05 らてぃあ 著 笹船 『助け舟』
「見てごらん」
姉がしなやかな仕草で指差した地面を少女は見つめた。そこには無数の黒い生き物たちが忙しく動き回っている。
「何をしているの? この虫たちは」
「土や砂粒を運んで自分たちの町を作り、必要なものを運んでいるのよ」
姉の言葉で無数の中の一匹一匹に注目してみるとあるものは土塊を運び、積み上げる仕草を繰り返し、別のものは仲間と大きな荷物を運んでいた。少女は驚きと喜びを胸の泉に沸き上がらせていた。それまで虫はただ地面を這い回る無意味な存在さすぎなかった。いまや虫たちは世界を動かす仕組みの一つなのだと感じられる。姉はいつも新しく輝くものへと少女を導いてくれる。
少女は姉の美しい顔を見上げた。滑らかな白い肌に尖った顎、瞳は知性と慈愛に満ちている。もしも自分が姉と同じ年頃になったとしてもとても適わないだろう。一度その思いを口にした時、姉は優しく妹の長所と可能性を教えてくれた。それでもその身を包むように輝く姉の性質を表すような真っ直ぐで柔らかで輝く髪は決して少女には得られないものなのだ。
夢中の少女の手が虫に触れそうになるのを姉は注意した。
「あなたの指先で弾かれたら虫には致命傷よ。でも虫にはどうしてそうなったか決してわからない。彼らの世界に私たちは出来るだけ干渉すべきではないわ」
少女は真剣に頷いた。十五番目の兄なら面白半分に虫たちを踏み潰すだろう。彼が少女をいじめる時の残酷さと同じだ。
虫の世界を見ているうちに二つの種類がいることに気がついた。赤い種族は次第に黒い小柄な種族を圧倒する。
「戦争ね」
赤の国が一斉に黒の国に攻め込んだ。散り散りになった黒い民たちが次々に殺されてゆく。
「お姉様、可哀想だわ」
少女はぽろぽろと涙を流した。
「私たちが手を出すべき問題ではないわ。気まぐれで助けてもいずれ滅ぶのよ」
「でも、ここですべての可能性を無くすのは残酷です。せめてあの数匹だけでも」
少女は川沿いに逃げる一団を指差した。
「可能性が活きるか試してみましょう」
姉は長細い丈夫な葉を手に取り、姉のしなやかな指はそれを小舟の形に折った。
少年の脚は疲労に悲鳴を上げて崩折れた。
「しっかり、若君」
慌てて支える忠実な兵士も満身創痍だ。他の供の者たちも傷付き疲れきっている。
もはやここまで。
霞んだ少年の目に死んでいった同朋たちの顔が浮かぶ。彼らの魂に、何かに少年は祈った。
「あッ! 舟です! 見たことのない緑色の舟が流れて来ました!」
一人が叫ぶ。大河に目を向けた人々にすり寄るように岸に寄った舟は停まった。
「見たことのない形ですね」
「一か八かこれに乗ろう。何とか全員乗れる大きさだ」感謝します。少年はつぶやいた。
足は自然に前に動き躊躇いは霧散した。 神々が〈虫〉と呼ぶ種族の歴史に起こった小さな奇跡だった。
了