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Bitter and Sweet Memories


10年前、埋めたタイムカプセルが、今日、掘りおこされる。


ほとんどの人とは、2年前に成人式で会ったからか、小学生の頃からは想像できない風貌でも驚きは少ない。


なのに、皆、心なしかソワソワしていた。

その原因はおそらくタイムカプセルの中身だ。


当時、1番大事なものと一緒に、クラス全員が入れたものがある。


卒業するからという理由で、担任の先生がクラス全員一人一人にいいところをメッセージにして書きましょうと言った。


それを交換しあったのだが、メッセージを読み合う前に、クラスメイトのリーダー格の男の子が言ったのだ。


「これ、タイムカプセルにいれようぜ!!

中身は開けてからのお楽しみ!!」


卒業前にお互いのいいところを確かめ合って、クラスの絆を深め合うという、担任の先生の意向とは全く違うものだが、“開けてからのお楽しみ!”というのは小学生にとっては心が惹かれるもので、皆がその提案に賛成した。


そして、10年がたった今。

“開けてからのお楽しみ”がただただ怖い。


だって、自分が何を書いたのか全く覚えていないんだもの。自分が何を書いたか覚えていないのに、自分が何を書かれているかなんて、想像もつかない。


友人は当時好きだった子に対して、変なことを書いていないか、心配していた。


今となってはパンドラの箱のタイムカプセルに皆ソワソワしていた。


そして、タイムカプセルが今、自分の元に返ってきた。


“開けてからのお楽しみ”といった張本人は、無邪気にも小学校の空き教室を借りて、皆でタイムカプセル開けようぜと言い出した。

私の友人を含め、嫌そうな顔をした子達もいたが、こうなってしまえば1人で家でモヤモヤするより、皆で笑い話にしてしまった方がマシだと判断したのか、クラス全員が空き教室に移動していた。


いざ、開けてみると、中身はメッセージの入っている紙袋と向日葵がモチーフのストラップ。


これ…。


「なーに?ストラップ?」


友人が私の中身を覗き込む。


「うん。夏祭りの露店で貰ったやつ」


「あー、アイツに?奈々、喜んでたもんね」


「アハハ、早希は?」


少し恥ずかしくって、話題を逸らす。


「アイドルのプロマイド。どうしてこれが1番大事だったのか、わかんないわ。あーあ、奈々みたいに好きな子から貰ったプレゼントとかだったら良かったのにー!」


「しーっ!声大きいよ」


でないと、聞こえてしまう。


「皆、自分の中身に必死で聞こえてないって」


周りを見てみる。確かに。


私はある人をちらりと盗み見た。


キーホルダーをくれた男の子。

今はもう立派な男性だけれど。


確か、露店で妹のためにキーホルダーを買ったのだけれど、いらないと言われてしまって、これを私にくれたのだった。


当時、恋とも呼べないような小さな憧れを彼に抱いていた私にとっては、理由はどうであれ、とっても嬉しかったのを覚えている。


とはいえ、彼に知られるのは恥ずかしい。


彼はじっと自分の入れたものを見つめていた。


幸い彼がいた場所と私のいる場所が離れていたので、聞かれていないようで、ホッとした。


彼は何をタイムカプセルに入れたのだろう。

気にはなっていたけれど、話しかけることも出来ずにいたら、この“開けてからのお楽しみ”の言い出しっぺが「そろそろメッセージみようぜ!」と言い出した。


自分に宛てられたメッセージが入った紙袋を皆で開ける。


そこには“いつも笑顔”、“優しい”、“みんなと仲がいい”などそういう類いのことが書いてあった。


私自身も大体そんなことを書いているみたいで安心した。変なことは書いていなかったみたいだ。


一枚一枚、二つ折りにされた紙を開いていく。


ある一枚の紙を開いた時、私は心臓が止まってしまうかと思った。


彼に宛てるはずだったメッセージが自分のところにあるのだ。


しかも、その内容は…

“一緒にいると楽しくて、もっと一緒にいたかったです”


幼い私はとんだ爆弾を隠し持っていたようだ。

恥ずかしくって結局渡せなかったのだろう。


“もっと一緒にいたかった”

なんて、告白のつもりだろうか。

彼は中学受験組だったから。

中学から違う学校で、成人式にも来なかった彼とは、今日が初めての再会になる。


このメッセージは、家に帰ってから、そっと何処かにしまっておこう。それがいい。


今更、渡しても…困るもんね。


「奈々ー。どうしたの?急に固まって」


さっきまで自分へのメッセージに夢中だった早希が、私の異変に気付き聞いてくる。


「いや、渡しそこねたメッセージあったみたい」


彼へのとは言わないでおいた。


「まあ、皆、一気に配り歩いてたからねー。後で、渡せば?」


「そうだね。そうする」


早希にそう返事しながらも、内心では、渡してたまるものか。こんな恥ずかしいもの。なんて思っていた。


「で、で?愛しの彼からはなんて書いてあったのー?奈々のいいところ」


「ちょっとやめてよ。そんなんじゃないんだから。それに、まだ見てないよ」


早希に言われたからか、なんだか気になって、残りのメッセージを一枚一枚開いていったのだけれど、彼からのメッセージはなかった。


その代わり、名前のないメッセージが3つ。


“明るい”、“よく笑う”

“いつも楽しそうで、一緒にいるこっちも幸せになる”


流石に最後のメッセージではないだろう。

私は彼と話すのが楽しかったけれど、彼はいつもムスッとしていたし。


あのストラップをくれた時も。


「メッセージ、どれかわかんなかったよ。名前ないのが複数あって」


一応、隣にいる早希に報告した。


早希は一枚の紙を見つめている。


「どうしたの?」

「これ」


早希が中身を見せてくれる。

白紙だった。メッセージを書いた人の名前は、当時、早希が好きだった人のものだった。


「初恋なんて、ちっとも甘くないわ」


早希がポツリと呟いた。

確かにそうだ。

ちっとも甘くない。残るのは苦い記憶だけ。


結局、彼のメッセージはわからないまま、タイムカプセル掘り起こし会は、お開きとなった。


すっかり元気がなくなった早希と帰路につく。


「朝田」


彼の声がして、私は振り向いた。


「なに?」


「ちょっと話があるんだけど」


「じゃあ、私は先に帰るね〜」


早希はニヤニヤしながら、少し前にいる男性集団の方へ駆け出していく。

集団の中には早希の初恋の男の子。


早希、聞くのかな…白紙の意味を。


「ちょっと移動しないか?」


そんなことを考えていたら、彼が校庭の方を指差した。


遊具ばかりの校庭に似合わない木のベンチが今でもある。


そのベンチに私たちは腰掛けた。

微妙な距離を保ちながら。


話ってなんだろう。

早希の心配をしていたけれど、メッセージがないって言われた場合、どうすれば…


「何回か確認したんだけど、お前のメッセージないんだけど」


そりゃあその話題しかないよね。うん。


ごめん。本心は恥ずかしい。


私は咄嗟に嘘をついた。


「え、本当?誰かのところに紛れちゃったのかな?あはは」


自分から乾いた笑いがでる。

この大根役者っぷりをなんとかしたい。


彼は無言のまま地面を見つめてる。


「そういえば、私のところにも杉崎くんからのメッセージなかったよ?多分名前の書き忘れなんだろうけど、何人かいたからわからなくってー」


杉崎くんは無言のまま。

どうしよう。気まずい。

久しぶりの再会なのに。


これから、もう会えないかもしれないのに。


どうしよう。恥を偲んで謝ろうか。

持っていましたと告げてしまおうか。


そんな風に逡巡していると杉崎くんが口を開いた。


「“いつも楽しそうで、一緒にいるこっちも幸せになる”」


「え…」


なんでそのメッセージを知っているんだ…

誰にも見せていないのに。


「俺が書いたメッセージ。あっただろ。その名前なしのメッセージの中に」


「うん。あった。まさか杉崎くんだとは思わなかった」


「なんだよ。それ」


杉崎くんがムッとする。

その表情変わってない。


なんだか嬉しくて、私は笑ってしまった。


「ごめん。キャラじゃないなーと思って。杉崎くんは、タイムカプセルに何を入れたの?」


「ん」


ポケットの中から何かを取り出し、私に見せた。


杉崎くんの大きな手のひらの中にあるのは、ハムスターの形をした消しゴムだった。


「これって…私の…だった奴だよね?」


杉崎くんが頷く。

これ、杉崎くんが消しゴムを忘れた日に、私があげた消しゴムだ。

たまたま二つ持っていたから…


「俺さ、お前のこと、好きだった。それ、初めてお前がくれたものだから。あの頃の俺にとって、それが一番大事だった。そのメッセージも告白のつもりだったんだけど、急に恥ずかしくなって、名前、書けなかったんだよ。しかも、その場で読まれずにタイムカプセルに入っちまうし」


思いがけない告白に私の心臓はこれまでにないくらい、動いていた。


それに、“好きだった”と過去形で言われてショックを受けている私に、自分自身で驚いていた。


何を期待しているんだろうか。

私は。


「そう…なんだ」


この相槌が精一杯だ。

杉崎くんの顔を見ることが出来ない。


「ま、声をかけたのは、10年前に伝えたかったこと、言いたかっただけだから。じゃあな」


杉崎くんが立ち上がるのがわかる。


“じゃあな”なんて。

“言いたかっただけ”だなんて。


私はポケットの中からストラップを取り出した。


私だって。私だって。

言いたいことあるのに。


急に、早希の声が脳内に響いた。


“初恋なんて、ちっとも甘くないわ”


「待って!!」


何かに後押しされたように、私は彼の元に駆け出していく。


彼の元に辿り着いた私は、ストラップを差し出した。


「これ、覚えてる!?」


私が追いかけてきたことに驚いていた杉崎くんだけど、ストラップをみて更に驚いていた。


「露店で俺があげたストラップだよな…?」


「そうだよ!杉崎くんがくれたものが、あの頃の私にとって一番大事だった!!それに…」


もうこうなったら、全部ぶちまける。


こっそり誰の目にも触れないようにするつもりだった、メッセージをポケットの中から取り出し、彼の胸に押し付ける。


「ごめん!誰かのところに紛れてるなんて嘘。今も昔も、恥ずかしくて、渡せなかっただけ…でも、それが本当の気持ちだから!」


杉崎くんがメッセージを開く。


一瞬、驚いていたと思ったら、急に杉崎くんはしゃがみこんだ。


「え?杉崎くん?」


「…結構な時間を無駄にした…」


杉崎くんの呟きは、微かにしか聞こえなくて。


「ん?なに?」


「お前、本当に変わってないな…いつも明るくて、楽しそうで、ホワホワしてるくせに、いざとなると凄く頼もしくなるの。本当、変わってない」


杉崎くんがあの頃には見せなかった笑顔を私に向ける。


何故かそれだけで胸がいっぱいになる。


心の片隅にしまっておいた感情が、溢れ出していく。


「なあ、俺と此処から始めてくれませんか?」


「え?」


杉崎くんが立ち上がり、私に手を差し出した。


「好きだ。だから、俺と…一緒にいてください」


それは、10年前の私が欲しかった言葉。


“初恋なんて、ちっとも甘くないわ”


早希。本当にそうだね。

自分の気持ちを素直に伝えられなかった頃の記憶はとても苦い。


だけど、もう、私も彼も子どもじゃない。


自分の気持ちをちゃんと伝えられる。


苦い思い出を甘く甘くすることが出来るの。


「私も杉崎くんとこれからずっと一緒にいたいです」


彼の手に自分の手を重ねた。


10年間、眠っていた私たちの物語が、今動きだす。そして、私たちの甘い甘い物語は此処から始まるの。



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