02 柳橋美湖 著 渚 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしていたOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、ゆくたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
15 渚のピアノ・コンサート
残暑お見舞い申し上げます。鈴木クロエです。
八月のお盆に亡き母の実家・北ノ町を訪ねお墓参りしてきました。 北とはいっても、夏になればそれなりに暑く、残暑もあります。潮目が変わって、海水が冷たくなるのとクラゲがでてくるので、地元の人は泳ぎませんが、海水浴期間は続いていて、少し離れた町から、泳ぎにきたり肌を焼きにくる人たちが浜辺に寝そべっていたりして、まだ夏の名残があります。
こちらにくる直前、東京の会社・宿舎で、背の高いハンサムな従兄・浩さんが、
「クロエ、僕のピアノ・コンサートがあるんだ。よかったらきてくれよ」
というわけで、早速、いってきました。
コンサート会場というのは、花火大会が終わったあとの浜辺。
浩さんは見物客の大半が帰ったあとに、電子ピアノをやりました。
映画『戦場のピアニスト』でもつかわれたショパン「夜想曲 第20番」のジャズアレンジ。グランド・ピアノで演奏しなかったのは、音響が悪い浜辺では、潮騒音がかき消されてしまうのと、潮風が高価なグランド・ピアノ自体を痛めてしまうからです。曲はアンプを介し、スピーカーで流れてゆきます。
長い指が滑らかに鍵盤を敲いている。
素敵な曲。
白いスーツをきた浩さんにスポットが当てられ、浩さんが輝いてみえた。
ピアノの前には、二十人分の折り畳み椅子があって、私の隣にいるのは、お爺様の顧問弁護士・瀬名さん。
そこで私はいつの間にか、父とお爺様が、席を外していることに気づいたわけです。
波が砕ける音。
ピアノの調べ。
でも微かに悲鳴のようなものがきこえてきます。
コンサートのクライマックスで、花火が打ち上がりました。
あ。
やっぱり。
波間で、父とお爺様が、長さ二メートルくらいある、ゲームにでてくるようなバスター・ソードを海中に突き刺しているではありませんか。
――たぶん、浜辺には〝教団〟に関係したモンスター〝魚眼人〟が私をみつけて襲いかかろうとするのを、文字通り瀬戸際で始末している。
〝教団〟は、彼らの天敵である鈴木一門でネックになっている私を狙っている。
けど、公安委員会の父、それから牧師館跡地・地下室にある〝隕石〟を守ってきたお爺様が、私を囮につかって駆除しているんだ。
その証拠に、覆面パトカーとかワゴンとか警察車両が防波堤に沿った道路にびっしり駐車して待機している。うちのスーパー・ヒーローな父とお爺様が、人知れず、モンスターを狩って、公安委員会職員がその遺骸を回収するみたい。
演奏後、町長さんとか議員さんとか、奥様をエスコートした町の名士の皆さんが拍手なさっているのだけれど、気づいていらっしゃるのかしら。
浩さんが立ち上がって一礼。
拍手喝采。
「アンコール! アンコール!」
コンサートではお約束ですけどね。
素敵なコンサートだったけど、なんだか……。
【登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。




