06 柳橋美湖 著 初雪 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京の会OL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
挿絵/深海(みうみ)様より
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19 初雪
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鈴木クロエです。
年末年始は有給休暇をとって、少し長く帰省することにしました。12月25日の夜に列車に乗り、お爺様たちがいる北ノ町へ。新幹線こそ通ってはいないのだけれど、寝台急行が停まります。翌26日、駅に着くと、お爺様と従兄の浩さん、それから顧問弁護士の瀬名さんがお迎えにきてくれました。お爺様が住まう丘の上の旧牧師館……。
クリスマスは遅れてやってきた私にあわせ、少し遅らせてくれました。暖冬のため、初雪はようやくその夜に積もりました。
近所にお住まいの小母様がお手伝いにきてくださり、その夜はディナー。私は浩さんとキッチンで並んでデザートづくり。ピアノをやる浩さんは指先が器用で、けっこうつくるのが上手。よほど、パテシエにでもなればいいのに、と思うくらい。他方の瀬名さんは、お爺様と窯から燻製を取りだして、味見していました。
白いクロスをかけた四角い机。
食事のあとに浩さんが、お婆様との馴れ初めをいってほしいとせがみましたので、ほろ酔いになったお爺様は、珍しく往時を語ってくれました。
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女学校へ通っていたお婆様は許嫁がいたそうで、そのころのお婆様には悩みがありました。なんと影がなくなっていたといいます。さらにカメラで写真を撮ると、透けて、後ろにある建物がみえてしまう。不気味に思った先方とのご縁は解消されてしまい、悲嘆にくれたお婆様は邸内に籠りがちになってしまいました。
欧米では死者の顔面で石膏鋳型をとって溶けた青銅を流し込みブロンズの仮面をつくるデスマスクが流行った時期があります。お婆様はそれに似た感覚で、縁者のつてから、当時画学生だったお爺様に肖像画の依頼をしたとのこと。
ガラス越しに陽が射して明るいお部屋。
さらさらとお爺様が木炭でスケッチブックにお婆様を描いていました。座椅子に腰かけ膝掛をした紅いリボンに袴を身に着けた女学生姿のお婆様はなんとも気分がよくなって、ちょっと居眠り。
実をいうとお爺様はお婆様を描いておらず、洋装をした、別な女性を描いていました。
座椅子にもたれていたお婆様に重なっていた、半透明な彼女が立ち上がり、笑みを浮かべて、お爺様のところに歩み寄ってきました。栗色の長い髪で切れ長の双眸。四肢がすらりとして、ちょっと異国の女性を思わせるところがあったといいます。
「学生さん、私を怖がりませんね」
「なにを怖がるというのです」
「なぜ私を描いてくださるの?」
「腕が動くのです。僕は絵を描こうとして描くのではなく、感動の心が腕を動してしまう。ただそれだけのこと」
「素敵ですね」
半ば透けた伶人が手の甲を差しだしましたので、木炭の手をとめたお爺様がそっと唇を触れた。
途端。
女性は、「いつかまた……」といい残し、フッと姿がみえなくなりました。
「そうですね、いつかまた」
お爺様は木炭を置き、カメラでお婆様の寝顔を撮ると、写真館にいって急ぎ現像してもらい、二日後には作品を仕上げてしまいました。もちろんお屋敷を退出する際、先方の執事に、お婆様が眠いっているから、床で休ませてやって欲しいと申しつけることもぬかりありません。
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「へえ、なんだか、ロマンチックだなあ」
浩さんが、リビングに置いてあるピアノのところへ行き、〝愛の挨拶〟を奏で始めました。
瀬名さんのコメント。
「精霊が奥様に憑いていたというわけですね。……先生らしい、〝相手〟を描いてやっただけで満足させて異界へ還してしまわれた。――そんなエピソードがあったとは!」
「なんて、ぜんぶ、嘘じゃ」
彫刻家として大成した白髭のお爺様が、椅子の背にもたれて、大笑しました。
えっ?
浩さんの指が鍵盤で停止。
というか。
瀬名さんや小母様……リビングの空気が固まった様子。
でもですね。
お爺様がいったお話は全部ほんと。ただ、照れていたのだと私は思うのです。
可愛い!
そして、ご報告、問題のスケッチブックを大掃除の日に、小母様が発見しました。
え? そんな!
みせて頂くと、描かれていた問題の女性が、私そっくりなのにはビックリ。
窓の外の雪は、いまたぶん、膝丈くらい積もっていると思います。
END
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。
【あとがき】
柳橋美湖さんの寄稿作品をもって自作小説倶楽部会員作品集第11冊のトリとさせて頂きます。皆様のお励ましにより、ここまで活動をさせて頂きました。新年も何卒よしなにお願い申しあげます。それでは第12冊でまたお会いしましょう。(管理人)
【追記】
11月、12月、お忙しいなかをぬって深海さんが寄稿者全員に素晴らしい挿絵を贈って下さいました。深海さんを始め、作品を寄稿して下さいました皆様に、記して深く感謝いたします。(管理人)