第九十一話 『ウェルカム・トゥ・アビスリュウグウ』
2024/09/12 一部を修正、加筆しました。
[第九十一話] 『ウェルカム・トゥ・アビスリュウグウ』
「……」ぱちっ。
意識を覚ました俺は、周りを見てみる。
暗い。ただそれだけは分かる。暗闇に引きずり込まれて何分、何十分経っただろうか。
そうこうしているうちに、不意にメガロドンが俺の左足を離す。
水で満たされた宙に浮かぶ俺。不思議と息が苦しくない。
周りは、闇だった。視界もなにもない。さっきまで俺を運んできたメガロドンすら、もうどこに行ったのやら分からない。
瀕死の重傷を負ったにも拘わらず、まだ体力はあるようだ。いや、おそらく出血の状態異常になっているから、絶命するのも時間の問題か。
なぜ、メガロドンはこんなところに連れてきたのだろうか。そしてなぜ、俺は息ができるのだろうか。
そう訝しんでいると、ふいに女性の声が頭の中に響いてきた。
『どうしてここに、という顔をしているな、おぬし』
どこだ?
辺りを見回しても、ただ漆黒が広がっているだけでなにも分からない。
俺は諦めて正面を向く。
なにか、ただならぬ存在が話しかけてきているということだけは確かだ。
『うちのアビスメガロドンが失礼したの。少々手荒い歓迎になってしまった』
アビスメガロドン?アロハメガロドンではなく?
『わらわの名はオトヒメ。俗にいう、悪魔の一体じゃ』
悪魔!
それじゃあ、ノーレッジやバーネストと同じ……。
『私とは比べものにならないわ。最も強大な悪魔、三魔と呼ばれているうちの一体だもの。次元が違うわ』
バーネストが心の中で説明してくれる。
三魔。初めて聞くワードだな。覚えておこう。
『さて、なぜわらわがおぬしを招待したのかについて話していなかったの』
三魔が一体、『オトヒメ』はどうやら身動ぎしたようだ。それだけで小さな水流が生まれる。
俺は回転しながら少し流されてしまう。
仕方がないので、元の場所であろう場所に平泳ぎで戻る。
『すまんすまん。小さきものと話すのは少々慣れておらぬのでな』
礼儀正しいな。謝ってくれるなんて。
『本日おぬしを呼んだ理由は、礼を言うためじゃ。この度は川まで逃げたメガロドンを狩ってくれて感謝するぞ』
そう言って頭を下げたのだろう。
また水流が発生する。
『すまーん!』
申し訳なさそうに彼女(?)が言う。中々おっちょこちょいのようだ。
それにしても、なんで俺が川にいたメガロドンを倒したことを知っているんだ?
『本来、海を支配するアビスメガロドンたちはわらわが管理しておるのじゃ。個体数が一頭増えたり、減ったりするだけで海の生態系に大きな影響を及ぼすからな』
疑問に思った俺の心を見透かすように、オトヒメは答える。
なるほど。そうなのか。
それじゃあ、川の一頭は……。
『わらわの目を盗んで遠くまで逃げだした個体じゃな。わらわも海の全てを把握しきることは無理じゃ。どうしても、取りこぼしが出てしまう。それがおぬしたち、人間の生活に被害を与えてしまうのじゃ』
ははあ、そうだったのか。
もう思考で会話できることには驚かないぞ。
『思考を読んでいるのではない。おぬしの表情が分かりやすすぎるのじゃ』
そんなに分かります!?
えーと、こほん。
それは置いといて、お礼というのは……。
『おぬしに取り憑いている、「灰燼の悪魔」とやらを祓おうとも思ったが、存外に仲良くやれてるようじゃの。必要ないようじゃ。別のものをやろう』
仲良くって……。そうだろうか。
『私はあなたに尽くしているつもりよ、トール』
やめろやめろ。どうリアクションしていいかわからん。
そんなやり取りを脳内で繰り広げていると、オトヒメのテレパシーがびしびしと伝わってきた。
『わらわの加護じゃ』
!?
瞬間、周りの水が淀んだ。
『なに、そう動くでない。トールが困るじゃろう。今わらわが決めたのじゃ。加護をトールにやるって。それともなにか?おぬしはわらわに盾突くのか?……』
オトヒメは見えないなにかたちと話しているようだが、テレパシーがつながりっぱなしだ。
全て筒抜けである。
ややあって、意見がまとまったらしい。水流が穏やかになるとともに、俺宛てであろうテレパシーも再開された。
『……すまんすまん。またもや失礼したな。それで報酬じゃが、わらわの加護で変わりないぞ。ほれ』
[オトヒメの加護を獲得しました]
彼女(多分)がそう言うと、見慣れたウインドウが出現する。
『わらわの加護があれば、水中でも呼吸に不便することはないぞ。あと、水圧の影響もなくなる』
そうか、水圧の概念もこのゲームにはあるのか。
すっかり失念していた。
『さらにさらに、格の低い海の魔物はおぬしに近寄らん。どうじゃ、すごいじゃろう!』
そう言って胸を張ったに違いない。三度水流が押し寄せてくる。
「くっ……」
俺は必死に踏ん張る。
『すまん……』
めちゃくちゃ反省しているオトヒメ。まあ、二度あることは三度あるってことで許そう。
『感謝するぞ。これでわらわの話は終わりじゃ。送りのメガロドンを出すでな、少々待た……』
あの、限界です。
『あ……』
碌に処置を受けないままドクドクと左足から血を流し続けていた俺は、ついに失血して死に戻りするのだった。




