第百十七話
[第百十七話]
街に戻ってログアウトした。時刻は十九時半。それから食事、入浴を済ませて、時計を見ると二十時半だった。
これなら二時間くらい遊べるな。
そう思った俺は再び、[AntherWorld]にログインした。
そういえば、フォクシーヌのローブの効果で俺の魔法には火属性が付与されていたんだった。だからユキヒョウやペンギンを簡単に倒せたんだな。
そんなことを考えながら、中央広場に到着した。
よし、今夜はイグルア村の依頼を受けてみるか。
そう決めて、テレポートクリスタルでイグルア村に転移した。
イグルア村の冒険者ギルドはすぐそこだ。歩いて入り口に向かう。
「こんばんは、冒険者ギルドのご利用ですね」
受付に行くと、落ち着いた女性の声で挨拶が飛んできた。
「こんばんは。依頼を受けたいのですが、依頼一覧を見せて頂けますか?」
「かしこまりました。こちらが一覧となります」
女性が言うと、目の前にウインドウが現れる。いつものやつだ。
俺は数ある依頼の中から、三つを選んだ。
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[依頼]:イグルア平原(東部)におけるグリーンウルフ二十匹の討伐
〇発注者:ハナサ・グーロン
〇報酬:10000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:こんにちは。イグルア騎士団東門防衛隊隊長のハナサと申します。
東部に位置するカゾート大森林の生態系の崩壊に伴い、多くのグリーンウルフが平原に現れています。
平原の安全、ひいては村の安全を守るために、冒険者様方に討伐を依頼します。
グリーンウルフは平原を少し探せば出会えますが、見つからない場合は大森林の近くに行ってみてください。
私たちが平原を監視しています。討伐証明の素材は必要ありません。
どうかよろしくお願いします。
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[依頼]:イグルア平原におけるダークレイブン十匹の討伐
〇発注者:ササーラ・キャンディナ
〇報酬:20000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:イグルア騎士団西門防衛隊隊長のササーラだよっ!今日は、冒険者の皆に、依頼を頼みたいなっ!
『イグルア野菜』の美味しさに気づいたダークレイブンが畑を荒らしてて、農家の皆が困ってるんだって!
それはよくないよねっ!だからさっ、皆に討伐をお願いしたいなっ!
報酬もいっぱいだよっ!早い者勝ちだから、これ見たらすぐ受注してくれると嬉しいなっ!
討伐証明は、嘴十個でお願いねっ!それじゃあ、よろしくねっ!
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[依頼]:イグルア平原(北部)におけるゲイルベアー五匹の討伐
〇発注者:バゲット・オースラ
〇報酬:100000タメル ↑報酬増額中!
〇詳細:イグルア騎士団北門防衛隊副隊長のバゲットです。冒険者の皆さんに依頼です。
北のコールドゲイル荒野から、ゲイルベアーが南下してきています。
ゲイルベアーは獰猛で力が強く、平原の生態系に悪影響を及ぼす魔物です。
そのため、冒険者の皆様には至急、討伐をお願いしたいと思っています。
繰り返しますが、ベアーは狂暴です。充分な準備をもって狩りに当たってください。
あと、気がかりなことですが、ベアーが複数体で群れているとの目撃報告がありました。
万が一群れに遭遇した場合は逃げてください。我々で討伐隊を編成します。
討伐証明は必要ありません。くれぐれも、お気をつけて。
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一つ目の依頼は、いつもの狼狩りだな。バーネストのせいで大森林の生態系が狂ったから、しわ寄せがここまで来ているというわけだ。
『どこでなにをしようが、私の勝手でしょ』
はいはい。雪原で燃やせなかったからって、機嫌を悪くするなって。
『別に、悪くしてないわよ』
分かった。今日は少し使うから。それで許してくれ。
『いいの?それなら……まあ、許してあげないこともないわ』
やっぱり根に持ってたんだな。
脱線してしまったが、要するに一つ目の依頼はそれほど難しくない。
次に二つ目の依頼。シャドウレイブンの上位種、ダークレイブンの討伐だな。
ガルアリンデ平原で夜にしか出現しない、シャドウレイブン自体あまり見かけなかったので、あまり強さが分からないな。
まあ、大丈夫だろうという精神で依頼を受けてみた。
そして最後の依頼。ゲイルベアーの討伐が一番厄介そうだ。
依頼文では繰り返し、気性が荒い、危険というような文句が書かれている。察するに、相当強い魔物なのだろう。
こういうのを待っていた。俺がもっと強くなれるような、格上の相手だ。
「では、こちらを受注してもよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました」
無事三つの依頼を受注した俺は、冒険者ギルドを後にする。
さて、どれから受けようか。
やはり夜間にしか出現しない、ダークレイブンの依頼を一番に片づけた方がいいな。
この依頼は、平原のどこでもいいからダークレイブンを狩ってこいというものだ。その代わり、討伐証明が必要というわけだ。
東西南北、どこに行くか。グリーンウルフの依頼も早く終わらせたいから、東部にするか。
俺は東門に向かって歩いた。
門の前でチェックを受け、イグルア平原(東部)へと足を踏み入れる。
畑を荒らしに来るということは、ダークレイブンたちは村の近くにいるはずだ。
村の外壁に沿って歩きながら、そう考える。
こうして進んでいけば、いずれはダークレイブンと鉢合わせするだろう。
歩くこと数分、外壁の上に止まっている黒いカラスを発見した。
黒くて分かりづらいが、村の内側を見ている。畑を狙っているようだ。
「『アクア・アロー』」
静かに魔法を唱え、水の矢で奇襲をしかける。
無事ヒット。胴体に矢が付き刺さった。
カラスはなんの声も上げることなく倒れた。
〇アイテム:ダークレイブンの嘴
平原地帯に生息するダークレイブンの嘴。真っ黒で、つるつるしている。それほど硬いわけではないので、用途は限られている。
〇アイテム:ダークレイブンの羽 効果:闇属性魔法威力強化:微
平原地帯に生息するダークレイブンの羽。黒く、独特の光沢を放っている。闇属性魔法の威力をわずかに上昇させる。
ダークレイブンからは、これら二つのアイテムが落ちた。
その後、同じように外壁に止まっているカラスたちを倒していき、あっさりと十匹討伐することができた。
といっても、カラスが止まっている位置がだいぶ高いので、遠距離の攻撃手段を持ったプレイヤーじゃないとめんどくさそうだ。
それさえあれば、カラスはノンアクティブ状態なので、大体一撃で倒せる。
あまり歯ごたえがなかったが、嘴は十個集めた。ダークレイブンの依頼は終わりだな。
よし、次はグリーンウルフの依頼だ。
「『アクア・アロー』」
[オトヒメの加護]と、フォクシーヌのローブで火属性が付与された魔法が強く、グリーンウルフを一撃で倒せる。
どれだけ群れていようが、中、遠距離では『アクア・アロー』、近距離では『アクア・ソード』を使うことで、問題なく狩ることができた。
というわけで、グリーンウルフ二十匹討伐完了。これで三つの依頼のうち二つが終わった。
三つ目の依頼は、ゲイルベアーの討伐だ。
どんな相手だろうか。クマということは予想できるが。
北部に向かって歩きながら、考えてみる。
激しい風が吹きすさぶコールドゲイルの魔物なので、風属性には耐性があるのだろう。水属性や氷属性はどうだろうか。分からない。それに、群れを見たという悪い知らせもある。多数を相手取ることも視野に入れなくてはならない。
そんなことを考えていると、北門に着いた。
外壁沿いに来たため、今は村の近くにいる。もう少し北上した方がいいな。
緩やかな上り坂になっている平原北部を歩く。ゲイルベアーがうろついている影響か、他の魔物がほとんどいない。
これはこれで楽でいいな。ベアーと戦う前に消耗したくない。
五分ほど歩くと、前方に大きな岩があった。
平原には似つかわしくないオブジェクトだ。でも、荒野が近くにあるから、そう珍しいものでもないのか?
と考えながら、岩に向かって進んでみる。
近づくと、分かった。
これは岩じゃない。
魔物だ。
「グウウウッ!」
大岩の正体は、丸まったゲイルベアーだった。
灰色の体毛をした巨大なクマが、もぞもぞと動いて四本足で立った。
「『アクア・ランス』」
まずはクマの顔に向かって、様子見の一撃を放つ。
「グウウッグワアアッ!」
水の槍が当たったクマは一瞬怯んだものの、雄たけびを上げてこちらに突進してくる。
額には傷がついているが、致命傷には程遠い。
ランスで貫けないほどの硬さか。流石コールドゲイルの魔物だ。
「『アクア・ソード』」
クマの動きを注意深く観察しながら、水の剣を展開する。
三、二、一。
今だ。
迫る牙と爪を、時計回りに左へターンすることで躱す。
その勢いを利用して、右腕を大きく振って斬撃を叩き込む。
なにかを切り裂く感触。
そのまま180°回転して、背後のクマを視界に収める。
「グウウウッ!」
見ると、クマの右後ろ脚が切れている。カウンターは成功したみたいだ。
再びクマが突っ込んでくる。
が、先ほどのような勢いはない。
いける。
俺は一度目と同じように、ターンしてクマの巨体を躱す。
そして、通り過ぎていくクマの腹部に下から突き上げる形で刺突攻撃を入れる。
突進の勢いが残ったままで、クマが後ろにズルズルと下がる。
杖を握っている俺もそれにつられて引っ張られる。
「おっとと。……なんとか、倒せたな」
刺突の一撃が致命傷だったようだ。危なげなく倒せてよかった。
杖をクマの腹から引き抜いて、ドロップした素材を確認する。
〇アイテム:ゲイルベアーの爪
コールドゲイル荒野に生息するゲイルベアーの爪。大きく、硬い。獲物を強引に引き裂き、穿つのに適した形状をしている。
〇アイテム:ゲイルベアーの牙
コールドゲイル荒野に生息するゲイルベアーの牙。爪よりも大きく、獲物を骨ごとすりつぶすために頑丈に発達した。
〇アイテム:ゲイルベアーの毛皮 効果:斬属性耐性:中
コールドゲイル荒野に生息するゲイルベアーの毛皮。斬撃に強く、ごわごわした毛並みをしている。
〇アイテム:ゲイルベアーの肉 効果:疲労回復:大
コールドゲイル荒野に生息するゲイルベアーの肉。えぐみが強いがコールドゲイルの人々には愛されている食材。滋養強壮効果に優れる。
落ちたアイテムは四種類。タラフク果樹林のタラフクベアーと同じ種類の素材が落ちた。
それにしても、ゲイルベアーは斬撃に耐性があるんだな。覚えておこう。
でもなんで、『アクア・ランス』の効きが悪かったんだ?
ま、そこを考えても分からないから、そういうものだと納得しよう。
次だ、次。次のクマを狩るぞ。
残りは四匹。できるなら今日中に終わらせたい。
この辺りにクマが現れることが分かったので、周囲をうろつく。
どこだ。どこにいる。
血眼になって探していると、居た。
岩が三つ、坂の上に転がっていた。
クマの群れ。依頼では逃げろと書いてあったが、俺は挑みたい。
「『アクア・ボール』」
手前の一匹に魔法を当てる。一匹ずつおびき寄せて倒す作戦だ。
「グウウウッ!」「グアアウウウウッ!」「グウウウアアアアウッ!」
まずい、三匹とも反応した。
「『アクア・ソード』」
左の手前、右の奥、左の奥。
まずは手前の一匹を倒す。
「グアアアウウウッ!」
後ろ足で立ったクマが、右腕を大きく振りかぶる。
来る。
「はっ!」
爪が地面に叩きつけられる瞬間、大きく右に避ける。
奥のクマは来ない、いける。
小さな揺れとともに、目の前の土がえぐられる。
俺は前足をついた状態のクマの腹に刺突をねじ込む。
まず、一匹目。
次は、奥にいる二匹だ。
「グアウウウッ!」「グウアアアアアッ!」
仲間がやられ、二匹が咆哮を上げる。
俺は杖を構え直した。
右の一匹が立ち上がる。左のは回り込んでにじり寄ってくる。視界から外れてしまうな。
仕方がない。右のクマに集中する。
動きはもう見切った。
両腕をクロスさせながら飛びついてくるクマを、右に大きく踏み込んで躱す。
「っはああっ!」
攻撃直後で硬直しているクマの腹を、一息に突き刺す。
これで残り一匹。
左のやつは………。
最後の一匹に向かって振り返ろうとした瞬間。
大きな衝撃が背中を襲う。
「ぐはっ!……あああっ……はあっ」
前方に強く押され、草地の地面をゴロゴロと転がる。
素早く立ち上がり、急いでクマの方を向き直る。
クマは!?
速い、もう目の前にいる!
「『アクア・ウォール』!」
水の壁を張る。水流を受けたクマは一瞬足を止めるも、再度勢いをつけて迫ってくる。
だが、時間は稼げた。
「『アクア・ソード』」
水の刃を出すと同時に、クマが目の前に。
突進攻撃を横に転がって避ける。
クマは攻撃のタイミングが分かりやすい。来るとわかっていれば簡単に躱せる。
技後でがら空きになったクマの腹に、『アクア・ソード』を深々と突き刺す。
これでようやく、最後のクマは沈んだ。
案外、いけるもんだな。
※※※
「依頼達成、お疲れ様でした。依頼達成数が一定以上になりましたので、トール様の冒険者ランクがCランクに昇格致しました」
あの後、もう一匹のベアーを狩って依頼達成の報告に行くと、Cランクに昇格したらしい。
まあ、どのランクでも受けられる依頼に変わりはないので、飾りみたいなもんだな。
そして、報酬の130000タメルをもらった。これで所持金は159000タメルだ。
杖のオーダーメイドに必要な200000タメルには少し足りないので、アイテムボックスから下ろしてこよう。
冒険者ギルドを出た俺は、王都へ転移した。
その足で”工房”に到着する。
中に入り、アイテムボックスを開いて41000タメルを引き出す。これで所持タメルが200000タメルぴったり、ボックス内のタメルは259000タメルになった。
借金の返済分が減ってしまったが、これくらいならすぐ貯まる。気にしないでいいだろう。
忘れないように、ココデミズダコの足とココデオオシャチの骨も持っていく。
時刻は二十二時。エクリプス装備店はまだやっているだろうか。
とりあえず行ってみることにする。
”工房”を出て、中央広場を目指す。
「明かりがついてるし、やってそうだ」
そのままエクリプス装備店に入店。四階に上がった。
「こんばんは。ようこそいらっしゃいました」
前に来た受付に行くと、シーゼルさんが出迎えてくれた。
「必要な素材と、200000タメルを持ってきました。オーダーメイドをお願いできますか?」
俺はインベントリから素材とタメルを出し、シーゼルさんに渡した。
「……はい、確かに受け取りました。オーダーメイドの申し込みは完了です。数日お時間を頂戴してもよろしいですか?」
「大丈夫です」
前に言われていたので、頷いて返す。
「ありがとうございます。それでは製作に移らせて頂きます」
「よろしくお願いします」
シーゼルさんと挨拶を交わし、四階を後にする。
これでオーダーメイドの受注が完了した。一つの杖で二属性を使えるようになる。
手持ちはすっからかんの0タメルになったが。
装備店を出ると、時刻は二十二時三十分だ。
……そろそろいい時間だな。
中央広場に着いた俺は、新しい杖が手に入るのを心待ちにしながら、ログアウトするのだった。
これまでの話の改稿がひと段落したので、ちょこちょこ新しい話を公開していこうと思います。