01 奄美剣星 著 猫 『鬼撃ちの兼好 猫法』
鬼撃ちの兼好 猫法
丘の上にある白水神社の鳥居をくぐると九十九段の坂道となるのだが、そこを息切らしながら登ってきたのはカイザル髭の郡長だ。階段が終わった平場に社務所があり、奥に拝殿、さらにむこうにあるのが本殿だ。
社務所の玄関ガラス戸を開けると、天蓋つき寝台があり、宮司と巫女の若夫婦がじゃれあっている。亭主は狩衣なのだが、問題は〝ヨメ〟の格好で、猫耳、尻尾つき。
「けけ、兼好君!」
「なんですか、郡長?」
ベッドのクッションをトランプリンにして、〝ヨメ〟の夜叉姫がポンポン飛び跳ねている。その際、パラシュートのようにゴスロリ・ドレスのスカートの中身が全開となり、ガータベルトが目に入る。
郡長、鼻血ブー。
ちゃぶ台を挟んで、郡長の悩みを若い宮司がカウンセリングする。
「素封家で知られる郡会議員・山田文吉氏が突然死した。門から屋敷の敷地に入ると庭が外院と内院といって、竹塀で仕切られている。出入り口になる内門の格子戸を開けてそこを通った途端、首を引っ掻きながら、もがいて突っ伏したとのことだ」
話をきいた若い宮司・吉田兼好はこういった。
「――なるほど。古代中国呪術〝描法〟というものです。よほど恨みを買っていたのでしょうね」
兼好にいわれて郡長は、警察署長に電話して、同家内門にある床を掘り起こさせた。すると、したり、猫の死体が埋まっていたではないか。
山田議員は大地主で、地下にある炭鉱鉱床によって鉱山業を起こし、さらに蓄財した。明治人であるためか、義侠心はあり財貨を惜しまず公共に寄付するなどして人に頼られるところが多かったのだが、反面、鼻息が荒く、同業者を容赦なく叩き潰す一面もあった。商売上でも政治上でも味方と同じ数だけ敵がいる。
豪壮な入母屋根のある山田御殿の内門。
カイザル髭の郡長と一緒に、そこに立った若い宮司夫妻の足元には、掘り起こされた猫の死骸が横たわっていた。
「むごい!」
巫女服に着替えていた宮司の〝ヨメ〟夜叉姫は柳眉を吊り上げて叫んだ。
先祖から名前を拝領した烏帽子に狩衣姿をした宮司はといえば、懐から、猫の形に切り抜いた紙・形代を取りだして、息を吹きかけると、ハラリと遺骸の上に落とした。するとだ、そいつが瞬く間に、生きた猫の形をとって、何処ともなく駆け去っていった。
炭鉱坑道は地下に掘られるがために、地境を越えてもなかなか判ることではないのだが、そこが落盤し、田地が陥没すれば、誰の目にも明かだ。――裁判沙汰になって、勝訴するには勝訴をしたが、弁護士にふんだくられて思ったほどの補償金が得られず、山田議員を恨んだ係争地の地主が、呪術師を雇って、山田家出入りの庭師を買収。内門に虐待して殺した猫を埋めさせた。……かの御仁が、半狂乱になって、兼好に泣きついてきたことはいうまでもない。
「人を恨まば穴二つ」
了