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 私は一度だけ目を覚ましたが、隣に座っていた何者かによって再び眠らされた。感触から注射だと分かったが、ただでさえ薄らとしていた意識は遠のき、言葉を発する事さえ出来なかった。

「ごめん、同胞に取る措置じゃないのは分かっているけど……」

「はぁ……冴娜(さな)ったらまたそんなモノ使って。やっぱり教育し直すべきかしら」

「なっ、止めてくれ。アレは私には刺激が強すぎる」

「まあ冗談だけど……流石に、親友が目の前で危険なことしてるとね?」

「むぅ……それは謝ろう。確かに、麻酔針の無駄使いだった」

「冴娜、そういうとこだよ……」

「うん?」

 女性3人が乗ったバンは、田園地帯を走り続けていた。作物が荒らされている様子もなく、至って普段通りに見える___生産者の身体に無数の穴が空いていることを除けば。

「やっぱり、ここら一帯は手遅れか」

「冴娜、10時の方向見て」

「流血の勢いは未だ収まらず、か……急ごう、瑞葉(みずは)

 能力者達の真剣な雰囲気に釣られたためか、結花(ゆうか)は再度目を覚ました。窓ガラスを覆っていたカーテンの端が折れ曲がり、彼女の座席から車外を確認することは可能だった。意識は霞が掛かっていたが、彼女は現状整理に努めた。

 空には、先程よりも濃い雲が垂れ込めていた。遠く見える各所で灰が膨れ上がり、今にも墜落しそうな、圧迫感のある層を雲の下に形成していた。町の大部分で火の手が上がっているのかと思わせるには十分であったが、それ相応の悲鳴は聞こえず、逃げ惑う人々の姿も一切見られなかった。

 視界に映る景色の壮大さに気圧され、気づけば、カーテンをそっと戻していた。外での出来事を思案しながら、私は無意識に左脇腹をさすっていた。違和感を覚え、見るも、制服に空いた筈の穴は無く、めくってみても傷口は見当たらなかった。痛みは引いていたが、ただそういう事があった、という記憶は確かであった。

「あれ……そういえば、左目も見えてる。でも、確かに私は背後から襲われて……」

「『意識改変』……まあ、よく聞くような能力だよね……いや、一般人はそれすらも知り得ないんだったか。大雑把(おおざっぱ)に言うと、目さえ合えば大抵何でも出来る能力さ」

 眼鏡を掛けた女性が結花の独り言に反応し、言葉を発した。しかし矛盾はあった。一体、いつ___

「いつ、どうやって私と目を合わせたの? とでも言いたそうな顔をしてるね。君は刺された時初めて私と目が合った、とでも思っているかもしれないけど、街中にカーブミラーなんか沢山ある。伊達にこの能力行使してないよ」

「えっ……」

「あーあ……冴娜ってば、変態と思われたんじゃない?」

「瑞葉っ……でも、これは本当のことでっ!」

「うんうん。私は分かってるから……それより。被害に遭わせてしまったから、責任を持って能力の説明をするって言ってたの……忘れちゃった?」

「あっ……」

 冴娜と呼ばれる人が赤面するのを他所に、もう一人の女性は運転に集中し直していた。ただ私には、目を覚ます要因ともなった先程の剣幕が、跡形も無くなっているのが気掛かりでならなかった。考察も束の間、目つきが鋭くなっていた私に、眼鏡の女性は柔らかく、かつ淡々と語り始めた。

「コホン。そうだね……少し補足するなら、改変する前の出来事を当の本人は知らない。でも、何が起きたように後付けするかは、全て私次第。要は過去を司る能力ってこと」

「えっと……私達は何かしらの接触をした後、私からはその出来事を無かったことにされて、その隙間に適当なイベントが入れられているってこと?」

「うん。理解が早くて助かるよ……但し、この能力には短所もある。例えば、対象が能力者の場合は、効果は十二分に発揮されない……君が実際の出来事を憶えているのがその証拠」

「能力者……」

「それについては追々説明があるよ……然るべき方からね」

「冴娜、そろそろ……」

「分かった。最後に一つだけ……能力を得る際には必ず代償が支払われるんだ。私もある役目を負うとともにこの能力を所持しているんだけど……君は何か失ったものはない? 君自身、奇襲の前と後で変わったことは?」

「特に無いかな……」

「術式の発動が遅れてる? いや、途中で止まってるのかも……自覚が無いだけ? それとも世界のシステムに異常が……?」

 冴娜の、異常なまでの速さの独り言は、そう長く続かなかった。(うつむ)き、呟く冴娜に遠慮することなく、バンは急ブレーキを掛け、後部座席の私達は身体を強く揺さぶられた。

 体を起こすと、車が、焼失の跡が生々しく残る畑と、武装した集団に囲まれているのに気付く。いずれも、非日常足るものである。私の意識は、理解を追いつかせることで一杯であった。

「手荒だねぇ……彼奴ら、私達を知らない訳でもないだろうに」

 そう呟く冴娜の視線の先では、火器を携えた男達が、車の方へ向かっていた。冴娜の深呼吸と共に車内の空気が張り詰める。瑞葉がドアノブに手を掛けたのと同時に、事態はまた一つ動いた。

 武装集団の背後から相当数の若者が押し寄せたのである。彼らは、各々の手に最大戦力とも形容出来る物を持ち、襲い掛かるも、火器の前に倒れていく。或る人は身体に無数の穴、また或る人は半身の消失___何も生命の停止を思わせるには十分であった。

 火器が唸りを上げ、凄まじい熱量とともに、殺意を物理的に打つける。肉体はアスファルトに横たわり、鋼や銅は軽重の音を立てている。各々は役目を終えたかのようで、微動だにすることはなかった。結花は居た堪れなくなり、目を背けたが、聴覚がそれを許さない。周囲に響き渡る轟音は、窓越しに鼓膜を揺さぶり、脳内を反響し続ける。

「冴娜、あの男達の後ろ……」

「やはり、こうなってしまったか……」

 鉄製の鎧の動きを制止したのは、振り上げられた一本の腕であった。唯一、鎧を着ていないその女性は、彼らを押し除け、車へ歩み寄る。着古された白衣は膝下まで覆っており、襟は()れ、至る所に皺が見られた。

「ああ……私の人形たち……かわいいわ……うふふ……」

「ドクター……!」

 女性が薄笑いを浮かべながら歩く様を、後方の男達は隊列を組んで見つめていた。

「ドクター、正気ですか。彼の者……『裁定者』は見た目こそ瓜二つでも、先生とは違うんですよ……」

 その声に、冴娜が車外に出ていた事に気づく。窓の遮音性は高いようで、会話は明瞭には聞こえない。

「あの、瑞葉さん。あの人は敵、なんですか?」

「いいえ、違うわ。少なくとも、私達の知っている彼女はね。ただ……」

「ただ?」

「い、いいの。気にしないで良いのよ……私達が何と言おうと、結局はドクターが決断するしか無かったもの……」

「瑞葉さん……?」

 瑞葉の煮え切らない反応に、(いぶか)しげになる結花だったが、やがて外の様子に目を向ける様になった。瑞葉は、ドクターと呼ばれる人物を不安げに見つめていた。

 女性二人が歩み寄る間も、男達は微動だにしていない。ただ、彼らは白衣を着た女性の一挙手一投足を観察しているだけであった。

「貴方は、彼の姿を選んだのですね……」

「えぇ、そうよ……うふふ……」

「……ドクター、今なら引き返せます。私達の方へ……本当の先生の居る場所へ! ……戻ってきて下さい……」

「ふふっ……なぁんにも、響かないわぁ。私を満足させてくれるのは、『彼』だけだもの……」

 冴娜はドクターと呼ばれる女性の前で突っ伏したまま、言葉を発さなくなった。無駄だと悟ったのだろう、彼女の瞳からは希望の光が消えていた。涙を(こぼ)す冴娜を余所に、白衣を着た女性は腕を真上に挙げた。それが何を意味するのか、その場に居た全員は理解していた。

 火器が火を吹き、空になった薬莢(やっきょう)が男達の足元を埋め尽くしていく。銃声の鳴り止んだ頃、熱気に紛れて奥方へ立ち去るドクターが居た。結花の瞳には、鎧を纏う男達と姿が薄れていく女性と、亡骸となった冴娜の姿が虚しく映っていた。結花がソレに感情を覚えるよりも先に、その道は霧散した___


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