第百十六話
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百十六話]
午前の授業が終わり、俺、昇、彰、静の四人は新しく友達になった誠とともに、各教室を巡った。
結果、昼休みの三十分ほどで、一、二年生の全ての教室を周ることができた。
放課後のオリエンテーションはどうするかという話になったが、部活が入っている人がいたのでやめにした。
なので、午後の授業もなんとか乗り越えた俺はそのまま家に帰ってきた。
今は課題や家事を片づけている最中だ。だいぶ手間だが、やらなければならない。
「ふう、やっと終わった」
課題を終わらせ、椅子に座ったまま大きく伸びをする俺。
時刻は十七時半。ちょっと疲れたが、少しゲームを遊ぶくらいなら問題ないだろう。
俺は『チェリーギア』を持ってベッドに座り、ヘッドセットをかぶってVR空間にログインする。
――こんにちは、トオル!そういえば、今日から桜杏高校でイベントがあるぞ!トオルは参加したか?
真っ白の空間に浮かぶナビゲートAI、ちびドラゴンが特殊なセリフを言う。
「ああ、楽しませてもらってるよ」
――それは良かった!
ちびすけの質問に応えつつ、[AnotherWorld]のアイコンをタップする。
――[AnotherWorld]を遊ぶのか!
「ああ」
ちびドラゴンが食いついてきた。俺は短く返事を返す。
――そっか!だったら、オリエンテーションの報酬を受け取ってな!メニュー画面の『トピックス』タブから確認できるぞ!
「分かった。ありがとう、ちびドラゴン」
見かけによらず、いつも親切に教えてくれる。流石はちびドラゴンだ。
――ちびではない!今はまだ小さいだけだ!
「悪かったよ」
つい言葉に出してしまったので、謝っておく。
よく、ちびドラゴンとは他愛もない話をしている。[AnotherWorld]のログインが完了するまでの数十秒の間が暇だからな。
――[AnotherWorld]の準備が整ったぞ!『もう一つの世界』、楽しんでいってな!
「ああ。またな、ちびドラゴン」
――だからちびでは……
ちびドラゴンが再び怒っている最中に、俺はログインを終えた。
※※※
ログインすると、王都の中央広場にいた。
そういえば昨日は、エクリプス装備店へオーダーメイドの相談に行った後、そのままログアウトしたな。
俺はその場に突っ立ったまま、メニューを開く。
デフォルトで現れる画面は『トピックス』のタブだ。
手を当てて下にスライドすると、『桜杏高校オリエンテーションイベントの報酬はこちら』というアイコンがある。
俺はそれをタップしてみる。すると、メニューが閉じ、別のウインドウが開いた。
そこには高校のオリエンテーションで達成した項目と、その報酬内容が記載されていた。
『教室のコードを一つ読み取る』、『一年生の教室のコードを全て読み取る』、『二年生の教室のコードを全て読み取る』、『二学年の教室のコードを全て読み取る』の四項目を達成した、とある。
桜杏高校は現在、一学年と二学年のクラスしかない。だから、生徒がいる教室のオリエンテーションは全て終わった。
報酬は、『教室のコードを一つ読み取る』が一万タメル、『一年生の教室のコードを全て読み取る』がファーストバッジ、『二年生の教室のコードを全て読み取る』がセカンドバッジ、『二学年全ての教室のコードを読み取る』がサードバッジだ。
一学年の教室コンプリートがファーストバッジ、二学年の教室コンプリートがセカンドバッジという報酬なのは分かる。
だが、今年度は三学年がいないので、一、二学年全ての教室コンプリートでサードバッジという報酬になっているんだと思う。
まあ三学年用の教室はあるんだが、場所を覚えたところで今年は使われることがないので、コードの設置箇所から除外されているみたいだ。
そして、ファーストバッジ、セカンドバッジ、サードバッジは装備に着けられるアクセサリーらしい。能力は以下の通りだ。
〇アクセサリー:ファーストバッジ 効果:採取量増加:微
装備につけられるバッジの一種。未知の材質で作られている。身に着けると、採取ポイントで採取量が増加する確率がわずかに上がる。
〇アクセサリー:セカンドバッジ 効果:灼熱耐性:微、寒冷耐性:微、濡れ耐性:微
装備につけられるバッジの一種。未知の材質で作られている。身に着けると、暑さ、寒さ、濡れに対する耐性がわずかに上がる。
〇アクセサリー:サードバッジ 効果:全物理属性耐性:微、全魔法属性耐性:微、
装備につけられるバッジの一種。未知の材質で作られている。身に着けると、全ての物理攻撃、魔法攻撃に対する耐性がわずかに上がる。
全部強い。他の報酬もこれくらい強い効果が付いた装備なら、さらにオリエンテーションを進めたくなるな。
バッジはいくつでも付けられるようだ。
俺はバッジを具現化させ、三つともシャツの胸辺りに付けた。
よし、これで報酬はチェックした。次にやることを考えよう。
やはり、新しい杖が欲しい。ブリザルド雪原でユキヒョウとペンギンを狩るか。
決めた。早速ブリザルドに行こう。
俺は広場にあるテレポートクリスタルで、ブリザルドに転移する。
待つこと数秒。いつものように転移が完了した。
道や屋根にうっすらと雪の積もる街、ブリザルド。記憶が正しければ、二度目の来訪だな。
そういえば、この辺りのマップを手に入れてなかった。
雪原に行く前に、雑貨屋で地図を買っておこう。
『えー。早く雪原に行きましょう?』
俺にしか聞こえない声でバーネストが駄々をこねるが、ダメだ。まずは下調べがいる。
早速、広場に面したところにある、チルマ雑貨店に向かった。
「いらっしゃいませ~」
店員の投げやりな挨拶を聞きながら、入店する。
店内には攻略や戦闘に便利な様々な商品が所狭しと並んでいた。少しでも足を止めると、必要ないものまで買ってしまいそうだ。
俺は足早に地図が置いてあるコーナーを探す。
「あった」
店内をさまようこと数分。ようやく見つかった。
筒のように丸まった白い地図を一つ手に取り、レジに持っていく。
「こちら~、五百タメルになります~」
「はい」
「確かに受け取りました~。ありがとうございます~」
妙に気になる語尾の店員さんと言葉を交わし、地図を購入して店を出た。
その足で、噴水の周りのスペースに座る。
えーっと、ブリザルド周辺の地理はどうなっているかというと……。
地図では、ブリザルドの街が中心に描かれている。
街の東側は、多様な魔物が暮らすブリザルド雪原。さらに東に行くと、ココデ海の海岸に突き当たる。ここら辺は、俺が初めてブリザルドに来たときに通ったな。
街の南には、ランディール鉱山がそびえ立っている。さらに南には、ガルアリンデ平原と王都がある。メカトニカと戦った鉱山と、よくお世話になっている王都だ。
街の西側は、雪がちらほらと舞うブリザルド平原。平原によくいる魔物の他に、雪原の魔物の一部がここにも登場するらしい。さらに西に行くと、カゾート大森林の北を経て、コールドゲイルの街に到達する。
最後に街の北側を少し行くと、スノール樹氷林がある。樹氷林の大体中央に、現在の攻略の再北限、スノールの街がある。
大体こんな感じだな。
俺は大体の情報を頭に詰め込むと、地図を丸めてしまい、立ち上がる。
そして、東門に向かって歩き始める。
地図によると、ユキヒョウとペンギンはどちらも雪原に生息しているようだ。
なんでペンギンが海辺から離れたところ住んでいるんだ?
と思ったが、魔物のブリザルドペンギンは実際のペンギンとは似て非なるものなんだろう。きっとそういうことだろう。
そんなことを考えていたら、あっという間に東門に着いた。
検問を担当していたのは、エドモンドさんだった。初めて街に来た時にお世話になった人だ。
「よう、トール。今日は雪原で狩りか?」
「はい、そうです」
「もうすぐ日が落ちる。ユキヒョウは夜行性で、夜になると活発に動くから注意しろよ」
「はい、ご忠告ありがとうございます」
手短にお礼を言い、検問を終わらせる。
時刻は十八時。もうすぐ夜になるので、東門に向かっていく人ばかりだ。
『やっと暴れられるわね』
ああ。そのことだが、今回バーネストは出さない。
『え?なんでよ!』
この前、カゾート大森林で暴走しただろ。その罰として、今日は火を使わせないからな!
『ええ!?ちょっと、考え直しなさいよ!』
考え直しません。
俺は足で雪を踏み固めながら、雪原を進んでいく。
フォクシーヌのローブがあるから、発せられる熱で雪がじわじわと解けていく。そのおかげで、割とスムーズに足を運べている。
こういうところも便利だな。
夕日に照らされ、淡いオレンジ色になった雪の中をしばらく歩いていると、目の前にマツ林が現れた。
ユキヒョウとペンギンは、こういった木立ちによく生息しているらしい。
出てこい、出てこい、と念じながら、林の中に入る。
すると数分後、前方になにかが降ってきた。
よく見ると、白地に黒ブチ模様の体表。ブリザルドユキヒョウだ。
すかさず、俺は杖を構える。ユキヒョウは鳴きもせず、凛とした佇まいでこちらの様子を伺っている。
しばし睨み合う。膠着状態に陥る。
「『アクア・アロー』」
先に動いたのは俺だった。
言い慣れた魔法を唱え、水の矢をユキヒョウに向かって放つ。
ユキヒョウは横に跳躍してするりとかわすと、雪を蹴って俺に向かって飛び込んでくる。
「『アクア・ボール』」
あえてアローよりスピードの遅い、『アクア・ボール』を発動する。
これもあっさり躱される。魔法が到達する前に、飛び跳ねられて攻撃が避けられてしまう。
攻撃を当てづらいという、今までの相手とは別のタイプの強さ。
燃えてきた。いいぞ、やってやる。
ユキヒョウが再び迫る。さっきより俺との距離が詰まっており、大きく跳んで一息に突っ込んでくる。
「『アクア・ソード』」
俺は水の刃を出現させ、これに迎え撃つ。
二種類の魔法による遠距離からの攻撃を見て、俺が近接攻撃の手段を持っていないと踏んだのだろう。
回避行動を準備していなかったユキヒョウに、ソードのカウンターがヒットする。
「キャウンッ……!」
小さく鳴いて、ユキヒョウは倒れた。
あまりタフネスはないようだ。素早さ特化、回避特化の魔物というわけか。
〇アイテム:ブリザルドユキヒョウの牙
ブリザルド雪原に生息するブリザルドユキヒョウの牙。鋭利で軽い。
〇アイテム:ブリザルドユキヒョウの毛皮 効果:氷属性耐性:微
ブリザルド雪原に生息するブリザルドユキヒョウの牙。滑らかな肌触りで、熱を逃がさない。氷属性の攻撃に対する耐性をわずかに上昇させる。
〇アイテム:ブリザルドユキヒョウの爪 効果:氷属性魔法威力強化:微
ブリザルド雪原に生息するブリザルドユキヒョウの爪。細く鋭く、触るとひんやりする。氷属性魔法の威力をわずかに上昇させる。
〇アイテム:ブリザルドユキヒョウの尾
ブリザルド雪原に生息するブリザルドユキヒョウの尾。短すぎず長すぎず、癖になる触り心地をしている。
ブリザルドユキヒョウからは、四種類のアイテムがドロップした。
牙と尾はともかく、毛皮と爪は中々優秀な効果が乗っている。
必要な毛皮は一個だ。これでユキヒョウの素材は手に入れられたな。
この調子で、次はペンギンを探すぞ。
そう意気込んで林の中を再び進み始めると、前方からかなりの勢いでなにかが滑走してきた。
速すぎて、目で捉えられない。なにがやってくるんだ?
そう思って身構えたのも束の間。俺との距離が数メートルになったところで、なにかが停止した。
「クワッ、クワッ、クワッ」
かわいい顔がぴょことこちらを向き、何度か鳴く。
ブリザルドペンギンだ。
腹部が水色で、頭や翼は濃紺。嘴が淡い黄色で、いいアクセントになっている。
かわいいな。だが、見た目に騙されてはいけない。
「『アクア・アロー』」
近距離から様子見の一撃を放つ。さて、どう出る?
「クワッ!」
大きく鳴いたペンギンは弧を描くように滑って矢をよけ、こちらに突進してくる。
速い!
「『アクア・アロー』!」
急いで二撃目の魔法を詠唱する。
飛んでいった水の矢を見て、ペンギンは急停止した。だが、別の方向に滑るのは間に合わなかったようだ。
ペンギンにアローが直撃する。
「クワワーッ!」
奇妙な断末魔を上げて、ペンギンはその身をアイテムに変えた。
〇アイテム:ブリザルドペンギンの嘴
ブリザルド雪原に生息するブリザルドペンギンの嘴。つるつるしていて、意外と頑丈。
〇アイテム:ブリザルドペンギンの羽毛 効果:氷属性耐性:微
ブリザルド雪原に生息するブリザルドペンギンの羽毛。もっふもふのふっわふわ。氷属性の攻撃に対する耐性をわずかに上昇させる。
ブリザルドペンギンからは、嘴と羽毛の二種類のアイテムが得られた。
よし、ちゃんと嘴が出てくれたな。これで必要な素材が全部揃った。
いつの間にか日が沈みかけで、夜の闇が辺りに広がっている。
時刻を確認すると、もうすぐ十九時。
お腹も空いたし、街に帰ってログアウトしよう。
俺はくるりと反転して、雪が踏み固められた道を引き返すのだった。