。こいつはいつもこんなふうに考えていたのか? そう思うとシロが憎らしくなって来た。だからと言って食事を与えない訳にはいかなかったので、私はドライタイプのドッグフードを皿に入れた。カラカラと乾いた音がした。

「なんや、またこれか? これやない! もっとええやつあるやろ?」

スピーカーからまた不快な音声が流れた。頭に来た私はシステムを床に叩きつけていた。システムは壊れてしまい、スピーカーからは何も聞こえなくなった。シロはいつものように尻尾を振りながら、私の方を見ていた。私を見るシロの瞳には私に対する強い信頼と深い愛情が含まれているような気がした。

「ごめんな」

私は思わずシロを抱きしめた。シロはいつまでも尻尾を振っていた。

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