004 僕、少女をひろう
僕は、3人の配下のSランクモンスターであるフレイムバードのコウ、ストームタイガーのシュン、エンペラースライムのサン強化魔法を完成させるまで付き合わせた。
と言っても、ある程度加減していたんだけど、これが完成した時、あまりの嬉しさにテンション爆上がりで、割と本気で相手をしてしまった。
結果、3人とも半殺しにしてしまい、結構深く反省した。後で聞いたら、3人ともあんなに絶望したことはないと遠い目で語ってくれた。
ただ、調子に乗った僕は、強化魔法だけじゃなく、他の魔法にも応用出来ないかとさらなる研究を開始していた。
僕たちがいつものように麓の草原で魔法の研究をしていると、龍ヶ峰の反対に広がる森から血だらけの少女がよろよろと出て来て、パタリと倒れた。
僕たちは慌てて近寄った。僕は、ずっと龍ヶ峰にいたため、他の種族に会ったことがなかった。だからか妙な興奮状態になっていた。
少女は、見た目10歳くらいだろうか、赤みがかった肌の色をしている。血だらけでなければすごく可愛いんじゃないだろうか。そして頭の両側面から角が生えていた。
「主様、この少女は魔族のようです」
「へぇ〜、これが魔族かぁ、初めて見たよ。とりあえず、傷は直してあげようか」
僕は、作用魔法に分類される回復の魔法でとりあえずこの少女を直してあげた。
「主様」
「ああ、わかっている」
何者かの集団、およそ50人がこっちに向かって来ていた。
空間魔法は熟練者は亜空間を作り出すことが出来るが、基本は自分の周りの空間の把握である。僕の影響下にある空間内のことは手に取るようにわかるのだ。伊達にお父さんから空間魔法を褒められている訳でわない。
直にここまでやってくる、僕達は一応警戒して、少女が倒れていた森のそばから多少距離を取り、草原の中ほどで待機した。配下3人には念のため人化しておいてもらった。
やって来たのは、魔族の集団だった。そいつらはこっちを見ると、標的と考えたのか、こちらを取り囲むように近づいて来た。
そして、その中で一番偉いであろう魔族がいやらしい笑顔で語りかけて来た。
「失礼、貴殿達がこの不戦の草原で何をしていて、そして何者かは存じ上げぬが、そこな少女をこちらに渡してはくれぬだろうか」
何というか、全く信用出来ないな。ライトノベルなら使いっ走りの引き立て役だろうか。
「え〜と、僕はダイキ、ここでは魔法の研究をしていました。こちらの3人は私の配下です。この少女は傷ついていましたので、僕達で保護しました。
僕にとっても何者かわからないあなた達にこの少女をなぜ渡さねばならないのでしょうか?」
「貴様〜、このお方の申し出を断るのか!」
魔族の一人が激昂して捲し立ててきた。
それを先ほどの男が手で制して、
「これは失礼。私は魔族領ガルム王国が公爵のお1人、ドルドゥ=ダルム様の直属部隊の隊長アンサッスと申す。
そこな少女は王国への謀反の疑いが持たれておりますゆえ、捉えて王国にて裁きを受けていただく必要があるのです。
ご理解いただけましたらこちらに渡していただきたい」
言葉使いは丁寧だが、こちらを見下しているのが透けて見える調子でこの男アンサッスは語りかけてきた。
「これはこれはご丁寧にどうも。質問したいのですが、そんな大罪人をどうして国家の保安部隊ではなく公爵様の部隊が追いかけているのですか?
そして、なぜこの少女は傷だらけだったのでしょうか?」
すると、アンサッスの表情が一変した。いやらしいとはいえ笑顔を浮かべていたものが、こちらを心底侮蔑したようなそして怒りを隠そうともしない表情に変わった。
「こちらが下手に出ていればいい気になりやがって、ヒト族風情が!
いいからそいつを渡せ! さもなくばお前らも痛い目にあって貰うぞ!」
うわ〜、こんなライトノベルに出て来そうな三下のセリフをリアルで言う奴いるんだ。
「え〜と、お断りします。あなたのことは全く持って信用出来ません」
アンサッスは怒りから激怒に表情を変化させ、
「お前達、やれ! 殺しても構わん!」
そして、取り巻き達が前に出て来た。
それに対応するように配下の3人が前に出ようとするのを、今度は僕が手で制した。
「いいよ。僕がやる。いい実験体が手に入った」
そして、50人が一斉に襲いかかって来た。
「亜空間結界」
僕は、僕を中心に配下の3人と少女を覆うように半径3m程の結界を張った。
そして、不可視の結界に気付かない魔族達は次々と結界にぶつかって跳ね返された。
「貴様、何をした!」
「さて、何でしょうね。敵に手の内を明かすとでも? お気楽なことですね」
アンサッスはもはや血管がブチ切れそうなほど激情していた。
「お前達、魔法だ! 魔法で攻撃しろ!」
「しかし、魔法での攻撃となると、王女殿下も殺してしまいかねません」
「構わん! それとも、お前も私に歯向かうのか!」
「いえっ! すぐに!」
そして、四方八方から火や氷、雷などの魔法が飛んで来た。
まぁ、わかっていたけど、結界を通す魔法は1つもなかった。だって、レベルが低すぎる。到底Sランクには到達していない者しかいない。
僕どころか、配下の1人にも傷1つ付けられないだろう。これでは龍が峰を2合目も登ってこれない。
これでは実験どころじゃない。低レベルすぎて何の参考にもならない。僕は落胆してため息を漏らした。
「貴様! どんな卑怯な手を使っているか知らんが、正々堂々、私と勝負したまえ!」
そう言って、アンサッスが前に出て来た。
「集団で襲って来る方が卑怯だと思うけど。まぁ、いいですよ。あなたは、まだマシだろうし。
お前ら、その少女を頼むよ。それに、ちょっと聞きたいこともあるし」
そう言って、僕は結界の外に出た。
いきなり、僕に向かって直径5mくらいの炎が飛んで来た。
僕は何もせずその炎を受けた。
「いや〜、やっぱりこの強化魔法は強いね。わかりきっていたことだけど、こんな低レベルの魔法じゃ何の意味もないね。」
僕は毎日、Sランクのフレイムバードの火炎魔法を受けている。それも、僕によって遥かにレベルアップしているフレイムバードの火炎魔法を。
こんな魔法で僕をどうこう出来るわけがない。
「何だとっ! アンサッス様の第5位界魔法が効かない!」
これが第5位界魔法? コウが遊びで出す炎にも劣るこれが?
下界の魔法は僕が思っている以上に弱いらしい。
「貴様、調子に乗るなよ! 私はガルム王国最強の魔術士!
私の最大最強の魔法にてお前を葬ってくれる!」
うわ〜、本当にライトノベルの三下じゃん。というか、これで王国最強なの?少なくとも神剣パールに付与魔法をした魔王ガルムはそんなレベルじゃないんだけど。
「お前ら、離れろ! アンサッス様が第八位界魔法を使うぞ!」
そう言って取り巻き達はあっという間に森まで退却した。
「さぁ、覚悟はいいか、ダイキとやら」
「どうでもいいですけど、早くしてもらえますか。僕は暇じゃないんで」
アンサッスはもうどこかの血管が切れてるんじゃないかというほどの表情を作った。
「死ね!
第八位界火魔法<ボルケーノ>!!!」
僕を中心とした半径10m程が一気に巨大な火柱に包まれた。
名前の如く、まさに火山が僕の足元から噴火したかのような圧倒的な火力が僕を襲った。
どうやら、周囲の酸素を集めることで火力を上げているようだ。
「出たぞ! アンサッス様の第八位界魔法が!
あれによってアンサッス様は王国魔法使い最強を不動のものにしているんだ!」
何やら、取り巻きが盛り上がっている。
しばらくして、火柱がおさまった。
地面はあまりの熱量にガラスのようになっている。
しかし、僕は全くの無傷だった。
まぁ、あんな効率の悪い魔法じゃな。第8位界だっけ?コウの第2位界にも劣るよ。
「ば、バカな!」
「いや〜、この強化魔法を知らない、1年前の僕だったら、多少の火傷くらいは負わせられたかもね。
とりあえず、この強化魔法の実験は出来たし、下界の魔法使いのレベルもわかったから、もう帰っていいよ。
まぁ、激しくがっかりではあったけどね」
アンサッスは怒りか恐怖か、プルプルと震えている。
「アンサッス様! ここは一旦引きましょう。あいつは化物です!」
そう言った取り巻きの1人をアンサッスは火で燃やした。
「ここまでコケにされて、そのまま引き下がれと?
巫山戯るな!このままで終わると思うなよ!」
アンサッスは震える他の配下を余所に、懐から薬瓶を取り出し、それを一気に呷った。
「ん〜、ぐあ〜〜〜〜!!!!」
「何だ? 急に喚き出したぞ?」
見ると配下達は一斉に森の奥に消えて行った。
「ふふふふ、もう生きて帰れると思うなよ」
「いや、さっきも死ねって言ってたじゃん。
ん?」
急にアンサッスの魔力が増加した。
「この薬は、多大な副作用と引き換えに魔力量を瞬間的に増やすのだ。
それによって私は、歴史上でも僅かの例外を除いて未踏である、最強の魔法、第十位界魔法を放てるのだ!」
「ほぅ、それは確かに気になるな。
よし、サービスしてあげる。今までの強化魔法は使わないで置いてあげるよ。普通の、世の中にありふれた魔法だけで対処してあげる」
「バカが! 死んで後悔しろ!
第十位界火魔法<死の黒炎>!!!」
その瞬間、僕の身体に真っ黒な炎が纏わり付いた。
僕はとりあえず、炎を払うように身体を振った。
しかし、この黒い炎は少しも僕から離れない。
「はっはっはっ、ムダだ! この黒炎は対象が燃えてなくなるまで、決して消えない! さっさと死ね! ダイキ!」
僕は指を鳴らした。
パチン!
次の瞬間には、僕に纏わり付いていた黒炎は消えていた。
「な……」
アンサッスは呆然としている。
「何をした〜!」
「何って、ただの第一位界の風魔法だけど」
「巫山戯るな! 第十位界魔法だぞ! この世界でも数人しか到達していない第10位界魔法だぞ!」
「まぁ、その大層な第十位界魔法は、僕の第1位界魔法にも劣るってことがわかって、勉強になったよ。ありがとう」
「そ、そんなことが起こるはずがない!」
「今見たでしょ? とにかくさ、アンサッスさんは魔法を行使する時の効率が悪すぎるし、だいたい、そんな魔力量じゃ土台ムリでしょ」
「???
何を行っている? 私の魔力効率は魔族でも屈指だ。それに魔力量では魔族に並ぶものはいない!」
僕はしばらく考えてしまった。
この人が言うことが本当なら、僕は圧倒的な規格外になってしまうんだが。まぁ今までのやりとりで何となく察せるけど。
僕は、配下の3人を見た。
「あのさ、あの人の言ってることってあってる?」
「全て事実でございます。私の火炎魔法を受けて無傷である主様が常軌を逸しているのであります」
コウが答えた。
あら、僕ってとっくに人外だったの?
「まぁいいや、コウ人化を解いてこっちに出てこい」
「はっ!」
そして、コウが人化を解いてSランクの魔物、フレイムバード本来の姿に戻った。正に火の鳥だ。全身が燃え盛る炎で出来た全長20mを超える姿に戻った。
「な、な、な、フレイムバードだとっ。Sランクの魔物が何でこんな所に」
「わからない? コウは僕の配下だよ」
「あ、あ、ありえない。そんなこと」
「まぁ、いいや。コウ、本物の第十位界魔法を僕に撃ってこい」
「は!」
信じられない、という様相でアンサックはキョロキョロと僕ろコウを交互に見ている。
そしてコウが第十位界の火炎魔法を放った。
アンサッスは、その瞬間自分の死を悟り、自分のレベルの低さを理解した。とても同じ魔法とは思えない圧倒的な圧力。この魔法に比べれば自分の魔法などマッチの火にも劣る。
ダイキに向かって放たれた魔法だが、自分どころか、逃げて行った部下も生きていられないだろう。
しかし、アンサッスは死ななかった。
ダイキがその炎全てをかき消したからだ。
「理解出来たかい。アンサッスさん?
これが僕達のレベルだ」
この瞬間、アンサッスはダイキは決して手の届かない、そして決して手出ししてはならない化物だと理解した。
そう、まるで古くから魔族に伝わる伝説の邪竜のように。
こう理解した時、アンサックは下半身を自分の小便で濡らしながら意識を失った。
「シュンはその子を、サンはアンサッスさんを運んで。コウは先にお父さんに知らせに行って。とりあえずこの2人は拘束して家まで運ぼう」
「は!」
「は!」
「は!」
僕の魔族との関わりはこうして始まった。