03 葉月 匠 著 満月 『ムーンライトセレナーデ』
こんな風に逢えるなんて思ってもみなかった。
また貴方と語り合える日が来るなんて思いもしなかった。
「真知子?久しぶりだな!」
残業で遅くなってしまった私はいつもとは違う時間に乗った電車の中で突然声をかけられた。
満員電車まではいかなくても結構人が乗り合わせているというのに大きな声で私の名を呼ぶその人の変わらない声に心拍数が跳ね上がったのがわかる。
声の主はこれまた変わらぬ少年めいた雰囲気を漂わせ無邪気に破顔している。
私と同じだけ年月を重ねたはずなのにあの頃のままに見えるのが何故だか癪に障る。
「三上は相変わらず童顔だね」
「10年ぶりの再会の言葉がそれか?」
お前の方こそ相変わらず冷めてんなぁ、と言いながらも嬉しそうに笑うその人。
同じ高校に通い同じサークルに所属して、3年間ずっと一緒に過ごした片恋の相手だった。
仲間という括りは時に人を意気地なしにする。
サークル内でも気が合った二人だったけれど親しくなればなるほどに言えなくなった気持ち。
あの頃に感じた、想いが、記憶が、苦く甘く蘇る。
「こんな時間まで仕事?」
「今夜は特別。いつもはもっと早く帰ってる」
「そっかぁだから今まで会ったことなかったんだ」
吊革にぶら下がり車窓を流れる明かりを見ながら取り留めのない話をする。
「なぁ真知子、まだ時間ある?」
スマホを取り出し時刻を見る。9時を回ったところだった。
「土曜は休み?明日休みなら少し飲まないか?久しぶりの再会だし飯でも食おうや」
残念なことに明日は休みだ。
否、この蘇った感情を持て余してしまう夜を過ごすならいっそラッキーと思うべきか?
「明日は休み」
「よし!決まりだ。次の駅で降りよう」
愛想のない私の返事を気にもせずその人は笑って言った。
駅前通りの赤ちょうちんと縄のれん。
決してあの頃には立ち寄ることの無かった世界に私たちは座していた。
生ビールで再会を祝い、焼き鳥をほおばる。
その人の近況を聞き、私の近況をぼちぼちと語る。
グラスを持つ左手の薬指に光るリングに気づきながら。
この鈍感童顔の男は私の気持ちに気づくことなんか永遠にないのだろうな……そう思いながら。
夜遅く、自転車を走らせ見上げた窓。
灯る明かりに、その人を感じ、想いを告げなければならない自分にもどかしさを感じていた。
でも壊したくない。この居心地のいい領域を失いたくない。
若いあの頃の私にはそれが精一杯の願いだったのだ。
2時間ばかり、懐かしい話で盛り上がり次の再会を約束して私たちは別れた。
でもきっとその約束の日には何か用事ができるだろう。
スマホには新しい連絡先が登録されている。
だけど、そのアドレスを開くことはないだろう事も分かっていた。
知っていても繋げられないアドレスなのだから。
今もまだ残る想いがあったことに気が付いてしまった。
この近くなんだ、そう言ってその人とは駅で別れたけれど最寄りの駅は三駅向こうだ。
懐かしく切なく、もどかしさとほの暖かい記憶と一緒に今日は帰ろうと思った。
繁華街を通り抜け線路沿いを歩いて帰る。
見上げた夜空には輝く満月。
~君の家の扉の前に立ち
そして歌うは月影の歌
六月の夜
君の手のぬくもりを感じるまで
僕はいつまでも
ここで待つよ
ムーンライトセレナーデの甘く懐かしいメロディーが聴こえた気がした。
どれだけ手痛い思いをしても。
恋はちゃんと完結させなきゃ先に進めないんだと、思い知った月夜の帰り道。




