第六十四話
2024/07/20 一部を修正、加筆しました。
[第六十四話]
さて。
薬の売り買いに関しては一段落ついたので、次は素材の売買についてフクキチと話し合う。
「あとは薬じゃないんだが、ココデ海岸の砂とココデマツは買い取ってくれるのか?」
こっちは借金返済がかかってる。なんとしても買い取ってもらいたいのだが。
「もちろんさ。闇工房へ恩を売れるしね。マツは船の材料になる」
「船?もしかして東の海に出るための船か?」
「そうだよ」
話の流れで出てきた船について聞くと、フクキチが首肯する。
そうか。もし、俺の素材が回りまわってユーヤたちの船の材料になってたら、奇妙な縁を感じるな。
「他にもココデ海岸の魔物の素材があるんだが、買い取ってくれるか?」
「もちろんさ!見せてみて」
というわけで。俺は調薬に使う素材以外を売って、約二十万タメルを手にした。
マツと砂、ヤドカリやイモガイの売値はそこそこだったが、ココデオオシャチの骨や肉は高値で売れた。
「シャチを倒せる人は少ないからね。素材が貴重なんだ。これからも取ってきてくれると嬉しいよ」
「分かった」
これから嫌というほど捌いてもらうからな。覚悟しておくといい。
「他にはなにかあるかい?」
「いや、もうないな。ありがとう、フクキチ」
「お安い御用さ」
商談成立の握手を交わし、俺は夜ご飯を食べにログアウトしたのだった。
※※※
今日の晩ご飯はカップラーメン。たまには楽してもいいだろう。
フタをべりべりと剥がし、沸かしたお湯を注いで三分待つ。
「楽にお腹を満たせる食事があって、本当に助かる」
昔の人は食事を準備するのも大変だっただろうな、と思いを馳せる。即席めんを開発してくれた人には頭が上がらない。
さてと、出来上がったら蓋を完全に取り外して、いただきます。
「たまに食べたくなるんだよな」
塩分が多いから、ほどほどにしないとだが。
と言いつつも麺を食べ終わったら、残ったスープにご飯を入れる俺。
これぞカップ麺の黄金コンボ。
残ったスープがもったいないし、めんだけじゃ物足りないので、いつもこうしている。流石に塩分がやばいか?
ま、気にしない気にしない。
改めて、いただきます。
※※※
時刻は二十時。
晩ご飯を食べた後、俺は勇也に連絡を取って、土曜日の夜からの旅に同行しないかと誘ってみた。
結果は、イエス。ステムとブルームも大丈夫とのことだった。
ということがあり、その後再び[AnotherWorld]にログインしてきた。
「……」
工房には相変わらず、黙って本を読んでいる”知識の悪魔”しかいなかった。
今夜は調薬ギルドに行こうか。鍋とコンロをもう一セットくらい欲しい。
「よし」
そうと決まれば、早速ギルドへ行こう。
工房外の長い階段を上ってマップを見ながら五分ぐらい歩くと、どこか懐かしいレンガ調の建物が見えてきた。
ギルドに入って受付を見渡す。見知った顔はないだろうか。
そうしていると、あのおじいさんを見つけた。
俺に『野外調薬キッド』を売りつけた、あのおじいさんだ。
並んでいる人もいないので、近づいて話しかける。
「こんばんは。久しぶりですね」
「おお。トール、じゃったかな。その様子じゃ、わしの『野外調薬キッド』を使いこなしておるようじゃの。レベルも随分上がっているように見える」
すごいな、この人。
一目見ただけで、レベルなり熟練度なりを見抜く審美眼が備わっているのか。
「それで、なんの用じゃ。まさかもう『野外調薬キッド』を壊したとは言うまいな」
「いえ、違います。実は鍋とコンロをもう一つほしくて。調薬してると火元が足りないなあと思うときがありまして」
「ほう。その様子じゃ素材の組み合わせについても気づいているか」
「はい、そんなところです」
訳知り顔で頷くおじいさんに、俺は事情を説明する。
まあ、調薬師にとって当たり前の技術なんだろうな。異なる素材を混ぜ合わせるというのは。
いかんせん俺の場合、原料の素材がないからレパートリーがない。
「そこで、わしの書いた『調薬の組み合わせレシピ』があるが、どうじゃ、買わんかの」
「結構です」
なにかにつけて商売を持ち込んでくるな、このおじいさんは。
『レシピ』とあるくらいだから公式の攻略本のようなものだろうが、ネタバレは嫌だ。少なくとも挫折するまでは、何事も自分の手でトライしてみたい。
「そうか。まあ、手探りで進めるのも楽しいものな」
そういえば、おじいさんの名前を聞いてなかったな。
いい加減『おじいさん』と呼び続けるのもめんどくさいし、ここで聞いてしまおう。
「ところで、おじいさんの名前ってなんですか?聞いてなかったなあって」
「わし?おぬしまさか、わしのこと知らんで話しとったのか?」
おじいさんがびっくりした様子で言う。
なんだ、そんなに有名人なのか?
「わしの名前はヤクガ・ドラギスト。調薬ギルドのマスターのメディスは、わしの兄じゃよ」
「!?」
思わず、声にならない声が出てしまう。
どうしてそんな人が受付なんてしてるんだ?
「わしくらいになると却って暇でな。若いもんに全部任せて、発明をしたり本を書いたり、こうして窓口に立つ暇もできるというものよ」
なるほど?分かるような分からないような。
それとも、弟子に恵まれると暇を持て余してしまうのだろうか。
「話がそれてしまったが、鍋とコンロをもう一セットご所望じゃな。ほれ。ここにあるんでな、いくらでも持っていくといい」
ヤクガさんは窓口の下をガサゴソと探ると、古めかしい鍋とコンロを取り出した。
なんでそんなところにあるんだ?
「大体おぬしくらいの熟練度になると、もう一セット欲しがる輩が多いんでな。受付に仕込んであるというわけじゃ」
って、また頭の中と自然に会話してるし。そんなに俺って心を読みやすいか?
まあ、こっちの方が楽だしいいか。
「それで、お代はいくらですか?」
「いらんいらん。こんなのツケでいいわい。大した値段でもないしの」
「いいんですか?」
「よいよい、その分の金は好きなことに使うとよい」
ずいぶんと親切なんだな。話の合間にセールスを持ち込んでくるくらいだから、てっきりお金にがめついのかと思っていた。
……あ。
「聞かなかったことにしておくの」
許された。
心の中を読まれることって、つくづく嫌だなと思う俺なのだった。
※※※
その後、思うところがあってやっぱり『調薬の組み合わせレシピ』を一万タメルで買って、調薬ギルドを後にした。
また五分ほど歩いて”秘密の工房”に到着する。
「……むう」
中に入ると、相変わらず”知識の悪魔”が隅の方で読書に耽っていた。
「ほれ。珍しそうな本を買ってきたぞ」
俺は知識の悪魔の元に近づくと、中央のテーブルの上に本を置く。
やつは俺の接近になぜか警戒していたが、本を取り出したところで明るさを取り戻したように見えた。
「本よりも、契約を覚えていたことの方が珍しいぞ」
口では皮肉を垂れながら、口角が上がったような口調の悪魔。
なんだか気持ち悪い。
「なになに、『調薬の組み合わせレシピ』?なんだこのセンスのない題は。読むに足る内容なんだろうな……!?」
俺を見下しながら言う悪魔だったが、薄い冊子の一ページ目をめくってから目の色が変わった。
「……静かにしていろ」
「言われなくても」
どうやらお眼鏡に適ったみたいだ。
”知識の悪魔”は黙々と、『調薬の組み合わせレシピ』を読み始めた。
「知識欲の悪魔め」
俺はやつの邪魔にならないように、そっとログアウトするのだった。




