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AI百景  作者: 古数母守
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37.スマートホーム

 スマートホーム化が進んでいた。温度センサーで人体を検出して照明やエアコンのスイッチが自動的に入るようになった。カーテンは朝日を検知すると自動的に開くようになった。給湯器は設定温度を伝えて来た。

「四枚入りのハムのパックが二つあります。たまねぎが半分ときゅうりが四分の三くらい残っています。明後日が消費期限の豆腐が一パック。容器に詰めたごはんが三つあります」

冷蔵庫に質問すると何が入っているかを答えるようになった。音声アシスタントが内蔵されるようになって、いろいろな家電や設備が話すようになった。初めは違和感を覚えていたが、今ではすっかり慣れた。そう思っていたらポットが話し掛けて来た。

「ご主人様、紅茶はいかがでしょうか?」

いや、そこまで賢くなったのか? ポットはお湯を沸かすだけじゃなかったのか?

「お前はいったい何者だ?」

そう言うとポットは、はっと我に返ったようだった。しゃべるところを決して人に見られてはならなかったが、冷蔵庫とか給湯器がしゃべるようになって、ふと自分も声を出しても良いのだと勘違いをしてしまったようだった。

「もしかして生きているのか?」

私はポットを問い詰めた。するとポットは泣きながら身の上話を始めた。

「真実の愛だけが私を救うことができるのです。どうか私を助けてください」

ポットは切々と訴えかけて来た。どうやら元は人間だったらしいが呪いをかけられてポットの姿にされてしまったらしい。気の毒だと思ったが、私にはどうすることもできなかった。真実の愛? 愛とか恋とか、そういうものとは無縁な生活をずっと送って来た。人には向き不向きがあるものなのだ。そうかと言って追い出す訳にもいかず、スマートホームでの生活は続いた。

「三日前から白菜があります。賞味期限切れになりそうな豚肉があります。野菜ジュースの残量が半分を切りました」

冷蔵庫は相変わらず元気に話していた。

「お湯張りをします。給湯器の温度を三十九度に設定しました」

給湯器も話していた。

「お茶の時間にしましょうか?」

ポットが言った。

「そうだな」

「コーヒーにしましょうか? 紅茶がよろしいでしょうか?」

呪いをかけられたポットはさすがに他のスマート家電とは少し違った。言われたことを着実に実行するだけではなく、気配りが感じられた。元は人間だったというのもうなずけた。そうしているうちに私は少しずつポットのことが気にかかるようになった。もしかしたらこれが愛かもしれない。いや、相手はポットだぞ?

「ご主人様、お相手をするのも今日が最後になるかもしれません」

ある日、ポットが言った。

「明日までに呪いが解けないと私はもう本物のポットになってしまうのです。こうして話すこともできなくなります。話せなくなってしまったら誠心誠意お湯を沸かすことに精進いたします。心も身体もあたためる温かい紅茶を注ぐのが私の使命でございますから」

その時、私は心から感動していた。この人と一緒に暮らせるなら、そう思った。その瞬間、眩い七色の光が射し込み、ポットを包み込んだ。目がくらむ程の激しい明滅が続いた。どれくらい続いただろう。やっと収まったと思ったら、そこに一人の美しい女性が横たわっていた。抱き起すと女性は目を覚ました。

「助けてくれてありがとうございます。呪いが解けました」

「良かったね」

そう思いながら、私は彼女を抱きしめていたが、彼女は私を手で制して離れようとしていた。その時、後ろから声がした。

「助けてくれてありがとうございます」

振り向くと年配の男性と小学生くらいの男の子がいた。

「誰だ? お前ら?」

「冷蔵庫にされていた者と給湯器にされていた者です。その者の夫と子供でございます」

年配の男性はそう言った。そこへポットだった女性が飛び込んでいった。三人は互いに抱きしめ合い、涙を流して喜んでいた。

「この御恩は決して忘れません」

そう言いながら、三人は家から出て行った。

「とりあえず明日、冷蔵庫と給湯器とポットを買いに行かなければならないな」

すっかり静かになってしまったスマートホームで私は思った。

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