You were my guiding light
国枝早希。
その名前を何度も何度も忘れようとしたけれど。
忘れられるはずはなくて。
だけど、君の隣にいるべきなのは僕じゃない。
そんなこと、何年も前から知っている。
僕は昔から自分の主張することが苦手で。
僕が意見することで、話がややこしくなってしまったり、誰かの意見が通らないぐらいなら、自分が我慢した方がマシだと思っていた。
彼女はというと僕とは全く逆で。
欲望に忠実な人間だった。
意見があればクラスのリーダー格には反論するし、それこそ関わりにくいような相手にも真っ向からぶつかっていく。
表情がくるくる変わって。
いつだって自由奔放で。
そんな彼女に憧れていた。
小学4年生の彼女が言った。
「これ、交換してあげる!」
文化祭の日に、スタンプラリーを回るとシールが貰えたのだ。
シールの内容はランダムで。
僕が貰ったのは、当時流行っていたゲームのキャラクターのシールだったのだけれど。
僕が欲しかったのは、動物のシール。
それを彼女が持っていた。
ただ羨ましいと思っていただけなのに。
彼女と当たったシールを見せあいっこした時、「僕もそっちが良かった」なんて言ってしまったんだ。
その言葉を聞いて、彼女は満面の笑みで交換をしてくれたんだ。
僕は1度、断ったんだけれど。
「私、そのゲーム好きだもん!だから、私はこっちがいいのー!それに、折角頑張ったんだから、欲しいもの貰った方がいいじゃん!」
なんて笑顔で言われて、交換することになった。
ただそれだけ。
ただそれだけのことなんだけれど。
僕にとっては大事件だったんだ。
多分、その時だ。
ただの憧れが恋へと変わったのは。
自分の気持ちを素直に表現出来ない僕だから。
彼女に本当の気持ちを言えないまま、歳を一つ一つ重ねていった。
2年前、成人式で彼女と再会した。
メイクをして綺麗な振り袖を身に纏った彼女はとても美しくて。
思わず見惚れてしまった。
大人になった彼女が本当に振り袖姿を見せたかった相手は、結局成人式に来なかった。
その時の彼女の残念そうな横顔を見るのは辛かった。
そして、今。
僕はその彼女の残念そうな顔を再び見ることになる。
原因は大体わかる。
芝山亮平だ。
彼と彼女は小学生時代から犬猿の仲で。
顔を合わせれば口喧嘩ばっかりだったんだけど。
何故か2人とも楽しそうだったんだ。
彼と彼女がお互い好き合っていることぐらい見ていればわかる。
彼は元々素直な方ではないが、彼女も恋に関してだけは素直になれないらしい。
多分、彼女の憂鬱な表情の原因は、芝山のメッセージだろう。
本当は、話しかけたかった。
何度もこの気持ちを消そうと思ったのに。
12歳の君が、こんなにも嬉しいことを書いてくれるから。
僕は、彼女に好きだと伝えたかったんだ。
だけど、今の彼女に伝えても迷惑なだけだろう。
彼女はとても率直な人だけど。
友達の気持ちを大事にする人だから。
余計に辛くさせるだけだ。
彼女と会話することもなく同窓会は終了した。
友人3人と共に夕食を食べに行くことになり、ヤボ用と言って何処かに出かけた友人を待っていたら、何故か芝山と途中まで一緒に帰ることになった。
その帰り道、後ろから彼女が突進してきた。
突進してきた理由は芝山とわかっていたけれど。
それでも、嬉しかった。
君と話すことが出来るのは。
彼と彼女の口喧嘩を聞いていて、わかったことがある。
2人にあってはいけないすれ違いがあること。
そして、2人ともお互いのことが好きなこと。
口喧嘩をしている時、それまでまるで戦にいくかのような顔をしていた彼女はとても楽しそうだった。
まあ、辛そうでもあったけれど。
そして、彼も楽しそうだった。
彼も辛そうだったが。
楽しそうに口喧嘩している様子は、幼い僕が何度もみた光景で。
僕に入る隙がないことを思い知る。
そして、僕はとある嘘をつく。
「じゃあさ、国枝のこと送ってあげなよ。最近、不審者でるらしいし」
この平和な街で不審者なんて聞いたことがないが、あり得ないこともない。
2人が一緒に帰るなら理由なんてなんでもいいのだ。
2人と別れてから、藤原正樹が僕に言った。
「慎之介、良かったのかよ」
「なにが?」
「お前、国枝のこと…」
「気づいてたんだ」
「俺たち何年来の親友だと思ってるんだよー!普通に気づくに決まってるだろ?」
そう言ったのはお調子者の品川啓太で。
「慎之介が珍しく嘘をつくから、俺たちも黙って2人っきりにしてやったけど。本当に良かったのか?」
優しく気遣ってくれるのは、中本祐介。
皆、気づいてたらしい。
そして、黙って見守ってくれていた。
「いいんだ。さっき、2人で話した時、もう充分だと思ったから」
「慎之介って本当欲がないよなー!芝山、国枝のことどうでも良さそうだし、奪っちゃえ!」
啓太らしい発言だ。
「芝山は、国枝のことどうでもいいって思ってないよ」
「え?」
僕の気持ちには気付いたのに、皆、不思議そうな顔をしてる。
「芝山からのメッセージが“挨拶してる”だった人、手を挙げてー」
僕がそういいながら手を挙げると、他の皆も手を挙げた。
「これが答えだよ」
皆、真相に気付いたのか、ニヤついている。
「でも、俺だったら芝山より慎之介を選ぶけどな。なんでもそつなくこなせるし、人当たりもいいし。大事にしてくれるだろうし」
正樹が真面目にそんなことを言うので、恥ずかしくなった。
「そうかもね。僕だったら、こんな回りくどいことをしないし。国枝を傷つけたりしない。だけど、国枝は…芝山といる方が輝いているよ」
そう言うと、3人はもう僕と彼女に関して触れなくなった。
「私さー大事なものにアイドルのプロマイド入れてたんだよねー。吉村くんは何入れた?」
帰り道、奇跡的に会話が出来た時、彼女は僕にそう聞いた。
「これ」
見せたのは、彼女に交換してもらった動物のシール。
「あっこれ、交換した奴だよね?懐かしいー」
覚えてくれていたことが嬉しくて。
「吉村くんって、自分よりも他人を優先しちゃうところ、あるもんね。こんなに大事にしてくれたなら、無理矢理交換して良かったー」
「無理矢理じゃなかったよ。嬉しかった」
「吉村くん、本当優しいよね。私、吉村くんにはなんて書いたか覚えてるよ。“みんなの意見を大事にするところ”じゃない?」
「よく覚えてるね」
国枝にとっては、大したことじゃないかもしれないけれど。
僕にとっては、本当に嬉しいことで。
「だって、私は自分の好きなように動いちゃうから。だから、吉村くんって凄いと思ったんだ。尊敬してたよ!」
「僕は国枝の自由奔放なところ、とても魅力的だと思うよ」
僕の言葉に照れながら笑う彼女がとても可愛くて。
君の思い出の中に僕がいるのなら。
もう充分だと思った。
僕に出来るのは、愛の告白ではなくて。
せめて彼女が幸せでいられるように祈ることしか出来ないから。
だから。
僕は嘘をついて、焦ったい2人の背中を押した。
後日、駅のホームで、手を繋ぐ2人をみた。
相変わらず口喧嘩をしているようだったが、2人とも幸せそうに笑っている。
君に好きになってもらえなかったけれど。
君が僕の気持ちに気づくこともないけれど。
薄暗い僕の人生に光を与えてくれたのは君です。
君が笑っていてくれるなら。
僕は幸せだ。