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自作小説倶楽部 第11冊/2015年下半期(第61-66集)  作者: 自作小説倶楽部
第62集(2015年08月)/「渚」&「紅茶」
10/38

05 E.Grey 著  紅茶 『公設秘書少佐/沖田御殿の怪7』

// 事件概要//

 山林王沖田家の豪邸では、夜な夜な不審車両が敷地に侵入し、当主・沖田氏を悩ませていた。沖田氏は国会議員・島村代議士の有力な後援者である。公設秘書・佐伯祐はセンセイに頼み込まれ、婚約者三輪明菜の協力のもと事件解決に乗りだす。しかし当の沖田氏が何者かに殺害されてしまった。

   10 トリック

.

 一夜が明けた。

 沖田御殿の応接間には残雪の道を歩いてきた関係者が集まってソファに腰を下ろしていた。重厚なストーブには練炭がくべられていた。

 殺害された沖田茂の夫人・優子、沖田家奉公人・川島ハジメ、茂の敵であり友でもある村上栄作、殺人事件があった山王神社裏に道場を構える兵藤武志、沖田茂・増川明・村上栄作に贔屓にされていた温泉芸者・信濃小百合。……それから、真田巡査部長に付き添われ手錠をかけたままの格好でやってきた増川明が椅子に腰かけた。

 真田さん、私・三輪明菜、〝少佐〟の異名をもつ佐伯祐の三人は一同の前に立っている。

「まずはですね、沖田茂氏が殺害される前の事件、侵入してきたという車の件です。この村で自家用車を持っている人物はそうはいない。――ここで持っているのは村上さんだけだ」

 ヒトラー髭の村上栄作が怒鳴った。

「村の外の者かもしれんし、村内の者が借りたのかもしれん。第一、うちと沖田家は過去に対立したこともあったが、最近じゃ、儂のところの倅・二男が沖田の養子になることになっていた。なんで殺さなきゃならんのだ?」

「そういえばそうでしたね。しかし、優子さんが妊娠したとすれば? 御子息の養子入りの話は御和算になる」

「ええっ!」集まった一同が優子夫人の顔をみた。

 優子夫人はうつむいたままだ。懐妊のことは否定していない。

「――問題はその子が果たしてご亭主の子かという問題がある」

「そ、そんな。俺と優子とは幼馴染だ。優子はそんなふしだらな女じゃない!」

 そう怒鳴ったのは手錠をかけられたままの増川だ。

 私は隣にいる佐伯の顔をみやった。

 ふてぶてしいというか、想定内というか、そんな顔で、懐から煙草を一本とりだして口にくわえる。しかし火はつけない。

「なるほど増川さん、やっぱり優子さんを庇っていましたね。――殺害された沖田茂氏と貴男は懇意で、優子夫人とは同級生。しかし、むかし優子さんのご実家が金に困っていたとき、人身御供という感じで一回り年上の茂氏があなたから奪う形で結婚した。それに関してここのところあなたと親交を深めている沖田茂氏は罪悪感を抱きだした。持病の悪化で余命もさほどないことが分かっている。村上家から養子をもらい、後家になるだろう優子夫人をあなたに引き受けて欲しかった。……しかし夫人が妊娠して事情が一変した。増川さん、沖田氏の目を盗んでときどき優子さんと逢っていましたね?」

「そういうことか! つまり優子さんのお腹の子の父親は増川さんの――増川が優子さんを庇うのも無理がない」真田巡査部長が叫ぶ。

 優子夫人のお腹はまだ大きくなっていない。

 佐伯はそこでもったいぶるように煙草に火をつけ、煙をふかしてから、言葉を続けた。

「さて、本筋に戻ります。不審車のトリックをいいましょう」

 一同が佐伯の顔をのぞきこんだ。

 巡査部長が促すと、部屋の外側・廊下にいた警察官が入ってきて風呂敷包をもってきて、床に広げた。

 ひとつめの風呂敷包みが開かれた。

「懐中電灯!」私は思わずつぶやいた。

「――このように雪の夜、大きな懐中電灯二つを両手に持ってライトを照らす。雪に残されたタイヤの跡はこれ。……ライト二つを照らす前に、犯人はあらかじめつけておいた。あとずさりしながらね」

 犯人は、後ずさりして歩いてつくった〝轍〟に、一個のタイヤを転がしていった。雪が降っていたものだから、多少の不自然さは誤魔化せる。

「ならばエンジン音は? 増川が食い下がった」

「ああ、単純です。学生が演劇や八ミリ映画につかう〝効果音集成〟ってやつで、そのへんのレコード屋で手に入りますよ。――この場合、レコードの電源とかの問題があるから内部でレコードを流した共犯者がいる。……いずれにせよ計画された沖田茂氏殺害のための伏線でしかないわけですがね。沖田氏から依頼を受けたばかりの、あの時点では察しはついていたが、僕も確証はもてなかった。しかし村上さんの家の十五分ばかり進んだ時計をみてピンときたんだ。……そこで仮説、犯人は山王神社に七時半に待ち合わせしたのだけれども、実際には時計が進んでいたのを知らずに十五分前に到着していた」

「殺された沖田さんまで十五分前に現場にきていたのはなんでだ? つじつまがあわないだろうが?」

武闘家の兵藤がツッコミをいれてきた。

「――それもまた単純。被害者が殺害されたのは、神社じゃないからです。犯人は、巧妙に、村上さんと増川さんが犯人になるように仕向けた。家の中で効果音レコードをかけられるような人物といったら、ここにいる沖田家奉公人の川島ハジメさんだけ。車もつかわずに殺害した犯人を神社まで運べる位置に棲んでいるのは古武術道場主の兵藤さんだけだ」

 刑事部長の真田さんが口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ、佐伯さん。二人には村上さんや増川みたいな動機ってものがない!」

 佐伯が煙草の火を灰皿でもみ消す。

「そこで進んだ時計十五分の問題。村上さんちの居間にいた者が黒幕。男どもを色仕掛けで自在に操れる存在。やたら美人。……つまり温泉街ナンバー・ワンの美人芸者信濃小百合だ」

. 

    11 真相解明

.

 休暇をとった私は、佐伯が住んでいる東京のマンションに行くことになった。それで、夜汽車に乗って個室部屋に入り、彼の腕枕で真相をきくことになった。

「真田さんからきいたよ。事件の黒幕・信濃小百合が自供したんだとさ。――彼女は、沖田茂・村上栄作・増川明の三人と関係していた。三人に抱かれながら、けっきょく、三人に愛されているのではない。他方で、死期が迫った沖田だが懸案の家の相続を村上から養子をもらうということでかなえることができそうになっている。村上は息子を森林王の沖田家次期当主にすえることができて満足。増川は長年に渡って密かな恋人だった沖田の夫人・優子と大手を振って嫁にすることができる……。そして、優子夫人は信濃小百合の同級生でもあり、彼女に対しても嫉妬していた」

「それで、幸福な三人に嫉妬した温泉芸者・信濃小百合は、沖田さんを殺害し、村上さんや増川さんに罪をなすりつけようとした。――でも、兵藤さんや川島さんはなんで小百合の共犯になったのかしら?」

「そこは色仕掛け。身体を与えて、あることないこと、いろいろふきこんだり、おねだりしたり。美人の特権だな――報告は以上だ。さて、紅茶が飲みたくなった」

 寝台から半身を起こした佐伯は、私が家をでるときに準備しておいた水筒の紅茶を、コップとなる蓋に注いで美味しそうに飲んだ。

     ―了―

  //登場人物//

.

【主要登場人物】

佐伯祐(さえき・ゆう)佐伯祐(さえき・ゆう)……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。

三輪明菜(みわ・あきな)三輪明菜(みわ・あきな)……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。

●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。

●真田巡査部長……村の駐在。

.

【事件関係者】

●沖田茂……達磨像のような風貌をした禿げて肥った資産家。還暦。

●沖田優子……40歳だがみためは二十代にみえる美魔女。儚げで守りたくなるタイプ

●川島ハジメ……屋敷の若い奉公人。短気なようだ。

●村上栄作……沖田家の宿敵・村上家当主。

●増川明……沖田優子の元婚約者。

●兵藤武志……山王神社の隣に住む古武術家「兵藤流」道場主。50歳。

●信濃小百合……村の温泉街で働く温泉芸者。

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