第百十四話
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百十四話]
休憩を終え、再びカゾート大森林を進んでいた俺たちは、ついに森を抜けることに成功した。
そのまま現われた平原を西に歩いていくと、村に到着。
その名もイグルア村。『オアシス』くらいの大きさの、小ぢんまりとした村だ。
時刻は二十三時三十分。
十分パーティプレイも楽しめたということで、俺たちは例のごとく中央広場のテレポートクリスタルを登録し、解散した。
色んなことがあって疲れたので、俺はすぐにログアウトしてぐっすりと寝た。
※※※
翌日。四月三十日、水曜日。
今日は読書部の発表がある。がんばろう。
ご飯とお味噌汁、卵焼きをゆっくりと食べて、朝食を終える。
寝室に行って着替えてから、いつものトートバッグを提げて学校へ向かう。
午前の授業を受け、昼食を挟み、眠気を押さえながら午後の授業を乗り切った。
そして、放課後。
「全員集まったな。これからAグループの発表を始める。透くん、頼んだぞ」
泰史さんのかけ声で、俺の発表が始まった。
「本日皆さんに発表したいのは、『慄け!物の怪探求部!』です。ある日、主人公の女子高校生がトイレの鏡を壊してしまい、代わりに持ってきた怪しげな鏡を覗くと、そこには………」
少し怖い感じの本なので、おどろおどろしく話してみる。
辺りを見ると、心なしか要さんが震えているように見える。が、要さん以外の皆はピンピンしている。
「……という話になっています。ご清聴ありがとうございました」
「ありがとう、透くん。それでは十分間、ディスカッションの時間に入る」
泰史先輩の号令で、話し合いの時間が始まる。
今日も無事に発表できてよかったな。これで三週間気楽だ。
俺の発表は、挑戦は感じられたがまあまあ、という評価だった。
「と、とっても怖くて、お話に引き込まれてしまいました……」
要さんには好評のようだった。
「十分経ったな。これで透くんの発表は終了だ」
泰史さんが一区切りを打つ。
「続いて、神薙だ。よろしく頼む」
「はい!」
次はあすか先輩の番だ。集中して聞こう。
「私が発表するのは、『血染めの夜』です!ホテルに宿泊した吸血鬼が、次々と宿泊客たちを………」
まさかのホラー被り。
慣れてきたので、今回はあすか先輩にスライドを見てもらうことはしなかった。
そのため、ジャンルが被るのは仕方がないな。内容は違うし、気にしないでもいいか。
「……結果は、ぜひ皆さんの目で確かめてみてください!以上で発表を終わります」
あすか先輩の発表が終わる。俺のときよりも怖い内容だった。
要さんがガタガタと震えている。
「それじゃあ、ディスカッションの時間を始める」
ディスカッションではやはり、聴衆を怖がらせる発表の仕方が議論された。
さらにスライドのデザインもダークな感じで、世界観に没入できると褒める人たちが多かった。
「十分経過した。神薙の発表はこれまでとする」
「ありがとうございました」
一礼して、自分の席に戻るあすか先輩。
入れ替わるようにして、前に出る佳乃先輩。
「じゃあ、吾妻、始めてくれ」
「はい。……私が紹介するのは、『}融和する世界たち{』です。勇者召喚に失敗し、異世界と融和した地球で……」
おお、ファンタジーもの。佳乃先輩がこういうのを読むとは思っていなかった。
皆もびっくりしていたが、彼女の巧みなスピーチとスライドの数々に、徐々にのめり込んでいった。
「……というところが面白い作品となっております。発表を終わります、ご清聴ありがとうございました」
「……とても素晴らしかった。それでは、ディスカッションの時間に移る」
泰史先輩がディスカッションを促す。
やはり、佳乃先輩は頭一つ抜けて上手い。場の空気を掴む能力が優れているのだろう。
改善点など出ないまま、ここがよかった、あそこも、と議論を交わしているうちに話し合いの時間が終わった。
「時間なのでこれにて、吾妻の発表を終わる。……以上で本日は終了だ。次週は勇也くん、織内、俺の三人が発表する。資料の準備を忘れずにな」
「「はい」」
泰志先輩の号令に、勇也と紅絹先輩がきれいに返事をする。
本日の活動もつつがなく終わった。
※※※
家に帰ると、時刻は十七時だった。
よし、[AnotherWorld]をやろう。
課題や家事の諸々を片づけると、一時間経って十八時になった。
一時間くらいやろうかな。
いざログインすると、イグルア村の中央広場に出た。
今日は村を見て周るのと、フクキチに会えたら商売の話を進めたい。
昨日東から歩いてきて見た感じだと、イグルア村は住居の数が少ない。その代わりに、一軒一軒の家の脇に小さな畑がついている。
なんらかの野菜らしき茎や葉が見えたので、野菜の栽培が盛んなのだろうか。
と思いつつ広場周辺を見ると、冒険者ギルド、エクリプス装備店、チルマ雑貨店はあるものの、ホテルハミングバードがない。
南東には建物ではなく、アラニアの魚市場のようなスペースがある。
ここは、野菜を売る市場か?
残念だが、今は営業時間外のようだ。屋台のような骨組みがいくつも置いてあるが、明かりは消されている。人もいない。
休みの日に朝早くログインしてみようか。
次は、大通りの散策だ。
俺はなんとなく西に進んでみる。
やはり大通りは飲食店が多い。でも王都やアラニアよりかは店の数が少ないな。
一つ一つの店の規模もそれほどではないし、人通りもまばらだ。
静かに暮らしたい人にはいいかもな。
そんなことを考えていると、西門に到着した。
『オアシス』と同じくイグルア村も、木の壁が外周を囲んでいる。そして東西南北に門があり、それぞれを騎士たちが防衛している。
村の外には用がないので、番をしている騎士には話しかけずに引き返す。
あ、そうだ。フクキチに連絡をしておかないと。
商売の話をしたい、と文章を書いてフクキチに送る。ちょっと時間がもったいなかったな。
それから数分かけて、中央広場に戻ってくる。
フクキチからはすぐに返信が来た。
彼も村にいるらしい。少し立て込んでいるので、中央広場に二十一時でいい?という返事が来た。
もちろん、と返し、次に行く店に向かう。
チルマ雑貨店。雑貨ならなんでも売っている、現実のスーパーマーケットみたいな店だ。
外観を見る感じ、ここも王都の店よりかはちんまりしている。
「いらっしゃいませ」
入り口のドアを開けて中に入ると、レジにいる女性が挨拶をしてくる。
「こんにちは」
俺も挨拶を返し、店内を見て回る。
メニューにはマップ機能がある。そのため、アイテムの地図は軽視されがちだ。
しかし、地図にはメニューで知ることのできない、周辺の街の詳しい情報が載っている。
俺は地図の置かれたコーナーを見つけ、一冊手に取った。
「こちら、一点でよろしいですか?」
「はい」
「500タメルになります」
イグルア村周辺の地図を購入して、店を出た。
中央広場の噴水前のスペースに腰かけて、地図を読む。
『コールドゲイル』。イグルア村を北に進んだ先にある、強風が吹く街。
街の人たちは皆厚着をして、寒さをこらえている。温かくなれるブリザルド産のウイスキーが多く消費されている。
分厚く、高い壁を築かれており、強い風と魔物の侵入を防いでいる。
周辺のコールドゲイル荒野には、厳しい環境を生き抜く強靭な魔物たちが生息している。
『ミーンクラン』。イグルア村の西に位置する、闘いの街。
街の中にある闘技場では、戦士たちが日夜しのぎを削っている。
人同士の闘いだけでなく、闘牛や闘鶏も行われている。
周辺のミーンクラン平原には、街の人親しみの、ノイジーチキンやレイジブルが棲む。
『モイカ』。イグルア村から南に進むと突き当たる、芸術と癒しの街。
街は穏やかで、路上には絵を描く画家がおり、レストランではピアノの音色が響き渡る。
荘厳な雰囲気の美術館と、活気にあふれるオークション会場は、ぜひ訪れたい場所だ。
北西に位置するモイカの花畑には、薬の材料となる花々が咲き誇り、回復効果のある鱗粉を振りまく不思議な蝶たちが踊る。
また、南東に少し足を伸ばすと、ネッサ砂丘に到着する。
ふむふむ。これら三つの街が、イグルア村の周りにあるということか。
さらに、村からこれらの街へは街道がつながっており、初めての人でも迷わずに訪れることができる、とのことだった。
街道は便利だな。こまめにマップで自分の位置を確認する手間が省ける。
これらの街で気になるのは、やはりミーンクランだ。
決闘で強い相手と闘える。しかもお金を稼げると思うから、借金を減らせる。一石二鳥だ。
しかし、コールドゲイルもいいな。
『強靭な魔物たちが生息している』ということは、周辺の魔物が強いということだろう。
モイカはそうだな。どちらかと言えば、商人に嬉しい街だろう。
回復効果のある薬を買ったり、オークションに参加したり、だな。
あとは現実で手の出しづらい、楽器、絵の練習がゲームの中でできるというのも、人によっては嬉しいだろう。
こんな感じで地図を読んでいたら、もう十九時になっていた。
俺はゲームからログアウトして、晩ご飯の準備をする。
今日は肉野菜炒め。豚肉、ピーマン、ナス、ニンジンを一口大に切って炒める。
皿に盛りつけて、完成。ささっと作れてスタミナ満点、まさに男の料理だ。
あったかいご飯とみそ汁と一緒に、いただきます。
※※※
ご飯を食べ終わって入浴が済むと、時刻は二十時半。
早めにログインできたので、王都に依頼の達成をしに行こう。
王都に転移し、冒険者ギルドの中に入る。
空いてるな。クリステアさんの窓口に行く。
「お疲れさまでした、トール様。これで依頼の達成となります」
森林の依頼報酬の135000タメルを受け取り、これで所持タメルは179000タメルだ。
「またのご利用をお待ちしております」
冒険者ギルドを後にする。時刻は二十時四十分。
”工房”に行く時間があるな。
足早に南の通りを抜け、”工房”に戻る。
ボックスに150000タメルを預ける。これで借金は370万タメル、所持金は29000タメルだ。
それから急いで中央広場に戻ると、時刻は二十時五十分。ちょうどいい時間だ。
テレポートし、イグルア村に戻る。
「やあ、どっか行ってたのかい?」
広場には、既にフクキチが待っていた。
「依頼の報告にな。300000タメルほど稼いだが、ちょっとずつ返したほうがいいか?」
俺は”工房”を買うときに400万タメルの借金を背負っている。
あいさつ代わりにそれの返済の話をしてみる。
「どっちでもいいよ。支払い期限もないし、会うたびに少額ずつ返すでもいいし、一括で払えるまで貯めるでもいいよ」
「じゃあ、400万貯めることにするよ。いちいち会うのも大変だろうし」
「そうだね」
”工房”のアイテムボックスに預けておけば、絶対に安全だ。あそこは俺とフレンドしか入れないからな。
「それじゃあ、生鮮食材の輸出の話なんだけど、その前に、トールはイグルア村の名産を知っているかい?」
「野菜、だよな。実物は見たことないが、畑に埋まっているよな」
「そう、名づけて『イグルア野菜』。変な形の野菜がこの村の名産なんだ」
円錐の形をした大根のイグルアラディッシュや、ダチョウの卵ほど大きい茄子、イグルアエッグプラントなど、結構色んな種類があるらしい。
「これらも生鮮食品だからね、トールの氷魔法で鮮度を維持する必要があるんだ」
「なるほど」
「というわけでトールには、ここの『イグルア野菜』とタラフク果樹林のフルーツ、それとアラニアの魚を凍らせてもらいたい。
「そう考えると、結構色々あるな」
「もっと他にも候補はあるんだけど、トールも僕も行ったことない街のものだから、それは後で考えるよ」
「了解、とりあえずはその三種類だな」
なかなかバリエーション豊かなラインナップだ。
「それとトールに訊きたいんだけど、凍らせる魔法じゃなくて、氷を作る魔法はあるかい?」
「あるぞ。『アイス・クリエイト』だ」
「それはよかった。だったら、このクーラーボックスに氷を詰めてほしいんだ」
そう言ってフクキチが取り出したのは、横に長い木の箱だった。
「これに入れられるものであれば、インベントリが圧縮されて多くのものを運べる。できるかい?」
「やってみよう。……『アイス・クリエイト』」
俺が開いた箱の上で雪豹の杖を構える。
呪文を唱えると、四角いブロック状の氷がジャラジャラと箱に入った。
「箱の高さの半分くらいの量でいいか?」
「そうだね。お願い」
俺は『アイス・クリエイト』を数回繰り返し、箱に氷を敷き詰めた。
「ありがとう!それじゃ、布を噛ませて、野菜とフルーツ、魚を詰めて……」
フクキチがゴロゴロと、アイテムたちを箱に入れる。
箱がいっぱいになったところで入れるのをやめ、蓋を閉じる。
「うん、こんな感じで大丈夫だと思う。次はこれを王都に運んでみよう」
フクキチが箱をインベントリにしまい、二人で王都に転移する。
王都の中央広場で箱を取り出し、中を確認してみる。
「おお、いいんじゃないか?」
「だいぶ氷が解けてるけど、アイテムは新鮮なままだ!この形でいこう!」
転移前と遜色のない鮮度を保っている食材たちを見て、俺たちは頷く。
「僕はこれらを商人仲間に売ってくるよ。お試しで買ってくれるようにお願いしてもらったから」
そこまで準備していたのか。
「あ、忘れてた。売り上げの分け方はどうする?僕としては、正直折半がありがたいんだけど……」
フクキチが言いづらそうに訊いてくる。
「半分ずつでいいぞ、俺は最初からそのつもりだったからな」
「ありがとう、助かるよ!」
フクキチは感謝の言葉を述べる。
氷魔法で鮮度が維持できたところで、売る相手がいなければ宝の持ち腐れ。モノを商品という形にしているのはフクキチだ。
だから俺は、折半が対等だと思う。
「売り上げは次会ったときに渡すよ。それじゃ、またね!」
「明日学校でな」
時刻は二十一時三十分。
フクキチと別れた俺は、さて次になにをしようか、と思索にふけるのだった。