035 僕、龍ケ峰に派遣される
「邪竜討伐」
この日、この知らせを受けたアウム神教国は沸いた。
僕も当然、狂喜乱舞した。
行きつけの酒場で次の日も朝から訓練だったにも拘わらず、明け方まで馬鹿騒ぎをしてしまった。
「いてて。あ〜、頭痛い」
二日酔いで訓練に行くのには気後れする部分もあったけど、行ったらみんな同じだった。
なんなら教官は訓練場の隅っこで吐いていた。
結局まともに訓練にならず、昼過ぎには解散になった。
そして、魔族から正式に邪竜の死が知らされ、2日続けて国中がお祭り騒ぎになった。
当然、次の日の訓練も昼過ぎで終わった。
ただ、僕達の部隊は訓練後、訓練場に残された。
「頭痛い、とりあえず早くベッドに飛び込みたいよ」
「だよな。俺もだよ」
同期のトニオと愚痴っていると、とんでもない方が訓練場に姿を表した。
全員がすぐに片膝を付いた。
「皆、楽にしたまえ」
教皇であるグレゴリオ8世猊下がなぜか訓練場にいらっしゃっのだ。
みんなは起立し一糸乱れぬ整列でお言葉を待った。
「この度、悲願であった邪竜の討伐がなされたことは聞いておろう。
魔界を制覇する偉大な一歩である」
猊下は大袈裟に両手を広げながら仰った。
「現在、邪竜討伐の英雄達は龍ヶ峰を奪い、そこに陣を引いておる。
ここは今後の魔界制覇に向けても死守すべき拠点である。
付いては、聖騎士隊第一部隊には龍ヶ峰の防衛を担ってもらいたい。」
っ!!!
マジで?
「すぐに向かってもらう。
アウム神の祝福あれ」
僕達は一斉に敬礼した。
その後すぐに猊下は下がられた。
でも、猊下に直接拝謁するとかマジか?
しかも、そんな重要な戦地を任されるとか、ヤバいな。
みんな2徹で二日酔いだったことも忘れ、ハイテンションで龍ヶ峰に向かった。
龍ヶ峰に着いたは良いものの、この大魔境に入れるレベルの者は、いくら精鋭を集めている第一部隊と言えども多くはなかった。
僕とトニオを含む20人程度が龍ヶ峰の中に入り、残りは麓で結界を維持している魔術士の護衛となった。
僕達は時々現れる魔物を葬りながら山頂を目指した。
この20人は全員Aランクだったため、何の問題もなく山頂まで到達した。
そして、山頂には驚くべき光景が広がっていた。
いたる所に巨大なクレーターがあり、凄まじい魔素濃度となっていたのだ。
「……、地獄かよ」
僕達が驚いていると、山頂に張ってあった天幕から邪竜討伐の英雄達が出てきた。
アウム神教国が誇る4人の勇者様、そして、
エルフっ!?
な、何で?
「よく来てくれました。
明日にでも魔族はここを取り返しに来るでしょう」
そんなにすぐなのか!?
「しかし、魔族にとってもここが大魔境であることに違いはありません。
ここに来るものは少数精鋭となるでしょう。
その者達を共に討ち果たしましょう」
「「「「「は!!!!!」」」」
なぜエルフがと思ったけど、勇者様と一緒にいるのだから仲間何だと思う。
僕達はここを死守する為に来ているだけだ。
浮かんだ疑問を口にすることなく、明日の防衛に向けて準備を進めた。
ただ、天幕の中にもうお1人いるようなんだよな。
しかも、勇者様に失礼だけど、もっともっとお強いような。
翌日、エルフの女が言った通り、おそらくは全兵力と思われる大軍勢が不戦の草原に陣を引いた。
正直、冷や汗が止まらない。
どう見ても数が違う。
でも、エルフも勇者様も余裕の表情を浮かべている。
すると、ようやく天幕にいた最後のお1人が姿を表した。
誰だろう?
「あ〜、クソ。何だって俺は魔族と戦わなきゃいけねぇんだよ。
しかもパールの息子もいるじゃねぇか」
「リューン様、ここでゴミ掃除をしておけば後の事は我々でやりますので」
「ああ!?」
凄まじい殺気が山頂を埋め尽くした。
「……、リューン様、どうかお鎮まりください」
「はっ、今回だけだ」
「……、ありがとうございます」
何なんだ!?
あのお方は誰なんだ!?
正直ちょっとちびったんだけど。
「みなさんへの紹介がまだでしたね。
こちらは伝説の勇者、リューン様です」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
何ー!!!!
嘘だろ!?
お伽話の中の大英雄。勇者の中の勇者。
「リューン様には魔王を討ち取ってもらいます。
残りの者ならば我々で事足りるでしょう」
勇者様達の余裕はこれか。
震えが止まらないいんですけど。
「あっ!?」
リューン様が不戦の草原の反対を睨んだ時、これまたとんでもない圧力が近づいて来た。
流石の勇者様達にも緊張が走ってるようだ。
しかし、それは龍ヶ峰を通り過ぎて魔族の陣に突っ込んで行った。
魔族の増援か?
僕達の緊張が高まっている中、
その何かは魔王と思われる少年と戦闘を開始した。
この時のことは良く覚えてない。
なんせ僕達の理解の範疇をはるかに超えていた。
ただ、この日、魔族は攻めてこなかった。
ぶっちゃけかなりほっとした。
あんなのと戦うとか正気じゃない。
リューン様が相手取ってくれると言っても近くにいるのも嫌だ。
それから1週間は臨戦態勢を取っていた。
「もういいだろ。俺は下りるぜ」
リューン様のこの言葉で、火の勇者ホムラ・ジングウジ様を残して勇者様達は帰還されました。
「しっかし、魔族の奴らはどうしちまったんだろうな。今回は派手に暴れられると思ったんだけどな」
「いやー、ジングウジ様に恐れをなしたんですよ」
「かもな。ハハハハハ」
トニオはおべっかを使って勇者様との仲を縮めていた。
気づいてるんだろうけど、その勇者様、まったくお前に気を許してないぞ。
さらに数日過ぎ、段々と僕達も気が緩んできていた。
でも僕はずっと緊張した状態だった。
最初以来、ぱたっと姿を見せない魔族が不気味で仕方なかった。
「おい、お前。なんて言ったっけ?」
突然、ジングウジ様に名前を聞かれた。
「は。ブルータ・スミスであります」
「ちょっと、こっち来い」
「は」
何事かわからないけど、とにかくお近くに移動した。
「お前だけだ」
「は?」
「お前だけが未だに最初の緊張感を保っている。
俺は不気味なんだ。嵐の前の静けさとでも言うか。
お前も見たろ? あの凄まじい先頭を。
あの魔王がこのまま黙ってるとは思えねぇ」
ジングウジ様はオチャラケている様に見えて、やはり勇者だった。
「俺は何度も増援を打診してるのに、一向に送ってこねぇ。
最悪、俺も戻されるかもしれねぇ。
そうなったら頼むぜ」
ジングウジ様は僕の背中を叩いて天幕に戻って行った。
この1週間後、ジングウジ様も帰還された。
「なぁ、俺達必要なくねぇか?」
トニオが腑抜けた事を言い出した。
「ジングウジ様すらいないんだぞ。俺達がいなくてどうする?」
「だってよ〜、魔族のヤツら来ねぇじゃん」
「来たらどうする? あの魔王が今来たらここを絶対に守れない」
「ビックはほんと心配性だなぁ」
お前らが気を抜きすぎなんだよ。
ここに着任して1月が経とうという時、ようやく魔族に動きがあった。
不戦の草原に、オーガとオーク、それにあれはドラゴニュートか?
本当にいたんだな。
全部で700弱。
実際にここに登って来れそうなのは50くらいか。
結界がある以上、それでも勝てそうだ。
「何だ!? 魔族は亜人供を使って自分達は出てこねぇつもりかよ。
大昔に逃げ出した様なヤツらだぜ。こりゃ楽勝だな」
トニオ、それは楽観的すぎる。
「ん? トニオ、魔族も1人いるみたいだぞ」
「何だありゃ? ガキじゃねぇか」
みんなが楽観視していると、突然寒気が押し寄せて来た。
「おいおい、冗談だろ?」
瞬きをしている様な間に、大量のアンデットと数十体の悪魔が姿を表していた。
「戦闘態勢!!!」
僕達は急いで戦闘態勢を取った。
でも、無理ですジングウジ様。
「まぁ、アンデットも悪魔も結界の中じゃ特に弱体化するしな。大丈夫だよな? な?」
「そうだといいんだけどな」
結界を張る魔術士は多くの兵で護衛されているし、そもそも全員を倒さないと消えないと聞いている。
各所に散っていて、隠蔽の魔法も使う魔術士を全員倒すのはいくら何でも出来ないだろう、けど。
「来たぞ!!!」
アンデットと悪魔が猛スピードで麓に迫って来た。
汗が滴り落ちる。
バリン!
「嘘だろ?」
戦端が開かれて幾許も無いうちに結界が破られた。
「そんな」
「これじゃあ、アンデットと悪魔供がそのままの力で来ちまうじゃねぇか!?」
「全員固まれ!!!」
心臓の音が大きい。
ドンドン音が加速していくのがわかる。
「来たぞ!!!」
50体もの悪魔が、そのままの強さで山頂にやって来た。
「無理だ」
僕達は全員Aランク上位だが、悪魔は最低でもSランクなのだ。
僕達は、何の抵抗も出来ず悪魔達に取り囲まれてしまった。
もう膝が言うことを聞かない。
さっきから震えが止まらない。
そこに魔族の少年と亜人達がやって来た。
もう無理だ。
しかも、なんかめっちゃやる気を出している。
「許してくれ〜!!! 降伏する!!!」
トニオが叫んだ。
聖騎士として許されざる行為だが、正直ほっとしていた。
「えーっと、もう1回言ってもらえます?」
「だから! 降伏する!!!
早くこの悪魔達をどうにかしてくれ〜!!!!!」
僕達はあまりにも呆気なく敗れた。
猊下、ジングウジ様、すいません。
僕達が両手を縛られている時、凄まじい魔力の高まりを感じた。
「なんじゃあ!?」
ドラゴニュートが声をあげている。
この魔力の高まりは魔族側ではないのか?
そして、龍ヶ峰にこれまでの比ではない結界が張られました。
「ぐっ」
魔族と亜人はみんな片膝を付いてしまっている。
「ハハハハハハ、亜人とは驚かされましたが、一網打尽ですね」
エルフの女!?
「今頃、麓も包囲が完成しているでしょう」
さらに、水の勇者様と聖の勇者様が姿を現した。
僕はようやく気付いた。
あ~、僕達は捨て駒にされたんだ。