第六十七話 『灰燼と帰す』
2024/07/26 一部を修正、加筆しました。
[第六十七話] 『灰燼と帰す』
「なんだ、あれ……」
思わず声に出してしまった。
明らかに普通の魔物ではない。燃え盛る火が人の、女性の形を成している。体の中心、胸の辺りが白っぽく、そこから外側に行くにつれて体色がオレンジ、赤と遷移するような色合いだ。
『……ッ』
俺と火の人型との距離は二、三百メートルほど。
なのに、今の一言で彼女はこちらを振り向いた。
『人の子とは珍しいわね!』
すぐさま、背後で声がした。
一瞬でメラメラと、後ろにあった木が火を吹き始めた。
俺は、急いで振り向きながら呪文を唱える。
「『アクア・ランス』!!」
水の槍が燃える樹木を鎮火する。
『あら、いい威力ね。私にも通用しそうじゃない』
声とともに、今度は目の前の樹が燃え上がる。
俺は急いで転がって炎から逃れる。
「『アクア・ボール』!」
延焼を食い止めるために、水の球を出して火を消す。
「お前が、不審火の正体か」
『あらあなた。中々面白いわ。やつと契約しているなんて。よっぽど見込まれているのね』
彼女は俺の話も聞かずに、今度は少し遠くの木を燃やしながら話を続ける。
やつ?もしかして、”知識の悪魔”のことか?
『しかも、彼女を狩っている。私が目をかけていた彼女を!』
「……フォクシーヌのことか」
『狩る』、『彼女』というワードから、俺は類推する。
『彼女の真の名を知っているとは、よっぽど親密な関係だったのね。嫉妬しちゃう』
「冗談だろ」
『ええ、冗談よ』
炎の女性が一言発する。
途端に、体中から汗が噴き出る。
『彼女を屠った実力、私に見せてちょうだい』
さらに、俺の周囲の木々が発火する。
そのまま、三百六十度から燃え盛る火が迫ってくる。
「『アクア・ドーム』」
俺はすんでのところで、全方位を囲む水のドームを展開する新魔法『アクア・ドーム』を発動する。
火と水が接触する。
ジュウウウウッ!!
ものすごい熱を上げながら、ドームを成している水が蒸発していく。
これは、耐えられないか。
「なにか、なにかないか?」
考える間に、時間は一秒、また一秒と過ぎていく。
このままだと燃やし尽くされる!
だが、『アクア・ドーム』持続時間の一分間いっぱい競り合った炎は、なんの前触れもなくふっと消えた。
なぜだ?
水蒸気と煙で燻された視界を補うように、俺は耳をそばだててみる。
いや、前兆は”あれ”か!
『もっと悶えてみせて!』
視界を覆う水蒸気が晴れて周囲を見ると、木立のところどころが燃えていた。
各所の火が樹木を侵食し、焼け跡が徐々に広がっていく。
このままじゃ、カゾート大森林崩壊の危機だ。
だが、これでいい。
「『アクア・クリエイト』」
俺は作り上げた水を頭からかぶった。
『ッ!?……へえ。もう気づいたんだ』
「ああ」
この悪魔、”灰燼の悪魔”と名づけようか。
”大樹の悪魔”を焼き払った、この悪魔の弱点は……。
「お前は、火の周りにしか存在できない。だから燃やすものを求めて大森林にやってきた。森の浅いところでの不審火は、お前が道中の木々を燃やしていたために起こっていたんだ」
『……流石ね、その推理力。フォクシーヌを倒しただけのことはあるわ』
「悪魔に褒められても、嬉しくないんだがな」
先ほどドームと競り合っていた炎が急に消えたのも、周囲の木が燃え尽きたためだった。
またこうして話している間にも、周りの木々は焼け落ち、燃え尽きている。
彼女の体温が高く、また乾燥した気候が彼女自身に災いしているんだ。
「このまま耐えていれば、いずれ木が燃え尽きて俺の勝ちということだ」
『あら。あなたが耐えられるという保証はあるの?』
「もちろん俺を殺せばお前の勝ちだが、燃やすものがなくなって直にお前も死ぬだろう。さあ、どうする?俺は全力で時間を稼ぐぞ」
『まあ、目聡い子!』
火力勝負では悪魔の方が一枚も二枚も上手だ。
ならば、選択を急がせるしかない。焦らせて、選択を誤らせる。
俺の精一杯の虚勢に対して、なにやら考え込む素振りをした”灰燼の悪魔”は……。
『そうねえ……』
瞬時に俺の前に現れた。
『こうしちゃう……』
そして、その燃え盛る両手で俺の両の頬を押さえると……。
「ちょっ」
『ちゅう』
俺に燃えるような口づけを施した。
[バーネストの呪い]を獲得しました。
俺の顔が焼け落ちる寸前、そんなウインドウが出現した。
あれ、これと似たようなこと、前にもあったような。[フォクシーヌの加護]と同じような、なにか。
そんなことを考えているうちに、俺の視界は暗転するのだった。
※※※
「はあ、見てるだけで熱かった」
ということで、カゾート木材加工所に死に戻りしてきた。時刻は十九時。
すぐにモイットさんが駆けつけてくる。
「どうだった、なにか分かったか?」
「ああ、分かりましたよ」
あの場所から戻ってきたにもかかわらず、熱さを感じる。
さっきから、額から汗が噴き出ているような感じがする。喉が渇く感触を覚えている。
どうしてだ?
『私があなたの内側で、燃え続けているからよ』
「わっ!」
「どうかしたか、トール!」
急に声を発した俺を見て、モイットさんが心配そうにこちらを見てくる。
「い、いえなんでもないです」
もしかして、周りには彼女の声が聞こえていない?
『ええ、そうよ。だから、そこのところ気をつけなさいよ。変人に思われたくなかったらね』
彼女の声が頭に反響する。
悪魔っていうのは、一言多いのが普通なのか?
『やつと一緒にしないでちょうだい。……私は”灰燼の悪魔”、真の名をバーネストというわ。これからどうぞ、よろしくね』
「ええええ……」
「おい、大丈夫か?」
特殊な依頼かと思って森林奥地に行くと悪魔と出会い、突然キスされて内側に住まわされるなんて誰が予想できるだろうか。いや、誰もできまい(反語)。
奇妙な同居人が体の中にできてしまった俺は、モイットさんから心配されるほどに落胆するのだった。




