カチカチ山のタヌキ。桃太郎のお供になりました。
むかしむかし、おじいさんの家の裏山に、一匹のタヌキが住んでおりました。
しかしこのタヌキ、性根が大変腐っており、昼はおじいさんを罵倒し、夜は畑から作物を盗む、といった清々しい程クズな日々を過ごしておりました。
そんなある日、タヌキは おじいさんの罠にかかり、動けなくなってしまいます。
「クソジジィめ! よくもこんな罠を……!」
タヌキは恨めしそうに自分の足を挟むトラバサミを睨みます。ですがそんなことをしたところで罠は外れません。このままでは おじいさんに捕まってしまいます。
するとそんなタヌキの目の前に、変わった男が通りがかりました。
頭にハチマキ。腰に刀と巾着。更に背中には「日本一」と書かれた旗。
360度どの角度から見ても不審な男の名は桃太郎。自分を育てた老夫婦への恩返しの為、鬼退治の仲間を探しつつ旅をしておりました。
何故そんな男が おじいさんの裏山にいたのかは割愛します。
しかし不審者だろうとなんだろうと、自分が窮地に陥っている事に変わりはありません。
タヌキはなんとか助けてもらおうと懇願しはじめました。
「旅のお方。何者かは存じませんが助けていただけないでしょうか。罠にかかって動けなくなったのです」
「そうなのか。うーん……そうだな。私は鬼退治の仲間を探している。助けたら仲間になってくれないか?」
サラッと図々しい桃太郎の提案。しかしタヌキに拒否権はありません。
「分かりました。仲間になるので助けてください」
殊勝な態度で頭を下げるタヌキ。その言葉に頷き、罠を外す桃太郎。
ですがタヌキの脳裏は逃げる事で一杯でした。
(鬼退治? そんなもの、するわけがない。オレは一生おじいさんに寄生して生きるんだ)
「よし、外れたぞタヌキさん」
(今だ!)
一瞬の隙をついて逃げようとするタヌキ。
……しかし桃太郎は そんなに甘くはありませんでした。
「どこに行くんだいタヌキさん?」
(何だって!? コイツ……早い!?)
即座に片腕で抱えられてしまったタヌキ。
桃太郎はタヌキとは 比にならない程の戦闘力を持っているようです。
その事に気づいたタヌキは慌てて弁明します。
「い、いや。どこかに行こうとした訳じゃないんですよ。喜びでつい体が動いてしまって……」
「そうか。それなら仕方ないな。さぁ行こう」
そう言って、桃太郎はタヌキを連れて山を降りました。
…………
数日後、街道を歩く桃太郎の隣にはトボトボと歩くタヌキがいました。
「タヌキさん。元気が無いな」
「すみません。もうすぐ鬼と戦うと思うと怖くって」
悲しそうに俯くタヌキ。けれども心の中は桃太郎への憎悪で満ちておりました。
(クソが! なんでこんな事に! しかしコイツは化物だ。簡単には逃げられない。せめてある程度信用されないと!)
そんなタヌキの心を知らない桃太郎。ふと、自分の腰の巾着に手をかけて団子を取り出します。
「タヌキさん。この吉備団子を食べるかい? 元気になるかもしれない」
「吉備団子?」
よく分かりませんが毒の気配はしません。恐る恐る食べるタヌキでしたが、一口食べた途端、カッと目を見開いて叫び出しました。
「なんじゃこりゃあああ! 美味い! 美味すぎる!
モチモチとした食感! 花の蜜のような上品な甘さ! それでいて不純物が一切無く雑味がない! 深い味わいがあって香りが口の中に残る! なのに口の中がベタつかない!」
これまで、おじいさんの野菜しか食べてこなかったタヌキ。あまりの美味しさに食レポをはじめました。
「気に入ってくれたかい? 仲間になってくれたお礼だ。今後の仲間にも渡すから一人一個分しかないけどね」
「え? これだけしかないのですか?」
「うん。僕は作れないからね。この巾着分しかない」
この言葉を聞いたタヌキは目の色が変わります。
(もっと吉備団子が欲しい!)
この性悪タヌキ。自分が助かる為なら優しい おばあさんだって騙し殺せるほどのクズです。しかし相手は桃太郎。殺す事は勿論、荷物を奪うことや逃げる事だって容易ではありません。
「桃太郎さん」
「なんだいタヌキさん?」
「吉備団子ありがとうございました。お礼に桃太郎さんの荷物は私が持ちましょう」
「いや、大丈夫。荷物なんて殆ど無いからね」
「いえいえ。私はその荷物すらありません。それに仲間なら手分けする事も大切でしょう」
(さぁ、その巾着を寄越せ!)
笑顔なのに目だけが笑っていないタヌキ。
そんな様子に気付かない桃太郎。
「そうかい? なら、少しだけ持ってもらおうかな」
…………
「……あの、桃太郎さん?」
「なんだいタヌキさん?」
「どうして私は旗を掲げているんでしょうか?」
「え? だって荷物を持ってくれるって言ったじゃないか」
「はい。言いました。ですが私の荷物はこれだけですか?」
「それはそうだよ。残りの荷物は刀と吉備団子。いつ襲われるか分からないから刀は渡せない。それに仲間にしたい者だって、いつ見つかるかわからない。なら、吉備団子も僕がもっていた方が良いだろう?」
「……そうですね」
(フ○ック! 大誤算だ。大体、なんだこの旗。日本一って何だ。頭の悪さか!?
風が吹くとオレごと飛ばされそうになるんだよ!)
体を低くして少しでも風の抵抗を減らして歩くタヌキ。
しかし、彼はこんなことでは諦めません。
「桃太郎さん」
「なんだいタヌキさん?」
「桃太郎さんはどんな仲間が欲しいですか?」
「そうだなぁ。僕に出来ないことが出来る者かな。例えばタヌキさんは、僕よりも嗅覚が鋭いでしょう?」
「それなら、仲間にするのは獣が良いかもしれませんね。人間に出来ることは桃太郎さんなら大概出来るでしょうから」
(桃太郎は絶対人間じゃないけど)
「そうかもね」
「そうでしょう? なら、仲間を集めに行ってくるので巾着を私に預けてくれませんか?」
「え?」
「獣相手の交渉なら、同じ獣である私だけで進めた方が円滑にいくかと思いまして」
その言葉に桃太郎は少し考えます。が、暫くたってから首を横にふりました。
「いや。鬼退治は僕の使命だ。仲間を見極めるのも、説得するのも僕がやりたい」
「……そうですか」
「だけど、ありがとうタヌキさん。そこまで考えてくれて とても嬉しいよ」
「いえいえ。仲間ですから当然です」
「ありがとう。君はホントに良いやつだな」
桃太郎の言葉に、タヌキはその濁った眼を細めました。
(おや? この数日で充分信用されている? なら、今夜にでも巾着を奪って逃げるか)
桃太郎の様子を見て、好機と見たタヌキ。脱走を決意します。
…………
その日の夜。
(……桃太郎が寝息をたててから結構経った。そろそろ良いか)
桃太郎が寝ている隙に腰の巾着を取ろうと手を伸ばします。
しかし、そこは怪物桃太郎。不審な気配にすぐさま目を覚ましてしまいました。
「なんだ!? なっ!? タヌキさん!?」
「あっ!? も、桃太郎さん……これは……!」
(くっ……! ここまでか……いや、大丈夫だ! まだ終わってない!)
「ご、ごめんなさい! 桃太郎さん!」
「タヌキさん、どうして……」
「その……つい、吉備団子が食べたくなって……」
巾着に手を出していたのは事実です。ですが幸か不幸か、まだ巾着を取れておらず、逃げる体勢に入っていません。桃太郎には逃げようとした事はバレようがありません。
そこに勝機を見出したタヌキ。
しかし、ここで流れが変わります。
「なんだ。そんな事か」
「え?」
「吉備団子は僕の両親が作ってくれたものだ。だから、鬼退治をした後は僕の家に来れば、いくらでも食べられると思うよ」
「え!? いくらでも……!?」
「うん。材料が高い訳でも手間がかかる訳でもないからね」
「つまり……桃太郎さんにずっとついて行けば……」
「うん。多分一生吉備団子を食べれるね」
さて、ここで思い出してみよう。カチカチ山のタヌキはおばあさんを騙して殺した後、ウサギに殺される。
だが、火をつけられても、火傷に唐辛子を塗られても、泥舟に乗せられても気づかなかったタヌキ。
他人を騙す癖に、ウサギの嘘に簡単に騙されるほどに素直。
そう。この性悪タヌキ。ちょろいのだ。
「桃太郎さん! いえ、桃太郎様! 鬼退治、頑張りましょう!!」
「え? あ、うん。頑張ろう」
こうして桃太郎に忠誠を誓ったタヌキは何やかんやあって鬼退治をし、桃太郎の家に転がり込みました。
しかし、調子に乗って吉備団子を食べ過ぎてしまい、急激な血糖値の上昇で死んでしまいました。
そうして悪は滅び、世界は平和になったのでした。
めでたしめでたし。