第六十六話
2024/07/24 一部を修正、加筆しました。
[第六十六話]
「実は、森の浅いところで不審火が目撃されているんだ」
「不審火?」
モイットさんの俺はオウム返しに聞き返してしまう。
「そうなんだ。大抵は小火で消し止められているが、万が一大火事になってしまうと、我々の産業に多大な影響が出る。乾燥した森だが、今までは出火するほどではなかった。これにはなにか原因があるに違いない。トール、調べてくれないか?」
深刻そうな表情を浮かべるモイットさん。
林業が手につかなくなったら、[AnotherWorld]の世界は大打撃だろう。木で柵を作って魔物を寄せつけないようにしたり、木工で食器や武具を作って日々の生活を便利にしているわけだからな。
話が逸れたな。
これは、俺が高レベルの水魔法使いだから提示された依頼なのか?発生条件など詳しくは分からないが、受ける価値は十分にありそうだ。
「いいですよ。任せてください」
「トールならそう言ってくれると思ってたよ。おそらく、森の深部にその原因があるに違いないと俺たちは見ている。しかし、私たちは”大樹の悪魔”との契約によって深部まで行くことができない」
ちょっと待った。気になるワードが出てきたな。
「”大樹の悪魔”?なんですかそれは?」
「”大樹の悪魔”は文字通り、大きなトレントのような姿をした、魔界代よりカゾート大森林の最深部に生息する魔物だ。知性を持っており、カゾート木材加工所の木こりたちと代々契約しているんだ。森の伐採を許可する代わりに、深部には足を踏み入れないとな。このことは極秘だから、騎士団の連中には話すなよ」
なるほどな。加工所だけで取り決めている約束ごとのようなものか。
悪魔クラスの魔物が大森林にいるとなれば、すぐさま騎士団は討伐隊を派遣するだろう。
”知識の悪魔”のときみたいな騒動は俺もごめんだ。黙っておこう。
「でも、俺は入っていいんですか?」
「ああ、契約の範囲はあくまで我々木こりだからな。部外者がたまたま迷い込んだところで仕方がないだろう」
そういうことにして、白を切ろうということか。モイットさんも中々の食わせ者だ。
「分かりました。それで、報酬はどうなんですか?動くだけ動いてタダ働きなんてことはごめんですよ」
「そういう現金なところ信用に値するな、トールよ。こちらでは五十万タメルを用意している。これでどうだろうか」
五十万タメル。借金持ちの俺からしたら破格の依頼料だ。
加工所に恩も売れるし、受けて得しかないな。
「了解です。それで依頼受理といきましょう」
「ありがとう、頼りにしているよ」
モイットさんのお礼を背中に浴びながら、俺は木材加工所を後にするのだった。
※※※
時刻は十七時。ついにカゾート大森林の内部へと足を踏み入れた。
大きな木々がまっすぐに伸びるこの森は、昼間であれば木漏れ日がちょうどよく降り注ぎ、さぞ気持ちの良い空間だっただろう。
だが、今は夕方。木立ちのあちこちが薄暗く、どこから魔物が現れてくるか分からない状況だ。
周りを見渡しても、木こりをしている人はいない。用心して行こう。
と思っているところに、前方から狼の群れが近づいてきた。
なにか様子が変だ。俺の方に気づいている風でもなく、一目散になにかから逃げているような、そんな印象を受ける。
とりあえず……。
「『アクア・ソード』」
ファング・ウルフの群れ5頭は倒しておく。このままだと加工所に行ってしまう恐れがあるからな。
ここカゾート大森林では、ファングウルフが群れで生息している。どこかで言った覚えがあると思うが。
あと、出現する魔物といえば……
「キッ!キキーッ!!」
杖を一閃する。
大森林だけに生息するカゾートモンキー。大型で白い毛の生えたサルの魔物だ。
真っ二つにしてしまったが、本来はすばしっこく厄介な相手らしい。
こいつもちょっとおかしいな。特に警戒するわけでもなく、逃げるようにしてこちらに向かってきた。
「小火騒ぎと関係があるのか?」
俺は不思議に思いながらも、足は止めない。
森の奥でなにかが起きているのかもしれない。急ごう。
※※※
必死に逃げようと蠢く樹木状の魔物、トレントを両断しながら、奥へ奥へと進む。
時刻は十七時三十分を回っていた。
三十分歩いても深部にたどり着けないとは、どれだけ広いんだ。流石、大森林といったところか。
「ん……」
さらに十分ほど歩くと、明らかに周りの景色が変わった。
もともと少なかった、茂みを作っていた低木の類がほとんどなくなり、根が波打った樹齢の高そうなカゾート木がまばらに並んでいる。
まさに、樹海。
俺はカゾート樹海に到達した。さらに歩を進め、最深部を目指そう。
「静かだな」
風も鳥のさえずりも聞こえない。静謐がこの場を支配している。
根を踏み、乾いた土を蹴りながら、ひたすらに前に進む。
何事も起こらないので、俺はもはや森林浴をしている気分だった。
だが、それも束の間だった。
ドオンッ!!
弾けるような爆音が数百メートル先から聞こえた。さらにすさまじい熱波が襲いかかってくる。
一瞬にして、周囲の温度が十度は上がったような気がした。
「この感覚……」
フォクシーヌや”知識の悪魔”を相手にしているときと同じだ。
間違いない、この先に悪魔がいる。おそらく、不審火の原因となる悪魔が。
「急げっ」
時折響く轟音を頼りに、俺は音のする方へ駆けていった。
これは”大樹の悪魔”が原因なんかじゃない。俺は悪魔と会ったことはないから分からないが、大樹の悪魔が自らの森を灰にしようと思うはずがない。
じゃあ一体、この気配の主はなんなのか。
森の中でこれほどの熱を感じるという異常な環境で、より一層気配を強く保っている悪魔が別にいる?
走ること数分、やっと到達した最深部で待っていたのは……。
「……」
灰燼と帰し、物言わぬ塊となった”大樹の悪魔”と……。
「……」
その脇に佇む、人の形を成した、”火”だった。




