幕間002 魔界統一
魔族領はおそらく歴史上もっとも混乱している状態にあった。
魔族の3大国のうち最も力のあったダイン王国に対し、残りの2国が裏で結託し、最大兵力で奇襲をかけたのだ。首謀者はダイン王国の魔王の座を狙っていたダイン王国の魔王ジョルジュ=ダルムの弟であるドルドゥ=ダルム公爵であり、実際に2国に手を回したのは王属魔術団団長カーミル・マクロンだった。
これを魔族革命と言う。
結果、ダイン王国の魔王ジョルジュ=ダルムが討死にした。しかし、ダイン王国で救世主と呼ばれていダイキという人族とその配下のもの達に2国の精鋭が全滅したのだ。かくして魔族革命は失敗に終わる。
さらに、衝撃の事実が発覚する。ドルドゥ=ダルム公爵、カーミル・マクロンに加え、2国の魔王までもが、人族の勇者ユウヤ・キサラギに操られていたというのだ。
魔族領は大混乱状態に陥っていた。
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■魔族『ガーネット王国』
「宰相殿!魔王様と共に嬉嬉としてこの策に乗ったのは貴殿ではないか! どう責任を取るおつもりか!」
「我にだけ責任を押し付けるつもりか! いまは責任の追求ではなく、今後どう動くかを考えねばならんと言っているであらろう。ガーネット王国自体が存亡の危機なのだぞ。何度言えば分かるのだ。
アイル王女殿下から呼び出しの書簡が届いてもう1週間だ。これ以上返答を遅らせるとさらにこちらが不利になるとわからんのか!」
「誰のせいでそうなったと思っている! だから私は反対したのだ!」
「ならば、貴殿が魔王様にそう申し上げれば良かったではないか!
裏でどれだけ言った所で、魔王様に進言していない以上同じではないか!」
まったく無能どもめ。魔王様には媚びへつらい、失敗となれば保身に走りおって。
幸い、国境を封鎖しておるから、ダイン王国から使者が来てもしばらくの猶予はあるが。
バタン!
急に会議室の扉が開き、若い役人が飛び込んできた。
「何事か!」
「はっ! 会議中に申し訳ありません! ダイン王国のアイル王女がご来城されました!」
「はっ!?」
「国境警備のものはどうした! 誰も国に入れるなと触れを出しておっただろうが!」
「それが、突然王城の前に現れたとのことです!」
「なんだとっ! あの姫が転移魔法でも使ったというのか!」
「状況からはそれしか考えられません!」
なんてことだ。王女自ら乗り込んで来るとは。しかも、転移魔法だと。
以前見た時も才気あふれる様は見受けられたが、転移魔法を使えるほどではなかった。
兵は軒並み捕えられているし、いまの我々ではどうにも出来んではないか。
「アイル王女殿下、お待ちください! アイル王女殿下!!!」
扉の外から、役人の情けない声が聞こえてきたかと思うと、扉がゆっくり開かれた。
「これはこれは、アイル王女殿下。お久しぶりでございます」
「サイル・ルータッド宰相閣下。お久しぶりです」
「前回の御前試合以来ですかな」
「そうですね」
ペースを握られては不味い。いくらドルドゥの糞野郎に唆されたとはいえ、こちらから条約を破り奇襲をかけ、しかも魔王様も兵も全て捕えられている。
さらに、ダイン王国のジョルジュ=ダルム魔王は討死にしている。
どんな不平等条約を吹っかけられても文句をいえない立場だ。
だからこそ、直接の話合いの前に方針をまとめておきたかったというのに。
ダン!
私に噛み付いてきていたバカ貴族が机を叩いて立ち上がっていた。
「いくら隣国の王女殿下とはいえ無礼であろう!
無断で越境し、あまつさえ王城にまで勝手に踏み込むとは!」
あのボケなすが!
その時、アイル王女から恐ろしい魔力が放出された。
「ひっ!」
「先に条約を破り、宣戦布告もなしに奇襲をかけ、そして我が魔王様の殺害に手を貸したのはそちらでしょう」
アイル王女はこの部屋が凍るかと思うほど冷たい声で言い放った。
それを先に言われてはこちらからはどう言い返すことも出来んではないか。この豚野郎が。小便を漏らしとる場合か。
「その話をする前に、私からの書簡を無視し続けたことについて弁明があればお伺いしましょう」
こうなっては、どうも出来んか。少しでもマシな条件になるよう交渉し、なんとか国を存続させねば。
「申し訳ありません、アイル王女殿下。
急ぎ返答しなければとは思っておるのですが、何分国内が混乱しており、」
「はっ!?」
アイル王女の魔力がいっそう強くなった。
「そちらから、攻め込んで来ておいてよくもまぁそんな事が言えたものですね。
私は魔王様の葬儀の後、3国で話合いをする為、起こしになる方を至急知らせよ、としたためたはずですが?
そちらの国の事情など知ったことではありません」
「少し待っていただきたい。我らがセリュジュ魔王もヒト族の勇者に操られていたことは存じているはず」
「だから?」
ムリだ。いまの王女相手に交渉は出来ない。
「……、申し訳ありません」
今まで立ったまま我らを威圧していたアイル王女が、魔力を抑えて近くの席に座った。
「宰相閣下に貴族の皆様、本来であれば、そちらの魔王も兵も全て処刑した上、貴国を即、属国化するというのが当然の流れと言えます」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
「しかし、宰相閣下が申したように、セリュジュ魔王も操られていたという点は酌量の余地があるとも言えます。
ですので、こちらからの条件を飲んでくださるならば、セリュジュ魔王も兵士達もお返ししましょう」
「誠ですか!?」
王女殿下はニヤリと冷たい笑いを浮かべると、とんでもない条件を出してきた。
私は、それに同意することしか出来なかった。
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「宰相殿! あんな条件を飲むとはどういうつもりか!」
「嫌ならば、貴殿があの場で反対されれば良かったではないか!」
「それは、」
「とにかく、我らの損害は限りなく少なくすむのだ。何より魔王様の無事が保証される。
それに、おそらく我らだけでなくサムラン王国にも同じことを持ちかけているはず」
「ならば、サムランよりも良い条件を引き出すことを考えねば、」
「止めておけ。貴殿はあのアイル王女を相手にそんな交渉が出来るか?」
「っ!」
「このまま進めるしかあるまい」
恐ろしいのは、この決定をジョルジュ魔王の葬儀と並行して、国内でまとめ上げてきたであろうことか。なんという手腕か。
ジョルジュ=ダルム魔王の葬儀が済むまであと3日、3国会談まであと1週間。
とにかく我らも国内をまとめなければ。
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またたく間に3国会談当日となった。
我らガーネット王国からは、宰相である我と、外務卿、内務卿、貴族院の重鎮が5名。
サムラン王国は、王太子殿下に外務卿、内務卿他5名。
そして、ダイン王国はアイル王女と、元ドルドゥ公爵直属部隊の隊長だった男。たしか元四大魔将だったか。
その後ろに、新四大魔将の2人が控えている。つまり実質、アイル王女だけだ。
しかし、それに何か言う者どころか、不快な表情を浮かべる者もいない。
むしろ、返って緊張の面持ちだ。
我らだけでなくサムラン王国の面々も同様な所を見ると、やはりあちらにもアイル王女は乗り込んでいたらしい。
「では、始めましょうか」
アイル王女の一言から、150年振りとなる3国会談は始まった。
「先だって両国にはお伝えしてある通り、我ら3国は統一国家として生まれ変わります。
依存はありませんね」
我らもサムラン王国の面々も首肯した。
ここまでは、先日聞いていた。問題は実質的に属国扱いとなるのかどうかというところ。
「私たちは統一国家になったのです。そこに旧3国に上下はあってはならないと思っています」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
アイル王女はニコニコと笑っている。
「それは、我らもダイン王国と対等ということでしょうか?」
「?
いま言ったではありませんか。旧3国に上下はあってはならないと。
統一国家になるということは、もはや我らは仲間なのです。そこに禍根を残してはいけないと考えています」
サムランの王太子が立ち上がった。
「馬鹿な! 魔王を失い、条約を破られた貴国が我々を恨んでいないと言うのか!
罰なら受けよう。しかし、情けや施しなら必要ない!」
このお坊ちゃん、なかなか肝が座っているじゃないか。
「この話を持ちかけたのは我々です。なら、我々が示さねば、この場で表面上納得したとしても、民は納得しないでしょう。
私は、これを機に魔族全体を発展させたいのです。
ヒト族の勇者なんぞの茶々で崩れるような魔族ではいけないのです。
それでは、我らの始祖ダイン様と、邪龍様に顔向け出来ないではありませんか」
「!!!」
なんということだ。我らもサムラン王国も、自国の利益しか見えていなかったというのに、アイル王女は魔族全体を考えていたというのか。
はは。これはまいった。器が違う。セリュジュ様と我らでお支えすれば、必ず強力な国になる。
「我ら、旧ガーネット王国はアイル王女殿下の意に従います」
我らはアイル王女に膝をつき頭を下げた。
すると、サムラン王国の面々も続いた。
「私たち、旧サムラン王国もアイル王女殿下の意に従います」
「ちょっと、皆さん顔を上げてください! いま言ったばかりです。我らの間に上下はないと」
「ですが、王女殿下、いくら上下がないとはいえ、魔王は必要です」
「私たちはあなたが、魔王となるならば、どこまでもお供いたしましょう」
サムラン王国も我らと同じ考えのようだ。
「皆さん、ありがとうございます。ですが、私など魔王の器ではありません」
「いいえ、貴方以上に適任な者はおりません」
「そうです。貴方になら全力でお仕えいたします」
「そう言って頂けるのは大変光栄です。
ですが、私が魔王になると、どうしても旧3国のなかでダイン王国が上という認識を与えてしまいます」
「しかし、」
「では、どなたか適任な者がいると?」
アイル王女はニヤリと笑った。
「はい。ダイキ様です」
「「「「「!!!!!」」」」」
セリュジュ様、ダリオ様を含めた2国の軍を制圧し、勇者を退けたという人族の少年か。
たしかに、強さを信奉する魔族にとってこれ以上者はいないかもしれない。
「ですが、彼はヒト族なのでしょう。魔王に据えるのは如何なものかと」
「些細なことではないですか。ガーネット王国にもサムラン王国にも魔族以外の種族はいるはずです。
これからは他種族に対してほぼ鎖国状態であったのを解消し、交流を持つべきだと思います。
その際に、魔王が魔族でなければ相手方も交渉のテーブルについてくれやすいと思います」
「それは一理あるかもしれません。
というより、他種族との交流ですか。その発想自体が我々にはないものです。
それ自体は素晴らしい。ですが、それこそ民が納得しないでしょう」
「いいえ、必ず納得します。貴方方は彼の親が誰か知っていますか?」
えっ? それはここで関係があるのだろうか? 私はサムランの王太子と顔を見合わせた。
どうやら王太子も知らないようだ。
「いえ、存じあげません」
「では、しかと聞いてください。
ダイキ様のお父様はかの邪龍、パール・リューンガルム様です」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
過去最大級の衝撃と言っていい。邪龍様のご子息だと。邪龍様の存在すら危ぶまれているんだぞ。
「驚かれたようですね。でも、事実です。実際に血の繋がりがあるのか、育ての親ということなのかまでは知りません。
しかし、私はダイキ様に連れられて、邪龍様にお会いしたこともあります」
「「「「「っ!!!!!」」」」」
本当ならば、それはえらいことだぞ。
「本当なんですか?」
「全て真実です。ねぇ、アンサッス?」
「はい。私も邪龍様にお会いしたことのある身。全て真実と申し上げておきます」
真実なのか? しかし、にわかには信じられん。
「では、後に嘘だと発覚したなら、私とアンサッスな首をはねても構いません」
そこまでか!? 本当に真実だというのか!?
なんということだ。我らは、我らの神のもとでひとつになれるということなのか。
こんな興奮が今まであっただろうか。震えが止まらん。
横目で見るとサムランの王太子も震えている。
「ですから、旧3国一丸となって、ダイキ様をお支えしましょう」
「「「「「はっ!!!」」」」」
それからは新たな体制について急ピッチで話合いが行われた。
そして、完全にひとつの国にするより、3国の連邦制にしたほうが混乱が起きないとの結論になった。
さらに、アイル王女は首都は旧3国いずれでもない所に新たに建てるべきと発案され、その場所の選定にも時間を費やした。
首都は3国いずれにも属さない独立した都市とすることが決まった。
そして、新たな国名はダイン魔族連合王国と決まった。アイル王女は最後までダイン王国の名前だけ残ることに反対したが、我々とサムラン王国の意地とでもいうか、これだけのことをして貰ったことに対する報いとして通させてもらった。
この頃になると、ドルドゥ公爵もセリュジュ様もダリオ様も共に案を練っていた。
このお3方も捕えられていた兵も、御前試合に出ていた王下16剣も誰もが、ダイキ様を認めていた。
ついに、我々がダイキ様と対面する時が来た。我々は大広間で膝をついて待機した。とてつもない胸の高鳴りだ。
そして、アンサッス殿がダイキ様を連れて来られた。
「えっ、あれ? どういうこと?」
ダイキ様は戸惑っておられる。しかし、その威容だけで尋常なお方ではないことがわかった。
一見ただの少年だが、今までの3魔王様どころではない迫力を感じる。
こんなお方に仕えられるとは。
アイル王女が我らを代表してダイキ様に奏上した。
「私たち、ダイン王国とガーネット王国、サムラン王国は、ダイン魔族連合王国として統一国家となることを決めました。
ダイキ様、貴方にはその初代魔王になってもらいたいのです。それが、3国の総意です」
「はぁ〜〜〜〜!!!!!」
こうして後の世で語られる、魔界統一は成されたのだ。
この後、ダイキを魔王としたダイン魔族連合王国は世界に名を轟かせていくことになる。