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8月11日 ~辰原神社と真実~

 辰原神社の手洗い場を掃除している朝倉を見つけると健太は、開口一番――。


「朝倉さん。ダンじいちゃんに言われてきたんだ。あなたの口から真実を聞いて来いって」


 団蔵の名前が出た途端、朝倉は嘲笑を浮かべた。まるで自分自身を嘲笑っているように見える。


「そうですか。団蔵さんが……」


 畳み掛けるように朱里が口を開く。


「朝倉さん。この辰原で何が起きていたんですか?」


 朝倉は、しばし言い淀んでいたが、観念したのか、ぽつりと言った。


「……恐らくは食人行為――」


 朝倉から飛び出した単語を健太は受け入れられなかった。


「え? 食人って……」

「人が人を食べるということですよ」

「……マジかよ。人間が、人間をって……じゃあ、この前朝倉さんが言ってた生贄って!?」

「ええ。お察しの通りです」

「そんな……そんなことがあったんですか?」


 想定外の真実に戸惑う健太と朱里を尻目に、朝倉は剃髪された頭皮を指の腹で撫でながら続けた。


「三十年前、この町の歴史について、ある大学が調査を行ったことがあります。そういう伝承があるとどこかで聞いたか、あるいは何かの資料に見つけたのかは分かりませんが……」

「そういう行為が行われていったっていう、証拠はあるんですか?」


 朱里が問うと、朝倉は苦笑した。


「あるんですよ、これが。うちの蔵に当時を記録した書物があります」

「神主さん、そんなえげつないもん持ってんのかよ……」

「いくら過去のこととは言え、食人行為が七百年前に行われていたと認めるのは、辰原のイメージを著しく損ねますよね」

「確かに。人間食べてた、なんて……」

「だから僕は、当時の町長から資料の隠ぺいを頼まれたんです」

「それでは……資料は残っていないんですか?」

「残っていますよ。彼等には見せなかっただけです。何せ調査チームの裏には、テレビ局が一枚噛んでいたらしくてね。当時の怪奇ブームには絶好のネタですから。しかも作り物ではない、確かな証拠もあるのですから。観光資源になるのでは? という意見もありましたが、やはり反対意見の方が多くてね。中長期的に見れば町のイメージダウンは避けられないだろうと」

「正直……俺も今引いてる」

「わたしもちょっと……想像してなくて」

「そうでしょう? 各路線が乗り入れする東京のベッドタウン。その一点のみが、この町の最大にして唯一の資源です。食人伝説のある町に住みたがる人間は、そう多くないですから」

「だから隠蔽したんですか?」

「好奇心と短絡的な視聴率のために、町ひとつ犠牲にしてもいいっていうテレビ局と、学問を志す者が金に転んだことが気に入らなかったんですよ。悪いこととは知りつつも、僕は隠蔽いんぺいに加担しました」


 朝倉は大罪を犯したかのように語っているが、健太ならば罪悪感の一つも抱かず、そうしただろう。

 この町が好きだから。

 この土地を愛してる。

 辰原町に住む人たちのことも大好きだ。

 他人の好奇心を満たすためだけに、自分の大切な場所を踏み荒らされるのだけは、ごめんだ。


「でも君たちは知る権利がある。ついてきてください」


 朝倉は、健太と朱里を手招きしながら歩き出した。

 二人が後をついていくと、社殿の裏手に小さな蔵が建っていた。

 朝倉が南京錠を外し、蔵の扉を開けると、年代物の埃とカビがおどり出て、健太の鼻と喉を痛め付けてくる。

 朝倉は、手で埃を払いながら蔵の中に入り、一冊の古びた巻物を持って出てきた。


「これは当時辰原を訪れた人達の伝聞をまとめたものです。それじゃあ読みますよ」

「わたしたちは読んじゃダメなんですか?」

「構わないけど、多分読めませんよ。数百年前の文献ですからね」


 朝倉は、紐を解いて巻物を見せてくれる。

 文字がぎっしりと書き留められているが、当然ながら健太が普段目にしている物とはまったく別物だった。

 まるで異国のそれに等しく、英文を読まされる方が余程その意味を理解出来るだろう。


「ミミズがのたくってるようにしか見えねぇ」

「わたしにもさっぱり……これ字なんですか?」

「達筆と言ってくれませんか……まぁ全部読むと長いから、かいつまんで説明しましょう。時間もないでしょうし……」


 現代っ子と未来人の酷評に肩を落としながら朝倉は、巻物を読み聞かせ始めた。

 その内容は、こうである。







 七百年前、今は辰原と呼ばれる村である奇病が流行っていた。

 村人たちは、意志が薄弱となり、会話も要領を得ず、食事もある特定の果実以外を食べることはなかったという。


 果実というのは、アケビに似ていたが冷めるように青く、普通の物とは違うらしい。

 村人たちは、夏場に冷やした瓜をかじるかのように、その実をむさぼり喰っている。


 村の外から来た人間はどんな味かと思い、青い実を口にしようとしたが、村長からひどく叱られたので誰も口にすることはなかった。


 村長は、黄金の髪と白い肌を持つ異人だった。

 異国の言葉を話すことはなく、生来の日本人同様に日本語を操ったと伝えられている。


 村中に青い果実が生い茂っていたが、不思議とそれ以外の作物はなく、村の畑の土は熟れすぎた果実のような臭いがしており、むしろ一種類だけでも育つ作物があるのが不思議だったという。


 異人の村長と青い果実と村人の奇病。

 奇怪な辰原に立ち入る者はやがて減り、孤立した村では奇病と不作が数年続いた。


 ある時期を境に、奇病と不作は、ぱたりと収まる。

 それと同時に村長と十七歳の少年の二人が姿を消してしまった。

 ある噂では、疫病を払うための贄として村人が村長と少年を惨殺ざんせつし、少年はその肉を喰らわれたという。







「まぁ要約すると、こんな感じの内容ですね」


 朝倉は、読み終えた巻物を結びつつ、唖然としている健太と朱里を交互に見ながら続けた。


「この資料の書かれた時は、数え年だから……少年は、今でいう十五歳か十六歳です。ちょうど君たちと同じ年ごろです」

「俺と同い年?」


 資料の少年と健太の境遇は、偶然の一致とするには出来過ぎている。

 健太の魂が死に続ける年齢と、喰われた少年の歳が同じなら、何かしらの因果関係があるはずだ。

 奇病。


 青い果実。


 殺された村長。


 喰らわれた少年。


 健太の魂を縛る因果と辰原の歩んできた歴史が繋がっているのは間違いない。

 七百年前にあった何かが、桐嶋健太の魂をむしばみ続けている。

 しかし謎は、解明されるどころか、むしろ深まったとさえ言える。

 健太が無言で考察にいそしんでいると、朝倉は自嘲気味に口元を緩ませた。


「さて。僕が言えるところはここまでです。けれどこれ以上のことを知りたいのなら佐久間さんの家を訪ねるといい」

「は!? 佐久間!? なんであいつが出てくんだよ!?」


 全くの想定外に、健太は逃げ出したい衝動に駆られていた。

 一歩ずつ真実に歩み寄るたび、常識が壊されていく。

 尋常の外側に、近付いている。

 これ以上を知ってしまえば――。


 ――覚悟してたことだろ!?


 真実を知ると決めた。

 そして目の前に答えを教えてくれる人がいる。

 逃げてはならない。

 畏れてもいけない。

 桐嶋健太は、問わなければならないのだ。


「なんで……佐久間が出てくんだよ」

「あの家には……辰原の災に関する一番古い記録があるのです」

「佐久間さんは、何を知っているんですか? 彼女が健太くんの因果とどういう関係が?」

「団蔵さんが君たちをここへ寄越したということは、君の洗脳が効いていなかったということではないですか?」

「それって……まさか」

「僕も君の力の影響を受けていないんです。それならば、恐らく佐久間の家の者も……」

「知ってるんですか? わたしの魔法のこと……」


 朱里が聞くと、朝倉はゆっくりと頷いた。


「それとはなく、何かがあったとは。以前、健太くんと君が一緒にここへ来た時は、そういうことかと……」

「朝倉さん。佐久間って何者なの? あいつが辰原の災にどう関係してんの?」

「佐久間家も、団蔵さんも因果に囚われた者なのです……」


 因果。

 ここ数日で嫌というほど、聞かされた単語。

 けれど、朝倉の口から飛び出すとは、思ってもいなかった言葉。

 それに団蔵や佐久間の家がどう絡んでくるというのか?


「おじいさんと佐久間さんが? それって健太くんと同じってことですか? それとも違う何かなんですか?」

「同じようで違うものです。だが根源は同じ」

「根源……ですか?」

「佐久間家は、辰原の災で喰らわれた一族の末裔なんです。全てを知りたいならあの家を訪ねてください。二人の知りたいことが分かるはずです」


 辰原神社で朝倉から聞かされた人食いの歴史。

 今まで調べてきた全てが健太の因果に繋がり、真実へ導いてくれている。

 だが、次々に与えられる情報の波は、健太の処理能力を焼き焦がしていた。

 点を見つけ、線で繋いでいるが、未だ絵図の全体像が明らかになっていない。

 全てを繋げ終えた時、見えるのは一体――。

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