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自作小説倶楽部 第11冊/2015年下半期(第61-66集)  作者: 自作小説倶楽部
第65集(2015年11月)/「七五三」&「筆」
32/38

06 らてぃあ 著 七五三 『ダブル』

挿絵(By みてみん)

 深海様より御拝領


「あら、可愛い」

「え、何?」

 三津枝の声に孫の奈々が疑問符で応じた。当然だ。奈々は電話の向こう。東京にいる。

「ごめん。ごめん。テレビに七五三の様子が映ってたから。奈々の時の七五三を思い出すわ」

「あはは、あたしは悲惨だったよね。写真撮る前に転んで着物を汚しちゃって」

「あら?そんなことなかったわよ」

 今度は三津枝が疑問符で応じた。10年前、七五三には直接行けなかったが、娘から送ってきた写真には千歳飴を持って笑う奈々の着物は綺麗で、淡い黄色の地にピンクの花柄がよく似合っていた。やっぱりあの柄でよかったと今でも思う。紫なんて年寄りにはいいけど、小さな女の子には似合わない。

「えっと、おばあちゃんが選んだのは、花柄だったよね」

 少しの沈黙の後、奈々が聞いた。

「そうよ。ちゃんと確かめてね。あんたきっとお正月の時と間違えたのよ」

 あとは当たり障りのない会話が続き。来年の夏には旅行のついでに奈々が三津枝の家を訪ねて来る約束をして電話を切った。

 仕方ないな。三津枝はそっとため息をついた。子供の衣装なんて大人の自己満足だ。

 窓から灰色の空を眺める。もうすぐ雪が降る。

 同居する息子の史郎がいれば雪かきの心配はないだろう。結婚に失敗していまだ独身なのが最大の欠点だ。唯一の孫の奈々にはできる限りのことをしてやりたい。次は七五三とは違う。

 知らず知らず三津枝は拳を握っていた。

 思い出に残る着物を選んであげなくちゃ。

「ねえ、おばあちゃん。あたしの七五三の着物って紫色だったよね」

 お歳暮のお礼のついでに電話を代わらせた。会話が途切れた少し後、奈々が聞いた。

「そうよ。紫の地にピンクと手毬の柄」

 五百子はその着物を初めて見た時のことを思い出す。デパートから着物屋まで歩き回って厳選した一品だった。自分に似て色白の奈々にはよく似合った。写真を撮る前に転ばなければもっとよかったのに。しかし、泣き顔の写真も愛嬌があり何度も近所の友達に見せて笑いを誘った。

「七五三の着物がどうしたの?」

「えっと、ううん。こないだテレビ見てたら七五三をやってて可愛いなと思って」

「奈々が一番可愛かったわよ」

「よしてよ。もう10年も前じゃん」

 照れる奈々の顔を想像して五百子は、ふふふ、と笑った。

 電話を切ると階下でばたばた床を踏み抜きそうな足音が聞こえた。男の子が3人、今年一番下も中学生だ。その上揃って運動部。

 唯一の女の孫の奈々が同居だったら良かったのに。末息子だからと奈々の父親を東京で就職させたことが今更悔やまれる。

 窓の外に目を向けると青空のむこうに阿蘇山が見えた


「ふぅー。やばいやばい」

 奈々は子機を放り出し、ソファに倒れこんだ。

「はしたないわね」

 母の九美子が非難の視線を投げかける。

「ねえ、家のローンも払い終わるのにおばあちゃんたちに本当のこと話しちゃダメなの?七五三のこと」

「駄目よ」九美子が勢いよく首を振る。「着物は両方から受け取ったし、これからあんたの学費のことだっ

てあるんだからね」

「えーっと。北海道のおばあちゃんが黄色とピンクで花柄。熊本のおばあちゃんが紫とピンクで手毬」

 奈々が記憶を確認しながらため息をついた。滅多に話題になることはないのですっかり忘れていた。

 北海道と熊本、それぞれに住む祖母はめったに顔を合わせることはなかったが、同郷の出の幼馴染だ。お互い夫の故郷と仕事の都合で何十年も会わずに北と南で遠く離れた土地に住み、歳を経ていた。わかったのは両親の結婚前の両家の親族の顔合わせの場だ。それ以降〈仲の良い幼馴染〉という建前でお互いをライバル視しているふしがある。二人に気に入られた孫の奈々はお年玉にクリスマスや誕生日のプレゼントで大いに恩恵を被ってきたが、困るのは大きな祝い事の時だ。

 奈々の七歳の七五三でどちらも奈々の着物を贈ると譲らなかったため、当時住宅ローンのため双方から援助を受けていた両親がとった苦肉の策は着物の早変わりだった。できるだけ近くの美容室で黄色の着物を着せ、一度目のお参り、写真を撮ると急いで引き返して今度は紫の着物を着せて神社に戻った。奈々が転んだのは窮屈な着物を二度も着せられ引っ立てられるように神社を往復させられたためだ。

 正直あまりいい思い出になってない。でもまあ、昔のことだからいい

「安心するのは早いわ。3年後があるから」

 九美子が言った。

「へ?」

「成人式よ」

「げ、おばあちゃんたちに断ってよ。その方が経済的だって」

「無理よ。あんたの振袖のために二人とも積立て貯金してるって言うのよ。まだまだ二人とも元気だし。ママもカルチャーセンターの着付教室に通うわ」

「やだー!!」

 ソファに突っ伏して孫娘は頭を抱えた。

     了

 宴たけなわではありますが、らてぃあさんの作品をもちまして、11月期(第65集)は中締めとさせて頂きます。今回は、途中、深海(広海・みうみ)さんのイラストの差し入れがあり、大いに盛り上がりました。絵が入ると物語も華やぎますよね。では次回、12月期(第66集)でまたお会いしましょう。/管理人・奄美

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