011 僕、少年をひろう
僕達はこの1週間、劇場や美術館に行ったり、買い物したり、のんびりと観光して過ごした。ただ、どこに行っても多くの市民に囲まれたし、中にはサインを求めてくる子供もいた。
そして今日も気に入った食堂でご飯を食べていた。こじんまりとしたお店だけど、質は高いし、肩肘張らないでいられるのも良かった。行列の出来る人気店だ。もちろん僕達も並んだ。
少し待って、入店して、お気に入りのボアのソテーを食べていた。すると、親父さんがわざわざ席まで挨拶に来てくれた。
「ダイキ様、今日もありがとうございます。ダイキ様が贔屓にしてくださるおかげで、救世主様御用達の店として広まったみたいで、ここのところ大忙しです」
「いやいや、僕達は何もしてませんよ。親父さんの料理が美味いから」
「嬉しいことを言ってくれますね。後で1品サービスさせてもらいます」
「ありがとうございます」
「そういえば、ダイキ様、御前試合頑張ってください」
「え? 出ませんけど」
「え?」
親父さんはポカンとした。
「だって、僕は魔族じゃないですよ」
「そうなんですか。まぁ、魔族はその辺りは考えがゆるいですし、過去には魔族以外の入賞者もいたそうですよ」
「そうなんですか。でも、なんで僕が出るなんて噂が広まってるんだろ?」
「時期が時期ですし、今や王国で知らぬ者はいない方ですしね。それに、賭けのオッズは公爵様を抑えてダイキ様が1番人気だそうですよ」
うわ〜、そんな事になってるの?
「僕、出なきゃダメかな? アイルちゃんとアンサッスさんは出るんでしょ?」
「私も出ないよ」
「そうなの?」
「うん、だって、お父様が復活したから私が魔王を目指す必要もないし、それに私はダイキくんの旅について行くつもりだから、王国内での名誉とか興味ないし」
「そうなんだ。アンサッスさんは?」
「私も出るつもりはありませんね。私はダイキ様にお仕えする身。今更王国のことに関わるつもりはありません」
「あら」
僕は2人を優勝させるために鍛えてたけど、もう目的が違っちゃってたのか。まぁいっか。もうしばらくはこのメンツで旅が出来るってことだしね。
「これは、えらいことになりました」
「親父さんどうしたんですか?」
「先ほどの賭けですが、オッズの上位はダイキ様、公爵様、アンサッス様、アイル殿下の4人でしたので、そのうち3人が辞退されるとは。巷では早くもこの4人が新たな四大魔将と言われてるんですが」
「そうなんですか。ところで四大魔将というのは何ですか?」
「御前試合でのベスト4は王国の最高戦力として、そう称されるんです。アンサッス様も現四大魔将お一人です」
「大したものじゃありません。この中ではすでに4番に入れませんから」
親父さんが目を丸くしている。
「ダイキくん、ちなみに全国から約1万人が挑戦して、本戦に残るのは16人だけ。そのうち四大魔将はシードで本戦からだから、実質12しか枠がないんだよね。でもアンサッス様が出ないなら今回は13かな。
本戦からはお父さんも観にくるのから、本戦からが御前試合の本番なの。それで、本戦出場者は王下十六剣って呼ばれたりもするんだよ」
「ヘぇ〜。思ってたより凄いイベントなんだね」
「そりゃそうだよ。魔王を決める大会なんだから。でも、多くは少しでも勝ち上がることを目標としてると思うよ。本戦に残ればもちろんだけど、予選でも上位ならそれだけで凄いステータスだからね」
「ふ〜ん、いつからだっけ?」
「明日だね」
「じゃあ、明日観に行こう」
「予選から行くの?てっきり興味がないんだと思ってたけど」
「なかったんだけどね。今王都に入って来た中に面白そうなのがいるからさ」
「ほう、ダイキ様こやつですか。確かに面白いですね」
「なるほど」
「ただ、ダイキ様、本戦までは難しそうですね。1回勝てれば良い方です」
「だから、明日観に行かなきゃね」
『アンサッス様、わかりますか?』
『いや、私ではわかりません。ダイキさまと執事のお3方しかわかっておられないでしょう』
アイルちゃんとアンサッスさんがこそこそ喋ってるのが聞こえた。エメラとノワールもわからなくて悔しそうだ。4人ともまだまだだなぁ。
次の日僕達は第6予選会場に来ていた。この会場だけでも10試合を並行して行なっていた。
「やっぱり、予選は面白くないね」
「そうかもね、でもお目当の選手は次あたりに出てくるんじゃないかな」
そして、その選手が入って来た。
アイルちゃんもアンサッスさんもエメラとノワールもようやく気づいたのか、すごく驚いた顔をしている。
「ダイキくん、あの子なの」
「そうだね」
その選手はひどく弱っているように見える10歳程度の少年だった。
「凄まじいね。でもそれに気づいてる人はほとんどいなそう」
「多分、王国中でも僕達だけじゃないかな。本人も含めてね」
ただ、その少年は初戦であっさりと負けてしまった。
僕達は、その少年と会うべく、会場の外で待った。しばらくして少年はトボトボと歩いてきた。
「やぁ」
少年はビクっとして、次の瞬間僕だと気づいたのか、急に跪き始めた。
「畏まらないで」
「いえ、救世主様の前ですから」
少年は緊張しているのか、少し震えていた。
「僕は、知ってると思うけど、ダイキ。君の名前を聞いてもいい?」
「僕はポルンと言います」
「姓はないの?」
「はい。僕は、孤児院で育ちましたので」
「そっか、なんでこの大会に出ようと思ったの?」
「少しでも、勝つことができれば、報奨金がもらえます。それで、少しでも孤児院の助けになればと思って。
僕が1番年長だから。でも、全然ダメでした」
少年は目に涙を浮かべている。
「そっか」
「1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん。いいよ」
「ダイキ様はなぜ僕なんかにお声をかけてくれたんですか?」
「それはね、君は見所があるからだよ。他の誰も、君自身すら気付いてないけどね」
「えっ、僕に見所なんてあるはずありません。他の人より魔力も少ないし、身体も弱いです」
「まずは、それでも孤児院の為に動こうとしたのは褒められることだよ。それに、僕が言っているのはそんな精神的なことじゃなくてね。実際に君は魔王さんに匹敵するほどの潜在能力を秘めているんだよ」
!!!
「もし、よければ君のことを鍛えたい。もちろん、その孤児院には僕から支援するよ」
その少年は、オロオロとして困ってしまっている。
「あの、本当に支援をしてもらえるんですか?」
「約束するよ」
「お願いします。僕に本当にそんな力があるかわかりませんけど、僕、頑張ります!」
「よし、じゃあ早速、孤児院に行こう。説明しなきゃでしょ?」
「いいんですか? まだまだ試合はありますけど」
「いいのいいの。どうせもともと興味なかったし。本戦は魔王さんに呼ばれてるから観に行くけど、予選はまだ1週間くらい続くんでしょ」
「でも、ここからだと列車を乗り継いでも3日かかります。戻るのがギリギリになってしまうかもしれません」
「大丈夫、戻るのは一瞬だから」
「?
でも、わかりました。ご案内します」
そして、3日かけて、王国の端の村に着いた。魔の森を出た所の村よりも小さそうだ。中に入るとそこそこ賑わっていた。僕は、こういうのも全部初めての経験だから、普通に楽しかった。ポルンも打ち解けてくれたみたいだ。
とりあえず、すぐに孤児院に案内してもらった。村の正門の真逆の方のあまり治安もよくなさそうなエリアに孤児院はあった。
「院長先生、戻りました」
中から、人の良さそうなお姉さんが出てきた。
「あら、ポルン、随分と早かったね。負けてもせっかくの王都を楽しんで来ていいと言ってあったのに」
「それより、こちらの方をお連れしたから」
院長先生も一目見て僕と気付いたようで、跪こうとしたから慌てて止めた。
「僕はそんな大層な者じゃありませんよ。お気づきでしょうけど、ダイキと言います」
「救世主様が何をおっしゃいますか。ここの子は皆あなた様に憧れておりますよ。
申し遅れました、私はこの孤児院の院長を務めますアイリアと申します。ひとまず中へどうぞ」
僕達は、応接間に案内された。そこで、ポルンを引き取って鍛えたいということと、この孤児院を支援したいということを伝えた。院長先生は少しの間、目を瞑って考えたあと、目を開けてポルンに尋ねた。
「ポルン、あなたはそれでいいのですか?」
「はい! ダイキ様について行きたいと思います」
「わかりました。私どもはありがたく、ダイキ様のお話をお受けしたいと思います」
「では、まずはこれを」
そう言って、僕は亜空間からミスリル貨を1枚取り出した。
「こんなに頂けません!」
院長先生は大慌てだ。
ちなみに、この世界の通貨は、
鉄貨が1D
小銅貨が10D
大銅貨が100D
小銀貨が1,000D
大銀貨が10,000D
小金貨が100,000D
大金貨が1,000,000D
白金貨が10,000,000D
ミスリル貨が100,000,000D
で、1Dは1円と考えて良さそうだった。
だから、日本円で1億円をポンと渡した感じだろうか。僕はお父さんにもらった財宝が山のようにあるから、ほんの一部を換金しただけでとんでもない大金持ちになってたから全然構わないんだよね。
「いいんですよ。まずはこれでここの子供達に美味しいものを食べさせてあげてください。
それにポルンの価値はミスリル貨1枚じゃ到底及ばないですから」
院長先生はそれでもこんなに受け取れないと言っていたけど、無理やり押し付けた。
この日は、この村で1泊した。僕達は村の宿に泊まったけど、ポルンは挨拶をすませるように言って、孤児院に泊まらせた。
次の日、孤児院に行くと、ポルンと院長先生に話を聞いたのか、子供達が目をキラキラさせて僕達の周りによって来た。
みんながサインをせがんで来たから、喧嘩にならないように孤児院の入り口の壁に強化魔法を応用して名前を彫った。みんな、見たことのない魔法に大はしゃぎだった。
しばらく子供達と戯れていると院長先生が前に出て来た。
「ダイキ様、本当にありがとうございます。そして、ポルンをよろしくお願いします」
「お任せください」
「ポルン、ダイキ様にご迷惑をおかけしないようにね」
「はい」
「頑張っておいで」
「はい!」
2人とも目に涙を浮かべている。
「院長先生、みんな行って来ます!」
孤児院のみんなに見送られて、僕達は孤児院を離れ、村を出た。
そして、人目に付かない所まで進んだ後、転移で王都に戻って来た。
「え〜っ!?」
ポルンは初めての転移に心底驚いている。
「ポルンくん、これくらいで驚いていたら身が持たないよ。それに君の地獄はまだ始まってすらいないんだから」
おいおい、アルンちゃん、前途ある若者になんて事を言うんだ。ポルンは血の気が引いてるじゃないか。
ともかくとして、僕達は新しく魔族の少年ポルンを仲間に加えたのだった。