第百五話 『ココデ海の航海』2
2024/11/09 一部を修正、加筆しました。
[第百五話] ココデ海の航海2
「しかし、暇だな~」
そう独り言ちるライズ。隣にいた俺は横目をそらし、「そうだな」と答える。
オトヒメの加護が効いているのだろう。出航して三十分、まったく魔物が寄ってこない。
船はとりあえず真東へ進んでいる。遠くに広がるのは水平線ばかりで、島や大陸の姿はない。
「こう魔物が来ないと、特訓した甲斐がないですわ」
「それじゃあ、対人戦をやってみないか!」
同じく暇を持て余しているローズが愚痴をこぼしたところで、ユーヤが提案する。
「いいねえ!」
戦闘狂のライズがすぐさま賛同する。
「僕はトールくんと戦えるのなら、それでいいでしょう」
フーライも乗り気なようだ。こちらを睨みながら言ってくる。
まったく、これからココデクラーケンとの戦いがあるというのに、少し気を抜きすぎじゃないか?
だが、面白そうだ。
「いいな、俺もやってみたい」
「珍しいですわね、トールなら嫌がりそうですのに」
「暇だからいいんじゃないか?」
「私もやりたいですわ、この中で誰が一番かはっきりさせておきたいですから」
そんな必要あるか?と思ったが、言わないでおく。
「それじゃカナメさんとやりたくない人は観戦するとして、トーナメント方式と行くか!誰か戦いたい相手とかっているか?」
「そりゃあもちろん……」「もちろん……」
フーライとローズが同時にそう口ずさむ。
誰なんだ?二人が戦いたい相手っていうのは。と言っても、一人はわかるが。
「トールくんだ!」「ステムですわ!」
やっぱり。フーライは俺をご所望か。
って、ローズがステムを希望するのか?同じ槍使いだからか?
「俺はユーヤとやりたいな!どっちが強いか、勝負だ!」
ライズはユーヤとか。見たいな。
「僕たち余っちゃったけど、やるかい?」
「遠慮しておくですっ。船の管理でそれどころじゃないですっ」
「それじゃ、僕も手伝うよ」
「ありがとうですっ」
実はこの船、最低グレードのものということもあり、船室が埃っぽくて汚い。
なので、ブルームとカナメさんが掃除してくれている。フクキチはそれを手伝うといった形で不参加だな。
「私は……?」
「シズクさんはもちろんシードです!俺らの対戦の後で戦いましょう!」
「!……分かった!」
もちろん忘れていなかっただろう、ユーヤがそう付け加える。
「それじゃあ、一回戦第一試合を始めるか!トール対フーライ!!両者前へ!」
ユーヤが審判なのか。しかもしょっぱなから俺かよ。
「ルールは、どちらかが『まいった』というまで!行くぞっ!」
フーライは口が裂けても言わないような気がするが、その場合はどうすればいいのだろうか。
「スタート!!」
「『サンダー・ランス』!」
「『アクア・ウォール』」
バチバチバチッ!!
初手『サンダー・ランス』で速攻をしかけてくると思っていたので、壁を張る準備をしていてよかった。
雷の槍が水の壁に衝突して、けたたましい音を立てる。
「やるねだけど……」
フーライは杖を構えたまま二発目を撃つつもりだ。
俺は透明な壁越しから彼の出方を窺う。
「『ウインド・カッター』!」
『ウインド・カッター』。風の刃ということは、壁を貫通してくるな。
俺は右に大きく回り込みながらカッターを躱し、魔法を撃つ準備をする。
風魔法は不可視の魔法だが、術者の杖の構え方からある程度方向を読むことができる。
だから、躱すこともさほど難しくはないというわけだ。
「『アクア・アロー』!」
「甘いよっ!『サンダー・コントロール』!」
水の矢を躱したフーライは、先ほどランスをぶつけたアクア・ウォールに向かって魔法を唱えた。
その魔法は……!
『○○・コントロール』という魔法は、すでに周りにある元素(水や炎、土など)を指して、その動きを制御するというものだ。
『サンダー・コントロール』なら、制御できる元素は雷。
まさか、『アクア・ウォール』に帯電している電気をコントロールしようと……。
ビリビリビリッ!
そう思った刹那、水の壁から迸った電撃が俺の体をつらぬ……。
かなかった。
「『アクア・ミラージュ』」
「なっ!?」
雷が当たったのは水の幻影だったからだ。
この魔法、本当に相手の隙を突きたいときに便利だな。
「『アクア・ボール』」
面食らっているフーライの額に水の玉をぶつけて、彼を気絶させた。
「『まいった』と言っていないが、フーライ戦闘不能!勝負あり!勝者、トール!!」
「うおおおおおっ!!!」
審判の判定が下されたと同時に、ライズが雄たけびを上げる。
なんで俺より嬉しそうなんだよ。
※※※
「続いて、一回戦第二試合、ステム対ローズ!両者、前へ!」
「行きますわよっ!」「望むところね」
「ルールはどちらかが『まいった』というまで!行くぞっ!」
注目の第二試合だ。この試合で勝った方が、二回戦で俺と当たる。
「スタート!!」
「ウィーグル、ウルファン、出でよ!」
おおっと、いきなり従魔を出してきたぞ。反則とは言われていないのでオッケーだ。
「従魔……。かわいい!」
えっ?
「毛並みもつやつやだし、瞳もキレイ!愛情をこめて育ててきたのね!」
骨抜きにされていないか、ステム?勝負は大丈夫なんだろうか。
「決めた。私は従魔を攻撃せずに、あなたに勝つわ!」
「なんですって!」
そんなこと可能なのだろうか?前衛を張るのは従魔たちだろうに。
「随分と舐められたものですわ、お行きなさい、二匹とも!」
そのかけ声に合わせて、ウィーグルとウルファンがステムに突撃する。
さっきからローズのセリフが悪役っぽいんだが、大丈夫だろうか。噛ませ犬にならなければいいのだが。
「槍使いの基本は……」
右手に槍を持ったまま舞うように、イーグルの爪とウルフの牙を避けるステム。
「素早い身のこなしよ!」
瞬く間に二匹を抜き去ったステムは、大きく前にジャンプする。
「『スティング』!」
「それを待ってましたわ!」
前方に意識を集中しているステムに対し、後ろから従魔が迫る。
さらに一回しか突きを放たない『スティング』は、躱されると大きな隙を晒すことになる。
「ほっ、ですわ!」
案の定、躱された。
ステムの懐に入ったローズは、そのまま技後硬直を狙おうとするが……。
「残念」
次の瞬間、ローズは眉間に槍を突きつけられていた。
主を人質に取られ、ステムの背後の従魔の動きが止まる。
勝負あったか。
「どうしてっ!『スティング』は躱したはずですわっ!」
ローズが仰天する。
「簡単なことよ。私が発動したスキルは『スティング』じゃなくて『ダブル・スティング』だっただけ」
「なっ、かけ声でブラフを張ったというんですの!?」
今まで散々宣言しておいてなんだが、別にこのゲームは音声認識でスキルや魔法が発動するわけではない。手元のコントローラでボタンを入力することによって発動するのだ。
だから今みたいに、宣言したスキルと発動したスキルが違うという、ひっかけができるというわけだな。
勉強になった。魔法使いが使うのは難しそうだが。
「勝負あり!勝者、ステム!!」
「うおおおおおおっ!!!」
だからうるさいって、ライズ。
「一回も槍を振れませんでしたわ……」
「勝負はそういうときもあるわ。でも、このブラフを知ったあなたは確実に強くなった。次戦うときはどうなるか分からないわよ」
「くー!必ずリベンジしてみせますわ!」
両者が熱い女の握手を交わして、二回戦が終了したのであった。
※※※
「えー、一回戦第三試合、ライズ対ユーヤ。両者、前へ」
「おい、熱がこもっていないぞ!」
試合に出るユーヤの代わりに俺が審判をやらされている。正直めんどくさい。
「ルールはどちらかが『まいった』というまで!」
仕方がないので声を張り上げる。勝負の行方が気になるのは確かだし、盛り上げるとするか。
「行くぞっ!スタート!」
俺のかけ声とともに勝負が始まった。一回戦最後の試合だ。
「全力で行くぜ、『クレセント・スラッシュ』!!」
「負けねえぜ!『クレセント・スラッシュ』!!」
激しい剣戟の応酬。実力は互角に見える。
どちらかが斬撃を放ち、もう一方が避ける。どちらかがカウンターをしかけるも、もう一方は奇麗にいなす。
まるでバトル漫画のようなせめぎ合いが続く。
頼むから、あまり魔力を使わないでくれよ。この後クラーケンが来るんだから。
幾度となく鍔迫り合いを繰り返した後、両者が弾かれたように後方へ移動した。
「魔力的にもこれで最後だ!」
「奇遇だな、俺もだ!」
は?
おい、やめろって!
「渾身の一撃を食らえ、『クレセント・スラッシュ』!!」
「これでトドメだ、『クレセント・スラッシュ』!!」
俺の思いは通じていなかった。二人とも魔力が尽きかけのようだ。
二つの剣が今、交錯する。大きな力と力のぶつかり合い。
もうオチは薄々見えてきたが、結果はどうなる……!
なんて思ってみたところで、不意に二人の放つプレッシャーが止んだ。
両者崩れ落ちる。
「おいおい……」
駆け寄って様子を見てみると、二人とも魔力切れで気絶していた。
やっぱそうだよな。あれだけ魔力使ってたんだから。
「勝負あり、両者、戦闘不能!」
なんとも締まらない結果で、三回戦が幕を閉じるのであった。
※※※
「二回戦第一試合、トール対ステム!両者、前へ!」
気絶したユーヤに代わって二人目の代打審判、シズクさんは意外に乗り気のようだ。大声で仕切ってくれる。
俺とステムは言われたとおりに見合う。
槍使いとの戦いか。そもそも対人戦の経験がないから、どうしたものか。
「それでは、スタ……」
ズザアアアアアアアンッ!!
シズクさんがスタートの合図を上げようとした途端、大きな水しぶきを上げ、遂にやつが現れた。
来たか。
「すまん、勝負は中断だ」
「この続きはまた後にしましょ」
「なんて大きさですの……」
「触手に注意して」
俺、ステム、ローズ、シズクさんはすぐさま臨戦態勢を取る。
「来たのかい!?」
さらに船室からフクキチ、ブルーム、カナメさんが出てくる。
「ああ、お出ましだ」
見上げるほどに高い胴体。
ビタンッ、ビタンッ、ビタンッ、ビタンッ、ビタンッ!
船体にのしかかる太く、長い触手。
「間違いない、ココデクラーケンだ」
『沈め、愚かな人間どもよ』