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AI百景  作者: 古数母守
18/57

18.私の声

 アニメのヒロインの声を担当していた。けっこう有名なやつ。

「あっ、エリコの声だ」

私のことを知らない人でも、私の声は知っている。それくらい私の声は有名だった。

「声の所有権を譲っていただきたい」

制作会社との交渉が続いていた。断るのは難しかった。声優に制作会社と渡り合えるほどの力があるはずがない。ここで印象を悪くしたら、次の仕事を回してもらえないかもしれない。そう考えると承諾するしかなかった。その時、声と人間の足を交換した人魚の話を思い出した。でも、私は自分の声をまったく失ってしまう訳ではなかった。声を失った人魚のように何も話せなくなる訳ではないと思うと少しは気が楽だった。


 それからしばらくして、私の声はいろいろなことに使われるようになっていた。私の声から作り出した合成音声があちこちの動画で使われていた。いかがわしいアニメーションの動画で私の声が使われていた。そこで私の声は悶えていた。エリコの声で抜ける人がけっこういるようだった。

「フェミニストは地獄に堕ちろ!」

私の声はそんなことにも使われていた。エリコに独裁者のように振る舞わせることで楽しんでいる人間もけっこういるようだった。動画の説明に私の声を使っている人もいた。歌わせている人もいた。ネットワークはすっかり私の声に満ちていた。

「エリコの声に似ていますね」

買い物をして店員さんと話している時にそんなことを言われた。この人は、どういうシーンで私の声を聞いているのだろうかと思った。私の声で悶えているアニメを見たことがあって、嘲笑っているのかもしれなかった。ヒトラーが口にするような悪口雑言を口にしている私の声を聞いたことがあって、とんでもないやつだと考えているかもしれなかった。みんなが私の声を知っていて、私のしたことではないのに私が濡れ場で悶えているのを聞いて、私が独裁者のように振る舞っているのを聞いて、蔑んでいるような気がした。私は自分の声を聞くのがすっかり嫌になっていた。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう? 声の所有権を譲ってしまったからだろうか? そうではないような気がした。きっとアニメの声優を担当した時から、もう自分の声ではなくなっていたのだろう。その役に徹して、その役になり切って、必死にがんばっていた時に、そのキャラクターに声を奪われてしまったのだろう。その時、私は圧倒的な存在感を持つあのキャラクターは私に選択の余地を与えない強大な魔女だったことをようやく理解した。

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