01 奄美剣星 著 紅茶 『鬼撃ちの兼好』
ありきたりのことをいうため申し訳なく思うし、かなり歪曲された男のロマンといわれざるをえない。しかしこれは不可抗力というか、いたしかたがないというか、敵は本能寺にありじゃなく、本性をだしていい? ――みたいな趣味だった。
「で?」女の子の声がしてきき返してきた。
「猫耳が好きだ。長い尻尾つき、白黒系エプロンつきメイドコスチュームで、ふんわりしたスカートから、フリルのついたシュミーズとカルソンがみえる。ガーターベルト。そして、エナメルのきいた赤い靴……」
「――はいてた女の子? 異人さんに連れられていっちゃったわよ」
和室なのに、なんと、天蓋つきダブルベッドが置いてあった。
寝台の上に、烏帽子・狩衣姿の若い神職が大の字になっていると、胴をまたいて、十代半ばかそこらの女の子が、トランポリンみたいに、ぴょんぴょん、ジャンプを繰り返していた。
「ねえ、どう、兼好?」
「グッド・ジャブ。――っていうか、夜叉姫、最高!」
「いぇーい♡」
〝リクエスト〟された格好をした女の子が天井近くまで跳びあがった。
東北の片田舎・潮騒郡は太平洋側にあって、アメリカのペリーが江戸幕府に開港を迫ったころ、炭鉱が発見された。石炭積み出しのために港湾と鉄道が整備され、明治維新を迎えると、殖産興業が叫ばれた。白水村は潮騒郡の一部だ。
戦前。神社は、県社・郷社・村社にランキングされており、神社職員が社掌として、配置されていた。村社・白水神社は、白水谷のなかにあるポツンとある小高い丘の上に佇む杜だった。
吉田兼好。
二十代半ばである若い神主は、兵役から帰還すると、ときの内務大臣のたっての要請で、白水神社に配属された。
公家の筆頭・藤原家はもとももとは中級家系の神祈官・中臣氏や卜部を称していた。だが大化の改新のとき、中臣鎌足は、曽我氏に圧迫され孤立していた中大兄皇子に味方しクーデターを起こした。功績により天智天皇となった皇子から藤原の姓を賜った。しかし鎌足の子孫以外の一門衆は藤原姓を下賜されず、従来の姓を名乗り続けた。その後卜部氏は吉田氏を称して、一門は全国の神職をほぼ独占することになる。
中世において『徒然草』を著した吉田兼好は仏門に入るのだが、吉田一族では、もっとも有名な人物であるため、彼が生まれると、御先祖様の名前をもらってつけられたという次第である。
その帰還兵の神職に、潮騒郡を訪れた県令がいった。
「潮騒郡の石炭は資源の少ないわが国としては絶対不可欠なものだ。しかし問題がある――」
「〝南北山地〟から太平洋にむかって放出されるエナジーが、石炭坑道を掘ったことによって切断されてしまった。地脈が狂い、異界の者どもが現世に迷いだす。穏便に――」
「ええ、なるべく、穏便に処理しますよ。問題の神社があそこですね」
「そうだ、あそこ。白水神社。まず手始めに、神社裏手のマイズマイズ井戸を鎮めてくれ」
マイズマイズ井戸。
外国鉱山露天掘りの要領で、擂鉢状の大穴を掘削。底部分で湧水がでたところに井戸枠をつくるというわけだ。しかし例の井戸が石炭採掘によって枯れてしまった。――井戸神は怒っている。
怒りを鎮めるにはどうしたらよいか。
カタツムリのような螺旋を描いた下り坂の底を見下ろしていた若い宮司は、手にしていた土器皿をみやった。ゴスロリ衣装から巫女服に着替えた夜叉姫と呼ばれた少女が、硯と筆をさしだす。
筆をとった兼好は、さらさらと、皿に文字を書きだした。
まずは皿の内側中央〝みこみ〟に〝天王〟と記し、縁に〝玄武王〟〝朱雀王〟〝青竜王〟〝白虎王〟四王の文字を書きこみ、さらに四王の合間を縫って、〝子〟〝丑〟〝寅〟〝卯〟〝辰〟〝巳〟〝午〟〝未〟〝申〟〝酉〟〝戌〟〝亥〟の十二将の文字を割り込ませる。
それから白木でつくった祭壇に皿を置いて、御神酒徳利の清酒で満たすと、清水に浸した榊を左右にふるって、書きこんだ天王・四王・十二将の名を読み上げ、サビのところで、
「UUUUU……」
とサイレンというか、咆哮というか、雄叫びを加える。
井戸の底にある凹んだところに、底抜けの桶でつくった枠をみつけることができる。
兼好は、例の皿を中へ落とした。
するとだ。
(なに用じゃ?)
やたらに白くて痩せた、長い髪。紅の着物を身に纏った少女が現れた。
したりと青年が口を歪ませる。
「真奈巫様でございますね?」
(さよう。わらわは真奈巫。そなたは?)
しかし兼好は答えない。――名は体を表す。裏を返していえば、名をその神に答えてしまうと、身体を奈落に引きずり込まれてしまう。真正なる奈落の巫女……ゆえに真奈巫・自然界の神王に水脈の入り口・奈落の門を任された精霊である。
(どうした。そなたの名は? なぜ答えぬ?)
「チャーリー・チャップリンとでも申し上げておきましょう」偽名をつかう。
(ほう、ちゃーりー・ちゃっぷりん……とな。それでわわらになにようじゃ?)
「なんというか、可愛いというか、お綺麗というか。そんなお噂を耳にしましてね。ともかく……」
(つまり告りにきたわけか、のお、ちゃーりー・ちゃっぷりん氏?)
「ぶっちゃけ、そんなところです」と肯定してはならない。――名前を呼ばれた場合、迂闊に会釈をしたり、「はい」と答えたりすると、精霊は魂を抜き取りにかかるからだ。
鋭いまなざしをした長いまつ毛の少女が屈託なく微笑んだ。――天使・あるいは妖精、そんな感じ。
(愛おしい人。ささ、こちらへ。わらわの髪をなでておくれ」
魂胆は判っている。――井戸枠に兼好を誘いだして、首に腕をからめ、そのまま〝奈落〟に引きずり込もうというのだ。
青年は、色ボケしたように、うつろな目となって、ふらりふらりと脚を井戸枠に進めてゆく。
したり。
少女が青年に抱きつく。
つんのめった格好で、青年は〝奈落〟に落ちてゆこうとしていた。
刹那だ。
「兼好!」
五芳星結界に身を隠していた少女・夜叉姫が着ていた紅白巫女服がはらりと脱げて、ゴスロリ・メイド・ファッションに変化した。しかも猫耳・尻尾つき。姫はS&W拳銃を兼好に投げ渡す。
兼好が受け取って、井戸底にある神将の名をつづった土器皿を撃ち抜いた。
「ごめんよ、真奈巫」
青年は首筋に抱きついた妖精に口づけをした。
妖精は双眼を閉じると、なにか悟ったように歌を歌いだし、割れた皿がある奈落の底へと消えていった。
「水の精霊・真奈巫。――欧州じゃ、ローレライって呼ばれているらしいぞ」
ゴスロリ姿の巫女は、井戸枠前の白木祭壇から、実と草の入った籠を持って、井戸に落ちかけていた若い宮司に渡した。
「ウメてヨシ! UUUUU……」
片が付いた。
同時に、擂鉢状に掘りこんだ・マイズマイズ井戸の縁に隠れていた内務省関係者が、一斉に立ち上がって拍手と称賛の歓声を上げた。
「安倍晴明以来の天才だときく。呪をかけた皿・梅・葦。……そこまではよい。とどめが銀製の弾丸とは恐れ入った――ところであの変わった姿の巫女は?」
「夜叉姫という奴の〝ヨメ〟だ」
〝ヨメ〟の巫女にゴスロリ衣装を着せる……。なんて趣味だ。ド変態野郎!
誰もが思った。
仕事の後は、内務省職員が、英国ジャクソン社から取り寄せたという紅茶・アールグレイの缶を報酬に渡した
「いやあ、汗を流したあとの紅茶が美味くて」
ハイカラというか、西洋かぶれというか、ニュータイプというか、そんな感じの宮司だった。
潮騒郡の古井戸はかくのごとく埋められる。




