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自作小説倶楽部 第11冊/2015年下半期(第61-66集)  作者: 自作小説倶楽部
第66集(2015年12月)/「初雪」&「カメラ」
37/38

05 深海 著  カメラ 『ハリの幻像屋』

挿絵(By みてみん)

     挿絵/深海様より


「ほうう、大変だったなぁ。それでこうして、はるばる騎士団営舎に戻ってきたわけか」

 黒檀の卓が置かれた書斎で、ほじほじと鼻をほじりながらのんびり相槌を打ついかつい男。

 銀枝騎士団の騎士団長は嬉しくも心配げに目の前にいる青年を見つめた。

 赤毛の青年はぎん、と団長の前で直立している。マントはごわごわ。服は泥で汚れ放題。長い旅程を終えてそのままの、くたびれた格好である。

「はい。急ぎこちらに戻りました。こちらはちょうど雪が解け始めたところなのですね」

「狼団がいなくなって、雪かきが大変だったなぁ」

「いつもの状態に戻っただけじゃないですか」

「けれどなぁ、おばちゃん代理。一度覚えた蜜の味は、なかなか忘れられんものなのだ」

「はぁ」

「それで単身ここへ戻って来た理由は、我ら銀枝騎士団の力を借りたいというわけだな?」

「はい、そうです!」

 おばちゃん代理の青年は、だん、と卓に両手をついて団長に頭を下げた。

「悪魔祓いに長けし銀枝騎士団のお力、どうかお貸しくださいっ」

 おそろしい魔道師の家から狙われている娘を守るため、暖かい南の森へ逃げて潜んでいた青年と鉄の狼団であったが。突如その娘が異変を起こし、闇の繭を作って閉じこもってしまった。

 暗い闇を祓えるのは、禍々しいものを滅する力をもつ銀枝騎士団しかない――と、青年は十日十夜ろくに夜も寝ず、ひたすら借り物の駅馬で街道を北上し、古巣の騎士団営舎へと戻ってきたのである。

 が。

「なんですか、団長。その手は。びろっとこっちに出して」

「依頼料」

「ちょ……! 金とるんですか!」

「すまんなぁ。我ら銀枝騎士団は独立領を拝領しているとはいえ、エティアの国王陛下の臣下。公務ではない仕事は基本受けられん。だが特例で、われわれは動くことが出来る。その特例とは、」

「特例とは?」

「悪魔祓い師として、正式に依頼人から依頼を受け。悪魔祓いの仕事をおこなう場合だ。そしてその仕事には、」

「仕事には?」

 騎士団長は親指と人差し指で丸いお金の形を作りながら、慇懃に、しかしのんびりとのたまわった。

「必ず、報酬を得ねばならん。奉仕は認められておらんのだ。というのも報酬の五割をだな、エティアの国庫に入れねばならんと定められとる」

 おばちゃん代理の青年は、たっぷり数十秒ほど何か突き上げてくる感情のようなものを押さえ込んでいたが、ようやくのこと落ち着き払った声で訊ねた。

「依頼料は、おいくらです?」

「一日、三百スーでいい」

「は?」

 それはエティアの歩兵の一日のおやつの値段では?

 青年が突っ込もうとすると、団長はめんどくさげに手振りで黙れと制止した。

「いやだから、要するに形式を守ればいいんだ。金額は自由に設定できる」

「はぁ」

「あの狼少女は我ら騎士団にとってもかけがえのない可愛い娘である。ゆえに我ら銀枝騎士団は、」

 席からすっくと立ち上がり、いかつい顔の騎士団長は胸を張った。

「全力でかわいいカーリンを救おうぞ! あ、三百スーはおまえの給料から天引きな」

「は、はい……」

 たしかおのれの月給は、食堂のおばちゃん代理でバイト扱いで月一万五千スー。一日三百スーでも実はきついし、一月から三月はもらっていないのだが。

(まさか往復一ヶ月もかからないよな)

 青年はそう思った。旅は順調に済み。娘は助かると。





 かくして雪解けが始まった北の辺境から、おばちゃん代理の青年は銀枝騎士団の団員のほとんどを引き連れ、街道を南下した。

 行きは借り馬であったが、帰り道は豪華にも団長から副馬を貸し与えられての旅であった。

 しかし団長は夜は必ず旅籠に泊まってゆっくり休むので、旅程はなかなか進まなかった。行きの倍どころか三、四倍かかりそうな進度である。というのも、毎朝団長を起こすのに青年はことのほか苦労したからであった。

「春めいてあったかくなると、調子が出なくてなぁ」

「いいから早く起きてくださいよ!」

「春眠暁を覚えずというだろう」

「あと五分で出てくださいっ!」

「待て待て、朝食を食べて茶を飲んでからだ」

 団長がゆるりと食事を取り。ゆるりと茶を飲み。やっと旅籠を出るのは決まって昼食の二時間前というありさま。他の騎士たちもいらいらするほどの鈍足ぶり。

 これはいくらなんでもおかしいと、ついにある夜、副団長がおばちゃん代理の青年と騎士たちを泊まり部屋に召集した。

「依頼人のおばちゃん代理。これで何泊目だと思いますか?」

「すでに十五日たってます。でもまだやっと王都を越えたあたりです。南の森では牙王たちが娘の繭を守ってくれてますが、心配でたまりません」

 青年がいらいらと答えれば。

「かなりのんびりしすぎな上に。旅費が恐ろしくかかってますよ」

 会計係のメルカトが難しい顔でメガネを指でずり上げ。利き茶を知っているミハーイルが口を尖らせる。 

「この旅籠。団長閣下の部屋は一泊一万スーもするんですよね。まぁ、僕らは雑魚寝部屋でみんなで二千スーですけど。しかし普段はケチな閣下が……信じられない」

「一日三百スーを稼ぐために、日数を稼いでるとも思えませんよね」

 ため息混じりの青年に、騎士たちがそうだよな、とうなずくと。狩の手練れのゲオルグがむっつり顔でつぶやいた。

「何か憑き物がついてるとしか思えない」

 しかし悪魔祓いに長けた銀枝騎士団の団長とあろう者が、悪霊にとりつかれることなどあるのだろうか。しかも感度の高い騎士たちがだれひとり、その気配に気づかぬとは。

 すると物知りで名の通ったダラスが、憑き物は悪霊とは限らない、守護霊だってそうだと言い出した。

「我々の守備範囲である神聖系や暗黒系の系統に属さないものが、憑いてる可能性が高いですね」

 憑き物の正体をいかにして突き止めるか。青年と騎士たちがうーんと頭を寄せていると、階下にある酒場から喧騒が聞こえてきた。見ればどやどやと、街道沿いから人が集まってきている。

 何が始まるのかと騎士たちが階段から眺めれば。ちょびヒゲの紳士が前口上も高らかに、幻像なるものをひとり三千スーで撮って差し上げますと、台の上にある大きな四角い銀色の箱を指し示した。 

「銀の板に皆様方のお姿を忠実に映しますものなれば、どなた様もこぞってこの機会に、肖像画に勝る肖像を手に入れていただきたくぞんじます」

「幻像屋か」

「あれって、本物の像が板に映し出されるんですよね」

「ご先祖さまの霊も映るって噂ですよ」 

「ああ、聞いた事があるぞ」

 物知りのダラスがぽんと手を打ち騎士たちに囁いた。

「あれはハリの幻像屋だ。この世ならざるものもすべからく映るとか」

 壁に真っ白な幕が垂らされたお立ち台に、次々と集まってきた客が立つ。ちょびヒゲの紳士はかけ声と同時に、ぼん、と片手でかざした灯り球をまばゆく輝かせる。するとほどなく箱からだされた銀の板に、摩訶不思議にも客の姿が映し出されてきた。

 しかも。

「うあああ、去年死んだ母ちゃんだ!」

「おお、肩のところにおられますな」

 亡母が映ったという男やら。

「うぉおお、ミケ! あいたかったぁあああ」「ムクううう!」

 飼い猫や飼い犬。

「にいさーん!」  

 戦死した兄弟。

「いやぁあ! なにこれええ!」

 別れた男の生霊……などなどが次々と銀の板に映し出され、酒場は騒然となり。夜も深まっているというのにますます人が集まってきた。

「さあさあ、銀板には限りがございます。撮影はお早めに」

――「一枚頼むっ」

「あ。副団長」

 するといつのまにやら副団長が階下に降りていて。祈るような顔で自分の財布から三千スーを支払うや、騎士たちに命令を飛ばした。

「団長閣下をつれてこい!」





 騎士たちはすばやく動いた。上等な部屋で眠っている騎士団長を起こして連れてきて。

「眠い。眠いというに。春眠暁を覚えずだぞう」

 完全にねぼけている団長をむりやり白幕の前に立たせ。

「笑ってくださーい。はい、ちーず!」

 ちょびヒゲの紳士に幻像を撮らせた。

 はたして銀の板に移っていたものは――。

「見せろ」「見せてください」「どうだ」「うわあ」「なんだこれ」「ぶ」「おお、これはなんと」

 大あくびをかます団長の首から、サルのような獣のごときものがぶらさがっている。

「おお、これは久しぶりに見ましたぞ」 

 チョビ髭の紳士はにこやかにうんうんうなずいた。

「これはピゲル。怠惰なことで有名な、獣妖精でございますなぁ」

「ていうかこれ、サルっていうか……」

 物知りのダラスが目をすがめる。

「ナマケモノ?」

「妖精でございますよ」

 幻像屋の紳士はほっほっと笑い声をあげ、これを追い出すのは至難の技ですなぁとうそぶいた。

 たしかに赤毛の青年と騎士たちが銀の板を覗き込んでいる間にも、団長はあくびを何度もかましてお立ち台に倒れこみ、ついにはいびきをかき始めている。

「ピゲルは動物たちの冬眠を司るものですよ。冬将軍が連れて行くのを忘れたんでしょうなぁ」 

 さて銀板がなくなりましたので、と幻像屋はいそいそと道具をしまい、あくびをひとつして二階の部屋へと引っ込んでいった。

 酒場にのこった青年と騎士たちは、頭を寄せて話し合った。

「なぜこんなものがひっついた……」「そういえば団長は時々、森に見回りにいってたな」

「数日前、熊の穴を見つけたとかいってたぞ」「あ、それ、まだ熊たちが寝てたとかいってたなぁ」

「それだ!」

 春が来れば去るものなれば、暖かくすれば出て行くかもしれぬ。

 青年と騎士たちは団長の泊まり部屋の暖炉をがんがん焚いて、汗を出させたが。しかし一向に憑き物は去らなかった。

「頑固だな」「これ、出てくのめんどくさがってないか?」

「絶対そうだろうな」「やっぱナマケモノだろ絶対……」

 皆が途方に暮れかけたとき。

『ピゲルが憑いたんですか?』 

 青年のリュックから、あの歯切れの良い声がした。営舎の厨房に永らく在り、青年の相棒となった折れた剣である。

『あいつは、ほとんど動きませんよ。代謝を抑えようとするので、何も食べたくなくなるらしいんですよね』 

「そ、そういえば団長、だらだら食べてるけど、あんまり量は……」

「お茶もだいぶ残してたよな」

『冬眠前に脂肪がたっぷりついてる状態なら、よいのですが』

 このままでは団長の動きはどんどんのろくなり、やせ細る?  

「ど、どうすればいい?」

 戦々恐々となった青年がリュックの剣を取り出すと。剣は簡単なことですよ、と獣妖精を追いはらう方法を教えてくれた。 

『食べさせなさい。ピゲルは食べ物が苦手ですから、とにかくパンでも何でもひたすら食べさせなさい。英国紳士は、ターキーの丸焼きとプディングを所望しますけどね。食べるのがいやになったら、ピゲルは出て行きますよ』

 かくして。騎士たちの視線は、食堂のおばちゃん代理一身に集まり。

「うらああああ!」

 旅籠の厨房のかまどを借りて、青年はひたすらパンを焼き続けることとなった。

「うら! うら! うら! うら!」  

 力いっぱい小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡す。

 また小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡す。 

「どうですか!」

「た、食べさせてます」

「変化は!」

「いやいや食べてますが、すっ……ごく動きがのろくなってきてます」

「だれか咀嚼を手伝って!」

「はいい!」

 根くらべだ。とばかりに青年はただひたすら、小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡した。

「うら! うら! うら! うら!」

『あのう』

「うら! うら! なに? 剣、なんか用?」

『ターキーは……』

「はあ? そんなの作ってる暇ないって! うら! よし焼くぞ! 種なしだけどうまいぞ。塩ひとつまみ、砂糖ひとつかみ」

『プディングは……』

「だからそんなの作ってる暇ないってー!」

 いったいどれだけ、パンを焼いたであろうか。

 団長は食べてはくれるのだが、その食事の速さは段々のろくなり、騎士たちが数人がかりで介助して食べさせているようであった。

 パン攻めにして丸一日。しかし団長から獣妖精は頑固にも出て行かず。

 無理やり食べさせる騎士たちに疲労の色が出始めた。このままでは……。

「小麦粉が尽きる! 騎士団の金が尽きる! やばい!」

『あのう……』

「なに? 剣、なんか用?」

『おいしすぎるのってだめでは?』

 塩をひとつまみ入れようとした青年は、ぴた、と手を止めた。

「今なんて?」

『いやだから。おいしすぎるのは……』

「う……あああああああ! 本気出して最高レベルのパン焼いてたあああああ!」

 青年は頭を抱えて叫び、しばし落ち込んだが。気を取り直して厨房の戸棚の奥から、その重さは金に値するというとても高価な調味料――黒胡椒を出してきた。

 旅籠の料理人が目をむくが、強制徴収した団長の財布から金貨をどっそり押しつけて黙らせる。

 そして。

「世界一高価で。世界一おそろしいパンを……焼いてやるぜ!!」

 胡椒をどばりと、小麦粉に振りかけた――。  





 翌朝。まだ太陽が昇りきらぬうちに、銀枝騎士団の一行は街道沿いの旅籠をあとにした。

 その先頭には馬に乗る依頼人の青年と、仏頂面の騎士団長の姿がある。

「……あのな、まだ口がひりひり腫れ上がってるんだが」

「あーすみません、はい、飴玉」

 青年は苦笑しながら、十個目の飴を団長に手渡した。

「あのパン、入れたの胡椒だけじゃなかったろ」 

「そうですねえ、唐辛子にカレー粉にタバスコにハバネロに……まあいろいろ、刺激物もたんまりいれました」

「財布の中がすっからかんなんだが……」

「会計係のメルクトさんに、必要経費だって言われたでしょう?」

 最後に作ったパンの効果はてきめんであった。

 まるで爆弾のようなパンを食べさせたとたん。姿見えぬ獣妖精はすさまじい悲鳴をあげ、団長の体から即座に逃げ出してくれたのだった。

 とはいえその逃げ足はとてものろく、その悲鳴もまるでスローモーションであったのだが。暖炉の火に照らされて見えるその影は、朝になってもまだようやくのこと、窓辺に到達したかしないかぐらいであった。

「のろすぎる……」「ほとんど動いてないよこれ」「やっぱナマケモノじゃん……」

 騎士たちが唖然とするほど、その後の団長の動きは素早く速く。あっという間に身支度を整え、朝食も数十秒で食べ終わるという早業を見せた。一晩中パンを食べさせ続けた騎士たちはねぼけまなこをこすりこすり、団長に急かされて街道を南下した。

 団長自身はおのれの異変に気づいていたらしく、とにかく急ごう、急ごう、と焦っていたらしい。それで妖精が取り付いても、完全に動きが止まらなかったようだ。しかしその高速反応はしばらく覚めやらず、騎士たちはそれから恐ろしい強行軍を味わうことになった。

 一行はもう二度と旅籠に泊まることなく。昼も夜も馬で駆け続け。それからたった三日のうちに王国南部に入り。さらにその翌日には、狼たちが娘を守っている森へと入ったのであった。

 しかして――。

 大きな闇の繭を目にするなり、団長も騎士も息を呑み。そして慄いた。

 黄金の狼が心配げにくんくん鳴きながら、おばちゃん代理の青年に走り寄ってくる。

「おばちゃん代理……」 

 いかつい顔の団長はごくりと息を呑み、険しい顔で青年に告げた。


「これは……わしたちの力では、無理かも知れぬぞ」



 かくして銀枝騎士団はついに森に至り、闇の繭を相手に大奮闘することになるのであるが。

 それはまた別の、長い長い物語である。



――ハリの幻像屋・了――

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