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AI百景  作者: 古数母守
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30.慈善事業家

 彼は成功者だった。コンピュータービジネスで次々に成功を収め、莫大な富を築いた。特にAIに関する業績には素晴らしいものがあった。人間の能力を遥かに凌駕してしまう画期的なAIの開発に成功した。効率化、合理化を推進しようとしていたあらゆる企業がそのAIを必要としていた。そこで手にした利益は彼の資産を十倍に押し上げた。ある日、眠りに入ろうとした彼は考えた。自分はもう十分に成功を収めた。やりたいと思ったことはすべてやり遂げた。目標にして来たことはすべて実現した。これからの事業は後進に任せて、自分はもう引退しよう。そして慈善事業に尽くそう。そんなことを考えていた。莫大な資産があったところで、天国まで持って行くことはできなかった。子供たちがこんなものを相続してしまったら、まともな人生を歩むことなどできないだろう。そうした考慮を積み重ねて行くと、築き上げた資産を赤の他人のために使うことは素晴らしいことに思えた。他人が幸福になるのを見ることが自分の幸福につながるものなのだ。油断のならない相手としてビジネスパートナーに恐れられていた彼は今、とてもおおらかな気持ちで世界に接していた。人間は助け合わなければならない。そのために全力を尽くそう。そうすれば人々は、自分が死んだ後も自分のことを長く記憶してくれるかもしれない。そんなことを考えていた。


 病人や貧民を救済するために彼は多額の寄付をした。初めはそれだけで満足していたが、それが実際にどのように役に立っているのか彼は知りたくなった。そして慈善事業団体の紹介で炊き出しの現場を訪れた。

 街にある一番大きな公園に貧しい人々が集まっていた。仮設のテントが設置され、ボランティアの人たちが大きな鍋を大きな椀でかき混ぜていた。鍋から湯気が立っていた。それはそこにいる人たちの心と身体を温めてくれる湯気だった。

「元気を出してくださいね」

ボランティアが声を掛けながら、列に並んだ人々の差し出した椀に具材のたっぷり入った汁をよそっていた。老いた人もいれば、小さな子供もいた。子供はボロ切れを身にまとっていた。見ていて痛々しかったが、汁をすすっている人々の表情には、食べ物にありつけたという安堵感が漂っていた。

「来て良かった」

彼はそう思った。こうして実際に貧しい人々を助けているのだと思うと、自分のやっていることは正しいことなのだと思えた。

「おいしいですか?」

彼は隣で汁をすすっていた男性に尋ねてみた。

「久しぶりに腹いっぱい食べられます。ありがたいことです。でも、いつになったら職に就けるかわかりません」

不安そうに男は言った。

「就職は難しいですか?」

「AIがすっかり賢くなってしまいましたからね。今のAIは人間の能力を遥かに凌駕しています。かつて人間のやっていた仕事もすっかりAIがするようになってしまいました。経営者にとってはその方が都合が良いのでしょうね。AIには給料は払わなくていいですから」

半ば、あきらめたように男は言った。

「確かにAIの能力は上がっています。でも人間のような創造的な仕事はできないと思います。それを目指すことはできないですか?」

「おかしなことを言う人ですね。創造的な仕事ができる人なんて、ほとんどいませんよ。私たちは皆、凡人ですから。ここに集まって来る人はみなそうです。怠けていたから、落ちぶれた訳じゃないのです。ただ凡人なだけです。それが罪なのですかね?」

「人間には可能性が残されているはずです。あきらめてはいけないと思います」

「そういう才能のある人も僅かながらいるとは思いますけどね。私たちはそうじゃないのです。AIに奪われてしまった仕事をするのが精一杯なのです。本当に誰がこんなAIなんて作ったのでしょうね? そのせいで私たちは一気に落ちぶれてしまいました。失業率は以前と比べると半端ないですからね」

<AIさえなければこんなことにはならなかったのに>

あちこちから怨嗟の声が聞こえた。彼は肩身が狭かった。この炊き出しの費用を寄付しましたと言っても感謝されるとは到底思えなかった。慈善事業家として彼の名が記憶されることはあり得ないようだった。その名を明かしてしまったら、ここで息の根を止められるに違いなかった。

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