第百十話 『フォービドゥン・リチュアルズ』
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百十話] 『フォービドゥン・リチュアルズ』
「カンカン遺跡へは流砂に落ちれば行けるんだよ、トール!」
「流砂、ですか?」
「そう!」
『オアシス』南門へ向かう最中、カンディアさんが教えてくれた。
それから俺と彼女、それとピラニルさんはカンカン砂漠南部を走っていく。
砂漠の真下に遺跡があるので、どこの流砂から落ちても遺跡に辿り着けるが、儀式を行っていたであろう神殿は南部にあるらしい。
遺跡には強めの魔物が出るので、砂漠上を進んでから流砂で降りた方がはやいらしい。
ということで、カンカン神殿の真上を目指して進んでいる。
嫌な予感がする。とにかく急がなければ。
天候を操る四つの儀式と、砂塵の儀式。
カンカン砂漠ができた原因であろうこれらの儀式の存在を、悪魔であるノーレッジが知ったらどうなるか。
……どうなるんだ?
正直、あいつの考えが分からない。そこがまた怖いところだ。
「……魔物。南東から来る」
「オッケー!」
ピラニルさんが魔物の襲来を知らせ、カンディアさんが了解する。
え?まだ姿が見えないが、来てるのか?
「……『ショック・ウェーブ』」
ピラニルさんが杖を構えると、魔法を唱える。
目に見えないなにかが彼女から放たれ、砂を撒き散らしながら右奥の方へと飛んでいった。
なんだ、これ?
数秒後、数百メートル北東にいたデザートシャークの群れが一斉に打ち上げられる。
シャークたちはビクビクと痙攣しながら、砂上をのたうち回っている。
もしかして、衝撃波か?
「妹は『衝撃魔法』の使い手なんだ」
カンディアさんが教えてくれる。
『衝撃魔法』。聞いたことがないが、特殊属性の一つか?
「……お姉ちゃん。前からサンドスコーピオン」
「あい分かった!」
また遠くにいる敵を発見するピラニルさん。
数十秒後、砂色のサソリがこちらに迫ってくるのが見えた。今度はカンディアさんが応戦するようだ。
彼女は大きなハンマーを背中にしょっている。
それを片手で持ちあげると、彼女の姿がブレる。
え?
一瞬でサソリの眼前に到達したカンディアさんが、思いっきりハンマーを叩き付ける。
メキャッッ!!
この音、聞いたことがある。サソリが潰される音だ。
「……お姉ちゃんは『砂上の残像』という特殊な走法で瞬間移動のように砂の上を走れる。……少しの距離だけだけれど」
今度はピラニルさんが教えてくれる。
『砂上の残像』。走法と言っていたし、奥義とはまた違う分類なのか?
一撃でサソリを倒したカンディアさんに追いつき、俺たちは進軍を再開する。
『衝撃魔法』と『砂上の残像』でアマジー姉妹が暴れる。
行く手を阻む魔物を悉く屍に変えていく。
「よし!ここらへんだろう!」
数分後、カンディアさんが足を止めた。
「……流砂は多分あっち」
そして、ピラニルさんがある地点を指さす。
彼女の『衝撃魔法』の一つに、『ショック・ロケーション』というものがある。これは簡単に言えば、ソナーの働きを持つ魔法だ。
微弱な衝撃波を辺りいっぱいに放ち、反響した衝撃波を感知する仕組みらしい。欠点は、柔らかい砂のある砂漠ぐらいでしか使えないこと。
でも、これを使って魔物や流砂の位置が分かるので、すごく便利だ。
「じゃあ、心の準備はいいかい、トール!」
「はい!」
流砂の縁に立つ俺たち。
ものの十分ほどでここまで来れた。二人のおかげだ。
「それじゃあ行くよ!」
カンディアさんが流砂の中に飛び込んだ。ピラニルさんも後に続く。
「ええい!」
俺も意を決して、砂に身を埋めるのだった。
※※※
降り立った場所は、ちょうど神殿の階段前だった。
「……お姉ちゃんは遺跡の構造を完璧に把握している。……当然の結果」
な、なるほど。
目の前には長い石段が続いており、昇り切った先に大きな石を重ねてできた建造物がある。
あれがカンカン神殿か!
「昇るぞ!」
階段の途中には魔物がうろついている。戦闘は避けられないか。
「おらああああ!!」
「……『ショック・ボール』」
石像のような姿の魔物や、骨だけの魔物が襲いかかってくる。
しかし、カンディアさんのハンマーとピラニルさんの『衝撃魔法』の餌食になる。
砂漠のときと変わらないような戦闘を何度か行いながら、遂に階段を昇り切る。
神殿は、長方形の大きな石を積み重ねてできた壁で構成されていた。
正面にぽっかりと穴が開いている。あそこが入口か。
そこから中の様子が少し見える。なにやら、ノーレッジのものと思われる触手が蠢いている。
まさか、儀式を行おうとしているのか!?
急いで神殿に入る俺たち。
物音に気づいて、ノーレッジが一つ眼をこちらに向ける。
「早かったな」
中は、大きな一つの部屋があるだけだった。
「なにをしている……!?」
「なに、ただの儀式だ。ある悪魔を呼ぶためのな」
変に悪びれることなく、俺の質問に答えるノーレッジ。
やつは部屋の奥に立ち、魔法陣のようなものが描かれている中央の床に向かって、なにかの魔法を唱えている。
触手の一本には紙が握られていた。あれが翻訳した最後のページか!
「それは、人類にとって危険なことか?」
「ここら辺の街は吹き飛ぶだろうな」
その言葉を聞いた途端、俺たちは武器を構える。
「頼むから、やめてくれないか?俺はお前を攻撃したくない」
「たった三人で私に勝てると思ってるのか?」
「勝つしかないんだよ!!」
話し合いによる解決は見込めないようだった。
「『アクア・……」
「残念。もう完了したぞ」
「なにっ!?」
その言葉を聞き、俺は魔法の発動を中断する。
それがよくなかった。
「嘘だ」
「だああああっっ!!」
引っかかった!なんてやつだ!
嘘に気づいた俺たちの中で先制して、最も予備動作の短いカンディアさんがハンマーを振るう。
槌の側面がノーレッジの胴体に叩きつけられる寸前……。
数本の触手がハンマーを柔らかく受け止めた。
「完成だ」
「『アクア・ランス』!」
「……『ショック・ランス』!」
「『アース・ウォール』」
あと少しでもタイミングが早ければ……。
俺とカンディルさんの魔法はノーレッジが生み出した土の壁に阻まれ、やつには当たらない。
それと同時に、床の魔法陣が光りだす。
儀式が完了してしまった!?
……だが待てよ?やつは悪魔を呼ぶと言っていた。天候を操作する儀式を行っていたんじゃなかったのか?
紙を持っている触手がこちらにやってくる。
「それを後で読め」
「どういうことだ!?」
「とにかく逃げろ」
土の壁に阻まれて、ノーレッジの表情が分からない。
「おい、どういう意味なんだ?」
「ええい、世話の焼ける!」
土壁越しに呼びかけていると、俺たちは触手で縛りつけられた。
「『ウインド・アップバースト』」
そしてまとめて入口の方に投げ飛ばされ、神殿を飛び出した瞬間に強烈な風が下から発生し、打ち上げられる。
アップバースト。上昇気流だ。
『短い間だったが、まあ世話になった』
なぜかやつの声が響く。頭の中に流れ込んでくる。
ものすごい風圧で神殿の屋根が剥がれ、こちらを見つめるノーレッジと目が合う。
『私がいなくとも、もうお前は強い』
いなくとも、だって?
頭の中が疑問でいっぱいだ。なぜが溢れている。
なにもできないまま、俺の体はどんどん上へと舞い上がっていく。
『お前は一流の魔法使いだ。フォクシーヌを倒し、バーネストを退け、オトヒメの眷属となるほどだからな』
やめろ。
今生の別れみたいなこと、言うなよ!
魔法陣がさらにまばゆく輝く。
『私が倒せなかったら、トールに代わりを頼む』
さらに上へ上へと吹き飛ぶ。
頭上の砂にもう少しで飲み込まれてしまう。
魔法陣の輝きが不意に収まった。
なにかが中央の床にいる。
遠くてよく分からない。
『この悪魔の名前は……』
瞬きを忘れていた。
霞む目は閉じない。
目を凝らし続ける。
砂が背中に当たる。
やつが視線を切る。
正面の悪魔を見る。
『ウェドアンシーナ』
体が全て砂に飲み込まれる。
砂が眼に当たり、思わず目を閉じてしまう。
次に目を開けたときには、もう全身が砂の中に埋まってしまった。
手に持った紙を落とさないように、しっかりと握る。
『ウェドアンシーナ』。完璧に覚えたぞ。
吹きすさぶ風と沸き立つ砂の中、俺は悪魔の名をしっかりと頭に刻むのだった。