06 紅之蘭 著 渚 『ハンニバル戦争/カッリクラ峠』
【あらすじ】
紀元前三世紀半ば、第一次ポエニ戦争で共和制ローマに敗れたカルタゴは地中海の覇権を失った。スペインすなわちイベリア半島の植民地化政策により、潤沢な資金を得たカルタゴに、若き英雄ハンニバルが現れ、紀元前二一九年、第二次ポエニ戦争勃発が勃発。ハンニバルは、ローマ側がまったく予期していなかった、海路からではなく陸路を縦断し、まさかのアルプス越えを断行、イタリア半島本土に攻め込んだ。ローマのスキピオ一門と激闘、ここに始まる。
紀元前二一七年七月。
「ローマ人以外の捕虜を釈放せよ」
ガリア人ほか、ローマの同盟国兵士が釈放されてゆくのだが、ローマ人は苛め抜かれて衰弱死することになる。解放され、食糧と水をもらった捕虜たちは、顔を見合わせながら、故郷に帰って行った。
ローマ側は急きょこしらえた軍団を送って、ハンニバルを足止めしようとしたのだが、かえって二千の兵を壊滅させる羽目となった。
ハンニバルは考える。
『ローマは大要塞だときく。われらの五万の軍勢は野戦むきで攻城用兵器は貧弱だといわざるを得ぬ。これでは落ちぬ』
長靴のような形をしたイタリア半島の西は地中海、東はアドリア海だ。トラジメーノ会戦に圧勝したハンニバルの軍勢は、二百年に及ぶローマの同盟国であるエトルリア諸都市を落としては略奪と凌辱をほしいままにして放火。そのままアドリア海に抜けた。
そこから海岸地帯に沿って南下していった。
カンパニア地方。
同地方は、ローマに征服されてまだ六十年ばかりで反感をもっている。
住民はハンニバルを解放者として迎え入れた。
行軍中の略奪と、豊かなサムニュウム地方の物資で、カルタゴ軍兵士たちはたっぷりと休養し、食事をとり、なおかつ飲んだ。――その様は、葡萄酒で馬の身体をも洗ったと形容される。
同年八月。
ローマの元老院が対ハンニバル戦争の指揮官に任命したのは、独裁官ファビウスだ。この人は、軍八万をそろえ、ハンニバルの退路を断つべく、カルタゴ軍五万を追いかけてきたのだ。そして、カッリクラ峠を塞いで、ハンニバルの退路を塞いだつもりになっていた。
しかし隻眼の将軍は冷静だった。
「捕獲した牛をこれへ――」
ハンニバルは、軽装の徒士に牛二千をひかせてくると、角に松明をくくりつけた。その上で、夜になると、火をつけて放った。
このためローマ軍は、カルタゴ軍が夜陰に乗じて撤退したと思い込んで、自分たちも退却を始めた。
――ゆえに、ローマ軍のファビウス執政官も、「もはや無用の布陣」として自らの軍勢を撤退させた。
その隙を狙っていたのはハンニバルだ。
隻眼の将軍はがら空きになった北方へと続く渚に沿った道路を白昼堂々、戻ってゆくことになる。
ローマ軍は一杯喰わされた。
そしてかの有名なカンナエ会戦と続く。
【登場人物】
.
《カルタゴ》
ハンニバル……カルタゴの名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。
イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。
マゴーネ……ハンニバルの末弟。
シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。
ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。この将領はハンニバルの親族だが、カルタゴには、ほかに同名の人物が二人いる。カルタゴ将領に第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った同姓同名の人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておくことにする。
.
《ローマ》
コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。
スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。ローマの名将。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。
グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。
アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。
ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……カルタゴ本国上陸を睨んで元老院によりシチリアへ派遣された執政官。