第百十五話
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百十五話]
王都前、時刻は二十一時三十分。
一人になった俺は、広場の噴水前に腰かけてなにをしようかと考える。
そういえば、フーライは風属性と雷属性の魔法を一つの杖で使っていたな。
現在、俺は水属性を使うときと氷属性を使うときで、杖を持ち換えて魔法を使っている。
俺も両属性の魔法が使える杖が欲しいな。
時間があるし、久しぶりにエクリプス装備店を覗いてみるか。
俺はよっこいしょと立ち上がり、装備店へ向かって足を進めるのであった。
※※※
「いらっしゃいませっ、あっ、お久しぶりですっ、トールさんっ」
エクリプス装備店に入ると、ひょろひょろの男性店員がレジに立っていた。
この人は……ええと……。
……。
……オルカさん、オルカさんだ。せっかちの。
俺は挨拶を聞いた瞬間に一秒ほどフリーズし、名前を思い出すことができた。
「オルカさん、ご無沙汰しております」
「こちらこそっ、ご愛顧ありがとうございますっ」
挨拶は程々に、聞きたいことを聞こう。
「すいません、水属性と氷属性の両方を使える杖を探しにきたんですけど……」
「かしこまりましたっ。ですがっ、申し訳ありませんっ。二属性を扱える杖は当店には置いておりませんっ。四階のオーダーメイドの窓口でっ、お求め頂くしかありませんっ」
オルカさんが簡潔に、けれども早口で教えてくれる。
「分かりました。四階で頼みにいきます」
「はいっ、お役に立てたら幸いですっ」
オルカさんにお礼を言い、俺はレジを離れる。
その足で階段に向かい、四階まで昇っていく。
前にも紹介したような気がするが、四階にはオーダーメイドの受付窓口がある。ぶっとんだ能力の装備でも形にしてくれるので、二属性が扱える杖も作ってくれるだろう。
ただ、値段がとんでもなく高いらしいので、懐と相談だな。借金もあるし。
あれこれ考えながら四階に着くと、一定のスペースを占める受付が横に五つ並んでおり、奥にも同じものが続いている。
スーパーのレジみたいな配置で、窓口が縦横に広がっている感じだ。
そこそこ混んでいるな。手前の受付が全て埋まっているので、一つ奥の列の受付に向かう。
「いらっしゃいませ、こちらでは装備のオーダーメイドを受け付けております」
「こんばんは。トールと言います」
「私はシーゼルと申します」
シーゼルさんは白髪交じりの黒髪をオールバックにしており、渋めのおじさんといった風貌だ。
ダンディでかっこいい、オトナの男といった感じか。
「失礼ですが、トールさんのご職業は魔法使いでよろしいですか?」
彼は俺の格好、というか腰に提げている杖を見て質問してきた。
「はい、水魔法と氷魔法を使います」
「ほう、それは珍しい。……あ、いえ、失礼でしたね。申し訳ありません」
驚いて普段の口調が出たのだろう。敬語が取れた言葉遣いで声を漏らし、慌てて謝罪するシーゼルさん。
水属性は、あまり人気がなくて使う人がほとんどいない。また、氷属性は特殊属性なので、魔法使いの中でも使える人が少ない。
だから驚いたんだろう。
「別にいいですよ、気にしてませんから。……今日はオーダーメイドの相談に来たんですが、水と氷の二属性を扱える杖は作れますか?」
「もちろんです。相性の悪い二属性ではないので可能です。今すぐ必要な素材をご紹介できますが、お聞きになられますか?」
「はい、お願いします。……それとオーダーメイドに必要な値段も教えてください」
「かしこまりました。それではご紹介しますね。まず、水属性の魔法を生み出すのに必要な素材が………」
スムーズに話を進め、俺はシーゼルさんから必要素材を聞いた。
水属性の素材は、ココデオオシャチの骨とココデミズダコの足。
どちらもすでに持っている。オオシャチの骨はココデ海岸で狩りをしたときに、ミズダコの足は海底を遭難したときに倒したので入手済みだ。
氷属性の素材は、ブリザルドユキヒョウの毛皮とブリザルドペンギンの嘴。
こちらは両方とも持っていないな。ペンギンに至っては、名前を初めて聞いた。
そして、気になるオーダーメイドの値段は……。
「全ての素材をご用意頂けるのであれば、しめて200000タメルになります」
「……分かりました」
二十万タメル。オーダーメイドにしては安いような、高いような。
「オーダーメイドの流れといたしましては、まず、必要素材とタメルを頂戴した後、当店専属の杖職人に杖の発注をします。次に、完成した杖を私どもが預かり、不備がないかチェックします。最後に、できあがった杖をこちらの窓口でトオル様にお渡しする、という形です」
「なるほど」
「そのため、トール様がオーダーしてから現物が手に入るまで、二、三日、職人の都合によってはそれ以上の日数を頂きます。ご理解いただけますでしょうか?」
「大丈夫です。親切にありがとうございます」
「いえいえ、大事なことですので申し上げたまでです」
まだオーダーもしていないのに丁寧に話をしてくれるとは、とても几帳面な人だ。
「私からの説明は以上です。何かご質問はございますか?」
「……いえ、ないです」
「かしこまりました。それでは、今ここでオーダーされますか?お手元に素材やタメルがないようでしたら、取りに行かれても結構です」
「いえ、魔物の素材で必要なものが足りないので、準備ができたら改めて伺おうと思います」
「かしこまりました」
素材とタメルを一括で渡した方がいいだろうから、ユキヒョウとペンギンを狩ってからまた来よう。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそご来店、ご相談して頂き、誠にありがとうございました」
丁寧な別れのあいさつをもらって、俺は四階を後にした。
他の階には用はないので、一気に一階まで下る。
「ご利用、ありがとうございましたっ」
俺はオルカさんと再びあいさつを交わし、エクリプス装備店を後にした。
中央広場に戻ると、時刻は二十二時。
今日はこれくらいにするか。明日も学校があるしな。
俺は軽く深呼吸をし、その場でログアウトした。
※※※
翌、五月一日。木曜日。
今日から二週間、高校でオリエンテーリングがあるらしい。
達成すると、[AnotherWorld]で良いことがあると言っていたが、なんだろうか。
俺は登校中、そのことで頭がいっぱいだった。
全員が席に着き、朝のホームルームの時間になると、担任のアロハ短パンはこう言った。
「皆、俺が前言ったことを覚えてるか?今日からオリエンテーリングだ!様々な施設や部屋、教室に置かれたQRコードをタブレットで読み込んでくれ。達成数が多いと[AnotherWorld]で良いことがあるぞ!」
彼は大声でまくしたてると、誰の質問も許さずホームルームを終わらせ、教室を出ていった。
いつものことなので気にしない。気にした方が負けだ。
「ん?」
俺は呆れて、アロハ短パンのいた教壇から視線を逸らすと、扉の脇になにかを発見した。
あれがQRコードか。小さな机の上に、コードが印刷されたプラスチックのプレートが置かれている。
「どうやら、僕たちの教室にもあるみたいだね」
彰が振り返ってきて話しかけてきた。
「そうだな。きっと他の教室にもあるだろう」
「オリエンテーションを通じて、他のクラスの人たちとも仲良くなってほしい、っていう思惑かもしれませんわね」
「あと、楽しみながら教室の場所を覚えてくれってことじゃないか?」
静と昇も話に参加する。
計算高い白峰校長のことだ。一つのレクリエーションに複数の意味を持たせているのだろう。
「まあ面白そうだし、やらない理由はないな」
「早速、次の休み時間から一緒に周ろうぜ!」
「いいね。なんとなく敬遠してた図書室にも行きたい」
「教室の位置関係は分かりませんが、正門の花壇は任せてくださいまし!」
ということで、一時間目が終わった後にQRコードを探しに行くことになった。
「目指すは、コンプリートだな」
「もちろん!全部見つけて[AnotherWorld]でも得したいしな!」
「大きく出たね。けど、僕も同じ気持ちだよ!」
「やるからには全力で、ですわ!」
俺たち四人は闘志を漲らせ、一時間目の授業に取り組むのだった。
※※※
「失礼します」
「お邪魔しまーす」
「失礼します」
「失礼しますわ」
一時間目が終わり、早速自分のクラス、一年二組のQRコードを読み取った俺たちは、隣のクラス、一年一組を訪れた。
「お、透、昇に彰、そして静もいらっしゃい!」
「オリエンテーションよね。ずいぶん気合い入ってるじゃない」
「私たちも負けてられないですっ!」
途端に勇也と美樹、香蓮が出迎えてくれる。
そういえば三人とも一組だったな。
「負けてらんないな!美樹、香蓮、俺たちもいくぞっ!」
俺たちと顔を合わせた勇也は、ろくな会話もせず、一人で飛び出していってしまった。
「あっちょっと!……ごめんなさい、勇也がまた失礼なことをしたわ」
「いつも、あんな感じなんですっ……」
まさに猪突猛進。
傍から見る分には豪快だから好きだな。
「ま、俺たちもQRコード読み取りに来ただけだし、長居するつもりはないぜ」
「授業合間の休み時間でも一、二個は達成できると思うから、二人も行ってきたら?」
「勇也の手綱を握るんですわ!」
「三人の言う通りだ。勇也がどこに行ったかは分からないが、二人も行ってくるといい」
俺たちは口々にアドバイスする。
時は金なり。スタートダッシュは早い方がいい。
「言われてみればそうね。ありがとう。行ってくるわ」
「私も行くですっ!」
そう言って、美樹と花蓮の二人も教室を出ていった。
「……よし、読み取りは終わったな。それじゃあ、次は三組に行くか」
「そうですわね。急げば間に合いますわ」
俺たちは三人を見送り、スキャンを終えて一組を出る。
時間があまりないので速足で廊下を歩き、三組の教室に入る。
そういえば、三組には知り合いがいないな。俺は、だけど。
「おっす、昇。そこの三人は友達か?」
若干居心地の悪さを感じながら読み取りをしていると、昇の友達らしき男子が話しかけてきた。
「おう、そうだぜ、誠」
まことと呼ばれた男子は短髪の黒髪をしており、背が高い。
だが、ひょろひょろした感じはない。背筋がまっすぐ伸びていて姿勢がいいのと、がっしりとした肩幅のせいだ。
また、顔つきは精悍だ。まさに男らしい男、という外見をしている。
「初めまして、三人とも。俺は三組の服部誠だ。皆の名前を聞いてもいいか?」
まことはこちらの方を向かい、自己紹介をした。
「もちろん大丈夫だ。俺は柊透。きへんに冬の柊と、透明の透だ」
「僕は濱彰。さんずいに来賓の賓の濱に、表彰の彰で、濱彰だよ」
「森静ですわ。静かな森で森静ですわ」
「三人とも俺の親友ってやつだ!」
俺たちが自己紹介をすると、なんとも恥ずかしいことを言う昇。
「漢字の説明をしてなかったな。服部は着る服に部活の部、誠は愛と誠の誠だ」
誠は昇の言葉に特に反応することもなく、名前の漢字を教えてくれる。
服部誠、だな。覚えた。
「俺は昇と同じ陸上部でな。走るのが好きなところが俺と似ていて、自然と友達になった」
「そうだな!部活体験会で走る前に準備運動してたら、いつの間にか仲良くなってた、って感じだ」
誠と昇が馴れ初めを話す。
へえ、竹馬の友って感じだな。
「しかし、今日からオリエンテーションだったか。俺もやらないとな」
「おうっ![AnotherWorld]で良いことがあるから、パーフェクトしようぜ!誠も俺たちと一緒に周るか?」
うっかりしていたという風にオリエンテーションの存在を思い出した誠に、昇が提案する。
勇也たちも忘れてたみたいだし、他のクラスでは先生からオリエンテーションのことを言われなかったのか?
もしかして、アロハ短パンは結構優秀なのか?
「だが、いいのか?俺と昇たちは違うクラスだから、集まるのに時間を使ってしまうが……」
「そんなこと気にしないぜ!な、皆?」
そう聞きながら、昇がこちらを振り返ってくる。
「ああ、コンプリートはするつもりだが、急いでやってるわけじゃないし問題ない」
「僕も大歓迎だよ!」
「こういうのは、大勢でやるのが楽しくってよ!」
嫌なはずがない。俺たちは了承する。
「ありがとう。世話になる」
短く感謝の言葉を述べた誠。
なに、初めはちょっとぎくしゃくするかもしれないが、オリエンテーションが終わる頃には彼と仲良くなれるだろう。
「授業の準備が必要だろうから、次に集まるのは昼休みにしよう」
「そうだね」
「そうしてくれると俺も助かる。……でも、俺抜きで進めてもらってもいいぞ?」
「そんなの楽しくねーだろ!皆で楽しく、パーフェクトまで駆け抜けるぞ!」
誠が気を遣ってくれたが、それは無用とばかりに突っぱねる昇。
俺も昇に賛成だ。誠のために俺たちが既に行ったところへもう一度行くのは非効率だし、なにより誠が申し訳なく思うだろう。
「友達に遠慮は要らないぞ。先に行きたいところがあるとか、今日は予定があって付き合えないとか、何でも気軽に言ってくれ」
俺がそうさせてもらってるからな。誠も遠慮しないでほしい。
「わかった。透、ありがとう。皆と友達になれて良かった」
「ああ、俺もだ」
俺が手を出すと、誠が握ってくる。
男と男の握手を交わす。
「あ、次の授業が始まっちゃうね」
キーンコーン、カーンコーンとチャイムが鳴り、彰が口を開く。
まずい、休み時間が残り少ないことを忘れていた。
「それじゃあ、昼休みに会おう。場所はどこにする?」
「誠、食堂で一緒に昼ご飯を食べようっ!授業後に食堂でなっ!」
急いで三組のドアに向かいながら、昇が早口で伝えるのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
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