幕間005 魔王様の休日(脱走)
僕は今日も執務室で紅茶を飲んでいる。
「ん〜、あいかわらずコウの淹れる紅茶は美味しいね」
「ありがとうございます」
こないだ会議で僕が表に出ないと宣言して以降、裏で出来るという理由で書類仕事が鬼のように降ってきた。いや、鬼が持ってきた。そう、鬼とはアイルちゃんだ。
さらに、ヒト族の兵士を取り込んだ時になんとなく魔王っぽい口調で喋ったら、全然だとダメ出しされ、王としての振る舞いを学ぶというレッスンが日課に追加された。それも鬼のように厳しい。そう、この鬼もアイルちゃんだ。
アイルちゃん自体、大魔総統という日本でいう総理大臣みたいな人なのに、どうやって時間を作っているのか。
ただ、黙って仕事をしてやる僕じゃない!
ここには、コウ、シュン、サンという僕直属ということで、なんの役職にも付いていない3執事がいる。
僕はこの3人に書類仕事を任せることにした。僕って天才なんじゃないだろうか。
「ヤバい! 来る!!!」
アイルちゃんは僕が鍛えたこともあるし、本人の才覚もあって相当強い。じゃなきゃ、強さを信奉する魔族で大魔総統にはなれない。
だから、アイルちゃんは僕が気付かないようにわざと気配を全力で消して執務室にやって来る。なんならイェスタくんばりに消して来る。
おかげで、僕は何度も不意打ちを食らった。
でも、それで黙っている僕じゃない。気付けないなら気付けるようになればいい。
ということで無駄に頑張った結果、アイルちゃんの接近に気付くことが出来るようになったのだ。
「今日のレッスンって夕方だったよね?」
「左様です」
「てことは、また新たに何か持ってきたな。よし、今日は休みにしよう。」
「「「っ!!!」」」
コンコン
扉がノックされた。
「じゃあ、3人とも、アイルちゃんを頼んだよ」
僕はそう言い残して、魔王城下の街に転移した。
「今日はどうしようかな?」
僕は考えながら中央通りを歩いている。
「魔王様! 今日も脱走されたので?」
「うん、ずっと執務室にいちゃ息が詰まるでしょ?」
「そいつは違えねえや。そうだ、今日はいい肉が入ってるんですがどうです? 見て行ってもらえませんか?」
「お、いいね。見せて」
「こいつでさあ。サラマンダーの胸肉でさあ」
「へぇ、凄いね。サラマンダーってこの辺じゃ見ないよね?」
「そうなんださあ。たまたま旧ガーネットから流れてきた冒険者に譲ってもらいましてね」
「よし、全部頂戴!」
「毎度ありがとうございます!!!」
今日の晩御飯はこの肉を使ってもらおう。
「魔王様、またお待ちしてます!!!」
「次もおもしろい肉用意しといてね」
「任せてくだせえ」
僕はホクホク顔でこの肉屋を後にした。
「魔王様! 次はうちを見て行ってくださいな」
「おばちゃん。今日は何があるの?」
「獣人族から仕入れた果物が揃ってるよ」
「お、お〜いいねぇ。このオレンジ色の1つ食べてみていい?」
「どうぞ」
「シャリ。ん? うま〜い!!!」
「そうでしょう? まだまだ新しく仕入れた果物が沢山あるよ」
「じゃあ、全部100個ずつ頂戴」
「はいよ」
おばちゃんは果物を箱に詰めてくれた。
「魔王様、来てくれるのはうれしいけど、あんまりアイル様を困らせちゃダメだよ」
「そうだね、気をつけるよ」
僕は苦笑いしながら果物屋を後にした。
「魔王様! 次は俺っちのことに」
「魔王様! 次は」
「魔王様!」
こんな感じで中央通りを端まで歩く間にまた大量に買い込んでしまった。
ま、いいよね。経済を回してるわけだしね。
これだけで日が暮れてきた。
「あこに寄ってこう」
僕は街1番の大店の商店に向かった。
日本で言うと銀座の大通りに店を構える百貨店って感じだろうか。
そんな店と個人商店が入り混じっているチグハグさが何とも言えずおもしろいんだよな。
店に入って、受付に向かう。
「いらっしゃませ。これは、魔王様。本日はどの様なご用向きでしょうか?」
「店長いる?」
「少々お待ちください」
「すぐにこちらにお越しになるそうです」
「そっか、ありがとう」
「魔王様! ようこそお越しくださいました。では、こちらに」
僕はVIP用の応接室に通された。
「本日はどの様なご用向きで?」
「前に話してた携帯電話だけど、もうちょっとでドワーフが完成させてくれそうなんだよね」
「何とっ!?」
「だから、まずはここに卸そうと思ってるからさ」
「これはこれはご配慮いただきありがとうございます」
そう、僕がこっちに来て不便だったのは一般に出回る様な携帯がないことと、インターネットもパソコンもないこと、日本の様なサブカルが発達してないことだった。
特に、ベッドの上でヒマだった僕は、かなりオタクだった。僕はサブカルが欲しい。
だから、まずは携帯を普及させて、インターネットとパソコンを普及させて、そこからスマホを普及させようと考えていた。
ひとまず、携帯電話はすぐできそうだったから、別の会社には電波の受信設備を急ピッチで設置させている。
まずは、誰もがアクセスできるフォーマットを用意させれば、サブカルも加速度的に発展していくと考えたのだ。
もちろん出版社には小説や、マンガを流行らせる様に指示を出している。
さらに、テレビは普及しているけど、国営放送しかなく、緊急時の放送以外は基本砂嵐だ。
だから、民間のやる気がありそうな所に投資して、民間の放送局も作っていた。
どれもまだまだだけど、10年以内に日本レベルにするのが目標だ。
ヒト族は地球から転移して来た人が多くいるから他の種族より文化的には進んでいる。
そういう意味でもヒト族を取り込めたのは大きい。
僕は携帯電話の販売方法、広告戦略を店長と話して店を出た。
この後僕は裏路地を入った所のこじんまりした喫茶店に入った。
純喫茶という雰囲気でカウンターしかない。カウンターと反対の壁の棚には様々はコーヒーカップとソーサーが飾られている。
生前に行ってみたかった所を僕の趣味全開で作ったのだ。紅茶党だったけど、憧れには勝てず作ってしまった。後悔はしていない。
ここは、移住して来たドラゴニュートがマスターを務める店だ。
ドラゴニュートの中でもあまり戦闘向きじゃない人を抜擢した。
種族として能力が高いのもあるけど、ここのマスターはコーヒーを淹れるのが抜群に上手かった。
「マスタ〜」
「これは、魔王様!」
「いつものを頂戴」
「かしこまりました」
いつものって言いたかったんだよね。
薄暗い店内でマスターがハンドドリップでコーヒーを淹れている。
こういう雰囲気に憧れてたんだよね〜。
次第に良い薫りが漂って来た。
「どうぞ、ドラゴンマウンテンです」
「ありがとう。う〜んやっぱ良い匂い」
僕はゆっくりとコーヒーと、静かに流れる時間を楽しんだ。
「じゃあ、マスターまたね」
「またのお越しをお待ちしています」
「あ、3人にアイルちゃんを押し付けちゃったから、ケーキ買って帰ろう」
ちなみに僕はさっきの喫茶店の他に、ケーキ屋、ラーメン屋、牛丼屋、ハンバーガー屋などを次々にオープンさせていた。
生前は食べられなかったものをこっちで再現させて食べようと思ったからだ。それぞれ、移住して来た亜人を抜擢している。
幸いこの辺りのメジャーどころはヒト族の国にはお店があるらしく、こないだのヒト族をアドバイザーとして起用してたら、割とすんなりと再現できた。僕自身は食べたことがなかったわけだけど。
そのうち、和食、中華、フレンチとかのお店も作りたい。でもこれは時間がかかりそうだ。
同じ境遇だったイェスタくんにも食べさせてあげたいなあ。
ケーキを買って満足した僕は執務室に転移した。
もちろん、アイルちゃんの気配がないことは確認済みだ。
「ただいま〜」
「「「……」」」
「……、どうしたの?」
3人が僕に無言で可哀想な視線を送った。
すると、コウが目線で後ろ後ろと合図を送って来た。
ま、まさか!?
僕は恐る恐る後ろを振り向くと、
「ま、お、う、さ、ま〜」
髪を逆立てさせたアイルちゃんがそこにいた。
「な、なんで?」
僕は慌てて転移で逃げようとしたら、足に鎖が絡みついてきた。
「逃がしませんよ〜」
「気配がなかったし、闇魔法まで!?」
「毎度魔王様がお逃げになるので、私も日々成長しているのです」
「……」
「今日は、徹夜になってでもみっちりやってもらいます」
「え〜。3人とも助けてよ〜」
おい、目をつぶって両手を合わせるな。
「ではやりましょうね〜」
そんな〜
僕はさらに探知の力を磨くことを誓ったのだ。
「おもしろかった!」、「続きが気になる!」という方は、
下の☆☆☆☆☆を★★★★★に変えて行ってください。
おもしろくなかったという方は、★☆☆☆☆でお願いします。
ブックマークや感想もお待ちしています。
非常に励みになりますので、よろしくお願いいたします。