05 らてぃあ 著 ハロウィン 『ジャック・オー・ランタン殺人事件』
早乙女 麻鬼子(23歳)看護師
あたしは友達5人とハロウィンパレードに参加してました。皆でミニスカの魔女のコスプレ。色違いであたしは赤。すっごく可愛かったんですよ。男の子のグループと仲良くなって吸血鬼の人カッコよかった。お酒も入って盛り上がってました。
まさかあんな事件が起こるなんて。
たまたま目に入ったんです。背中から血を流してふらふら歩いてるジャック・オー・ランタン男が、頭はプラスチック製だったかな、服は灰色のジャンパーにジーンズ、そして背中に包丁が刺さってる。それくらい簡単なコスプレしてる人もたくさんいたけど、なんだかおかしいと感じて見てたんです。酔っ払いって感じじゃなくてなんだか必死って感じが全身から出てたのかな。経験浅くても死ぬ人はたくさん見ますよ。穏やかな死に方じゃない人も。ベットの上でかっと目を見開いて死んでくおじいちゃんとか。あの人もそうだったのかな。声は掛けて、脈をとったけどとても顔を見る勇気はなかった。そう、あたしが見ているうちに膝が折れて前のめりに倒れたんです。寄りかかられたミイラ男さんが驚いて振り払って、あの人は地面に転がった。あんなに込み合った道路にすぐスペースが空いた。あたしは駆けよってあの人の手首を取った。
いやだな。あんな事件があって今頃吸血鬼君とアドレス交換するの忘れてたこと思い出した。
◆事件発生は10月25日午後8時30分ごろT市K町商店街の入り口付近。当時はK駅周辺から商店街までハロウィンパレードが行われており約1000人の群衆でにぎわっていた。
被害者は瓜塚楠男(45歳)、背中を柳刃包丁(210mm 製造元不明)で刺されたことによる失血死。多数の証言から瓜塚は背中に包丁を刺したまま駅方面から商店街まで歩き絶命したと推測される。
瓜塚は6年前に勤めていたS社から3,000万円を横領したとして罪に問われ、判決を受け1か月前に出所したばかりだった。
猫田 又造(58歳)飲食店経営
あのジャック・ランタンとかいうやつはウチの提灯ですわ。わざわざ注文して作ってもらったもんです。駅前から明るくすぐ目に付くからいい目印になりました。店の前に吊ってあったのをあいつが無理矢理ちぎってくのをカウンターから見てたんです。お客がぎょうさん入ってて忙しかったから止められんかったんですよ。あの夜はパートさんと臨時のアルバイト4人でフル回転してました。
外が騒がしくなったのでちょっと外に出たついでに吊ってあったところを確認しました。その時に財布を拾ったんです。3万円も入ってたんですけどさすがに死人の金は盗れません。
包丁? ああ、うちにもありますよ。でもわしの包丁は誰にも使わせません。いややなあ。もちろん全部揃ってます。包丁は料理人の魂やて死んだ親方にしっかり教えられました。
あの男は駅裏の方から歩いて来たと思います。きれいに整備されてるけど、周りの雑居ビルは持ち主がコロコロ変わって怪しい店になってたりするから。わしは店の二階に住んでるんですが深夜にたまに騒いでます。ああいうのを何とかしてくれへんかな。なんならうちの厨房を調べてみてもいいですよ。串一本なくなってません。あ、でもこれから仕込みですから次の定休日にお願いします。和洋折衷でうちの料理は評判良いんです。
綿貫 多貨尾(69歳)瓜塚楠男の元上司
あの事件のことはもう勘弁してください。私が無実だってわかってはもらえたけど肩身が狭かったです。
エっ、瓜塚が私を訪ねて来ていたって?それは、まあ、会いましたよ。
私は何もしてませんよ。それなのにあいつは私を脅すようなことを言うから。嘘でも困るんです。会社を辞めた時だって同僚はよそよそしいし、しばらく近所の噂の的でした。家内が心労で倒れたのもそのせいです。
あいつに難癖をつけられて5万円渡しました。また来れば警察に訴えるつもりでしたよ。
25日の夜どこにいたかって? 隠しても仕方ないですね。私も商店街のAという居酒屋に居ました。今の住まいに近いからね。あそこの居酒屋なら知り合いが来るから楽しく飲めると思ったんです。それだけ。金の問題で人殺しは出来ませんよ。
鴻森 飛子(47歳)瓜塚楠男の姉
まさかこんなことになるなんて、全部悪いのは真奈子です。ご存じでしょう。別れた妻よ。こんなことなら身元引受人も断るんだった。夫が反対したんです。薄情な人だとは思うけど罪を犯したのか弟だから反論のしようもありません。でも妻は違うでしょう。お金を返せって責められるから離婚は仕方なかったかもしれません。でも離婚が成立してすぐ男と付き合うようになったようです。病気の姪の世話もちゃんとしなかった。死んだ姪のこと? いいえ、ご存知でしょう。交通事故よ。自分の不注意なのに、すべて悪いのは楠男だって葬式の時にわめいてました。そもそも横領事件だって真奈子が楠男の稼ぎが悪いって責め続けたせいです。あの我慢強い楠男が私に不満をもらしたんだから。
あの晩? 私もK町商店街に居ました。楠男がそこに真奈子がいるらしいって探しに行ったのを追いかけたんです。でも大失敗。楠男は見つからないし、パレードでまともに歩くことも出来ません。その上、財布を落としてしまって後で夫に叱られました。財布? もちろんみつかりません。そういうことは警察の記録にあると思いますが 。
◆横領事件発覚当時、瓜塚楠男の娘は難病の疑いがあり、治療費を捻出するため。ギャンブルに手を出し、会社の金を横領したと推測された。
逮捕後に妻:真奈子は瓜塚と離婚、さらに一年後に引っ越し先で娘は交通事故により死亡した。真奈子はすべての不幸の元凶は瓜塚であると周囲にもらし、生活の困窮から失踪した。
「トリック・オア・トリート、トリック・オア・トリート。最近の提灯はよくできてるなあ」
「証拠品で遊ばないでください」
若い刑事はあきれて相方を見た。
「まあまあ、ところで6年前の横領事件のことを捜査担当者から聞けた? 」
かぼちゃをかぶったままの刑事が言った。事件をあざ笑う悪霊のように見える。
「はい。やっぱり綿貫多貨尾はクロですね。しかし瓜塚が〈自分一人でやりました〉、〈お金はすべてギャンブルでスッた〉と言い張ったのとS社が早く事件を収束させたかったようで綿貫まで調べられなかったそうです。どうして瓜塚は自分だけ罪を被るようなことしたんですかね」
「瓜塚と綿貫は共犯、横領した金は発覚していた以上あるはずさ。瓜塚が懲役してる間に綿貫が金をストックしておく。いや、瓜塚の娘が病気ならその治療費にあてる。懲役くらっても瓜塚には金が必要だった」
「しかし、娘は交通事故で死ぬし奥さんは離婚して今行方不明ですよ」
「二人とも社会的制裁を舐めてたんだ。後悔しても堀の仲じゃ遅かった」
「その上綿貫は裏切った? そして真相をばらすと迫った瓜塚を綿貫が殺した?」
「殺意はあったかもしれないけど自分でやる度胸はないよ。未必の故意。代わりに元妻、雨月真奈子の居場所を教えた。かもしれない。いずれにせよ第一容疑者が元妻の雨月真奈子だね」
「彼女はどこにいたんですか? 」
大きな頭をゆらゆら揺らしながらジャック・オー・ランタン刑事は証拠品の間を動き回り財布を手に取った。
「この財布の落ちてたところさ」
「駅前の通りじゃ特定できないですよ」
「店の前じゃないさ。パレードがあった通りにいつまでも財布が落ちてるわけないだろう。本当は店の横か裏口さ。鑑識に調べてもらおう。瓜塚の姉は真奈子のことを悪く言うけど、別の見方をすれば亭主に裏切られ、子供を失った気の毒な女性さ。同情する人も多いだろう。その一人が猫田又造。彼女を自分の店で雇って何かと面倒を見ていた猫田は彼女が元夫を殺したと知ってもかばった。凶器は、猫田の親方の形見かもしれないな」
「瓜塚も裏切ろうと思ったわけじゃないだろうに、なんだか哀れですね」
「ジャック・オー・ランタンの魂は彷徨い続けるものさ。あれ?」
話し終わって頭を取ろうとして黒衣の刑事は身をよじった。
「ぬ、抜けない。伊藤君、スマン。これ取るの手伝ってくれないか? 痛ッ?! 」
「壊さないでください! また始末書ですよ」
了
第65集(10月号)は、らてぃあさんの作品で〆となりました。ご高覧頂きました皆様には執筆者一同並びに管理人ともども、とてもありがたく思っております。では、11月下旬にまたお会いしましょう。