EPISODEi-2
「ホーリー?戻ってたのか」
セントクオリスが擁する巨大研究施設メダリア―――その廊下で同期の男とすれ違う。
ホーリーは真実を求めて、メダリアに帰還していた。だが、こいつに用はない。
「ちっ。相変わらず、お高いヤツだぜ」
あっさり無視されて舌打ちしたが―――ホーリーが無言で立ち止まったので、聞こえてしまったかと焦ってしまう。
「な、何だよ。だってお前が無視するから……!!」
癇癪を起こされるかと思い、弁解の言葉を発したが―――意外や意外、ホーリーはこっちを見ようともせず、足早に去って行く。
「な、何だ―――?珍しい……大災害でも起きんじゃねーのか」
「ねえ!ちょっと聞いた!?」
唖然としていると、背後からパートナーに声をかけられる。
「何がだよ」
「同期から《Sランク》が出たって!―――すごくない!?《S》なんて、特級捕縛士への審査が行われるのよ!?しかも正式に捕縛士になってから、まだ3ヶ月も経ってないのに!」
「えー、その話、本当!?」
特級捕縛士に継ぐ地位―――限りなく有り得ない話に、近くにいた若い捕縛士たちが集まって来た。
「そりゃ、すごいけど―――で、誰なんだよ?」
「リュクシーだって、リュクシー!」
「あー、リュクシーかぁ。納得ー、やっぱりお気に入りだったしね」
「そういや、認証式もいなかったよな―――既に任務に就いてたって事か?」
「でも、いきなり《S》なんて、何やったのかしら」
ドドドドドッ―――――!!
「ん?」
「―――ちょっと!!今の話、どういう事よ!?」
話を聞き付けたホーリーが、ものすごい勢いで駆けて来ると、眼前に迫る。
(あの女が《S》ですって!?―――何なの、それ!!)
逃亡者がどうして、未だ捕縛士の扱いを受けるばかりか、出世までしているのだ?
自分と大差ない同い年の女が、何故そんな扱いを受けるのか、ホーリーには全く理解できなかった。
「ちょっと暴れないでよ、ホーリー!」
「だから、どういう事かって聞いてんのよ!」
「あたしだって知らないわよ!ただ、さっきシュラウド様が―――」
―――その名前が出た瞬間、ホーリーは続きの言葉を飲み込む。
「シュラウド様いるの!?―――どこに!!」
そうだ、この女に聞いても話は何も解らない―――リュクシーの事も、ドラセナ=ロナスの事も。
ホーリーはシュラウドに話を聞く為に、メダリアまで戻って来たのだから。
「司令室の前で―――」
居場所を聞くと、ホーリーは駆け出した。
「こえ〜っ」
「パートナー、ジラルドだっけ?同情するわね」
能天気な陰口など、今のホーリーの耳には届かなかった。
今やそんな事に時間を割く余裕はないのだ。
(シュラウド様―――シュラウド様!!)
最短で司令室まで駆けて来たが、既にシュラウドの姿はなかった。
他に彼がいそうな場所は―――
―――シュンッ!!
その時、司令室から珍しい人物が現れた。
(―――ソーク様!)
慌てて敬礼すると、その後ろに見覚えのある女性の姿があった。
「マディラ様?」
やはり先にメダリアに到着していたか―――しかし、問いかけたものの、マディラは神妙な顔で押し黙ったままだった。
「マディラ=キャナリーと面識があるのか」
「あっ…はい。ゴデチヤで―――」
突然ソークに問いかけられ、ホーリーは少なからず動揺する。
ソーク=デュエルに声をかけてもらったのは、初めてだった―――
「………」
しかし、答えた後のソークは無反応だった。
「あの、失礼ですが、Dr.シュラウドの居場所をご存知でしょうか」
シュラウドの名を口にした瞬間、マディラが顔を上げた―――
「さあな」
「―――そうですか」
何だか―――マディラの顔が、暗く影を落としているように見えるのは、気のせいだろうか。
(―――そうだ、この2人でもいいわ)
特級捕縛士と呼ばれるこの2人なら、ドラセナ=ロナスについて何か答えてくれるかもしれない。
特にマディラは―――深い関わりがあるようだから。
「実は、シュラウド様にお聞きしたい事があって捜していたんです。―――お二人もご存知なんですか、ドラセナ=ロナス様の事」
「―――何も知らないね。上司の素性に首突っ込むんじゃないよ」
ドラセナ=ロナスの名を口にした途端、マディラが話を遮った。
これ以上、その名を口にするんじゃない―――マディラの瞳はそう威圧していたが、ホーリーは無視した。
「ドラセナ=ロナスとも面識があるのか」
「はい、ゴデチヤで―――」
(―――バカめ)
マディラは心の奥底でそう思ったが、もう手遅れだった。
「なるほどな」
今度は反応が返って来た―――ドラセナ=ロナスを知る人物というのは少ないのかもしれない。
ソーク=デュエルに少なからず手ごたえを感じて、ホーリーは先を続けた。
「彼が過去に携わった任務について―――お尋ねしたいのですが。ここで話すのはマズイでしょうから、場所を変えませんか」
「小娘がでしゃばるんじゃないよ。あんたに何ができるってんだ」
「―――いいだろう、話とやらを聞こう」
「ソーク=デュエル!!」
マディラは抗議の眼差しを向けたが、やはり無駄だったようだ。
(やった!!―――やっぱり何かあるんだ。ドラセナーロナスの裏には何かが隠されてる―――そうに違いないわ!)
ソーク=デュエル相手にうまく話が進み、ホーリーは高揚していた。
「もういい―――好きにしな。責任は自分で取るんだね」
マディラは頭を抱え、首を横に振った―――この少女が利用される事になろうとも、それは彼女の責任だ。
ホーリーは自らの命を持って、責任を取らなければならないだろう。
だが、ゴデチヤでこの少女の習性を垣間見ていたから、この手の思い込みの激しい娘に、手を引かせるのは至難の技だという事も分かっていた。
(それに―――あたしも分かっていたはずだよ。ドラセナを知る者は全て……)
それが必要である事―――十分理解していたはずだ。
全てはドラセナを完全消滅させる為―――犠牲者をこれ以上、増やさない為。
この作戦は、心を殺して成功させなくてはならないのだ。
(そうだ―――心を殺せ。シュラウドの正体も、奴らへの憎悪も、今は関係ない。あたしが真っ先にしなければならないのは、ドラセナを消滅させる事だ)
シュラウドの顔を思い出す度、腹が煮えるのを感じた―――あの男にはまんまと騙された。
考えるだけでも、悔しさが込み上げて来る。
(ドラセナは殺す―――だけど、あんたらにも覚悟してもらうよ)
ソーク=デュエルの背中を見つめ、マディラは決意を新たにした。
―――――◆―――――◆―――――◆―――――
「やはり待ち伏せされてるようだな」
追跡される恐れのあるカードは破棄し、徒歩でTV塔の見える位置まで接近して来た2人は、路地の監視カメラの死角になる地点から、様子を伺っていた。
「明らかに浮いているのが、何人かいる」
TV塔があるのは人の出入りの激しいオフィス街だったが―――何をするでもなく、定位置を徘徊する男たちの姿が。
彼らは保護地区の男にしては体が大きく、周りの風景には不釣合いだ。
「今の所、TV塔に軍用機が出入りした気配はないようだ―――ジンたちはまだ中に保護されているのかもな」
「国が手を引いてるんだろ?TV塔の連中もグルじゃないのか?」
イチシの問いに、リュクシーは首を傾いで見せた。
「どうだかな―――このゴデチヤは、国家監視機関なるものがあるらしいが。マスコミもその1つだというが…… 実際に機能しているかは怪しいものだな」
監視するのが人間である以上、そこには抜け道が存在するはずだ。
完璧などありはしない。コネもあれば、汚職もある。
「機能している事を願うばかりだが―――」
「ジンの事か」
商品価値のあるヘリオンはともかく、ジンへの丁重な扱いを期待するのは無理だった。
既に軍に引き渡されているとしたら、どういう事態になっていても不思議はない。
「まあ、大丈夫だろ。見かけ通り頑丈だぜ、あいつは」
「………」
まだ―――意識してしまう。
イチシと話しながらも、リュクシーは雑念を完全に振り払えずにいた。
「おい、オレを見ろ」
「……ああ、大丈夫だ」
リュクシーが少しでも沈黙すると、イチシが自分側へと引き戻してくれる―――今の自分がかなり危うい状態なのは解っていたが、いつかは脱する事ができるだろうという予感のようなモノもあった。
イチシがそばにいれば―――
「しかし―――強行突破は避けたいな。相手はどうも、敵が捕縛士であると認識している可能性もあるようだし」
いくらシェイドを操るといっても、肉体が反応しきれない程の人数、武器で攻められれば、命の危険だってある。
2人も所詮は、生身の人間なのだから。
「フンフ〜ン♪今日はどこ行こっかな〜っと」
―――その時、リュクシーの目の前を、鼻歌交じりの少女が横切った。
「!」
「きゃあ!?」
反射的に彼女の腕をつかんだリュクシーは、そのまま路地へと引っ張り込んだ。
「シッ、静かに。危害は加えない」
「あっ?あなた―――えーと、リュクシーさん〜?」
「静かに。名前を呼ぶな」
それは、ジンのカードと異性登録済みの少女だった。
「えっ、何!なにな〜に?」
「………」
普通は、知り合い程度の女に路地に連れ込まれたら警戒すると思うが―――少女はただならぬ事態に脅えるどころか、何かの冒険劇と勘違いしているのか、目を輝かせている。
「カーフェ、お前がここにいるという事は、ジンはTV塔にいるのか?」
どうにか名前を思い出すと、リュクシーは質問を浴びせた。
「うん、表示はあそこになってるよ〜。え、ジン、何かあったの?」
「―――あったかもしれない。それを知りたい」
「え〜、それでそれで!?カーフェが潜入捜査に行けばいいのね!?」
「………」
大はしゃぎのカーフェに、リュクシーは閉口してしまう。
「ジンの奴も、変なの引っ掛けたもんだぜ」
保護地区ではこれが一般的なのか?と肩を竦めると、イチシがぼそりとつぶやいた。
「カーフェは変な男たちに追いかけられたりはなかったのか?」
ジンの住居に軍の手入れが入ったのだ―――登録済みのカーフェに手が回っていないはずはない。
それとも―――この少女は既に軍に命令されて、リュクシーたちを誘き出す為の餌なのだろうか。
「あ〜、うん。別にないよ〜。たぶん、この制服のせいじゃないかな〜」
カーフェは学生服の胸元のリボンをひらひらとして見せた。
「制服?」
「うん〜。ウチの学校は、政府関係者しか通えない所だから〜。大抵の人は、カーフェたち見ると避けてくよ〜」
カーフェはお得意の能天気な口調で、話を続ける。
「だから〜、普通は異性登録も学校内で済ますんだけどね〜。ジンはそんなの全然関係ないみたい〜。カーフェの事も避けないで、ちゃんと話聞いてくれるし〜。いいよねぇ、ジン」
「あー、カーフェ」
ジンへのノロケ話を始めたカーフェを、リュクシーは遮る。
「つまり、お前はゴデチヤ政府要人の娘なんだな。ならば、ジンには会うな。奴は今、マズイ状況にある。関われば、親の立場が悪くなるぞ」
リュクシーの言った意味が理解できなかったのか、カーフェはしばしの間、きょとんとしていた。
「えー、ヤダ!そんな事言って、リュクシーさん、ジンを取られたくないだけなんでしょ〜?」
「………」
どうも思考の優先順位の異なるカーフェとは、会話が噛み合っていない気がしたリュクシーだった。
「カーフェ、絶対ジンに会うんだから〜。止めても行くからねっ!」
「止めねーから、行って来い」
リュクシーに代わって、イチシが諦めの言葉を発した―――が、カーフェは何故かその場を離れず、2人の顔を様子見ている。
「―――何だ?」
「ねえねえー、2人もジンに会いたいんでしょ?協力してあげよっか?」
『協力?』
思わず、2人の声が重なった。
「うん、そう!協力してあげるよ!―――キャッ、何か楽しい!」
カーフェは声を上げて笑ったかと思うと、答えを待たずに、自分のカードを取り出して誰かと通信を始めた。
「お、おい―――」
「いいから、いいからー♪」
―――――◆―――――◆―――――◆―――――
「お、似合うじゃんー?オレのサイズでバッチリ」
「うんうん、似合ってる、似合ってるー!」「リュクシーさんは〜?まだ?」
―――先刻まで、リュクシーとイチシが身を潜めていた路地は、カーフェと同じ制服姿の若者で溢れていた。
「―――お」
着替え終えたリュクシーが姿を現すと、何故か皆、絶句する。
「な、中々似合ってんじゃん?」
「でも、何か犯罪っぽいカンジだな……」
「ちょっとスカート短かったかな〜?仕方ないか〜、サイズが小さいのかも」
男子学生は頬を赤らめて、スカートからスラリと伸びたリュクシーの素足を盗み見ている。
「ちょっとー、あたしが代わりにコレ着るの?足、長いよー。引きずっちゃうって」
「じゃあ、そこの店で何か買ってきたげるよ」
代わりにリュクシーが着ていた服を、カーフェの友人が着る予定だったのだが、ウエストが細くて足が長いという、どう考えてもはけない作りになっているようだ。
「………」
リュクシーはといえば、制服姿のイチシを見て、吹き出したいのを堪えるのに必死だった。
はっきり言って、似合っていない。
いや、外見には似合っていなくもないのだが、イチシの雰囲気ではないと言いたいのだ。
襟元をキチンと締めているのは、何となく柄じゃない。
(―――ところで、何で私はカーフェの言いなりになってるんだ……)
この少女の口車に乗ってしまった自分の愚かさを思い、リュクシーは頭が痛くなった。
確かにリュクシーが制服を借りた少女は、肌の色は浅黒く黒髪で、パッと見には入れ替わっているのはバレないかもしれない。
(だが身長は小柄で、実物を並べると、リュクシーとは似ても似つかないのだが)
カードには、胸上の写真しか掲載されていないからだ。
イチシが服を交換した相手も、黄色人種で黒髪、大体の特徴は似ている。
「よっし!じゃ〜、行こう!皆、この2人を囲んで歩いてね〜」
カーフェの掛け声と同時に、その他大勢の友人たちが、リュクシーたちを取り囲み、TV塔に向かって歩き出す。
「カーフェ、あたしらはどーすんの〜?」
「え〜っと、どうしよ。適当に時間潰してて〜」
入れ替わった2人に、また曖昧な言葉を残してカーフェは進んでいく。
「おい―――大丈夫なのか?」
イチシがリュクシーに囁く。
「恐らく―――TV塔には警備員が立っているはずだ。カーフェは登録相手だから、面会を求めれば何とかなるかもしれないが、その他は入れないだろうな」
「そしたら、オレらが引き付けといてやるから、勝手に入っちゃえよ」
「楽しみ〜、誰か芸能人とか会えるかな?」
周りにいるカーフェの友人たちが、やはり彼女と同じお気楽な口調で口々に答える。
「………」
結局の所、強行突破する羽目になるだろうと、イチシと2人顔を見合わせるばかりだった。