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自作小説倶楽部 第11冊/2015年下半期(第61-66集)  作者: 自作小説倶楽部
第63集(2015年09月)/「満月」&「鏡」
17/38

06 らてぃあ 著  満月 『ルナティック』

 CASE1

 ぴょんぴょんぴょん。あたしはウサギ。白く輝く毛皮に揺れる耳。ぴんとしたおヒゲ。紅玉の瞳。いつもはか弱いあたしだけれど。今宵は満月。お月様が力をくれる。小さな白い足でひとっ跳び。どこまでも走って行ける。身体が軽いわ。このまま空を飛んでしまいそう。誰もあたしには追いつけない。お月様、あたしにもっと力をください。

 こんにちは、小鹿さん。あたしがあんまり早いから驚いたでしょ。あなたの素敵な脚でも今日のあたしには敵わないわよ。こんにちは、リスさん。今日は木の上のあなたのおうちに伺いましょうか。

 あれ? 二人とも悲鳴を上げて走って行っちゃった。ははあ。あんなところに意地悪狐がいるからね。こっちを睨んでる。いつもあたしを目の敵にしているけど今日は負けないわ。


 CASE2

 うおおお。満月が俺の魂を呼び起こす。忘れていた野生の血が血管を流れて満たす。そして醜い人間の皮を脱ぎ捨てて本来の姿を取り戻す。俺は狼男だ。人間ども俺を恐れろ。怯えろ。俺の爪はお前たちの首をかっ切り。俺の牙はお前たちの骨まで砕く。

 今宵の獲物は愛しいあの娘だ。温かな血と白い肌。考えただけでぞくぞくするぞ。うおおおお。恋しいぞ。遠吠えも切ない。愛しいお前、俺に血と魂を捧げよ。

 さあ、やって来たぞ。ここが俺の想い人の家だ。誰かから聞いて調べたんだっけ。

 あの娘。いや、彼が俺を見て悲鳴を上げる。恐怖さえ今の俺には快感だ。俺の腕を引っ張った奴がいる。なんだお前、邪魔する奴は容赦しないぞ。喰らう価値もない屑肉め。

 さあガブリ、愛しい人。悲鳴。

 あれ? モップを握って反撃してきた。痛い。いてててて。


 CASE3

 今まで黙っていましたが、実は私は月の都の住人です。下界の人間としてこれまで暮らしてきたのは故郷で犯した罪を償うためです。罪というのは私の美しさです。私の美しさは天上でも多くの男性を惑わしました。ああ、美しいって罪。罪ゆえに下界で大したとりえもない子供として生まれ、成長しても目立たず、地味で個性もない人生を送り。平々凡々の見本のようなあなたと結婚してしまったのもすべて私の懲役だったのです。信じられないのも無理はありません。ほら、今夜の私は元の姿を取り戻したわ。罪が許され月の都に帰るのよ。

 え? いつもと変わらず地味だって?

 あ、ほら、満月から使者がやって来る。

 あら、あなた、どこに電話してるのよ。病院?


 CASEX+真相

「大変痛ましいことです」

私は彼のことを思い。被害者たちのことを思い。祈った。神がいるのかはわからないが、目の前の刑事は悪魔のようだ。薄暗い取調室で刑事は闇を凝縮したかのように黒い。

「彼は複雑な環境で育ち。自分は本来の自分ではなく、周囲に歪められて出来上がった存在だと考えていました。自分を取り戻そうと多くを学び研究を重ねたのです」

「その結果が今回ばらまかれた通称〈ルナティック〉ですね」

 刑事の確認に私は頷く。この場を逃げ出したかったが誰も代わってくれない。肝心の〈彼〉は消えてしまったかのように沈黙したままだ。

「彼はもちろん試作の薬を自分で試していました。しかし効果に満足することができず他人に薬を飲ませました。もちろん健康に害がなく、効果も一時的にするため少量で」

『被害者に、害意はなかった』と言っても許してもらえないよ。もちろん警察も許さないし。

 被害者のうち疲労回復の薬と信じてルナティックを飲んだ会社員42歳は勤務中に、あたしはウサギ』 と言って全身を真っ白に塗りたくって会社を走り回った。

 告白する勇気が出る薬として飲んだ女子高生17歳は、俺は狼男だ』と暴れて同級生の男子生徒に二十か所も噛みついた。止めに入った男子生徒の母親を突き飛ばしている。

 飲んだ理由は不明だけど平凡な主婦35歳は夫を罵った後、月からお迎えが来る』とわめいて屋根に登って転落。

 正気に戻ったところで彼らの人生は元に戻らないよ。それに自分探しなら旅にでも出ればいい。彼が作ったのは幻覚と別人格を生み出す麻薬だろう。君は自分を〈彼〉自身だと思うかい」

「思いません。私は〈彼〉ではない」

 私は彼の〈十三番目の人格〉 だ。少しずつとはいえルナティックの試作品を常用した彼の中には複数の人格が生まれていた。

「君が彼の暴走を止められず、彼の肉体とともに逮捕されたことは気の毒に思うよ。しかし社会の治安と秩序のために彼として罪を認めてくれたまえ」

「わかりました」

 刑事は笑っているが視線は魂まで突き刺すように鋭かった。逃れたくて私はあらいざらいの彼の罪を語りだす。


 どうせ私は彼の人格の断片に過ぎない。罪が確定する頃には私と彼は交代できるだろう。

               了

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