The meaning of blank sheet
それは一枚のハガキから始まった。
同窓会の知らせ。タイムカプセルの文字。
それを見た瞬間に私は、アレの存在を思い出した。
卒業記念にクラスメイト全員のいいところを書いて、それぞれ送ったメッセージ。
そして、それを全く見ないまま、タイムカプセルに入れたことも。
何が書かれているのか全く想像もつかない。
だけど。それよりも重要なことがある。
自分が何を書いたのか全く覚えていない。
覚えていないぐらいだから、どうせたわいないことなんだろうけれど。
変なことを書いてあったとしても、もう10年も前のことだから、笑い話に変えられるだろう。
だけど、ただ1人に関しては笑い話どころで済んでくれるかどうかわからない。
芝山亮平。私の初恋の人。
何を書いたのか、全く覚えていない。
勉強できるとかよく本を読んでいるとか、そんな感じだったら全然大丈夫なんだけれど。
私の勘がそんな生ぬるいものではないと言っている。
当時の私たちは、顔を合わせれば口喧嘩ばっかりで。向こうは私のことをどう思っていたかは分からないけれど。
私は大好きだった。
難しい本を読んでいて、人を少し小馬鹿にするような生意気なところも。
意地悪なのに、最後はいつも優しいところとか。
そんなぶっきらぼうなところが何故だか大丈夫で。
私以外の女子とはあまり話さないことにちょっとだけ優越感を感じちゃったり。
好きなのに、本人を目の前にすると、何故だか素直になれなくて、憎まれ口叩いちゃって。
でも、そんな時間も楽しくって。
思い出すのが少し恥ずかしいけれど、私にとっては甘酸っぱい思い出。
だけと、幼い私の恋心がクラスの皆に明るみになるとなると話は変わってくる。
最悪だ。行きたくない。
歯の浮くようなメッセージを晒し者にされてしまったら、私は死んでしまう。
だけど、親友の奈々が行くというので、覚悟を決めた。
私のいないところでネタにされる方が精神的ダメージは大きいし。
それに、奈々の想い人の杉崎くんとアイツは成人式に来なかった。他に来ていない人もいたけれど。
あの2人は小学生時代、仲が良かったから、来なかったのはわざとだろう。
杉崎くんは中学は私立へ行ってしまって。
私とアイツは同じ中学だったけれど、クラスが離れていたので、ほとんど会話することなく卒業を迎えた。それ以来、会ってない。
7年ぶりにアイツに会うのは楽しみなんだ。
そして、今日。アレが10年ぶりに目覚める。
本当は、少し期待してたんだ。
口喧嘩はよくしていたけれど、嫌われてはいないと思ってて。
アイツが書く私のいいところは、この先、私の宝物になるんじゃないかって。
夢見てた。
だけど。
アイツからのメッセージは白紙で。
私は嫌われていたんだろうか。
何が甘酸っぱい思い出だ。
向こうにとってはただの迷惑でしかなくて。
私は本当に馬鹿だ。
「初恋なんてちっとも甘くないわ」
思わずポツリと言ってしまったのだけれど。
「そうだね」
奈々も悲しそうな顔でそう言った。
2人ともなんだか他の子たちとはしゃぎあう気分にはなれなくて。
そうこうしてる内にお開きとなった。
奈々と2人で帰路につく。
私たちの前方にはアイツとその仲間たち。
何故か杉崎くんはいない。
アイツが後ろを振り向く気配なんて無いし。
より気分が滅入る。嫌がらせか。この野郎。
「朝田」
奈々が杉崎くんに呼び止められた。
私はこのままドロンした方が得策だろう。
よし、決めた。
うじうじしているのは私らしくない。
どんな恥ずかしい思いをしても聞いてやる。
白紙の意味を。
「じゃあ、私は先に帰るね〜」
思いっきりニヤニヤした顔を作り、前の集団に向けて駆け出して行く。
奈々。アンタも頑張るのよ。
私には言わなかったけれど、渡しそこねたんじゃなくて、渡せなかったんでしょ。
杉崎くんに。
私は当たって砕け散ってくるから。
アンタも体当たりしてみなさいよ。
多分、彼なら受けとめてくれるからさ。
大親友に心の中でそう語りかけながら、前の集団に突進していく。
「やっほー!帰るんだったら、入れてよ」
「あれ、国枝じゃん。朝田は?」
「悟と話してるんだろ?」
集団の中の1人に聞かれ、どう答えようか悩む間もなく、アイツが質問してくる。
「まあね」
「へー!カップル登場か!?」
アイツ以外の男子四人はそんな風に盛り上がる。
こうなるの嫌だったのに。
でも、変に誤魔化すよりマシか。
「ねえ、それより。皆、メッセージみた?」
「あーありきたりなことばっかりだよなー」
「確かに。当たり前のこと書いてあったりなー」
「挨拶してるとか?」
「そうそう」
アイツ以外の男子四人は勝手に盛り上がってくれる。この雰囲気なら聞けそうだ。
「中本くんは私が何書いてたか覚えてる?」
「んー、俺、女子からはかっこいいとか優しいとか書かれてた気がするから…多分そんな感じ」
「へー流石イケメンだね」
「そんなことないよ」
照れた笑顔も絵になる。
流石、クラス1のイケメンで成長した今も、好青年オーラがでている中本くんだ。
パーフェクト回答をありがとう。
よし、まずは私の書いたメッセージだ。
返り血は沢山浴びてやる。
「芝山は?私、なんて書いてあった?」
「あー、勉強できるとかそんな感じ。ちゃんと覚えてないけど」
「そう」
案外普通の回答で、一気に拍子抜けした。
私の勘というものはとても的外れだったようだ。
「俺、何書いてた?」
幸か不幸か、向こうから聞いてきてくれた。
「白紙だったわよ。どういうつもりなわけ!?」
喧嘩腰になってしまったけれど、何とか本題は切り出せた。
「覚えてないけど、時間なかったのかもな」
「なによ、それー!?」
「仕方ないだろ、書く時間少なかったんだから」
「2人とも、相変わらずだね」
何年ぶりかの口喧嘩に、さっきまでほぼ傍観していた吉村くんが笑う。
吉村くんの言葉に私たちは押し黙る。
あっさり明かされた真相にどうでもよくなって。
私は吉村くんと談笑し始めた。
真相なんて、そんなもんだ。
私なんて、元々から眼中になかったんだ。
本当、笑える。
初恋なんて、メッセージと一緒に永遠の眠りについておけば良かったのに。
「じゃ、僕たち、こっちだから。ご飯食べに行くんだけど、国枝もくる?」
吉村くんが私にそう言ってくる。
吉村くんも好青年になったなぁ。
前からいい子だったけど。
「お誘いありがとう。でも、帰るよ」
流石に密かに失恋した相手と夕食を共にする気にはなれない。
「残念だなぁ。久ぶりに皆に会えたのに」
中本くんは本当に心までイケメンだなぁ。
建前じゃなくて、純粋にそう言ってくるのが伝わる。
「芝山は?」
吉村くんが聞く。え、アイツは来ないの?
「俺も帰る。もしかしたら、悟と合流するかもしれないし」
「じゃあさ、国枝のこと送ってあげなよ。最近、不審者出るらしいし」
吉村くん!?そんなこと、私、聞いたことないんだけど!!どういうつもり!?
心は大パニックなのに、驚きで声も出ない。
当の吉村くんはニコニコしてる。
「ふーん。こいつなら大丈夫だと思うけど。ま、送る」
え?え?なんで?
どうしてこうなった?芝山、馬鹿なの?
「あのさ、別に送ってもらわなくて結構。アンタの言うとおり、私なら大丈夫よ。じゃーね!」
4人と別れてから少し経って、私はそう切り出した。
さっきから無言でちょっと気まずい。
「待てよ。元々送るつもりだったんだから、送る」
「は?なんで?」
「話したかったから」
「何を」
私の心はもうずっと大パニックで。
何を言おうとしても喧嘩腰になる。
「これ。お前からのメッセージ」
二つ折りされたものを開くとそこには。
“全部すき!!”
紙いっぱいに大きく書かれてあって。
しかも、間違いなく私の字。
「なにこれ!?さっき覚えてないって!」
最悪だ。私の勘、大的中!
嬉しくない的中だ。
「皆の前で見せてよかったのかよ」
「いいじゃん!どうせ、アンタは…時間がないから、私のメッセージを書かないくらいどうでも良かったんでしょ!?皆にみせて笑い話にすれば良かったじゃない!!」
「どうでもいいわけないだろ」
「はいー!?」
もー意味がわからない。
何を考えてるの?
「どうでもいい奴だったら、挨拶してるもか適当に書いてる。お前のいいところ、沢山ありすぎて、悩みすぎて時間足りなくって書けなかっただけだよ」
「…何よそれー」
「嘘はついてないぞ」
「…」
さっきから、夢みたいだ。
嬉しいことばっかり言われて。
涙が流れてくる。
「泣くなよ」
「泣いてない」
嬉し涙が悔しくって、そう言い返した。
「泣いてるって。悪かったよ。どれか1つでも書けばよかったな」
「本当だよ。嫌われてるのかと思った」
素直な彼はちょっと気味が悪い。
「嫌いだったら、毎日毎日口喧嘩なんてしてない」
不器用な彼の愛情表現だったことを、10年越しに知る。
「それってさ、私のことを好きってこと?」
「…知らね。涙止まったら帰るぞ」
それが、好きの裏返しってことを今の私は知っているけれど。
今までの仕返しをちょこっとだけさせてもらう。
「…また泣いちゃうかも」
「…」
長い沈黙。でも、苦痛じゃない。
「昔も今も…好きだよ」
今まで聞いたことのないか細く小さな声で彼は私にそう告げる。
みるみる内に彼の耳まで真っ赤に染まった。
なんて貴重なんだろう。
「へへへ。今の録音しとけばよかったなー」
彼に背を向け、歩き出す。
実は私も顔が真っ赤なんだけれど。
「…お前なー俺には言わせておいて。自分は逃げるのかよ」
「んー、今はそんなに好きじゃない」
彼に背を向けたまま私はそう言った。
「…そっか」
悲しそうな声で彼はそう言った。
振り返ると彼は地面を見つめていた。
ちょっと意地悪しすぎちゃったかな?
「なーんちゃって、嘘ぴょん」
「は?」
彼が顔をあげた瞬間に、私はこう言った。
「全部すき!!」
彼が笑う。私もその笑顔に応える。
私たちは、もう素直になれないような子どもではなくて。でも、相も変わらず不器用で。
そんな不器用でデコボコな2人だから。
なんだかんだで、上手くやっていけると思うんだ。