第百六話 『ココデ海の航海』 3
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百六話] ココデ海の航海3
『沈め』
「沈むのはお前だ。『アクア・ランス』」
なにかされる前に、俺は先制攻撃をしかける。
水の槍は見事クラーケンの顔面に命中した。
が、やつには全然効いてない。やはり水属性は相性が悪いか?
『ふん、失せろ』
クラーケンが触手をきつく締める。それだけで船体がギシギシと音を立てる。
「触手を攻撃した方がいい、『アクア・ランス』」
「『サミダレ・スティング』!!」
「『サミダレ・スティング』!」
「『サンダー・ランス』!」
「『スタンプ』!からの、『スウィープ』!」
「『ウインド・カッター』ですっ!」
シズクさん、ステム、ローズ、フーライ、フクキチ、ブルームが各々近くの触手を攻撃する。
流石にこれには堪えたのか、船に纏わりつかせていた触手たちが動きを止める。
「今だ。頼む、バーネスト」
『は~い』
すうううう、はあああああっ。
大きく息を吸って、吐き出す。生み出された炎がクラーケンの顔面を焼き焦がす。
『小賢しいっ!』
やつは胴体を海に沈め、顔にかかった火炎を鎮火した。大きな波が船を襲う。
「捕まれっ!」
強い揺れが船を駆け抜ける。俺はマストにしがみついて衝撃に耐える。
「まずいですっ!下から船を突き上げようとしているですっ!」
船を操舵していたブルームが言う。俺はとっさにマストに埋め込まれている宝玉に魔力をありったけ込める。
「……っ!ありがとうですトールさんっ!もう一回揺れに備えてくださいですっ!」
その言葉を聞いて、一層強くマストにしがみつく。他の皆は大丈夫だろうか。
「全速前進ですっ!」
車で例えるとアクセル全開だろうか。魔導船『ドリーム号』は通常の船ではありえない速度で前方に進んだ。
再びやってくる強い揺れ。必死に耐える俺。
次の瞬間……。
バリバリバリバリバリッ!
船尾の方からなにかが引き裂かれるような音が響く。間に合わなかったか!
「ああ~っ!私たちの『ドリーム号』があっ!」
ブルームが悲痛な叫び声を上げる。
どんまい。また新しいのを買おう。
「なんだ今のは!」
気絶していたライズとユーヤ、それにカナメさんが船後方の船室から出てきた。もうちょっと遅かったら海に投げ出されていたところだったな。
カナメさんが二人を起こしに行っていたみたいだ。ナイスだ。
だが、船に穴が開いてしまった。船首を上にして船体が徐々に傾きだしている。
『沈め』
依然として触手は船に絡みついている。やつに再び力を込められたら、船が粉々になってしまう。
「見える範囲にある触手を攻撃してくれ!ライズ、ユーヤ!」
「おう!」「それなら話が速いぜ!」
期待しているぞ、二人とも。
「対人戦で培った絆、今こそぶつけてやるときが来たな!」
「おうよ!行くぜ、相棒!」
なんか熱い展開になってきたな。どういう風の吹き回しなんだろうか。
「「『クレセント・スラッシュ』!!」」
二人の息の合った『クレセント・スラッシュ』が、船の縁に絡みついていた触手の一本を完全に切断する。
斬られた触手の根元が船を離し、中空に浮く。
『ぐううっ。猪口才な!』
だが、やつも伊達に悪魔をやっているわけではない。
クラーケンは瞬時に断面から触手を再生させると、瞬く間にユーヤを縛り上げ、空中に浮かせた。
「なにっ!離せっこのイカ野郎!『クレセント・スラッシュ』!」
太い触手はライズ一人の『クレセント・スラッシュ』では斬り切れず、そのまま海に引きずり込まれるユーヤ。
『これで一人……』
「ユーヤっ!……許さない!」「私たちが相手ですっ!」
感情を露わにするステム。同時に舵を投げ捨てるブルーム。
「やめろっ!連携を取って皆で攻めないと……」
「『サミダレ・スティング』!!」「『ウインド・カッター』!!」
先ほどとは違う触手に同時に攻撃する二人。
苛烈な攻撃で見事切断に成功するが……。
『無駄だ』
すぐに再生されてしまう。返す勢いで触手がステムに迫る。
「私が捕まるとでも!」
しかし、素早い身のこなしで触手の攻撃をよけるステム。
だが、違う。やつの本当の狙いは……。
魔法を撃った直後で隙だらけのブルームだ。
「いやああああっ!」
体を縛り上げられ、海に引きずり込まれるブルーム。残念ながら彼女はもう助からないだろう。
徐々に傾いていく船体。残りは八人。
「きゃああっ!」
船後方にいたカナメさんが触手の餌食になる。まずい!
「『アクア・ランス』!」
「『スタンプ』!」
俺とフクキチが、彼女を縛っている触手に向けて攻撃する。
しかしまったく意に介さないクラーケン。
『我に水属性と打属性は効かぬ』
「きゃあああぁぁぁっ!」
くそっ。カナメさんも海の中に引きずり込まれてしまった。
「もう許さないよっ。皆!なにかに捕まって!」
ようやくフーライのアレが溜まったようだ。起死回生の一手となるアレが。
「『サンダー・ウインド・ストーム』!!!」
嵐が、やってきた。
激しい暴風と雷が俺たちとクラーケンを襲う。
さんざめく雷とひっきりなしに吹く風が、クラーケンの体を傷つけているように見える。
『クックックッ。こんな嵐、日常のように体感している我にとってどうということはない』
いや、見えていただけだった。
確かに。海上だと激しい嵐の日とかもあるよな。と俺は変に納得してしまった。
残念ながら、フーライの複合魔法もクラーケンには効かなかった。
「助けてええぇぇぇ!」
しかも、大きな技後硬直が発生していたフーライは海に引きずり込まれてしまった。
「そんな、これもだめなんて……」
次々と脱落していく中、フクキチが諦めの声を漏らす。
「諦めんなフクキチ!散っていった皆に示しがつかねえだろ!」
「……!そうだね!僕たちの力、やつにぶつけようよ!」
ライズとフクキチが連携技をしかけるつもりのようだ。
「まだですわ、ステム!私たちも連携で行きますわ!」
「……!そうね!私たちにも絆がある!」
槍使いの二人もなにかするようだ。
「トール」
「わかってます。俺たちは四人を全力でサポートする。それが唯一の勝機」
「そう、分かってるならいい」
必ず、勝つ。
この悪魔を葬って、ミオさんを楽にしてあげる。
『いくら束になろうが、無駄なことだ!』
クラーケンが怒りを露わにし、六本もの触手を忍ばせてくる。
「ローズ、合わせて!」
「おうよ、ですわ!」
「「『サミダレ・スティング』!!!」」
『なに!?』
ローズとステムが繰り出す数多もの突きが、触手をまとめて切り刻む。
ナイス、これなら再生に時間がかかる!
「フクキチ、頼む」
女性二人が時間を稼いだ間に、フクキチの槌の上に乗るライズ。
「ほいさ!行くよ!」
しっかりとバランスを取り、フクキチがかけ声を上げる。
「『スタンプ』!」
「いっけえええええ!!」
『スタンプ』の勢いを利用して、ライズを空中へ打ち上げた。
クラーケンの顔面に肉薄するライズ。
『そうはさせん』
残りの四本の触手が海面から飛び出てくる。
左右から二本ずつ。ライズを狙っている。
ただ、これなら……。
「シズクさん!」
「左の二本は任せた。『アクア・ダブルランス』」
シズクさんの新たな魔法により粉砕される右側二本の触手。なんて威力だ。
って、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「『アクア・ランス』!『アクア・ランス』!」
俺も左の二本の触手に向けて魔法を撃った。見事命中。
切断までには至らないが、怯ませることには成功し……。
俺の意識はそこでブラックアウトした。
魔導船の急前進のために注ぎ込んだ魔力。何発も撃った『アクア・ランス』に使った魔力。そのツケが今、魔力の枯渇による気絶という形で回ってきたのだった。
なんだよ。ライズとユーヤのこと笑える立場じゃなかったな。
そう自虐的な思いを抱えながら、俺の意識は途絶えるのだった。