序章
僕の記憶は試験カプセルの中だけのモノだった。
苦しくも無く、辛くも無く、楽しいというわけでも無かった。
ただただ、試験カプセルの外にいる顔達を眺めているだけの「記憶」。
その記憶以外、僕には何もなかった。そう、何もなかったんだ。
「S…-19……。SR-…983。目を……さい!」
声が聞こえる。
「SR-1983!目を覚ましなさい!」
SR-1983って何のことだろう。名前なのかな…?
「貴方の事を言っているのですよ!SR-1983!」
貴方?もしかして、僕の事を言っているのかな。そう思い試験カプセルの中で僕は目を開けてみた。
「…ふぅ、やっと目を覚ましたのですね。SR-1983。調整を失敗したのかと思いましたよ。」
目を開けてみると、試験カプセルの外でいつも見ている顔達が僕を見つめていた。どうやら僕は眠っていたようだ。
「喜びなさい、不本意ながら世界で最も重要な仕事を貴方に任せなければいけなくなりました。」
この顔の人は何のことを言っているのかわからない。僕に仕事?この試験カプセルの中でする仕事なのかな。
「貴方を今からこのカプセルから外に出します。その後に仕事の説明をします。」
そう喋る人が真剣な顔で僕を見つめていると、隣の顔がその真剣な顔の人に話しかけた。
「サフィア博士、本当にこんな量産品を使うのですか?私には考えられません。もし何かあったら…。」
サフィアと呼ばれた真剣な顔の人は、
「貴方の言ってることもわかります。しかしこれはあの子からの要望、この要望を聞かないと私たちの未来はない。」
そう言いながら僕の試験カプセルの中の液体が引いていく。初めて液体から外に出されたからだろうか、身体に力が入らずその場で崩れ落ちてしまった。
「まずは自分の身体に慣れさせないといけないみたいね。」
自分の身体なのに情けないと思いつつ試験カプセルの中で何もできなかった。
「早くSR-1983をリフレッシュルームに連れて行きなさい。そこで身体蘇生措置を施してください。その後に例の部屋に連れてきなさい。」
僕はこれからどうなってしまうのか、この格好のまま博士と呼ばれた真剣な顔に話しかけようとしたのに、口を動かそうとしても全く動く気配がない。一瞬だけなんでだろうと不思議になったが、そんな気持ちもすぐに消えてしまっていた。
だってこれから試験カプセルの中での「記憶」ではなく。新しく未知なる「記憶」を僕に与えてくれると思うと、胸が躍りワクワクしてきたのだ。
(…あぁ、これが嬉しいって感情なのかな。)
と、少しばかり陽気に心の中で笑っていた。
「身体蘇生装置の起動を確認、身体蘇生措置を開始する。」
僕は今リフレッシュルームという所で身体を動かせるようになるための措置を施してもらっている。
「どうだ?SR-1983、身体で痛い所や痒い所といった違和感はあるか?」
特にそういったことは無かったので、何とか動かすことができる首を横に振った。
「どうやらちゃんと身体蘇生装置は起動しているみたいだな。ここ二年は使っていなかったらちゃんと起動するか怪しかったが、何とかなるものだな。まぁただの量産品の人間だから失敗したとしても何も問題は無いんだがな。」
そう言って、笑っている顔が愉快そうにしていた。
「少しだけ席を外すぞ。身体蘇生装置に入ってる間は動くなよ。もし、動いたとしても措置が長引くだけだから得なんて一つもないがな。」
笑っていた顔がそう言いながら部屋を出て行こうとし、扉の前で振り向きながら、
「まぁお前はそういうの慣れてるだろ。ただカプセルの中に入っていただけだったんだからな。」
笑いながらその顔は部屋を出て行ってしまった。
実際笑っていた顔が言っていたことは本当の事で、装置で横になっているだけなので苦痛ではなく今まで通りにしているだけで何も感じないだけだった。
でもそんなことはどうでもいい。
僕は今まで入っていたカプセルの外に出て知らない場所にいる、それだけで胸がワクワクしてくるのだ。誰もいないのをいい事にニヤリとしてしまっているだろう。
身体蘇生装置に入ってどのくらいの時間が過ぎたんだろうか、少なく見積もっても30分はここで横になってる状態で待ってると思う。いつになったら笑っていた顔が帰ってくるんだ。
今の僕は馬の前にニンジンをぶら下げている状態だ、新しい事を前にして何もできない。実にもどかしい。
(…見つ……。……た。)
今、女の子の声みたいなものが何か聞こえた。
今は動けない状態なので唯一動かせる目を使い見渡せられる限りの場所を見渡してみた。
しかし、誰もいないのがわかる。
おかしい。
確かに女の子の声が聞こえた気がしたはず。
(見つけた。見つけた。)
さっきとは違いはっきりと聞こえる。
見つけた?
何を?
(見つけた。私の大好きなオモチャ。)
オモチャ?
どこにそんな物があるんだ?
(待ってる。待ってるよ。私の部屋で。)
待ってる?
私の部屋?
(今度は、壊れずに遊ぼうね。)
その声を最後に女の子の声は聞こえなくなった。
何だったんだろう?
そう思っていると、先ほどの笑っていた顔が陽気にドアを開け戻ってきた。
「もうそろそろ蘇生措置が終っわるっかなっと。」
操作画面を見始め、また愉快そうに僕に話しかけてきた。
「後5分くらいで終わるからな。」
笑っていた顔がカタカタとキーボードの音を立て始めた。
そう言えばさっきの女の子の声はどこかで聞いた事があるような。
…聞いたことがある?
僕は初めて外に出たのに、これだとカプセルの外に出て声の女の子に会ったことがあるみたいじゃないか。
おかしいじゃないか。
初めての小説を書いてみました。
お手柔らかにお願いします。