第百八話
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百八話]
四月二十七日、日曜日。今日も爽やかな朝だな。
今日は午前中に読書部のスライド作りをして、午後はまんてん書店でバイトだ。
張り切っていくとするか。
とりあえず、朝食の準備をしながら昨日の戦いについて思いを馳せる。
ゲーム内でココデクラーケンを倒せたかどうかを聞きたかったので、昨日の夜にライズに尋ねるようなことはしなかった。なので、まだ結果が分からずじまいだ。気になる。
そんなこんなで考えごとをしている内に、朝ごはんを食べ終わってしまった。
洗い物を終えて、朝一番から[AnotherWorld]にログインしたい気持ちを抑えて、タブレットを起動する。
やるべきことをやってこそ、ゲームは楽しく遊べるからな。
俺はスライドを作成するソフトのアイコンをタップし、作業を始めるのだった。
※※※
ふう。
無事スライドを作り終え、発表練習も十分にやった。これで本番も大丈夫だろう。
俺はタブレットの画面を閉じ、小さく伸びをする。
時刻は十二時。そろそろ昼食の時間だな。
俺は戸棚から袋めんを取り出すと、中身を開ける。買い置きしていると便利である。
今日は紅絹先輩にこき使われませんようにと、叶いもしないことを願いながら、水を注ぎ入れてお湯を沸かすのだった。
※※※
ごちそうさまでした。やっぱり袋めんは醤油味だよな。
どんぶりを洗い、バイトに行く準備をする。
時刻は十二時半。そろそろ出た方がいいだろう。
持つものを持って、部屋を出る。一階に降りて寮の前でバスを待つ。
もう慣れたものだ。すっかりバイトも習慣の内に入った。
やってきたバスに乗り込み、ショッピングモールへと向かう。中に入り、エスカレータで二階に上がって、まんてん書店の裏口に入る。
更衣室で着替えて、時刻は十二時五十分。
よし、今日もいつも通り。
就業開始時刻にカードを切って、店頭に出る。
「こんにちは、要さん、紅絹先輩」
「こんにちは、透くん」
「ちゃんと来たわね」
二人への挨拶も欠かさない。
「今日もよろしくお願いします」
「なによ改まって。ちょっとばかりかしこまったって、あんたをこき使うのは変わりないわよ」
相変わらず厳しい紅絹先輩。
「私も手伝うから、がんばろ、透くん!」
(あ~天使)。
いつも通りの、日曜の昼下がりが過ぎていくのだった。
※※※
つつがなくバイトを終え、十八時半。自宅に帰ってきた。
今日も早めに晩ご飯を食べて、[AnotherWorld]にログインだ。
昨日のパンの残りがあるので、バターロールとピーナッツサンド、カレーパンを食べた。
栄養のバランスが悪いが、明日からちゃんと食べるようにしよう(現実逃避)。
「よし、ごちそうさま」
一人の食事も慣れたものだが、少し寂しさを覚えることがある。今度皆でディナーパーティでもしたいところだ。
パパっとごみを片づけて、入浴する。
お風呂から上がったら、時刻は二十時半。
早速、寝間着に着替えてゲームの時間だ。コントローラとヘッドセッドを装着し、[AnotherWorld]にログインする。
ログインすると、ホテルの一室で目を覚ました。
そういえば、ブリザルドの街に着いて、ホテルに泊まっていたんだな。
王都に戻ってライズたちに会いに行こう。
杖を持って、姿見で身なりを確認してから部屋を出る。
そのままホテルハミングバードを出て、広場から王都にテレポートする。便利でいいよな、テレポート。
一瞬で王都に着く。街中は夜でも活気に溢れていた。
一応、航海に参加していたメンバー全員にメールを送っとく。
『クラーケンの結果を知りたいので集合できますか?何時に来れるか返信ください』
こんな感じで送ればいいだろう。確認してみると全員ログインしていたので、返事を書いてくれるだろう。
案の定、数分で全員から返信が来た。二十一時に王都の中央広場で集合ということになった。
また一番最後になるのが嫌なので、ここでずっと待ってることにする。
「こんばんは、トールくん」
「こんばんは、カナメさん」
一番に来たのはカナメさんだった。
集合にも時間に余裕をもってやってくるのは(やっぱり天使だ)。
「”アレ”だけど、実は完成したんだ。後で渡すね」
「遂にできたんだね!カナメさんにお願いしてよかったよ!」
やっと”アレ”が手に入る。戦力爆上がりだな。
「なにっ、トールが僕よりも早く来ているだと……。ありえない」
「やっぱり面白いな、フーライって!」
「面白いというよりかはめんどくさい感じだけどね」
「私たちが巻き添えにならなければどっちでもいいですっ」
フーライとユーヤ、ステムにブルームも来たな。
一気に騒がしくなる。
「トール、お疲れ様。重要な局面で魔力切れを起こした件で、後で話がある」
シズクさんも到着。
俺怒られるのか?最善の手を尽くしたと思うんだけどな。
「か~っ!俺たち最後かよ!!」
「トールを除いたら毎回遅かったんだから、今さら悔しがることないんじゃ……」
「でも約束の十分前ですわ!皆さんが几帳面ということでよろしいんじゃなくて?」
ライズ、フクキチ、ローズが最後にやってきた。
これで全員だな。
「それじゃあ、航海はどうなったのか、というより、クラーケンはどうなったのかを訊きたい。どうなった?」
「俺から説明するよ」
最後に顔面へ攻撃をしたとみられる、ライズが手を挙げる。
「それじゃ、頼む」
「おう。残った皆がサポートしてくれたおかげで、俺の『クレセント・スラッシュ』はクラーケンにヒットした。……ヒットしたんだが、倒すことができなかった」
重い沈黙が俺たちの周りを支配する。
「その後は再生した触手に攫われたり、海に投げ出されたりして、全滅した。私も[タイカイノシズク]を撃ってみたけど、効いていた様子はなかった」
シズクさんが一歩前に出ながら補足する。
「あ、あの、『ドリーム号』は……」
早々に脱落したブルームが、恐る恐るシズクさんに訊く。
「沈没した」
「いやあああ……」
ヘロヘロとその場に崩れ落ちたブルーム。
目玉が飛び出るほど高かったから、気持ちは分かる。
「というわけだ。まあ、惨敗だな!」
ライズが無邪気に言う。ポジティブなのはいいことだ。
「リベンジの相手が出来たって思えば、すげー燃えてきたぜ!」
もう一人、底抜けに明るいやつがいた。ユーヤだ。
「そうと決まればレベル上げだ!いくぞっ、ステム、ブルーム!!」
彼は一人で燃え上がり、広場を飛び出していってしまった。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「置いてくな、ですっ!」
ユーヤの後を追うように、ステムとブルームも出て行った。
「自由だね……」
「まあ、それも彼の美点でしてよ」
フクキチとローズが溜め息を漏らす。
「じゃあ、僕もお邪魔させてもらうよ。クラーケンにもトールにも、次は絶対勝つからね!うおおおっ!」
フーライも勝手に盛り上がって、テレポートした。
「私はトールに話がある」
「私もです……」
「分かった。なら先に済ませるといい。私は待ってるから」
シズクさんとカナメさんが会話を交わしている。
お説教、短いといいなあ。
「お待たせしました、トールくん。”アレ”のお披露目ですよ!」
「”アレ”ってなんだ?」
ライズが訝しむ。
まあ、今に分かるよ。
「じゃじゃーん!フォクシーヌの素材を使ったローブです!」
カナメさんがインベントリから白いローブを取り出す。
「おおっ、すごい」
手渡されたそれはフカフカだ。広げてみると、裾と袖口が朱色に染まっている。なかなかおしゃれだ。
「後ろを見てください」
と言われたので、裏返してみる。
すると……。
「おおお!」
腰の辺りから九本の尾が伸びているデザインになっていた。
かっこいい!かっこいいぞ、これ!
「本当にありがとう、着てみるね」
今着ているマントを脱ぎ、フォクシーヌのローブを着てみる。
フカフカで着心地が軽い。
「サイズもぴったりで、よかったです」
「かっけえええっ!!」
「よく似合ってますわ」
「トールにしてはおしゃれ」
周りの三人も絶賛してくれた。
それにこのローブ、着心地だけじゃなくて、なにか……。
温かい?
「気づきましたか?なんとこのローブ、発熱しているんですよ!」
「保温とかじゃなくて、発熱してるんだ?」
「そうなんです。これで寒いところでもポカポカですよ。反対に、熱いところでもお構いなしに発熱するので、それは注意してくださいね」
常時発動して止めることができない効果なんだな。分かった。
「最後に、説明欄を見てみてください」
「おっけー」
えーっと説明は……。
〇胴:九尾の悪魔・フォクシーヌのローブ 効果:火属性耐性:大、火属性魔法威力強化:大、火属性付与、発熱
アヤカシ湿原に現れた九尾の悪魔・フォクシーヌの素材を使って作られた、ゆったりとしたローブ。火属性への強固な耐性と火属性魔法の威力を強化する。さらに、着用者の全ての攻撃に火属性が付与される『火属性付与』と、着用者を温め続ける『発熱』の効果がある。
火属性付与!?
「火属性付与ってことは、俺の魔法にも火属性が乗るのか!?」
「おそらくそうです。本来なら相性の悪い二属性、火と水の魔法は一緒に使えないんですけど、『火属性付与』は火属性を付与という方法で属性をプラスするので、いけると思います!」
「私もそう思う。二属性の魔法の発動は相性が左右するけど、発動した魔法に属性を付与する方法なら大丈夫。裏技」
なるほど、奥が深いな。よく考えられてる。
属性や魔法の仕様は難しいが、なんとなく理解できた。
「それじゃあ、私はこれで失礼しますね。ライズさんやローズさん、フクキチさんにシズクさんも、服飾関係の装備が欲しくなったらご贔屓にしてください!」
丁寧に挨拶をして、カナメさんは広場を後にした。
「トール」
「はいっ」
「お、俺たちは失礼しようかなあ……」
「そ、そうだね……」
「君子危うきに近寄らず、ですわ……」
ライズ、フクキチ、ローズは逃げるようにしてどこかへ行ってしまった。
薄情者!
「トール」
「はいっ!」
「魔力の残量は常に把握しておくこと。昨日みたいなことになる」
「はい!仰る通りです」
「でも、船のエンジンに魔力を割いたのは良い采配だった。トールは周りを冷静に分析できる力を持っている」
あれ、褒められてる?
「でも、それはそれ。今後、戦闘中に魔力を切らすのは絶対に避けること。いい?」
「はい!」
「分かればいい」
おや?お説教がそんなに長くないぞ。
「私ももっと強くなる。今度はクラーケンを倒す」
シズクさんが珍しく燃えている。
「トールも、もっと強くなること。いい?」
「はい。もちろんです!」
「それじゃ、解散。また一緒に遊ぼう」
「はい!」
シズクさんとの会話が終わると、彼女はログアウトした。
強くなる。クラーケンを倒すくらいに。
俺は新しい気持ちと新しいローブを身に纏い、もっと強くなることを誓うのだった。