第百十九話
[第百十九話]
堅牢な南門をくぐってコールドゲイルの街に入ると、大きな石造りの建物たちが俺を出迎えてくれた。
「立派だな」
夕日に映える灰色の建造物たちは圧巻だ。いつまでも見ていられるだろう。
っと、そんなことを考えている場合じゃないな。まずはテレポートクリスタルに触れないと。
「広場広場っと……」
見た感じ、コールドゲイルの街も王都と同じ構造をしているようだ。十字に大通りが広がり、中央に噴水広場と四軒の店がある構造だ。
「行くか」
俺は歩き出す。とりあえず町の中心を目指すぞ。
とことこと歩みを進めながら、周りをきょろきょろ見て地理を覚えていく。
大通りに面する店は飲食店ばかりだが、寒い地域なので心なしか酒場が多いように思える。大人なら喜びそうだな。
俺は未成年のため飲酒はできない。わけではないのだが、飲酒すると『酩酊』の状態異常が付与されてしまうので、飲むメリットがない。
「うぇ~い、飲んでるかあ!?」
なのでこうして、酔っぱらって管を巻いている人を遠巻きに眺めることしかできない。
って今の人、プレイヤーじゃなかったか?
「いや、やめとくか」
現在俺が遊んでいるこのサーバーには、桜杏高校の学生しかいない。なのであの酔っぱらいは同級生か先輩なはずなんだが、ゲーム内で好き好んで飲酒している人に話しかけるのは気が退ける。絶対ヤバい人だし。
俺は見なかったふりをして、南の大通りを歩いていった。
「ここが広場か」
数分後、中央広場に到着した。
やはり王都とレイアウトが同じだ。周囲にエクリプス装備店、チルマ雑貨店、冒険者ギルド、ホテルハミングバードがある。
これなら迷わないで探索できそうだと安心しながら、俺はテレポートクリスタルに触れる。
「よし、ギルドで依頼を受けよう」
いつでもコールドゲイルに転移できるようになったところで、冒険者ギルドに向かう。
ギルドの外観は、赤褐色のレンガ造りの大きな建物だった。これなら、荒野の魔物が攻め込んできてもびくともしないだろう。
そんなことを考えながら入口の重い鉄扉を開けて、中に入る。
「いらっしゃいませー!」
いきなり元気な声が飛んできた。奥にある受付の女性が発したようだ。
十八時前ぐらいでそこそこ混んでいるが、客の入りにずいぶん敏感だな。
あの人のところに並んでみようか。俺は最後尾につけて、受付の女性と話す機会を待つ。
数分後、前の人がはけて自分の番になった。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件ですか?」
「依頼を受けようと思います。一覧はありますか?」
「かしこまりました。私、オリア・ユースティスと申します。コールドゲイルで受付やってます」
「トールって言います」
俺はオレンジの短髪と薄着のシャツに身を包んだ受付嬢と軽く自己紹介をし終える。
この人がオリアさんね。覚えた。
「現在受注可能な依頼はこちらになっております」
オリアさんが滑らかな口調で言うと、俺の目の前に依頼の項目が並んだウインドウが出現する。
えーっと、どれどれ。
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[依頼]:コールドゲイル荒野におけるゲイルベアー五匹の討伐
〇発注者:グレゴリオ・キャンドラ
〇報酬:100000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:コールドゲイル騎士団南門防衛隊隊長、グレゴリオだ。
この度は、コールドゲイル荒野に跋扈するゲイルベアーの討伐を頼みたい。
街の恒久的な平和のため、力を貸してもらいたい。
ゲイルベアーは岩に擬態しているが、灰色をしているので気をつければ分かるはずだ。
我々は荒野を監視、巡回している。討伐証明の素材は必要ない。
くれぐれも、よろしく頼むぞ。
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[依頼]:コールドゲイル荒野におけるゲイルワーム十匹の討伐
〇発注者:ラムザ・クリーン
〇報酬:100000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:コールドゲイルいちの銘酒を提供する酒場、『千鳥足』のマスターからの依頼だ。
おめでたいことにうちの酒場は盛況なんだが、おかげでつまみが切れちまった。
ってなわけで、珍味と名高いゲイルワームの肉を取ってきてくれる勇者はおらんかね?
ゲイルワームは荒野のそこら中にいる。地面をつつけばすぐ出会えるだろう。
おっと、討伐証明に肉を十個持ってきておくれ。一応依頼っていう体だからよ。
んじゃま、よろしく頼むぜ。
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[依頼]:コールドゲイル荒野におけるゲイルファルコン十匹の討伐
〇発注者:ナーリカ・アラミル
〇報酬:80000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:コールドゲイル騎士団東門防衛隊隊長、ナーリカ・アラミルという。
今回は冒険者たちにゲイルファルコンの討伐をお願いしたい。
焦げ茶色をしたあの猛禽が風魔法でちょっかいをかけてくるため、仕事に支障を来している。
なのでなるべく速やかに、空で威張り散らしているファルコンどもを落としてもらいたい。
我々は荒野を監視、巡回している。討伐証明の素材は必要ない。
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手始めに、この三つの依頼を受けることにした。
ゲイルベアーの依頼はイグルア村で受けたものと同じだな。荒野に出て倒してくればよい。倒すだけでいいから、ゲイルファルコンの依頼も似たようなもんだ。
問題は、ゲイルワーム討伐だ。というのも、ワームを倒して肉が落ちる確率が百パーセントとは限らないので、討伐証明をクリアするためには十体以上狩る必要があるかもしれないからだ。
ただでさえゲイルワームは厄介な相手なのに、想定されている報酬分以上の働きをしなくてはいけないとはなかなか悲しい。
「まあ、自分で選んだ以上文句は言えないな」
俺はオリアさんに聞こえないくらいの声量で呟く。
報酬が100000タメルと破格だったので釣られたとは、正直に言うまい。
「依頼の受注が完了しました。それでは、お気をつけて」
「ありがとうございました」
お礼を言い、受付を離れる。
時刻は十八時になったところだった。
夜出現する魔物もいるだろうし、タイムリミットはせいぜい一時間だが……。がんばれば二つくらい達成できるか?
俺は考え込みながら、冒険者ギルドを後にする。
そのまま数歩歩き、中央広場に戻ってきた。
「さて、東西南北どこにするか……」
南から来たから、北門に行ってみようか。
俺は北の大通りへと足を伸ばした。並み居る飲食店を眺めつつ、とことこと歩いて北門に向かう。
案外、プレイヤーの姿が多く見えるな。攻略の最前線はもっと北の街のはずだが。
「皆、防寒着がほしいんだよ。コールドゲイル以北の強風をしのげる装備がね」
ふと、後ろから声がした。
女性の声だ。
「や」
応じて振り向くと、読書部部長の吾妻佳乃先輩にそっくりなキャラクターがいた。
というかこれ絶対、佳乃先輩だ。彼女の出で立ちをそっくりそのままに、髪と瞳の色を暗い赤色にしているだけだし。
「一年生でコールドゲイルまで来るなんてすごいね。よっぽど強いと見た」
「いや、そうでもないですよ。自分なんてまだまだです」
褒めてくれたので、謙遜しておく。
そういう佳乃先輩こそ、上等な装備を身に着けてなかなかやるように見えますが。
「こっちではなんて名前なんですか?俺は『ー』の方でトールって言います」
「人に聞くと同時に自分も名乗る。いいね、分かってるね」
うんうんと頷きながら、セミロングの髪を揺らす先輩。
[AnotherWorld]でもマイペースなんだな。
「私はイーストと名乗ってるよ。採集師をやってる」
「俺は水魔法使いやってます。一応、氷属性も使えます」
「おお、水属性とは珍しいね。それに氷属性もなんて、どうやって覚えたんだい?」
「俺の場合は簡単でした。悪魔と契約しただけですよ」
佳乃先輩改めイーストさんがぐいぐい聞いてきたので、俺は隠さずに言う。
そういえば、ノーレッジがいなくなったが、本(知識)を提供する代わりに二属性目の魔法を伝授するという契約はどうなってしまうのだろうか?
そこんところ考えてなかったぞ。
「悪魔!もう悪魔に出会ったのかい!?いやはやすごいな、トールくんは」
「それほどでもないですよ」
べた褒めである。
褒められすぎると逆に居心地が悪いな。
「悪魔って珍しいんですか?俺はもう数体会っているんですけど」
「数体も!?よっぽど熱心に攻略してるんだね。悪魔は基本的に、フィールドの最奥にいたり、特殊なイベントをこなさないと出会えないよ。まあ悪魔も高性能なAIで動いているから、偶然出会うこともあるだろうけどね」
そうなのか。
要は悪魔に出会うには、イベントを引き起こす運と、フィールドを攻略できるほどの努力が必要だと。
「ま、悪魔については分からないことの方が多いよ。なんなら、私よりトールくんの方が詳しいかも……」
「そうかもしれませんね」
ここで、会話が自然に途切れた。
よし、今がチャンスだ。
「ああ。よかったら、一緒に攻略でもしないかい?広場の方からやってきたってことは、依頼を受けているんだろう?」
俺が言おうとしたことを、イーストさんに先に言われてしまった。
「その通りです。ぜひ、よろしくお願いします!」
「決まりだね。即席パーティの完成だ」
そう言ってころころと笑うイーストさんに、俺は笑みを返しながらついていった。
※※※
北門の検問を終え、俺とイーストさんはコールドゲイル荒野に出た。
「狙いはクマとワームとファルコンね。了解したよ」
彼女とはあらかじめ依頼内容を共有してある。
「イーストさんは、ワームの見た目は大丈夫ですか?なかなかえげつないですが……」
「心配には及ばないよ。もう見慣れた」
俺の心配は杞憂だったようだ。
それなら、俺も安心して狩りができる。
「そうだねえ。まずはワームからいこうか」
イーストさんはそう言いながら、地面に落ちている石を拾う。
そしてピッチャーのように振りかぶり……。
「そおれっ!」
遠くに石を投げ飛ばした。
ガン、ゴッ、ゴロコロコロ……。
石と大地が衝突する派手な音が、広大な荒野に響き渡った。
が、次の瞬間。
ドオオオオオンッ!
石のあった場所から、ワームが突き上げるようにして飛び出してきた。
「今だっ!」
「はいっ!『アクア・ランス』!!」
イーストさんの大声に俺はすかさず、反り上がったワームの腹に水の槍を叩き込む。
この前と同じく、一撃で倒すことができた。
「すごい火力だねえ。突属性が弱点っていっても、こんなに簡単に倒せたのは初めて見たよ。なにか秘密があるのかな?」
「実は……」
「おっと、言わなくていいよ。情報は財産だからね。つい聞いてしまう私の悪い癖が出てしまった」
俺が明かそうとすると、割り込むようにして言葉を遮られた。
やっぱり佳乃先輩は面白い人だ。自分の知的好奇心をコントロールできるなんて。
「この調子で、どんどんワーム狩りをしようか」
「そうですね」
先ほどのワームは肉と鋸歯を落とした。
このペースで肉をドロップしてくれるとありがたいんだがな。
その後、イーストさんが石を投げて、俺が『アクア・ランス』で仕留めるという簡単な工程を十数回繰り返し、俺はゲイルワームの肉を十個手に入れた。
「少し休憩しようか。……どうだい?このやり方なら簡単にワームを倒せるだろう?」
「音と振動が大事なんですね。勉強になります」
「ははは。そんな堅苦しくしなくてもいいよ。きみと私の仲じゃないか」
え?確かに同じ読書部ではありますけど……。
「敬語も取ってほしいくらいだよ。シズクとはずいぶん仲良くやってるそうじゃないか」
「シズクさんを知ってるんですか?」
「同じクラスだからね」
沈む夕日を眺めながら、呟くように言葉を吐いていくイーストさん。
その横顔はいつも眠そうな現実世界とは異なり、活気に満ち溢れていた。
「と、ところで、採集師って普段どんなことをしているんですか?」
「魔物から逃げて、ひたすら採取だ。つまらないという人もいるが、私はめちゃくちゃ楽しい」
「逃げる、ですか。魔物と戦わない戦略っていうのも、追及し甲斐がありそうですね」
「そうなんだよっ!」
急にイーストさんが身を乗り出してきた。
「あの手この手を駆使して、魔物の目から逃れるんだ。普通に戦うのとはまた違った楽しみがあるんだよ!」
「それでコールドゲイルまで来れてるんですから、すごいですね」
「だろう?私の戦術は万能なんだ。リアルに似た感覚機能を持った魔物たちだからこそ通用する……」
彼女の熱弁はいくらでも聞きたいところだが、邪魔が入った。
「キーッ!!」
ゲイルファルコンだ。
「ファルコンの登場だね。ちょうどいい」
イーストさんは地面に落ちている小石を拾いながら、そう言った。
まさか、石をファルコンにぶつけるつもりか?
「よーく狙いを定めて、そおいっ!」
全力投球した小石は大空を駆け、見事ファルコンの翼に命中した。
な、なんてコントロールだ……!優に数十メートルは離れているのに。
「泰史に教えてもらって、一年間で身につけたのさ」
「流石です」
薄暗い夕方に握りづらい小石を使い、正確無比な投球をするとは。
これも、戦わざる者の技術ということだろうか。
「遠距離からちょっかいをかけてくる敵は、遠距離で迎え撃てばいいのさ。こうして妨害してやれば、風魔法を撃たせずに逃げられる」
「なるほど」
魔法を用いない、即席の遠距離攻撃。
あまりに新鮮な戦い方に、俺は驚嘆していた。
「さ、トドメを刺して」
「ああ、そうでした。『アクア・アロー』」
撃墜されたファルコンは地面に墜落したものの、再び飛ぼうと翼をはためかせていた。
ので、『アクア・アロー』でしっかりとトドメを刺す。
「ゲイルファルコンとはこうして戦えばいいんだよ。投擲なら魔法よりも飛距離があるしね」
「でも、狙って当てられませんよ。魔法とは感覚が違いますし」
「……言われてみればそうだね」
こうして、俺とイーストさんでゲイルファルコンを狩りまくった。
戦い方を心得ている人がいるだけで、こんなに戦闘が楽になるなんて。
いや、もはや戦闘にすら持ち込ませずに倒している。
なるほど、こうした遊び方もあるんだな。
「『アクア・アロー』。……これで十匹ですね」
「いいね。この調子でゲイルベアーもいっちゃおう」
「え?日没まであと二十分もありませんよ?いくらなんでも今から五体は……」
話しながら街とは反対側に歩き始めたイーストさんに、俺は疑問を提示した。
俺としてもこのまま夜の部に突入したいくらいだが、あまりにリスキーすぎる。
「大丈夫。なんてったって私には……」
しかし返ってきたのは、自信に満ち溢れた明るい声だった。
「……奥義があるからね」