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光の球

作者: K

 つい先月まで俺は車中泊生活を送っていた。


 きっかけは新卒で入った会社を数日で辞めたことだった。

 親と大喧嘩し、その勢いのまま、車に乗り家を飛び出した。

 

 お金は今までに蓄えたものが多少あり、それを切り崩しながらぶらぶらと主に四国地方をあてもなく旅して回った。

 

 車中泊生活を初めて2ヶ月。

 季節は移り変わり夏の装いをつけ始めた。

 それまでは平地の道の駅を拠点に過ごしてきたが、どんどんと殺人的な暑さになってきて、俺はついに居場所を変えることに決めた。

 自然豊かなところがいい。

 どこか涼しいところ。

 思いついたのは県の南部にある道の駅だった。

 

 その道の駅は山間にある国道沿いにあった。

 隣にはきれいな川が流れ、対岸には温泉がつい最近まであったが廃業してしまったようだ。

 しかし、その道の駅の駐車場は狭く、そのぶん目立ちやすかった。

 いつも居座っていたらすぐに目をつけられるに違いない。

 そこで、俺は近くにあるダムに目を移した。


 道の駅のすぐ近くに三叉路があり、そこからダムへと伸びる道が続いている。

 ダムの近くには二つの休憩所のような場所が道路沿いにあった。

 一つはダムから50メートルほどの場所。

 もう一つはダムから100メートルほどの場所にある。

 俺が寝泊りしようと思ったのは二番目の休憩所だった。

 

 なるべく目立たないように道の駅を利用しつつ、それ以外の時間は人の来ない休憩所で過ごす。

 ダムの方へは通る車もほとんどいない。

 こうして俺はダムの休憩所、道の駅、コンビニの三つをローテーションで利用する生活に入った。

 

 それから一週間くらいしたある日の深夜だった。

 妙に目が冴えてしまった俺は近場を散歩することにした。

 と言ってもいつも就寝場所に使っている休憩所の近くにはダムしかない。

 とりあえず道路を辿り、ダムの上の通路まで行ってみた。


 暗闇に水の音が響いてくる。

 放水しているのだろう。下を覗き込むが底は見えなかった。

 通路の端まで歩き、しばらく夏の湿った夜風に吹かれていたが、心地良さにも飽きて車に戻ろうと思った頃だ。


「あれはなんだ?」


 俺はダムの底に浮かぶあるものを発見した。

 光だった。

 青白い光の球だ。

 大きさ30センチほどのその光の球が、ゆらゆらとダムの底を浮遊している。

 

 俺の目は釘付けになった。

 今見ているものが何なのか、近づいて確認したかった。

 しかし、その光の球は通路から数十メートル程遠いところを飛んでいる。

 やがて夜の闇に溶け込むようにしてフっと消えた。

 しばらく俺は狐につままれたようにその場で突っ立っていた。


 俺は幽霊とか心霊体験とかには懐疑的なタイプの人間だ。

 だからその日見た光の球もおそらくは自然現象の類だと考えていた。

 球電という現象がある。これは大気中の電気が球状に見えるものであるが、まさに人魂そっくりだ。

 だから、大して恐怖することもなく、目撃した当日も休憩所の車で眠った。


 それから何度か光の球を目撃した。

 休憩所からはダムの全景を見ることができるが、時々ダムの周囲を光の球が浮遊していることがあった。

 夕食をとりながら見ていたこともある。

 大抵は数分かしてフッと消える。

 何度も光の球を目撃するうちに、俺の中にある疑念が浮かび始めていた。

 

 果たしてあれは本当に自然現象なのかと。

 球電説の立場をとってきた俺だが、この説では説明できないくらいに頻繁に現れるのだ。

 本来は非常に珍しい現象だ。しかし、ここに来てからすでに5、6回は目撃してしまっている。

 さらにいえば、これはスマホの検索で知った情報だが、この現象が起きるときは近くで雷が起きるような天候の時が多いらしい。色も本来はオレンジなどの暖色系で、青白いものではないそうだ。


 では、何か?

 俺は興味が湧いてきた。

 それと同時に得体の知れない恐怖もあった。


 光の球が現れて数週間が経った。

 相変わらず俺は道の駅とコンビニとダムの休憩所をローテーションする生活を続けていた。

 そんな折、ダムで下に降りる階段を見つけた。

 いつもは夜ばかりに来ていたので、今まで気づかずにいたのだ。

 その階段は通路のすぐ近くの場所、石碑の脇にあった。

 柵があったが簡単に乗り越えられそうだ。


 今度光の球が現れたらこの階段を使って、近くで見てみようと思い立った。


 チャンスはすぐに訪れた。

 その日の夜、光の球が現れたのだ。


 俺はスマホを持って休憩所からダムの階段まで走った。

 木々の影に見え隠れしながらダムの底ではいまだに光の球がゆらゆらと揺れている。

 

 長い階段を降りるとそこはポンプ場らしき場所だった。

 勢いよく水が放水されている。

 光の球はコンクリートで舗装された広場から離れ、木々の木立の中で静止したように動かなくなっていた。

 俺は木立を掻き分け、光の球の元へとたどり着いた。

 

 見れば見るほど、その光の球は人魂にそっくりだった。

 さながら空中に浮かぶ炎だった。

 

 手が届きそうな距離にある。

 手を伸ばして、一歩踏み出そうとした時、何かが足に引っ掛かりこけた。


 両手を地面につける。

 不思議な感触、土や草の感触じゃない。

 俺はスマホのライトを地面に向けた。


 これは、・・・・服だ。

 服の横には何か丸っこい白いものが転がっていた。

 目を凝らす。その正体に俺はあっと声をあげてしまった。


 人の頭蓋骨だった。

 顔を上げて、光の球を見る。

 しかし、そこにはもう光の球はなかった。


 

 警察に連絡した後、俺は車中泊生活をやめた。

 聞いた話によるとどうやらあの遺体はダムから飛び降り自殺した人のものだと判明したようだ。

 光の球は、俺に遺体を見つけて欲しかった自殺者の魂だったのだろうか?

 今もこの体験を不思議に思う。


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