好きと言わせた方が勝ち
【登場人物】
清藤由希:高校二年生。黒髪ショートボブの可愛い系。くるみと交際している。
沢渡くるみ:由希のクラスメイトで小さな頃から一緒にいる親友。茶色がかったミディアムヘアの美人系。見た目とは裏腹に性格は陽気。
この人もしかして私のこと好きなんじゃ……?
こんなことを言ったらやれ勘違いだ自意識過剰だと言われるかもしれないが、誰だってそう思ってしまう状況というのはある。
例えば恋人の有無をしきりに聞いてくるとき、家に来ないかと誘われたとき、やたらとボディタッチが多いとき、気付けば視線が良く合うとき。自分に対して好意があるかもと思ってしまうのではないだろうか。
今の私がまさにそれだ。
沢渡くるみ。幼稚園からずっと一緒の親友で今では高校のクラスメイト。茶色がかったミディアムヘアに吊り気味の切れ長の目は一見冷たそうな印象だがいつも表情をころころ変えているのでむしろ親しみやすく見える。身長はだいたい私と同じくらい。なのにスタイルが私より良いのがちょっとむかつく。それはまぁいいとして。
多分、いやほぼ間違いなく――くるみは私のことが好きだ。
そりゃあ友人としての好意は元からあったがそうではない。完全に恋愛対象として私のことが好きなのだ。
まず、私に彼氏がいないことを定期的にいじってくる。そしていじった後たいてい『ま、私がいるからさ』と自分の存在をアピールする。これはもう『いつでも私が彼女になってあげる』と同義。
家を行き来するのは私達の間では当たり前だが、私がくるみの家に行くと『泊まっていけば?』と言うし、くるみが私の家に来ると『泊まってっていい?』と聞いてくる。もちろん一緒の部屋で寝たからといって何かされるわけではないが、将来同棲するときの予行演習なのだろう。
そしてボディタッチが激しい。体育の着替えのときなんかは二の腕やお腹周りを勝手に触りにくるし、私の胸を手のひらで覆っては『おっきくなった?』とか聞いてくる。最初はケンカ売ってんのかと思ってムッとしていたが、くるみは『ただ成長を確かめてるだけだよ』ととぼけるばかり。結局私の体に触りたいだけなのだろう。なるほど、寝ているときに触るのは言い訳しづらいがクラスメイトの見ている着替え中ならじゃれ合いの延長と思われる、と。さすがに知恵が回る。
そして最も多いのがくるみと目が合うことだ。並んで歩いているときや話しているときは勿論、授業中や掃除の時間、部屋で別々にマンガを読んだりスマホをいじったりしているときでさえ、ふとくるみの方を見ると目が合う。そんなに私の方が気になるなんて普通に考えて何か理由がないとおかしい。
とはいえ、だ。別にくるみに好かれていようが困ることはない。実際付き合ってると言えるくらい仲がいいのだし、もしくるみと恋人同士になるとしてもそれはそれでいいんじゃないかと思う。
ただ、そうなると問題になるのが告白をどうするかということだ。
散々語ってきたがこれらは全部私の推測にすぎない。あくまでくるみの態度や言動を観察した結果そうとしか考えられないというだけで勘違いかもしれないし、くるみ的には気持ちを隠していてヘタにつつかれたくない話題かもしれない。
私から告白するのはリスクが高すぎる。間違っていたとき恥ずかしいし、合っていたなら弱みを握られることになる。くるみのことだから何かにつけて『私に告白してくれたもんねー?』とマウントを取ってくるに決まっている。告白をした方された方で優劣なんて無いと思うが、世間では『惚れた方が負け』なのだ。くるみにずっとでかい顔をされることだけは何としてでも避けなければならない。
解決法はひとつ。くるみの方から私に告白をさせること。
なぁに十数年を共に成長してきたのはダテじゃない。くるみの考えなんて手に取るように分かる。あっと言う間に腹を割らせて『あ、やっぱり私のこと好きだった? バレバレだったよ』とクールに微笑んで告白を受けてやろうじゃないか。
◆
どうやら親友が私のことを好きらしい。
親友の名前は清藤由希。幼稚園から高校までずっと一緒に育ってきた家族同然の女の子。ショートボブの黒髪とどんぐり形の丸い目が特徴の可愛い系の美人。身長は私と同じくらいなのに、スラっとしていて体重が私よりも軽いのがちょっとむかつく。性格は基本的におおざっぱだけど時々すごく細かかったりする。
由希がなんで私のことを好きになってしまったのかは置いておこう。おそらく長い間一緒にいるうちに友愛が恋愛へと変わってしまったとかそんな感じか。それよりも最近私への好意を隠し切れていないことの方が問題だ。
由希が友達の彼氏の話を聞いてるとき羨ましそうにしてたから『私がいるからさ』と慰めてあげると、まんざらでもない顔で『まぁ……』とか言う。そんな嬉しそうにされたら照れるんだっての。
そして家で遊ぶとき次の日が休日だと泊めてあげたりするんだけど、必ずと言っていいほど勝負下着をもってきてる。それを見せびらかすならまだ分かる。『可愛い下着買ったんだ』と自慢するならまだしも一言も触れやしない。普段そんなのを履いてるとこを見たことないから最初見たときは夜這いでもされるのかと思った。何かをされたことはないけど。
そのくせに体育の着替えのときはやたらと私の胸を見てくるし、『手が冷たいからあっためてよー』とか言って私の手を握ったり、お腹に手を入れてきたりする。そうやって自らの暴走しそうな欲望を抑えているんだろう。
極め付けは目の合う回数だ。私がちょっと見るたびに必ずと言っていいほど由希と目が合う。HRのときも授業中もテストをしているときも、気付けば私の方を見ている。どんだけ私のことを意識してるんだっていう。
ただまぁ、もし由希の気持ちが本気なんだとしたら、受けてあげてもいいかなと思わなくもない。
実際今の私たちだって勘ぐられてもおかしくないような仲の良さではあるし、恋人になったとしても関係はあんまり変わらないだろう。
じゃあすぐ付き合うのかと言われるとそれはまた別の話。
私の勘違いかもしれないし、私から交際を提案したら『へぇー、私のことそんなに好きだったんだ。くるみが付き合いたいんだったらいいよ』と上から目線で言ってきそうだ。由希の性格的に間違いなく言う。
だからこそ、どうにか由希の気持ちを高ぶらせて告白を誘うか、誰がどうみても私のことが好きだと分かる行動をさせなければならない。
難題ではあるけど私なら出来る。私以上に由希の趣味嗜好を理解してる人間なんていないのだから。
◆
一番効果的なのは私自身が女性同士の恋愛に対して寛容であると伝えるべきだ。
くるみが私の部屋に遊びに来たときを見計らって私は計画を実行へと移した。
「ん? なにこの本」
私がベッドの上にわざと出しっぱなしにしていた本にさっそくくるみが食いついた。
「あぁ、ネットで話題になってたから買ってみたんだ。恋愛マンガだけど結構おもしろいよ」
「ふ~ん」
くるみがぱらぱらとページをめくり、すぐにその手を止めた。なんだか形容しがたい表情でマンガに見入っている。それもそのはず、恋愛マンガといっても女の子同士の恋愛マンガなのだ。
「ずっと仲の良かった友達に急に告白されて、最初は驚いて断っちゃうんだけどだんだん意識しだして最後には結ばれるっていうお話だってさ」
「へぇ~……」
いまいち反応が薄い。もっとこう顔を赤らめながら『も、もしかして由希も、こういうのに興味あるの?』みたいに聞いてくると思ったのだが。
相手の様子を探りながら私は話を続ける。
「百合って最近すごい勢いあるよね。ネットの通販でちょっと調べただけで百合に関する本が6000件以上あってびっくりしたよ」
「まぁ、昔から根強い人気ジャンルだったし」
「あれ? くるみそういうの詳しい?」
「詳しいって言ってもツイッターとかで流れてくるの見てるだけだから」
少しくるみの表情がぎこちない。多少は効いたのだろうか。
「あー、私も見たことある。切ない系から純愛系まで幅広いよねー。くるみはどういう系が好き?」
「普通に純愛系かなぁ。恋愛ものに限った話じゃないけどハッピーエンドの方が好き」
「それは同感。告白が成就する瞬間とかめっちゃいいよねー」
さぁどうだ。告白、成就、と単語を並べられて意識しないということはないだろう。ほら、今が告白のチャンスだ。ほら、ほら!
「なんか由希恋愛に飢えてない? それとも誰かに告白でもするつもりなの?」
「ちが、私は別に……! ただ、そういうのもいいなーと思っただけ!」
くそぅ、はぐらかされた。くるみなりに告白のタイミングをはかっているのかもしれない。だったらそういうシチュエーションを無理矢理作ってやれば……。
◆
由希がめっちゃぐいぐい来るんだけどぉ!
初っ端からしておかしかった。なんでベッドの上に百合マンガが放置されてるんだ。そんなとこにあって片付け忘れるわけないだろう。私に読ませるのヘタクソか。
まぁこれはつまり、由希自身が百合に興味があることを知らせつつ、私が百合に対してどういうイメージを持っているかを確かめたんだろう。とはいえいきなり告白とか成就とか言われたときは『えっ、まさかこのまま――?』と身構えもしたけど、結局由希から告白はされなかった。私が追求したせいで二の足を踏んでしまったのかもしれない。それについては反省しよう。
でも改めて由希の気持ちは確認できた。そして由希に対して言葉で詰め寄るのはあまりよくないということも。
ようするに、私の方の準備はできてると暗に教えてあげればいいんだ。
後日、由希を私の家に呼んだとき、その策を実行した。
「そういえばさぁ、ちょっと前に従姉妹のおねえちゃんが結婚したんだよね」
嘘だ。ほんとはまだ独身だ。
「へぇー、よかったじゃん」
「うん。それでこの前遊びに来てくれたときにコレくれてさぁ」
私が本棚から取りだしたるは言わずとしれた総合結婚情報誌、ゼクシィ。当然私が買ってきたものだ。表紙を見て由希の眉が一瞬ぴくりと動いた。しかしすぐになんでもないように笑う。
「気が早くない?」
「一応まだ16歳でも結婚できるし」
「結婚願望あるの?」
「そういうことじゃないけど、でもこうやって綺麗なドレス着て幸せそうにしてる人を見るのってよくない?」
「まぁね」
「ほら、この人とかめっちゃいい笑顔」
ページを開いて花咲くような満開の笑顔の女性を指さし、由希に向かって笑いかける。どうだ、私のこの幸せそうな笑顔。こんな笑顔を向けるということは、言わなくても分かるよね? ほら早く自分の気持ちを私に打ち明けてみなさい。
しかし由希は笑って相槌を返すだけだった。
「ホントいい笑顔。こういう風になりたいよね」
なろうとしてるんでしょうが!
口から飛び出てきそうになった言葉を飲み込んで、しばらく二人で雑誌のページをめくりながら雑談に興じた。
◆
いきなり結婚情報誌はやばい。階段を二段飛ばしどころかロケットで天井ぶち破って宇宙に行きかねないレベル。それだけ私への愛情が強すぎて暴走をしたということか。
女性同士で結婚式をあげること自体は可能なので、くるみもそのときを夢見ているのだろう。私にはまだ想像出来ないが。
しかし結婚の話をしてきたのにくるみは私に告白してこなかった。てっきり結婚を匂わせておいてからの『交際から始めてみる?』だと思ったのだが。詐欺師の常套手段でよくある、最初に無茶な要求をしておいて途中で引き下げるというあれだ。
くるみの中では今がそのときではないのだろう。ならば、この部屋の雰囲気を私が作り替えてみせる。
ゼクシィのページが残りわずかになったころ、私は話を切り出した。
「あ、そういえば純愛系がいいってこの前話してたじゃん」
「うん」
「良さそうな恋愛映画見つけてきたんだけど観ない?」
「恋愛映画?」
「なんか賞も取ったことあるらしいよ」
スマホを取り出して検索画面から該当の映画を表示してくるみに見せる。
「これ。観たことある?」
「んー、多分ない」
「お、じゃあ観よう観よう」
「すっごいノリノリだけど、観てなにかあるの?」
「いや別に。こういうのくるみ好きそうだなーって」
「ふ~ん」
「じゃあくるみのタブレット貸して。そっちから私のアカウントに入るから」
「はいはい、ちょっと待って」
立ち上がり、タブレットを取りに行ったくるみの背中を見てほくそ笑む。観てなにもないわけがないだろう。まず内容。男女の恋愛ものではあるけどドロドロとした展開はなく、関係が冷え気味な恋人の二人が様々なアクシデントを経て互いの愛を再確認するというシンプルにして王道の作品。そしてなにより、ベッドシーンがある。すでに二回観て予習済みだがなかなかのやつだ。
好きな相手と部屋の中で肩を寄せて恋愛映画を視聴している最中にそんなシーンがあったら、こう、色々とくるものがあるはずだ。私にはそういう経験がないので分からないが、くるみなら多分きっとそうなる。だってこの部屋には私達以外誰もいない。急に抱き着いたり押し倒したりしても防ぎようがない。
……ホントに押し倒されたらどうしよう。まぁそうなったときに考えるということで。
◆
なになに? なんで急に映画⁉
いや、意図は分かってる。恋愛映画を二人きりで観るなんて雰囲気作り以外のなにものでもない。
問題は、この映画にベッドシーンがあることだ。それもなかなかのやつ。
由希には観たことないと答えたけどばっちり観たことある。というかそのベッドシーンで覚えてる。一人で部屋で観ててドキドキしたことも。
そんな映画をこのタイミングで観るということは――もしかして狙ってる⁉ 私の貞操を⁉
さ、さすがにそれはないよね? 告白も、好きすらも言わずに体の関係からなんてふしだら極まりない。あぁでも、そういうのから始まる恋なんて少女マンガにかなりあるし……由希がそれに影響を受けていないとも限らない。
もし押し倒されたら、私は受け入れちゃうんだろうか。一応下着は綺麗なのにしておいたけど。
でもまだ私の心の準備が出来ていない。どうにかして回避しつつ由希の気持ちを引き出せないものか。
考えた末――私は秘策を使うことにした。
映画の後半になり、男女が熱い抱擁とキスをしている。そろそろ件のベッドシーンが来そうだ。
画面が切り替わりベッドの足が映された瞬間、私は目を閉じた。
〝寝たふり〟
これこそ古代から伝わる技法。気まずくなったら見ていないふりをすればいい。おまけに自らを無防備にさらすことで相手の行動を誘うことも出来る。デメリットとしては本気で襲われたらどうしようもないことだけど、さすがに由希は眠ってる親友に変なことをするような人間じゃない。やってもキスまでだろう。キスをしたならそれが最後、すぐさま首根っこを掴んで理由を問いただし、私への恋慕を明らかにしてくれよう。
目はつぶっていても音声は聞こえてくる。息遣い、衣擦れ、キスの音……視界がない分よけいに生々しく聞こえて鼓動が早くなる。
「……くるみ?」
心臓が跳ねた。眠った私に気付いて声を掛けたようだ。私は一定のリズムで呼吸を繰り返し、必死に寝たふりを続けた。さぁどうする。美味しいエサはここだよ?
不意に、指先に何かが触れた。それは慎重にゆっくりと私の手の下に潜り込み、そしてかすかに力を入れた。私の全神経が今、手に集中している。鼓動はますます早くなり、呼吸が乱れそうになる。
手を握られたんだと理解したのは少ししてからだった。
◆
まさか肝心のシーンの前で眠るとは思わなかった。
疲れてたのだろうか。だったら無理矢理映画を見せたのはよくなかったかもしれない。
ただこのままでは一時間半がまったく無駄な時間になってしまう。なにかくるみの恋心をくすぐれるようなことはないだろうか。
そうして思いついたのが、眠っている間にこっそりと手を握ることだった。これでくるみが目を覚ましたとき『なんで手を握ってんの⁉』『くるみがいきなり私の手を握ったんだよ』『うそ……あまりにも好き過ぎで無意識のうちに⁉』となるわけだ。いやそうなるかはともかく、くるみを少しでも動揺させられればいい。
……くるみの手の感触がわりと心地いいかもしれない。私より手があたたかいのもあって握っていて気持ちいい。
映画はあっと言う間に終わった。最後の方はくるみの手に集中し過ぎてほとんど覚えていない。
くるみはまだ眠っているようだ。起こすのは躊躇われた。疲れているならもうちょっと寝かせておいてあげよう。
安らかに寝息をたてているくるみの寝顔を見る。長いまつげに形のいい鼻、柔らかそうな唇……。そういえばくるみのほっぺや耳なんかは触ったことはあっても、唇だけは一度も触ったことがない。もしくるみと付き合うようになったら、この唇とキスをするようになるのだろうか。……ダメだ。考えてると変な気持ちになってくる。
「ん……」
くるみがゆっくりと目を開けた。私は表情を引き締めてから微笑みかける。
「どしたの? 疲れでもたまってた?」
「んー……そうかも……」
くるみが自らの手の違和感に気付いてハッとする。
「え、なに⁉ なんで由希と手繋いでんの⁉」
「くるみが寝てるときに私の手を急に握ったんだよ」
「そんなわけ――……ほんとに?」
「ホントだって。寂しくなっちゃったのかなー?」
「別に寂しくないし。たまたま近くにあったから握ったんでしょ」
ぷい、とくるみがそっぽを向いて手を離した。
逆効果だったか。恥ずかしさのあまり強がっているようにも見える。でも私から離れる様子がまったくないのは好意の表れだと思う。
さっさと素直になってしまえばいいのに。
◆
由希は思いのほか手ごわかった。あれから水族館に出掛けたり、一緒にアクセサリーショップでペアリングを見たり、下着を選んでもらって買ったりとまるで恋人同士のようなデートをしたけど、由希は告白をしてくれなかった。
もしかして勘違いだったのかと疑ったりしたけど、やっぱり由希の態度がどこかおかしかったりするので、私に対して何らかの感情を抱いていることは間違いない。それが嫌悪の類いでないとすれば答えはひとつ。
じゃあどうやってそれを白状させるか。考えていた策はすでに使い尽くした。もう面と向かって問いただすか、時間経過を待つくらいしかやれることがない。
「あんたたち、もしかしてケンカしてんの?」
体育の授業終わりに更衣室で着替えていると、仲のいいクラスメイトが聞いてきた。
「「え?」」
私と由希の声が被る。ケンカどころかその正反対なんだから当然だ。
「私と由希がケンカ? まっさかぁ」
「だって、最近じゃれ合ってるとこ見てないし、二人が話しててもなーんか変だしさ」
「そ、そんなことないよ。ねぇ由希」
「う、うん!」
確かに最近着替えのときに由希に触らなくなった。遠慮してとかではなく、なんとなくクラスメイトの前で触ることが躊躇われたからだ。
ケンカを疑われるのはよくない。周りの雰囲気も悪くなってしまう。でも『めっちゃ仲良いよ!』と主張するのもおかしい。
「くるみ、ほら、遠慮せずにかかってこい!」
由希がシャツの裾をまくり上げておへそを見せた。それはそれでおかしい気もしたけどこの場はそのテンションに合わせることにした。
「うぉりゃぁぁああ!」
由希のお腹をぷにぷにさすさすともみくちゃにする。
「相変わらずすべすべで触り心地いいねぇ~」
前はどんなふうに触ってたっけ。思いだしながら二の腕を揉み、そしてシャツの下から胸に手を伸ばす。
「胸は……お、ちょっと大きく、なった、かな……」
由希と目が合った。途端に顔の温度が上がっていき、声が消えていく。この前まで普通にしてたことなのに、なんでこんなにも恥ずかしくなってしまうんだろう。由希の顔もいつの間にか赤くなっていて、言葉を無くしている。
クラスメイトが不思議そうに尋ねてくる。
「くるみ? どしたの?」
ハッとなって手を戻した。
「あ、あは、は、やっぱりこういうのは強制されてやるもんじゃないね。自分が触りたいって思ったときが触るタイミングなんだよ」
クラスメイトたちが『なに言ってんの』と呆れて笑う。私も由希も笑う。とりあえずごまかせてよかった。
内心胸を撫で下ろしながら、せめていつものやりとりが出来るくらいにならなきゃ、と小さく息を吐いた。
◆
「くるみさ、私に何か隠してない?」
学校の終わった帰り道、くるみに話しかけた。
着替えのときに思った、くるみとぎくしゃくしたままではダメだと。私は別にぎくしゃくしてるつもりではないが、くるみが意識しまくっていてはどうしようもない。その原因は分かってる。だからこそさっさと打ち明けて欲しかった。
「隠すってなにを」
「それは自分で分かってるよね?」
「はぁ? それを言ったら由希だってめっちゃ隠してるし」
「なにを?」
「自分で分かってんでしょ」
話が平行線だ。おまけに機嫌も悪い。
「いい加減素直になりなよ。くるみだって今のままじゃよくないって思ってるよね?」
「だからぁ、そっくりそのまま言葉を返すんだって! 自分の胸に手でも当てて……」
くるみの語尾が消えていった。頬がうっすら染まっている。多分着替えのときのことを思い出したのだろう。
「ほら、そんな反応するからヘンに思われるんだよ」
「う、うっさい! 由希だって顔真っ赤にしてたくせに!」
「そ、そりゃ胸触られたら赤くもなるよ!」
「いつもはそんなふうにならなかった!」
「仕方ないじゃん! なんか知らないけどめっちゃドキドキしたんだから!」
「……ドキドキ、したんだ」
「……うん」
「……私も」
「…………」
会話が途切れた。
くるみにお腹を触られたとき、その手が胸まで伸びてきたとき、自分でも驚くくらいドキドキした。あえて理由を考えるとするなら、くるみの気持ちに気付いている以上その行為に含まれた意味も分かってしまうので気恥ずかしくなってしまったというところか。
ホントに? ホントにそれだけ?
もし、もしも胸を触られたのが教室ではなく、くるみの部屋だったら。友達に見られることのない二人だけの空間だったら。私はあんな反応をしただろうか。
分からない。それはそのときになってみないと分からない。
ひとつだけ分かっていることは、くるみと触れ合うなら二人きりのときがいい。
黙ったまま歩いていると左手がくるみの右手に当たった。並んで歩いているとたまにある。『あ、ごめん』と謝って距離を離せばいいだけのこと。でも今日は、どちらも何も言わず離れもしなかった。
当然また手が当たる。それでも離れない。そして三度目。示し合わせたかのように私達は手を繋いだ。これでもう手が当たることはない。
手を繋ぐことに恥ずかしさを感じないわけではない。心臓はいつもより早く動いているし、体全体が熱くなってくる。
でもこうやって二人だけの帰り道を歩くのは、すごく満たされた気分だった。
しばらくして、隣から窺うような声が聞こえてきた。
「……由希」
「……なに?」
「いっこ提案があるんだけど」
「うん」
「自分が隠してることは言わなくていいからさ、お互いに相手が隠してると思うことを言い合うっていうのはどう?」
くるみは私が隠していると思っていることを、私はくるみが隠していると思っていることを言い合う。なんだかとんちみたいだが、きっとそうでもしないと私達は気持ちを伝えられない。
「でもそれってさ、もう答え分かってるよね?」
「じゃあやめとく?」
「いや、一応答え合わせしないと」
「そうだね。由希、お先にどうぞ」
「え? くるみ先に言いなよ」
「由希が先に言ってよ」
「いいって、くるみに譲るから」
「いやいや私は後でいいから」
「私だって後でいいよ」
「じゃあ私はその後の後」
「なにそれ! 私はその後の後の後ー!」
手を繋いだまま私達の言い争いは続く。これからも私達はこんな感じなのだろう。でもそれを楽しみにしている私がいる。多分くるみも同じ気持ちだ。親友の私にはよく分かる。
とにもかくにも、『好き』と言わせるにはもうちょっとかかりそうだ。
終
pixivの第二回百合文芸コンテスト応募作品。これで応募作品は全てです。
それとこの作品がpixiv賞を受賞しました。嬉しい。
嬉しさと感謝を込めて続編『キスしたいと言わせた方が勝ち』も一緒に投稿してありますので、よければそちらもどうぞ! シリーズにまとめてあります。
早くくっついちゃえよ系百合の似たシチュエーションは何回か書いた気がしますが、いちゃいちゃ度とバカっぽさが増し増しです。二人のやりとりを楽しんでいただければ。