014 僕、魔王さんを見殺す
僕達はのんびりと表彰式を見ていた。決勝戦はなくなったけど、どのみち公爵様が勝ってただろうな。
これが終わったら、ポルンと魔王さんをしっかり鍛えないとね。
それにしても、さっきから気持ち悪いものが会場を包んでる。
僕達には影響ないし、他の人にも何か起こってないし、とりあえずほっとこうかな。
『デニス・ボルヘニア、ベリル・オリヴァ前へ』
まずベスト4の準決勝で敗退した2人に魔将褒章というのが授与されるらしい。
「アンサッスさん、魔将褒章ってどんなものなの?」
「これです」
アンサッスさんは懐から龍の後ろに剣という王国の紋章が描かれたブローチみたいなものを取り出した。
「これは四大魔将の証でして、登録された魔力を流すとこの剣が光るのです。
そして、魔力操作を助ける効果があります。今はもう光りませんので、過去の栄誉を示すだけですね。
それにダイキ様に鍛えていただいた私にはどのみち不要です」
「なるほど」
『続いて、カーミル・マクロン前へ』
2人が戻ると、次は魔術団の団長さんが魔王さんの前に進み、同じように魔将褒章を受け取った。
その直後、団長さんは自分の身体で魔王さんに見えない位置から剣を取り出した。
おい、あの剣やばい。
魔王さんはもう1つの褒章を渡す為に目を逸らしている。やばいぞ。魔王さん。
「お父様〜!!!」
アイルちゃんが叫んだ。
グサリ
魔王さんが刺された。
団長さんは、さらに剣を魔王さんに差し込んだ後、それを引き抜いた。
「あれは、魔剣ガルム」
あれじゃ、魔王さんでも危ない。魔王さんの魔力が急速に小さくなっている。
さらに、魔王さんは右腕が切られた。
「うわぁぁぁぁああああああ!!!!!」
アイルちゃんが飛び出した。
僕は、下界での争いに手を出すつもりはなかった。
魔族同士の権力争いなんかでどちらかに加担するつもりもなかった。
自分の配下達やアイルちゃん、アンサッスさん、ポルンは別だけど。
僕は手を出さなくても、お父さんを刺されたアイルちゃんを止めることは出来なかった。
僕が、手を出すか考えあぐねていると、アイルちゃんの絶叫が響いた。
でも、お父さんの思い出の品でもある魔剣ダインが下らないことに使われることには少しイラだって来ていた。
それに、気のいい魔王さんが刺されたことは僕の心に波紋を広げた。防ごうと思えば防げたのにも関わらず。
でも、僕は下界のことに手を出すべきじゃない。
「お父様〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
アイルちゃんは、魔王さんをギュッと抱きしめると、そっと寝かせて立ち上がった。
魔王さんの魔力が完全に無くなった。
あぁ、魔王さん。
それにしても、なんで会場の皆は魔王さんが刺されたのに、こんなにも静かなんだ。
「叔父様、マクロン様、許しません」
「アイルよ、なぜかな。民衆もわしが国王になることを喜んでおるぞ」
「ふざけるな!!!」
公爵さんは魔王さんから奪った腕輪を付けた右手を天に掲げて叫んだ。
「わしこそ、ダイン王国の新国王、ドルドゥ=ダルムである!!!」
そして、大歓声が会場を包んだ。
「な、なぜ?」
公爵さんも身体の周りに黒い靄が現れた。
下界で言う所の闇魔法か。精神干渉系を得意とする属性か。さっきからの気持ち悪いのは公爵さんの闇魔法か。
それで会場の皆は精神干渉を受けたわけか。
「外道!!!」
「何を言う、アイルよ。お前もわしを敬わんか」
公爵さんは闇魔法をアイルちゃんに向けた。
でも、あんな程度の魔法はアイルちゃんには効かないけど。
「ちっ、やはり効かんか」
団長さんが公爵さんの後ろでなんかやっているな。
それに、隣の貴賓席もなんかおかしいんだよな。
アイルちゃんが魔力を半分くらい解放した。公爵さんを殺すつもりか。
アイルちゃんが動こうとした時、団長さんと隣の貴賓室から魔法が行使された。
会場の中にも外にも無数の空間魔法が展開された。
「……、転移門か」
そこからBランク以上と思われる武装した魔族がわらわらと出て来た。Aランクもかなりの数混じっている。
「アンサッスさん。この出て来てる奴らに見覚えは?」
「隣国であるガーネット王国とサムラン王国の兵かと思われます。団長クラスもちらほら見受けられますね」
すると、一際魔力が高いのが2つ出て来た。この2人はSランク相当かな。
「赤いマントがガーネット王国の魔王セリュジュ・ガーネット、黒いマントがサムラン王国の魔王ダリオ・サムランですね」
1国のクーデターではなかったわけか。隣国の魔王さんが2人とも来るとはね。なんか隣国と小競り合いしてたらしいけど、それも工作の一環だったのかな。
!!!
さらに、Sランク相当の魔力が1つ出て来た。
「なんだ、日本人?
アンサッスあいつは知ってるか?」
「わかりません。しかし、あいつが1番ヤバイ気がします」
アイルちゃん、どうする? あいつなしなら全力のアイルちゃんでどうにかできたかもだけど、あいつは魔力量だけじゃないヤバさを感じる。
疾い!!!
そいつはいきなりアイルちゃんの後ろを取って、アイルちゃんの頭を掴んだ。
「あぁぁぁぁぁああああああ!!!!!」
あいつ、アイルちゃんに闇魔法を使いやがった。
「主様、我慢しなくてもいいのですよ」
「……、コウ」
「そうです、主様。主様が下界のことに手を出したがらないのは存じていますが、主様が無理矢理我慢する必要はありません」
「……、シュン」
「私達はどこまでも主様についていくだけです。主様はお好きなように、自由に振舞ってください。」
「……、サン」
「ダイキ様、私どもにご命令を」
「……、アンサッスさん」
気づくと、全員が僕に向かって跪いていた。
「それにあいつらは我が主、アイル様に手をかけました。最早口実も十分でしょう」
「……、エメラ」
「あいつは、お前に譲ってやるよ。ダイキ様、他のは俺にお任せください」
「……、ノワール」
「僕も、出来ることをやります!」
「……、ポルン」
僕は、思わず笑ってしまった。
僕は良い配下と仲間を持った。
「コウ、会場の外の兵を無力化しろ。
シュンは会場内の雑魚を一掃しろ。
サン、この気持ち悪い闇魔法を解除して、観客席に被害が及ばないように結界を張れ。その後、会場の市民は眠らせろ。
アンサッスさんは公爵さんと団長さんの相手を。
ノワールは残りの魔王2人。
エメラはあいつだ。
ポルンはシュンを手伝って会場内の雑魚を片付けろ。
俺はアイルちゃんをどうにかする。
行け!!!」
「「「「「「「は!!!!!」」」」」」」
すぐに
エメラはあいつを蹴り飛ばした。まぁ効いてなさそうだけど。
僕は、あいつから離されたアイルちゃんの元に転移して、闇魔法を解こうとした。
!!!
なんだ、この魔法!? 普通の闇魔法じゃない!?
するとアイルちゃんが僕に雷魔法を放って来た。それ自体を防ぐことは簡単だったけど、アイルちゃんの精神が完全に乗っ取られている。
あいつ。やってくれる。
僕はあいつを見ると、目が合った。
「お前が誰かは知らないけど、アイルちゃんにまで手をかけたことを後悔しろ。エメラ、しばらく頼んだぞ」
そして僕は再びアイルちゃんの元に短距離転移をし、アイルちゃんを連れて不戦の草原に転移した。
「さて、まずは動きを止めるか」
僕は作用魔法と空間魔法を応用して、アイルちゃんの主要な関節の周りの空気を固定した。
アイルちゃんは暴れようとしているけど、無駄だ。
動けないアイルちゃんの頭を触る。
かなり厄介だぞ。僕やお父さんでもここまでの精神干渉を出来るかどうか。
僕は、外側から1つずつ慎重に解除していった。わずかな時間でここまで重層的にかけるなんて、10や20じゃきかないぞ。
しかも、1つ1つのロックが堅い。
「うぅぅ、あぁぁぁあああああ!!!」
「アイルちゃん、もう少しだから」
僕はその後も慎重に解除を続けた。
「よし、あと一つ!」
何だ、最後のこれは! 今までのと様子が違う。
クソっ!わからない!
構造が通常の闇魔法と違いすぎる。無理に剥がすことは出来そうだけど、そうしたらアイルちゃんの精神が戻ってくるかどうか。
僕は使いたくなかったけど、最終手段を使うことにした。
僕はアイルちゃんと再び転移した。
「お父さん!」
「ダイキか、また戻って来たのか?」
「ごめん、お父さんにこんなこと頼むつもりはなかったんだけど、アイルちゃんを助けて!」
「何っ!?アイルがどうした?」
「これ。何者かわかんないけど、精神干渉の魔法を受けた。僕で最後の1つ以外は解除したんだけど、最後の1つだけどうしてもわからない」
「見せてみろ」
お父さんはアイルちゃんの頭の上に指を乗せた。
「これは!
なるほど。確かにダイキでは難しいかもしれんな」
「お父さん、わかったの?」
「当然だ。それを期待してお前もここに連れて来たのだろう?」
「いや、そうだけど。それでどうなの?」
「これは、ヒト族の勇者による固有スキルだな」
「勇者? 固有スキル?」
「そうだ。だが、説明の前に解除してしまおう」
お父さんの指が光った。
そして、暴れようともがいていたアイルちゃんはすぅっと静かになった。
「アイルちゃん!」
「大丈夫だ。気を失っているだけだ。じきに目が覚めるだろう」
「よかった。ありがとう。お父さん」
「うむ、まずは何があったか聞かせてもらおうか」
僕は、魔王さんが団長さんに殺され、アイルちゃんが飛び出し、隣国の魔王さんを含めた大群が現れ、さらに日本人っぽい奴が現れてアイルちゃんに闇魔法をかけた。
そこで僕は、配下に戦闘を任せてアイルちゃんを助けるように動いたことを説明した。
「うむ、ダイキよ、確かにお前の力は下界のパワーバランスを大きく変えてしまうほどのものだ。
しかし、それによってお前が我慢する必要はない。あの魔王も本当は死なせたくなかったのだろう?」
僕は、黙って頷くことしかできなかった。
「まぁ、良い。今後お前がどう動くかは良く考えろ」
僕はもう一度頷いた。
「では、説明しようか。この魔法を使ったものはヒト族の勇者で間違いない。お前は勇者についてどの程度知っている?」
「それは、時々ヒト族に誕生する圧倒的な力を持つ人のことでしょ?」
「では、なぜヒト族に勇者が誕生する?」
なぜ? そういえば考えたことがなかった。えっ、なんでだろ?
「わからんか、わしも教えておらんかったしの。あまり下界のことを教えすぎるのも良くないかと思ったが、これに関しては失敗だったかもしれんな。他のことを一々教えてはやらんが、この件については教えよう。
勇者とは、ヒト族の秘術である召喚魔法により、異世界から召喚された者のことだ」
「えっ、召喚? じゃあ、僕以外にも異世界人っていたの?」
「そうなるな。かつての友、リューンも異世界人だった。だが、お前のように転生してくるものは稀だな。わしでもこれまでで数人しか知らん。
しかし、勇者はそれに比べれば多いな。どの時代も数人存在している。そして、召喚とは異世界に生活しているものを問答無用でこちらの世界に引っ張ってくることだ。
だから、勇者の中には隷属の魔法をかけられ、無理矢理戦闘に繰り出されるものも少なくない」
「そんな。じゃあ、あいつも無理矢理やらされてるってこと?」
「それはわからんな。だが、聞いた話だけで判断するなら違うだろうな。
隷属の魔法ではそこまで細かい指示はできない。自国に叛逆出来ないようにし、特定の戦いを強制するのがせいぜいだ。今回の件を仮に強制されていたとしても、戦闘の内容までは指示できん。
つまり、アイルに闇魔法をかけたのは、その勇者自身の判断だろう。」
「つまり、あいつは自分の意志で僕の仲間に手をかけたってことか」
「そうだろうな」
「それで固有スキルっていうのは?」
「うむ、勇者というのは召喚される際にステータスの大幅アップの恩恵を受ける。召喚された時点で多くはAクラス、場合によってはその時点でSクラスになるわけだ。
さらに、固有スキルという、魔法の概念から外れた超常のスキルを獲得する。このスキルは勇者によって様々だが、例外なく強力なスキルである。
わしも、数多くの勇者と戦ってきたが、この固有スキルは非常に厄介であったな。
勇者は極一部のものしかSSランクにならん。多くはSランク止まりだ。
しかし、この固有スキルはランク以上に厄介なものだ。今回の精神干渉は間違いなく固有スキルによるものだろう」
「そんなのがあったのか。じゃあ今後はランクや魔力量だけで判断しないほうがいいってことだね」
「そうだな。勇者には固有スキルがあるように、他の種族でも隠し球や奥の手を持っている種族はある。
その辺りは自分で確かめろ。日本風に言うなら、ネタバレは大罪なのであろう」
「ふふ、そうだね。それは大罪だね。
でも、1つだけ。お父さんはなんで固有スキルを解除出来るの?」
「経験だな。似たようなスキルを持った勇者とも戦ったことがあるし、固有スキルには固有スキルの独特の波長がある。
そればっかりは、固有スキルを持っていないわしには教えられん。自分で確かめることだ」
くそー、お父さんと互角に戦えるようになったと思っていたけど、やっぱりお父さんはまだまだ先にいるんだな。下界の魔法が遅れてるからって、正直舐めていたけど、なんか燃えてきた。
「じゃあ、お父さん、僕は戻って決着をつけてくるね。それまでアイルちゃんをお願いしていい?」
「構わん。気にせず行ってこい」
「行ってきます!!!」
僕は、転移で大武闘場に戻った。
まだまだ、異世界は楽しいことがいっぱいありそうだ。
僕はこんな状況で不謹慎かもだけど、ワクワクでいっぱいだった。