012 僕、御前試合を観戦する
僕達は、御前試合の本戦が始まるまでの間、ポルンを鍛えることに明け暮れていた。
ポルンは、パッと見の魔力量も身体もとても弱々しかった。原因の一つとして、ポルンは通常の魔力放出が通常の人より遥かに効率が悪かった。でもそれだけじゃ、普通は身体に悪影響はないんだけどね。
ただポルンは、魔王さんと同じで、膨大な魔力のせいで体内に溜まり過ぎていたんだよね。それを一旦、取り除いてやると、人が変わったように元気になった。
そのため、まずは魔力操作の訓練を徹底的に行った。
本戦の前までにはなんとか通常生活に支障がない程度には出来た。ひとまず、今後は苦しまなくて済むはずだ。そして、この時点で魔力量はAランク相当だと思う。このまま鍛えるとすぐにSランク相当になれる。僕は怪しく目を輝かせた。
それを見て、数日の訓練ですでにげっそりしていたポルンは青ざめ、アイルちゃんとアンサッスさんは同情の色を浮かべていた。
そんなこんなで、御前試合本戦の日になった。
僕達は貴賓席に案内された。
10万人が収容出来るという大きな円形の会場は、ローマのコロッセオを彷彿とさせ、円形の観客席のさらに内側に直径30m程の武闘台が設置されている。そして、正門から入った向こう正面に一際豪華な魔王席があり、その両側が貴賓席になっていた。
僕達と逆側の貴賓席には、こないだまで小競り合いをしていたのとは別の隣国の重臣が来ているようだった。つい数日前まで孤児院暮らしだったポルンはめちゃくちゃ挙動不審になっている。
「ポルン、明日まで続くんだし、肩の力抜いて。それよりもしっかりと見ておけよ。半年後には、ここに出る全員より強くなってもらうんだから」
ポルンは顔を引き締めた。自分にとんでもない魔力量が秘められていたことに気付かされ、やる気を見せているとはいえ、先日までのポルンは予選の初戦で負ける程度だった。ましてや本戦出場者、つまり王下十六剣など雲の上の存在だった。それを半年で超えろと言われて臆するどころか気を引き締めたんだから、やっぱりポルンは見所があるよね。
そして、
『皆様、お待たせ致しました。御前試合本戦を開始致します。まずは選手入場。新たな王下十六剣の皆様です』
本戦出場者16人が4人4列で武闘台の上に、魔王席に向かって整列した。
観客のボルテージは最高潮だ。歓声が地響きのように会場を揺らしている。
『皆様ご起立ください。魔王陛下の御入来です』
そのアナウンスと共にさっきまでの歓声がピタリと止み、満員の会場中全ての人が一斉に起立し、魔王席に向かって頭を下げた。選手も頭を下げている。魔王さんのカリスマのハンパなさの一端を垣間見た僕達もそれに倣って、立ち上がり頭を下げた。
コツン、コツン、コツン、コツン、、、
魔王さんの足音だけが会場に響く。
『皆の者、面を上げよ。
ここは、王城の謁見の間ではない、大武闘場である。すなわち、本日の主役は余ではない。ここにいる選手達こそが主役である。皆も今日は遠慮は要らぬ、余と共に大きな歓声を送ろうではないか。
そして、王国が誇る16本の剣達よ。存分に競い合え。そして登って来い。余は頂上にて待つ。
また、隣国のサムラン王国の皆は、観覧のためわざわざの来国感謝する。そして、余の娘の帰国に尽力し、余の病を治し、大聖堂では魔剣に奇跡を起こした、救世主ダイキよ。御前試合が終了した後には褒章を授けるよう準備しておる。
だが、今日明日は御前試合を楽しんでくれ。それでは、御前試合、開始である!』
そして、先ほどを上回る大歓声が巻き起こった。僕もすごく見られていて気恥ずかしい。
褒章とか聞いてないし。横でアンサッスさんがダイキ様なら当然です。とか言ってるし。みんな頷いてるし。はは、でも貰えるものは貰っておこうかな。
武闘台の上は、第1試合の公爵さんと騎士団の分隊長さんを残し、他の選手は武闘台を降りた。予め抽選がされていたようだ。前回のベスト4は最初から各山に分散されているらしいけど。
『それでは皆様、本日の司会進行及び実況は王属魔術団第2分隊所属の私、アリシア・カモミール。解説は、王属騎士団第1分隊所属のケイン・マクレーンでお送りします。
まずは第1試合、選手紹介です。バハムートの方角は我らが大将軍。魔王様の右腕。前回大会の覇者。ご存知、ドルドゥ=ダルム公爵様だ〜!!!』
ここ一番の歓声が湧いた。
ちなみに、魔王さんの席は龍ヶ峰の方角にあって、ドラゴンの方角と呼ばれている。真北なんだそう。そして東をバハムート、南をリヴァイアサン、西をフェンリルと呼ぶらしい。日本でいう青龍、白虎、朱雀、玄武みたいな感じだろうか。
『続いて、フェンリルの方角、王属騎士団第3分隊隊長ジャック・デリル男爵様だ〜!!!
王属騎士団最年少の団長にして、御前試合は初出場。平民の出身でありながら、昨年、分隊長に任命されると同時に、男爵位を叙爵されております。
さらに、市井で人気の雑誌によるアンケート企画、恋人にしてほしい騎士様、では3年連続1位という人気ぶりです』
僕は、魔族ってけっこう俗っぽい企画をやってるんだなぁと思い、笑ってしまった。
いよいよ、第1試合が始まろうとしていた。
「ポルン、この2人をどう見る?」
「このお2人ですか? やはり公爵様の優勢は揺るぎないかと思います。未熟な僕から見ても魔力量に差がありすぎます。
騎士様は魔法に頼るばかりでなく、剣や槍をお使いになるので、魔力量だけでは計れない部分も大きいのですが、公爵様相手は分が悪いように思います」
「そうだね、僕もそう思うよ。16人の中だと公爵さんは桁違いの魔力量だしね。それに騎士相手への戦いも熟知してるだろうし。
ただ、騎士さんも対策はして来てるだろうから、どう出るかが見ものだね」
『それでは皆様、開始時刻が近づいてまいりました。リヴァイアサンの方角にあります鐘楼の鐘が試合開始の合図です』
ゴーーーーーン!!!
『今、開始の鐘が鳴りましたー!!! デリル様が剣を携えていきなり突っ込んで行ったー!!! 公爵様はまともに構えてもいないぞー! そこにデリル様が斬りかかるー!!!』
ドーン!!!
そして武闘台に騎士さんの姿はなかった。
『おーっと、これはどういうことだ。私にはデリル様が斬りかかったように見えましたが、何故かデリル様が場外に吹っ飛んでいるー!?』
『アリシアさん、公爵様は剣が振り下ろされる瞬間だけ、強化魔法を使い、目にも止まらぬ速さでデリル様の胸にパンチを打たれたのです』
『なんと!? おそらく会場の多くの人には見えなかったと思いますが、公爵様が神速のパンチを見舞っていたー!!!
今、審査員がデリル様に近づいていきます。デリル様はまだ闘えるのか〜!?』
審査員の男の人は騎士さんに近づいて、様子を確かめると、両手を頭の上で交差させた。
ゴーーーーーン!!!
『決っ着ーーー!!! 早い、早い!!! 公爵様が圧倒的実力を見せ付けたー!!!
しかし、解説のケインさん、驚きましたね〜』
『はい、衝撃の初戦になりましたね。魔力量に優れている公爵様ですので、デリル様は魔法を打つ隙を与えないように、間合いを潰そうとしたんだと思います。
普段の騎士団の鎧や剣と違っていましたので、おそらく鎧や剣も反魔法の強化が施されているものを使用していたんでしょう。
前回大会でも魔法主体ながら素晴らしい体術を披露されていましたが、それでもデリル様は接近戦の方が分があると考えたんではないでしょうか。それをまさか一発のパンチで終わらせるとは予想外でしたね』
いやー、公爵さん強いなぁ。強化魔法の効率がすごく高い。おそらく他の魔法の効率も高いんじゃないかな。
「アンサッスさんどう? 前回は公爵さんに負けたんでしょ?」
アンサッスさんは、前回決勝で公爵さんに負けて準優勝だったらしい。本来準優勝は魔王軍の副団長になるんだけど、自由に生きたいアンサッスさんはそれを固辞した。
けど王国としては何とかアンサッスさんを王国と繋いでおきたかったため、公爵さんの私設部隊に入るよう懇願され、それを了承したそうだ。
「そうですね。前回大会を知っている者なら、公爵様が魔法だけでなく体術に優れていることは知っているでしょう。なんせ、魔法の実力は私の方が優れていると言われていましたから。
ですが、私の魔法は全て回避されました。それがこの10年でさらに磨きがかかっています。ダイキ様に鍛えていただきましたが、1対1なら油断ならない相手でしょうね」
「そうですか。でも実際にやったら負けちゃダメですよ」
「それは当然です」
「ポルン、魔法だけじゃない部分もしっかり勉強してね」
「はい!」
その後は1回戦最終戦までは特に僕達的にはあまり盛り上がらなかった。会場は盛り上がっていたけど。
1回戦最終試合は疑惑の王属魔術団団長カーミル・マクロンが登場した。
昨日の夜、突然王都に出現した気配があったのは、やっぱりこの人だったか。
「アンサッスさん、この団長さんは空間魔法が使える?」
「そうですね、王国で唯一の空間魔法の使い手です」
「そうですか、それにしても雰囲気が何か変なんだよな」
何が変かわからないまま、団長さんは火魔法の一発でで決着をつけた。
公爵さんと団長さんは別格みたいだ。
この日は、2回戦まで行われた。
公爵さん、団長さんは順当に勝ち上がり、残りの2人は王属騎士団の団長さんとAランクの冒険者さんだった。
公爵さん v.s. 騎士団の団長さん、魔術団の団長さん v.s. 冒険者さんという準決勝の組み合わせになった。
この日の王都はどこもかしこもお祭り騒ぎだった。新たな四大魔将の誕生に街中が大騒ぎだった。特に初めて冒険者が四大魔将になったらしく、冒険者組合の周りは夜が開けても静かにならなかった。
次の日、僕達は今日も貴賓席で観戦することになっていた。昨日は、ポルンだけはどの試合も食い入るように見ていたけど、僕達は戦闘面や技術面で参考になることがほとんどない。
僕達は今日もエンターテイメントとして楽しみに来ていた。なんならお酒でも飲んじゃおっかなぁ。くらいに気が抜けていた。
そんな中、王国を揺るがす大事件が発生することを、数人を除いて会場の誰も知らなかった。
そして、僕は後悔することになる。
そう、この日、魔王さんは死んだ。