EPISODEi-1
ア・レ・は、雑音―――
違う、何も聞こえない
あんなモノを気にしていたら
私は―――ゼザと同じ事をした
ダメだ、考えるな
オレを―――忘れないでくれ
消えたくない
消すんだ―――そこには何もない
グッ―――――!!
リュクシーの手を取ると、イチシはあの部屋の外へと引っ張り出した。
「あんたの選択は正しい。―――だから、息をしろ」
リュクシーは、何も感じてはならないと思い込む余り、呼吸さえも殺して無を演じていた。
「息をしろ、リュクシー!!」
目を閉じたまま小刻みに震えている姿に、イチシは一瞬躊躇したが、そのまま固く抱きしめた。
「息をしろ―――!!」
反応のないリュクシーに、イチシは自分の口から空気を送り込んだ。
「………。ハアッ!!ハアッ、ハアッ―――――」
意識を取り戻したリュクシーは、眼前に迫るイチシの顔を見つめる。
「イチシ―――」
「オレの事を考えろ。―――ジンたちと合流するまででいい。オレの事だけ考えてろ」
「………」
―――そう、背後には誰もいない。リュクシーのそばには、イチシしかいない。
「―――これでいいのさ。誰もあんたを責めやしない」
元より、2人を引き離そうとしていたイチシには、願ったりの結果だろう。
「ほら、つかまってろ」
イチシが差し出した右手を―――リュクシーはしっかりと握り締めた。
「行くぞ」
急にイチシがリュクシーから視線をそらすと、短く言った。
イチシも忘れなくてはならなかったのだ―――
リュクシーの唇の温もり、そして手のひらから伝わる熱への衝動を。
ジンの住居を後にし、2人は大通りに身を紛れ込ませる―――
2人の間は終始無言のまま、足早に歩き続ける―――だが、2人を繋ぐ部分から感じている熱は、偽りではなく本物だった。
「イチシ―――」
少し先を歩くイチシを、リュクシーは呼び止めた。
―――今、言わなければならないと思った。
2人はまだ、生きているから……生きていられるから、1秒でも時間が惜しいと思った。
「イチシ―――ヘリオンを助け出したら」
言葉の先が予想できなかったのか、イチシは眉間にシワを寄せた。
「あの2人を安全な所へ送り届けたら」
《ゼザ》と同じ道―――それだけはできない
「デスタイトへ行こう。そして治療を受けよう。お前を襲ったシェイドを―――2人で」
―――最後の言葉を言う前に、イチシに声を奪われた。
痛いほどに抱き締められ、彼が自分をどれだけ求めていたかを知った。
分かっていたつもりだが―――改めて知った。
「2人で―――戦おう。お前をあのシェイドに渡しはしない」
カライのように―――
「手遅れにしない」
何て身勝手な行動だろう―――カライを見限って、イチシに乗り換えるというのか?
カラ を救えなくて、イチシを救えるのか?
リュクシーに―――誰かを救うなど、できるのか?
「ああ―――ああ」
だが、イチシはリュクシーでいいと言った。
こんなリュクシーでもいいと―――リュクシーでなくてはダメだと。
「イチシ、約束してくれ。生きる為に努力すると。絶対に諦めないと」
「ああ―――ああ」
―――ならば、リュクシーも信じよう。
イチシを生かす為に、イチシと生きる為に、イチシの事だけを考えよう。
それが他の犠牲を生む事になろうとも―――
「ねっ、ちょっと見て!あの人、超カッコよくない!?」
「えー、マジで?っていうか、何かの撮影じゃないのー、アレ」
突然、群衆がざわめき出す―――
《やはり―――無駄だったか》
その声の正体に気づいた瞬間、リュクシーは海の中にいた。
ゴポゴポッ―――――!!!
(溺れ死ぬ―――!!)
シェイドの直撃を食らい、リュクシーは喉を押さえ付けた。
「ゴポッ!!ガッ、ハッ―――――!!」
「な、何!?どうしたの!?」
事態の認識できない人間たちが、迂闊にもシェイドの領域に踏み込み、窒息して倒れる。
苦しい―――意識が……薄れていく
「息をしろ!!」
海底沈み行くシェイドの渦の中、何者かの声が聞こえる―――イチシだ。
イチシの声だ―――
だがイチシを認識したものの、溺死のシェイドの中で、それ以上の抵抗は出来なかった。
「さっきと同じだ、息をしろ、リュクシー!!」
だがイチシはリュクシーの元までたどり着くと、先刻と同じように唇を重ねた―――
「ガハッ!!―――ゲホッ、ゲホッ!!」
「そうだ―――息を吸え」
イチシがリュクシーを支える腕に力を込めると、周りを取り囲んでいた海のイメージは次第に薄れていく。
《水の幻想は効かぬか―――》
シェイドの攻撃を破られ、静かに佇む男―――ハガルは言った。
「イチシ―――お前は平気なのか」
「居眠りしてて、海に落ちた」
「……今は笑っている場合じゃない」
イチシは至って真面目に答えたようだが、確かに笑っている状況ではなかった。
《ならば―――その身、貫くしかあるまい》
ハガルは無表情のまま、剣を抜く―――
(剣勝負なら……まだ何とかなるかもしれない)
リュクシーは左後方にあるオープンカフェまで飛びのくと、テーブルの上のナイフを2本、両の手に持った。
刃先を地に向け、己のシェイドを走らせる―――
《行くぞ》
ハガルが踏み込むと同時に、リュクシーも地を蹴った。
ガキィ―――――ン!!!
2人の武器が交わる―――その向こうで、ハガルの瞳がリュクシーを捕らえていた。
《光の罪人よ―――闇に眠る魂を呼び覚まし、利用して捨ておく。そなたは生の理を乱しているのが、まだ分からないか》
ググッ―――――!!
全身でハガルの剣を受けるリュクシーに、返事をする余裕などない。
(やはり、強い―――!!)
リュクシーもメダリア内では、かなり高度な小刀術を身に付けていた1人だったが、それでもハガルには敵うかどうか。
キンッ―――――ガキンッ!!
イチシも加勢しようとしたが、騒ぎを嗅ぎつけた軍人たち(恐らく先程2人を襲った部隊の増援だろう)が集まるのに気づき、そっちを片付ける事にした。
ちょうど、溺れた時の記憶が呼び覚まされた事だ―――奴らにも、同じ苦しみを味わってもらう事としよう。
イチシは増援部隊に、溺のシェイドを放つ。
「ウッ―――――!」
「ガッ、ゲホゲホッ―――!!!」
イチシの《溺》は死に至るほどの威力はないが、足止めには十分だ。
キンッ―――――ガキンッ!!
力で押し負けそうになったリュクシーは、剣筋を避け後退する。
(強い―――)
《筋は良いようだ。さすがは我が血と連なる者、といったところか―――だが》
ガキンッ―――――ギンッ、ギィンッ―――!!
ハガルは再び猛攻を始め、リュクシーの心の臓への追求を止める事はない。
キンッ……キィンッ―――!!
剣を交えると全身にハガルのシェイドが響き渡り、その度にリュクシーは武器を落としてしまいそうになるほどの衝撃を受ける。
キンッ―――――ガキンッ、ドカッッ!!
何度目かの激突時に、リュクシーは弾き飛ばされ尻もちをついた。
ハガルがその隙を逃すはずもなく、鋭い剣先がリュクシーを捕らえる―――!!
《―――そこをどけ》
《いいえ―――いいえ、ハガル様》
だが―――あの時と同じ、刃からリュクシーを守るかの如く、立ちはだかっていたのは。
《肉を失えど、私はそなたに剣を向ける事は許されぬ》
《どうか―――どうか、ハガル様。この娘の命を奪う事だけは……》
《レミ、どけ。グノーシスを取り返せば、我らも消滅する事ができよう》
《どうしても―――無理だとおっしゃいますのか》
必死に自分をかばってくれるシティアラ女性―――
リュクシーは今、やはりこの女性が《母》なのだと……ジンがヘリオンを想うように、自分を想ってくれる存在なのだと―――実感した。
実感したが―――彼女は既に、生と決別した存在だった。それが悲しかった。
《そなたがどかぬと言うのなら、私はいつまでも待つぞ。その娘の肉体が朽ち果てる程の永き時でも》
《分かりました―――私はここを動きませぬ》
2人のシェイド体が睨み合う中、ゴデチヤ軍人たちを片付けたイチシも、リュクシーの元に駆け寄る。
「イチシ、お前は逃げろ。勝つ手段が……見つからない」
「バカ言え。―――あんたが先に死んだら、何の意味もあるもんか」
ようやく手の届いたリュクシーを、殺させるつもりは毛頭なかった。
《リュクシー、聞きなさい》
突然、レミが小声で囁いた―――
《今から教える言葉を、ハガル様に向かって言うのです》
そして更に声を潜めると―――いや、その言葉はリュクシーにしか聞こえなかったに違いない。
レミはシェイドで心に語りかけていた。
「!!」
《ハガル様は激高して、直進して来るでしょう。その一撃に耐えたら―――右側から、首に斬りつけなさい》
「でも―――私は……」
《最後に、水に落とすのです》
レミは娘の横にいる少年を見つめて言う。
(私には―――できない……!!)
ハガルを打ち破る呪文とは、リュクシーが決して口にしてはならないものだった。
《言いなさい、リュクシー。―――生きる為に。私たちはこの世にあらざる者……そんな者に縛られる必要はないのよ》
「でも―――!!」
その呪文を口にしたら―――リュクシーは壊れてしまうかもしれない。
今の自分が消えてなくなってしまうかもしれないのだ。
《言いなさい。あなたにはまだ、この世に引き留めてくれる人がいる》
母の言葉に―――リュクシーはレミとイチシを交互に見た。
「あんたは一撃を全力で受けろ。オレが右から斬りつける」
イチシは―――知らないからだ。
この言葉を発すれば、リュクシーはもはや言い訳はできない。
「言え、リュクシー。乗り越えろ。あんたはオレと戦うと言った―――なら、言え。今を生き延びろ」
それでも―――それでも。
この禁忌を犯せば、リュクシーは―――リュクシーは。
全てを理解していた―――その上で、リュクシーは決断しなければならなかった。
一度ゆっくりと呼吸し、立ち上がる―――
「―――イチシ。サポートしてくれ」
そう―――リュクシーはイチシを選んだ。
イチシを選び続けるために、今から鬼になる―――全てを承知の上で、生きる道を選ぶ。
カランッ―――――!!
リュクシーはナイフを1本投げ捨て―――残りのナイフの刃先をハガルへと向けた。
かつて目にした―――あの最強の捕縛士と同じ構えで。
《―――――!!》
ハガルの表情に変化が現れた―――そう、ハガルも知っている。
今蘇るのは、自分を殺した者の残像だ。
ここは護送船の上―――目の前に在るは、一匹の獲物。
見渡す限りは海―――我が名はソーク=デュエル。
刃向かう者は抹殺するのみ。
リュクシーは大きく息を吸い込むと―――禁断の呪文を唱え始めた。
「全てはシュラウドの意思の中―――貴様も踊らされているに過ぎん」
あの男は―――ソーク=デュエルはきっと、顔の筋肉を動かす事もせず、言ってのけた。
そして、激高するハガルの姿を冷ややかな目で見ていた。
《黙れ!!我らは光に目を潰しはしない!!シティアラは貴様らの支配は受けぬ!!》
ハガルは過去の記憶に取り込まれた―――リュクシーに最大の敵の姿を重ね、かつての対峙の中に完全に支配された。
《去れ!!―――光の罪人よ!!我が手で葬ってくれる!!》
ソークはきっと、ハガルの決死の攻撃でさえ、軽く受けたに違いないのだ―――
ガキンッッ!!!!!
ザシュッ――――――――――!!
そしてイチシが演じたソークの反撃の一手が、ハガルの首を切り裂く。
《グ―――――うおおおおお!!!》
血潮と絶叫と共に、更にソークに斬りかかろうとするハガルに―――イチシは溺のシェイドをぶつけた。
―――――ザパンッ!!!ゴポゴポゴポッ……………………
「………っ!!」
動揺してはならない―――ソークはきっと、ハガルが死に逝く姿に反応すらしない。
憎悪の瞳から、光が失われていく姿を見ても―――海が赤く染まるのを見ても、何も感じるはずがない。
(―――っ、無理だ……!!)
だが、これ以上ソークを演じ続ける事ができずに、リュクシーは顔をそらした。
(無理だ―――無理だ!!なぜ無感情でいられる!!人が死に逝く瞬間に―――あれだけ残酷な死に様を前にして、どうして平気でいられる!!)
「もういい、見るな」
吐き気を催してうずくまったリュクシーを、イチシはそっと抱き締めた。
リュクシーは震えていた―――だが、その本当の理由をイチシは知らなかった。
リュクシーは―――最も忌むべき行為をした。
ソーク=デュエルと同じ事を―――あれだけ嫌悪を感じていた禁忌を犯したのだ。
その事実がリュクシーの心を蝕み、汚染し始める―――
《顔をお上げなさい―――リュクシー、ハガル様を殺したのはあなたではありません。だから―――顔をお上げなさい》
レミの言葉に―――リュクシーは彼女を見た。
《悲しい事だけれど―――ハガル様を……あの方を眠りにつかせて差し上げられるのは、同じ血を持つあなただけだったのかもしれません》
「同じ血―――あの男もあなたの子供なのか。―――ハガルは私の兄だったのか?」
レミは寂しげに微笑んだだけだった。
《私たちの事は―――忘れなさい。私も……行かなければなりません》
レミはイチシに静かに告げた。
《さあ―――私を水に落としなさい》
「待ってくれ!話を―――!!」
何か―――何か聞かなくては。何か話さなくては。
シェイドを知るこの人に―――自分を産んだこの女性に。
《何も―――必要ありません。あなたの成長を見る事が叶った―――これ以上は必要ないのですよ》
穏やかだけれど、悲しいレミの口調にリュクシーも悟った―――これ以上、自分に引き留める事はできない。
してはいけない事なのだ―――新たなシェイドを現世に留めてはならない。
(ハガルの言った事はもっともだ―――初めから……初めから、シェイドを呼び覚ましてはいけなかったんだ)
リュクシーは―――イチシと顔を合わせ、ゆっくりと立ち上がった。
「生きているあなたに―――会いたかった。私はもう失いたくない。大事な人を―――失いたくない」
これからは―――イチシがきっとそうなる。
リュクシーにとって、かけがえのない人間になる。
「だから―――大丈夫だ。私は負けない。《声》に押し潰されたりしない」
レミの前で、リュクシーは精一杯強がってみせた。
母に未練を与えてはいけない―――2人はここで決別せねばならない。
「イチシ―――頼む……」
「ああ」
《我らシティアラの民―――守護者レムノスと運命を共に致しましょう》
レミは死の呪文を唱え、独特の祈りの仕草を見せると、地を―――彼女の命を吸い込んだ海面を見つめ、飛び込んだ。
「行こう。今は時間が惜しい」
「―――平気か?」
イチシの問いに、一呼吸置いた後、リュクシーは微笑んだ。
「ああ―――大丈夫だ。そう…約束したからな」
「………」
そんなリュクシーを見て、イチシは何故か妙な表情を浮かべた。
「―――何だ?」
「何でもないから放っておいてくれ」
イチシは反対を向いて、覗き込もうとするリュクシーを押し返す。
「何だ、気持ち悪い」
「あんたって自分の言動がどう見えるのか、全然気づいてないんだな」
「それは私が向こう見ずで考えなしだって言いたいのか」
イチシはリュクシーを見ていて、急に小恥ずかしい気分になっただけなのだが――― わざわざ説明なんてしてやるはずがない。
「そんな事言ってないだろ」
「じゃあ、何だ」
食い下がるリュクシーに、イチシはボソッとつぶやいた。
「2人きりになったら教えてやるさ」
―――その言葉に、男にありがちな良からぬ妄想の類かと勘違いしたリュクシーは、イチシの脛を軽く蹴飛ばした。
「いいから行くぞ!―――ジンたちが心配だ」
「いてぇ……」
「そんなモノ、大して痛くないだろう!さっさと行くぞ!!」
リュクシーも、イチシが自分をそういう対象に見ているのだと認識し、妙に恥ずかしい気分になった。
でも―――きっと、これでいい。
リュクシーはきっと、イチシを受け入れる事ができる。
イチシとなら―――触れ合える。愛し合える……
《カ 》―――《 》……
お前を救いたいという気持ちは嘘じゃなかった
こうしてイチシを選んだ今でも、どこかで負い目を感じている
でも―――この世を彷徨う事が邪悪なら
お前にとっても苦痛でしかなくなるのなら
私はお前を記憶から消さなければならないんだ
イチシと生きていこうと思う度―――まとわりつく存在……その残像。
オレは救われたいなんて思ってねえ
オレから逃げるために、そいつを選ぶのか
お前にオレを計るなんてできるもんか
オレの気持ちを、お前がどれだけ理解してるって?
消せるもんか―――ケセルモノカ!!
オレハ オマエガ―――
―――だが、その言葉の先はリュクシーにまで届かなかった。
完全に拒絶され、カライの想いは封じられた。
(オレは消えねぇ―――このまま消えるわけにはいかねーんだ)
もう手段は選ばない―――リュクシーはカライのものだ。
カライには関係ないのだ―――己の生死も、リュクシーの生死も。
(そうだ―――関係ない)
今までは、わずかに残っていた人間の良識が邪魔をして気づかなかった。
答えはこんなに簡単だった―――リュクシーも、こちら側に引きずり込めばいいのだ。
ピッ―――ガッ…ガガ―――――――
『―――か』
突然、通信が入る―――だが音声が途切れて、よく聞き取れない。
ッ―――ガッ…ガガ、ガ―――――――
『聞こえるか、ゼザ=シアター』
「はい、聞こえます」
新しい命令だろうか―――正直、安堵している自分がいた。
これ以上―――彼女を見張っていて、何の得があるというのだ。
メダリアにとっても―――自分にとっても。
『傍受される危険があるので手短に言う。ウブル地区の科学工場前に向かえ。君にも作戦に参加してもらう』
「了解しました」
『では通信を終わる』
彼女の抹殺命令ではない―――その事実に、ゼザは複雑な感情を抱いていた。
メダリアは未だ、彼女を―――裏切り者を生かしている。それは何故だ。
何故、自分に―――それは、元パートナーだからなのだろうが―――こんな無意味とも思える監視をさせるのだ。
「………」
―――だが、ようやく事態は発展するらしい。
(何の作戦でも構わない―――こんなバカげた任務はもう終わりだ)
無意味な事に時間を浪費する事は、ゼザにとっては苦痛以外の何物でもなかった。
「………」
唐突に脳裏に蘇ったのは、《彼女》とそれを求める少年の―――2人で敵と戦う姿。
(監視をさせるという事は―――オレの変化を試されているのだろうな)
ゼザは―――メダリアで生まれた。
優生学の研究の末、あの研究室で誕生した子供たちは、感情が欠落している場合が多々あるのは事実だ。
そしてゼザも―――確かに、思う。自分には理解し難い感情が存在していると。
だからといって、困った記憶もないのだが。
メダリアの学者たちは、彼女を監視させている間、ゼザの脳はのデータでも集めていたに違いない。
(うっとうしい話だ。そんなデータを取っても、何も出はしない)
ゼザは動揺などしない―――《彼女》が自分と正反対の人間である事は、最初から分かっていた事だ。
見えている世界が違うのも、考えが違うのも、何もかも知っていた。
知っていて―――受け入れたのだから。
相手を理解したのではない―――違うという事実を受け入れたのだ。
だから、別れを受け入れる事にも抵抗などない。敵となれば戦う。
中途な感情など必要ない。―――メダリアが求めるのは、分野に秀でた人間だ。
どんな場合にも支配されない冷静さ―――ゼザが要求されているのはそれだ。
《彼女》たち、外から来た捕縛士たちはこう言うだろう―――『己の意志を持て』と。『自分の意志で捕縛士になりたいのか』と。
だが、それは愚問だ。
ゼザたちには―――この生き方しか用意されていない。
だから疑問も感じずに、突き進む事ができる。
―――それこそが、メダリア人に求められる生き方なのだ。
「………」
―――この時、ゼザはまだ認めようとはしなかった。
自分の中に存在する感情を―――そして捕縛士を貫くためには、予想とはかけ離れた激痛を強いられるのだという事を。
認めないままで―――生きていけると思っていた。