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SHADE-I  作者: 青山 由梨
14/15

EPISODEi-14




「おう、やっと戻ったか!!お前らがいない間に大変な事に―――」


ホテルの部屋に戻ると、ジンが取り乱した様子で駆け寄ってきたが、イチシの様子がいつもと違うのに気付いたのか、顔を顰める。


「イチシ、酒臭ぇぞ」

「色々あってな―――そっちは何があったんだ」


酒なんて飲んでる場合かと言わんばかりにイチシを睨み付けたが、今はそれどころではないらしく、アルコールの入っていないリュクシーの方に向き直る。


「お前らが出てった後、ホテルのヤツが来てこんなもん置いてってよ―――ランドクレス王宮への招待状だ!」


ジンが突き出して来たのは、ランドクレス王宮の紋章が刻まれた高級紙でできた招待状だった。


「王宮へ?―――一体、何でそんな事に?」

「オレが知るわけねぇ!!とにかく見てくれ!!」



―――2つ折の招待状には、こう書かれていた。




《親愛なる方へ。我が城で夕食を共にいたしませんか。明晩、遣いの者をお迎えに上がらせます。〜ランドクレール97世〜》




王の名前にはランドクレス王家の紋章が青インクで押印されていた。



「これは―――本物に見えるが……」

「ホテルのヤツが、王宮騎士が届けに来たって言ってたぞ!!」


王宮騎士とは、ランドクレス王族や貴族出身の若者から成る、浸水林と王宮を守る騎士団の事だ。

とはいえ、それは特権階級の名ばかりの名誉職に過ぎず、実際にイーバエルジュを守っているのは軍隊なのだが。


「ランドクレス国民が王宮騎士を見間違えるとも思えない―――やはり本物という事か。しかし、何故…」


メダリアが用意した肩書きが《ヴィーツリー国の資産家》であったとしても、王宮に招かれるのは異例な事だ。

王宮は限られた者のみが踏み入れる事を許される場所、外国人が王族に謁見する時は、イーバエルジュにある離宮を使用するのが常である。



「で、どうする、行くのか?」


できる事なら行きたくないというのがジンの本音のようだ。顔にそう書いてある。



「招かれたのはお前たちだけ―――しかも王宮はまずい」


ランドクレス王宮は、元々低層の建物が多いこの国の中で時計塔に次ぐ高層な建築物である。


ドラセナ=ロナスの再現劇に必要な要素のある場所に、イチシ一人を向かわせるわけには行かなかった。

リュクシーが同伴できない以上、この招待状に従うのは危険過ぎた。



「でもよ―――王さんの誘いを断るなんて出来るのか?」

「また王宮騎士が迎えに来るんだろうから―――無理かもしれないな。そうなったら、私もこっそり付いて行くしかないだろう」


メダリアでは、尾行術も叩き込まれた。


シェイドで暗示をかけ、自分のいる空間を周りの人間に違うものとして錯覚させるのだ。

集中力と、周りの人間の人数に応じたシェイドを要する高度な術だった。


(ゼザは得意だったな―――私は持久力に欠けた)


水上都市での尾行は人通りが多い為、完全に姿を消すのは無理だろうが、王宮への道のりは限られた者しか許されない分、使うシェイドの量も少なくて済みそうだ。




「その事だけど」




突然、聞き慣れない声が会話を止める。


そこには青髪の捕縛士が一人、佇んでいた。

レアデスのパートナー、ピケだ。



「マディラ様に確認した所、行くのはジンとヘリオンの2名。イチシは行くなとの事よ。尾行は私がやる事になったわ」


ピケがジンとヘリオンの監視役なのか―――今まで気配を感じさせずに同じ部屋にいたとなると、尾行の技術は優れているようである。



「な、何でオレらだけなんだ!?イチシが行かなくていいなら、オレたちだって行く必要ねぇだろが!!」

「マディラ様のご命令よ。あなたたちに選択権はない」


ピケはレアデスとは違って、堅物な印象を与える女だった。

自分勝手に動くあの男のパートナーとは、さぞや大変な事だろう。


「くそう、やっぱ行くしかねぇのか―――でもよ!何話したらいいんだ!?バレちまうんじゃねぇか!?オレらがヴィーツリー人じゃねえって!」


ジンという男は、高級なものに心底アレルギーがあるようだ―――確かにイバ教においてランドクレス国王は竜神の子孫であり、神の子孫であるという位置づけではあるが、実際はただの人間であろうに。


「ジンが言わなければ別にバレないだろう。資産国の中でもヴィーツリーを選んだのは、あの国は元々農耕民族の集まりで―――つまり、なんだ」

「なんだってなんだ」


面と向かって、この大陸の国家の中では《成金の田舎者》と呼ばれているとは言いにくい。


「オレたちが《資産家》になるのに、一番”近い”国って事さ」


国立図書館にあったあの美的感覚に狂った《検索くん》を思い出し、自分たちが《ヴィーツリー国の》資産家という肩書きを用意された意味が分かった。

あんなふざけたものを他国に贈与するくらいだ、さぞかし悪趣味な国なのだろう。



「よく分からねぇが―――バレないんだな!?」

「そんなに動揺したら怪しまれるぞ」

「バレるのか!!」

「だから動揺するなと―――」


ジンが珍しく面倒臭い事になっているので、リュクシーは顔を顰めた。


「放っとこうぜ」


イチシが言うので、ジンの事は放置しておく事にした。

そう、今はまだ、今日起きた事の全てを整理しなくてはならないのだ―――




「ヘル、ジンを頼むぜ」

「あ、うん―――」


離れた所でこちらの様子を伺っていたヘリオンに、イチシは声をかける。

リュクシーと視線が交わると、彼女はやはり気まずそうに別の方を向いてしまった。



(ヘリオンには好かれていないらしい)



それは分かっていたが―――リュクシーにはどうしようもなかった。


そういえば、昔からリュクシーには女友達がいない。

女同士とはいえ、ヘリオンと何を話せばいいのか分からなかった。

嫌われているなら、尚更な事だ。


「向こうで話そう」


イチシたちが泊まるのは、主寝室が3つある豪華なスイートルームである。

落ち着かないジンは居間に置き去りにし、二人は寝室に移動した。









酒の抜け切らないイチシは、ドサリとベッドに倒れると、天井を仰いだ。

リュクシーはベッドに浅く腰掛けると、今日起きた事を色々思い返してみた。



「クレスト=シェトラの事だが―――」



何度思い返しても―――やはり同じ顔だ。



「私はあの男を知っているようだ―――ただし、15年後の」

「どういう意味だ?」


イチシは上半身を起こしたが、またすぐ仰向けに寝転がってしまった。



「Dr.シュラウドの顔と同じだった。シュラウドの方が老いているが」

「どういう事なんだ?」



―――そんな事はリュクシーが聞きたい。



「酒場でマディラが色々言っていたが―――クレスト=シェトラが故人であるというのは確かなようだった」

「オレもそう思うぜ」


シェイドの力を知り、自分が特別な存在になったんだと浮かれていたあの頃―――気付きもしなかった事実が、今のイチシには実感としてあった。

クレスト=シェトラは、シェイド体であったに違いない。


図書館で見たクレスト=シェトラも、遠い昔のただの残像―――あれは生きていない。ただの記憶だ。



「だとしたら―――シュラウドは何者なんだ?イチシ、お前はどう思う?自分のシェイドが2つに分かれて、別々の存在として生きていけると思うか?クレスト=シェトラは多重人格者だったのか?」



それとも―――クレスト=シェトラは確かに死に、肉体だけを誰かが……そう、誰かが利用しているのだろうか?例えば人工脳を植えつけて?

だとしたら、クレストの肉体を支配し、利用している存在とは誰なのだ。



「シュラウドの肉体は、生きている。これだけは確かだろうな…シュラウドは現在進行形で老いている。あの体は生きている」

「バカげてるな」


イチシが吐き出すようにつぶやいた。


「オレの体の中に在るのは、オレ自身のはずだ。誰かの体の中に在る者が誰かなんて―――考える事になるとは思わなかった」

「バカげている、か―――」



一致するのが当たり前だと、リュクシーも思ってきた。


多重人格により、操るシェイドが変わる事例は見た事があるが、多重人格のどれもが、本人から形成された人格である以上、どの人格もその人物であると言えた。


まるっきり知らない存在が、介入してくる事なんてあるのだろうか。

だがしかし―――シェイドを研究する段階で、そのような実験があったのかもしれない。



ラジェンダ=テーマパークの実験体たちは、体に色々な機能を加え、新たなシェイド体を作るのが目的だった。

実際、翼を植えつけられたカライは、空を飛ぶ事ができた―――人間の機能を超える事ができたのだ。


シェイドでも同じ実験をしたとして、在り得ない話ではない。

複数の人格を1つの肉体に押し込め、超越した人間を作り出す。

メダリアなら、やりそうな事だ―――




リュクシーは自分の手を見つめた。


生まれてからずっと、共に生きてきたこの体―――これはリュクシーのものだと思ってきた。

それが当たり前だと思っていた。


―――だが違うのか?

リュクシーの心も、いつか此処を離れ、彷徨う事になるのだろうか。






ギュッ―――――!






イチシがリュクシーの手を力強く握り締めた。

考えている事が分かったのだろう―――リュクシーはここにいる。そう実感させてくれる痛みだった。



「っ!痛い、離せ」



リュクシーはイチシの手を振りほどいた。

すると、イチシはベッドを這いながらリュクシーに寄ると、そのまま抱きついてきた。


まるで母を慕う幼子のように―――リュクシーの腹におでこをぶつけ、今度は横顔を当てる。




リュクシーの腹―――それに触れると、イチシはまた考えてしまう。

ここにある可能性の事を。



「どちらにしろ―――マディラは言っていた。クレスト=シェトラは今回の作戦には関係ないと。生き延びた先で考えろと言っていた」



それが―――マディラが約束した、《リュクシーだけが生き延びる道》なのだろう。

イチシには分かってしまった。



「シュラウドとクレストの関係はとりあえず忘れよう。他に重要な事がある」

「分かった」



イチシはリュクシーの膝枕にうつ伏せたまま、動こうとしない。

ふと、イチシの髪を撫でてみる―――外にいた頃と変わって、洗髪されたきれいな黒髪だった。



「ドラセナ=ロナスは、マディラの娘だと言った。二人は同じ火災で死んだと思う」



リュクシーは塵に等しい情報から、必死にマディラの生きた時代を思い描こうと試みた。



子供たちを集め、繰り返される人体実験。その中にいた血縁者。


母と娘―――だがそれは、ジンとヘリオンのような、固い絆で結ばれたものではなかったはずだ。

ジンだったら、ヘリオンを人体実験の道具に差し出すなんてあるはずがない。



―――愛されなかった子供。愛せなかった母親。



やがて二人は同じ時、同じ要因で肉体を失い、魂だけが現世に残る―――

そして14年の月日が経った今、子供は魔人へと堕ち、自らの手で決着をつけようと母親も《人》である事を捨てる。




(気のせいか―――何だかしっくり来ない)




指先でイチシの髪を弄びながら、リュクシーは考える。




リュクシーはドラセナ=ロナスを見た事がないが、想像する人物像とイチシがどうしても重ならない。

ドラセナがイチシを選び、取り憑いたというのなら、二人には共鳴する部分があるはずなのだ。



(そうか―――あの時はまだ)



イチシがドラセナ=ロナスの接触を受けた時―――リュクシーはまだ、イチシを選んではいなかった。

リュクシーはカライと向き合い、悩み……そして決断したのだった。



死への恐怖と孤独から、イチシが狙われたのだとしても―――今のイチシが同じ精神状態だろうか?



人の心は絶えず動き続けるもの。

自分以外のシェイドと共鳴するなど、限られた瞬間だけに許された奇跡なのだ。



(そもそも―――ゴデチヤでも火災は起きた。中心にイチシがいた。だが、大火災には至らなかった)



ゴデチヤの耐火体制が優れていたのか、ドラセナ=ロナスとイチシの共鳴率が低かったのか―――どちらにせよ、あれは《失敗》だろう。

ドラセナ=ロナスは恐怖を再現しきれなかったのだ。



(時計塔で再現しても―――果たして今のイチシにシンクロするだろうか)



マディラでさえも、その可能性に気づいていない―――イチシと同化できなければ、そもそもこの作戦は成立しないのだ。


イチシの中の空洞が全て別のもので満たされて、ドラセナ=ロナスなど入り込まないようにしてしまいたい。

リュクシーはそんな事を思ったが―――メダリアは別の依りましを見つけるだけだろう。




(それでも―――イチシは助かる)




何だか自分がすごく汚い感情を抱いた気がして、リュクシーは悲しくなった。

他の誰かを犠牲にすれば、イチシは助かるかもしれない―――自分はどうしてこんなに自己中心的な性格になってしまったのか。



「くすぐったい」



断続的に襟足を撫で続けるリュクシーの手をどけると、イチシは起き上がりリュクシーを見つめた。




自己中心的でも―――それが真実だった。

自分を見つめるイチシの瞳がそこに在り続けるのならば、リュクシーはきっと、どんな犠牲だって厭わない。


(生きていて欲しいんだ―――イチシに)


二人はそっと口付けし合うと、お互いの体温を確かめるように固く抱き合った。




このまま同化してしまいたい―――イチシの中をリュクシーで満たしてしまいたい。

そうすれば、ドラセナ=ロナスも誰も、手出しはできなくなる。


二人のシェイドは一つになる。







イチシは―――逆の事を考えていた。


日に日に、二人の繋がりが強くなる―――リュクシーが愛しくてたまらなくなる。

だが、それではいけない―――


二人のシェイドが溶け合えば溶け合うほど、イチシがいなくなった時、リュクシーは立ち上がれなくなる。


イチシもリュクシーを置いていけなくなる。

自分は、リュクシーを縛り付ける亡霊にはなりたくない。




(どうすれば―――あんたは分かってくれる?)




自分を抱き締める腕の力に、リュクシーの気持ちが痛いほど伝わってくる―――だが、イチシだってリュクシーには生きていて欲しいのだ。

たとえ自分がそばにいられなくなったとしても―――リュクシーには生き続けて欲しい。








「今日は―――もう遅い。病院に戻れ。明日は検査を受けてから来い」


イチシはリュクシーの両肩に手を乗せ、自分から引き離した。




「病院まで送る」

「……いい。一人で戻れる」


イチシの心に壁を感じた―――イチシが決意をした時から、ずっと感じていた事だった。

イチシは諦めている―――共に生きていく事を。



「イーバエルジュだからって、女が夜に出歩くな。送る」

「いらない。狙われているのはイチシだぞ。病院からホテルまでの帰り道、一人になってしまうだろう」



イチシがどういうつもりだろうと関係ない。

リュクシーは決して諦めない。絶対に―――イチシにも分からせてみせる。



「いらないからな」


反論しようと口を開きかけたイチシより早く、リュクシーは言い切った。

眉間に皺を寄せているのを見て、イチシはつぶやく。


「何で怒ってるんだ?」

「別に怒ってない」



明らかに怒っていたが、この話題は終わらせた方がよさそうだった。


「じゃあ、その代わり―――明日の検査、必ず受けろよ?正午にまた時計塔の前にいる」

「……別に何も出やしないのに」


「受けろ。いいな」



言う事を聞こうとしないリュクシーの額を指で弾く。



「―――分かった」


渋々と承諾したリュクシーを見て、イチシの中にはまた複雑な感情が広がる。

明日の正午にははっきりする―――不安だが、中途半端な気持ちでいるよりはマシに違いない。



「ホテルの下まで送る」

「いらない。この部屋から出るな」



イチシが一人きりの瞬間は、1秒でも作りたくなかった。


夜のイーバエルジュは人通りも少ないから危険だ。

人には襲われなくても、魔人に取り憑かれてしまうかもしれない。




「なんだリュー、どっか行くのか」

「今夜は病院に戻る」


寝室を出ると、ジンが声をかけてきた。


「そうか、イチシしっかり送ってやれよ」

「送りはいらない。どうせ捕縛士の尾行が付く」



ジンも何か言おうとしたが、リュクシーは既に部屋の扉を開けていた。



「明日、頑張るんだな。ジン」

「くー、行くしかねぇのか……」


憂鬱な事を思い出したのか、ジンが呻いた。



「じゃあな。おやすみ」

「ああ。気を付けろよ―――おやすみ」



一人帰って行くリュクシーの後姿を見て、イチシは思う。




もし、リュクシーに新しい命が、自分の分身が宿っていたらどうなるのだろう。


イチシには殺せない―――自分の運命の道連れにする事はできない。


リュクシーはきっとイチシの答えを分かっている。

分かった上で、イチシから離れようとはしないだろう。



でもイチシは―――どうしても、リュクシーには生きていてほしい。

愛しているからこそ、暗い死の世界ではなく、この世界で生きていてほしい。


もちろん、自分自身もリュクシーのそばにいたい。叶う事ならば、生きていたい。

生きる事を諦めたいわけじゃない。



だが、近い内に必ず訪れるであろう死を前に、《その時》のことを考えないわけにはいかない。




―――どうしたら、リュクシーは理解してくれる?どうしたら……






「なあ、イチシ。時計塔のそばに教会があるんだろ?」


扉の前で佇むイチシに、突然ジンが話しかける。




「そこで結婚式ってヤツがあるらしい。お前、明日朝ヒマなんだろ。見に行っとけ」

「結婚式なら見たぜ。教会の前に人だかりが出来てた」



何故唐突にこんな話をするのか、イチシには理解できなかった。

イチシたちにも結婚式を挙げさせるつもりか?


結婚式とは、お互いを唯一の伴侶として誓い合う儀式だという。


そんな儀式をすれば、リュクシーはますますイチシから離れられなくなる。

イチシだって、リュクシーを離したくなくなる。




「教会の外に出るのは、式が終わった後だ。式を見るんだ、式を。それじゃなきゃ意味がねぇ」

「式に何かあるのか」


イチシの問いかけに、ジンは頭を掻きながら答える。


「オレは正式な結婚式ってヤツは見た事ないけどよ。誓いの言葉くらいは知ってるぜ」


何だかんだ言っても、ジンもかつては妻帯者、恋愛の儀式の知識も多少は持っているのか。



「知ってるなら、今言えよ」

「オレのは又聞きだから正式じゃねぇ。せっかく結婚式の本場にいるんだ、本物を見とけ。いいな、見に行けよ。じゃあ、ヘルそろそろ寝るぞ」


一方的に告げると、ジンはヘリオンに向き直った。




「うん、おやすみ」




「………。あんまり夜更かしするなよ」


本当は一緒に寝たくて声をかけたのだと思うが、ヘリオンに軽くかわされ、ジンは頭を掻きながら一人寂しく寝室へと去って行った。






「ヘリオン、寝ないのか」


何か言いたそうな顔をして、でも視線を合わせようとはせず、ヘリオンはそこにいた。


ふと、リュクシーと出会った頃の自分も、こんな顔をしていたのだろうかと思う。

気になって仕方ないのに、うまく伝えられない。




「ねえ、イチシ―――あの人は本当に信用できるの?捕縛士たちの仲間じゃないの?」


リュクシーの存在に納得し切れてないヘリオンは、決して自ら心を開こうとはしなかった。

いつもジンの後ろに隠れ、リュクシーを観察しているのを知っていた。


「あの化け物は、本当に捕縛士と関係がないの?本当に?」

「《本当》なんて誰にも分からないぜ、ヘル」



イチシだって分からない―――何も、分かっていない。



「問題は、何を信じるか、だ。オレはリュクシーを信じている。だから、ヘルはヘルが信じたいものを信じればいい」




イチシの瞳に迷いはなかった―――だからヘリオンは悟った。



「そう―――本当に信じているんだね、あの人の事。だったらボクも―――信じるよ。イチシの大切な人を信じる」

「そうか。―――ありがとう、ヘリオン」



イチシは優しく微笑んだ。

その笑顔を見て、ヘリオンは胸が痛むのを感じた。



(―――イチシの事、諦めなくちゃいけないんだね)



自分には何もできない。ジンに守られている事しかできない。

イチシには釣り合わない―――ヘリオンはようやく認める事ができたのだった。


「ボクももう寝るね。おやすみ、イチシ」

「ああ―――おやすみ」


目から溢れそうになったものを見られたくなくて、ヘリオンは逃げるようにジンの元へと去って行った。





(そう―――ヘル。お前も信じてやってくれ)


ジンと二人でリュクシーを支えて欲しい―――たとえ自分が消えてなくなったとしても。





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