第百七話
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百七話]
どれくらい気絶していただろうか。
俺はゆっくりと目を開けた。すると、辺りは一面暗闇だった。
どこだ、ここ?周りを見回すが、黒一色の世界が広がっているだけだった。
とりあえず起き上がる。そしてそのまましゃがみ、下の土を握ってみる。
なんだ、この土は?別に地質評論家ではないが、見たこともない土壌をしている。
まさか、ここは……、海底か?水草でも生えていれば断定できるんだが。
暗く、その上オトヒメの加護があって呼吸ができるから、水の中かどうかが分からない。
マップを見てみるか。俺はメニューを開いてみる。
時刻は二十二時だった。マップ、マップはと。
あった。えーマップによると現在地は……。
「は!?どういうことだ?」
一面の海だった。エリアマップに拡大してみても同様だ。
こりゃあ、やっぱり海底で遭難してしまったようだな。まったく笑えない。
「なんとか歩いて帰るしかないか」
クラーケンとの戦いがどうなったのか分からないしな。一刻も早く戻って戦況を知りたい。といっても、もう戦いに決着はついているだろうが。
どうか勝っていますように。あのライズの一撃が通っていれば、倒せている可能性がある。
「まあ、とりあえず歩くか」
目印になるものがないので、マップを頼りに西に歩いてみる。
東の海で遭難したから、東に流されていればココデ海岸に到着するはずだ。
「暗くてなにが襲ってくるか分からないが、がんばりますか」
俺は暗闇の中に一歩を踏み出した。
※※※
マップをちょこちょこ確認しながら歩くこと、三十分ほど。やっと、マップの西側の隅に陸地が現れた。
やった!とりあえず目算は合っていたな。
俺は急いで陸地を目指して足を進める。
だが、陸地まであと数百メートルといったところで、魔物が現れた。
暗闇の中で何本かの足が蠢いているのが分かる。
ココデクラーケンが追いかけてくるとしたら、あのテレパシーのようなもので話しかけてくると思うので、おそらくこいつはココデミズダコだろう。
ということは、タコ特有の八本足に絡みつかれないようにすればいいわけだ。
オトヒメの加護にも臆せず襲いかかってきたということは、なかなかの強者であることが窺える。気を引き締めていかないとな。
「よしっ」
俺は杖を握り締め、海底を蹴った。
そのまま体が宙に浮く。水中だからこそできる姿勢の取り方だな。
「……」
水中だからなのか叫び声を上げない魔物なのかは分からないが、無言で足を寄せてくるミズダコ。
「『アクア・アロー』」
魔力が完全に回復しきっていないし、足は八本もある。アローで魔力を節約しないとな。
周りが水だらけなので威力が跳ね上がったアローは、簡単にミズダコの足の一本を貫いた。
「……!」
言葉は出していないが、ミズダコは驚いているように見える。
ただ、八本足を相手してちゃきりがない。頭部を叩かないとな。
俺は足の攻撃からミズダコの頭部の位置を推測すると、そこに向かって魔法を唱える。
「『アクア・ランス』」
最大火力の水の槍は、呆気なくミズダコの頭部を破壊するのだった。
「ふう、やったな」
俺は散らばったアイテムを拾う。
〇アイテム:ココデミズダコの足 効果;疲労回復:大
海洋地帯のフィールドに生息するココデミズダコの足。タコ焼きにするとおいしいかも?
相変わらず説明欄が当てになるのかならないのかよく分からないな。
頭部を破壊して倒したので、素材は足が七本しか手に入らなかった。
ちょうど今魔力が足りないから、この足を食べて疲労回復といくか。
「はむっ。……味覚がないからこそできる荒業だな」
俺はミズダコの足にかじりつきながら、陸へ再び歩き始めるのだった。
※※※
この後、オトヒメの加護もあって、さして魔物とは接敵せずに西の海岸にたどり着いた。
さて、ここはどこだろう。改めてマップを確認してみる。
すると、驚くべきことが書いてあった。
ブリザルド地方だって?
ブリザルド地方というのは、王都の北にあるランディール鉱山の更に北にある、ブリザルド大雪山付近の地方のことだ。
つまり俺は、クラーケンとの戦いで気絶している間に北へ北へと流されていたということだ。
縮尺の大きいエリアマップで見てみると、西へさらに進むとブリザルドの街があるらしい。
ただその間には、マツ林と真っ白な雪で構成されたブリザルド雪原を抜けなければならない。
そう、俺の氷属性の杖、雪豹の杖の原料であるブリザルドユキヒョウもここに生息している。
せっかくだし、このままブリザルドの街を目指してみるか。街にはテレポートクリスタルもあるしな。
俺は濡れた体を引きずりながら、海岸に座り込んだ。
まずはこの濡れた服を乾かさないと。バーネスト、頼めるか?
『悪魔を乾燥機みたいに使わないで頂戴な。まあ、雪原なら燃やしたい放題だし、ここは協力してあげるわよ。特別にね』
相変わらず一言多いな。そこがバーネストの魅力ではあるが。
「ふうっ、ふうっ」
彼女に火加減を調節してもらって、濡れた服を乾かす。はあ、あったかい。
『働いたんだから、雪原は全部燃やすわよ。海の中は居心地が悪くて仕方なかったんだから』
いつになくやる気なバーネスト。俺もこのフィールドでは彼女に頼ろうと思っていたので、Win-Winの関係だな。
少し休憩を挟んで、時刻は二十三時。夜も結構更けてきた。
今度は雪の中を歩き始める。といっても、雪に埋もれているわけではない。
『燃やしたい放題ね。あなたに見つかってなかったら、ここに住みたかったわ』
「はあっ。……はあっ」
腰ほどの高さもある積雪を、バーネストの吐息で溶かしながら前に進んでいく。
これは楽でいい。バーネストも悪魔としての欲求を満たせるし、これほど僥倖なことはない。
なにより、炎が明かり代わりになる。魔物の姿もちらほらと見えるが、皆炎に怯えて近寄ってこない。
結局、ブリザルドユキヒョウの姿も見ないまま、ブリザルドの街の東門に着いてしまった。
『そこそこ楽しかったわ。また来ましょ』
バーネストはものを燃やせればいいのだろうが、俺としては拍子抜けだった。戦いもなくて暇だった。
ブリザルドの街も門が開放されていて、門番として騎士団の人が立っているようだった。
俺はその騎士の人に近づき、検問を受ける。
「こんな夜更けに東門から人が来るとはな。びっくりだぜ」
だろうな。東には雪原と海しかないから。
「俺はエドモンド・ラッセルっていうんだ。お前さんは?旅のもんか?」
「水魔法使いのトールっていいます。旅人みたいなものです」
「なんだその言い方?気になるじゃんか」
結構フランクな人のようだ。こっちも砕けた感じでいいな。
「冒険者には秘密にしておきたいこともあるものです」
「そうかい。だったら今度教えてくれよ、酒の席ででもな。ブリザルドのウイスキーは絶品なんだ」
この街では酒造をやっているのか。そういう職業もあるんだな。
その後二言三言挨拶を交わして、エドモンドさんとは別れた。
あの人にはお世話になるな。雪原に行くことが増えるだろうから。
さて、まずは街の中央部を目指す。他の街と同じ構造なら、テレポートクリスタルのある噴水広場があるだろう。
明かりの消えた店が立ち並ぶ東の通りを何分か歩くと、やはり見覚えのある広場があった。
俺は中心に立って、辺りをぐるりと見渡してみる。
広場に面する施設は王都と同じようだった。冒険者ギルドにエクリプス装備店、チルマ雑貨店にホテルハミングバード。
疲れたし、今日はホテルにチェックインして終わりにしようか。
そう思ってホテルの中に入る。
受付の人はまだフロントに立っていた。よかった。
「こんばんは。ホテルのご利用でしょうか」
「はい。一階でお願いします」
「かしこまりました。五百タメルになります」
俺は料金を支払って、会計を終える。これで所持タメルが84500タメルだ。
見慣れた茶色のこじゃれたドアを開け、部屋へと入る。
着の身着のままベッドに寝そべり、『ログアウトしますか?』というウインドウを出したところで、考え事をする。
結局、クラーケンは倒せたのだろうか?ミオの魂は救えたのだろうか?
気がかりなことを抱えつつ、俺は『はい』を押してログアウトするのだった。