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原因究明、及び愉快すぎる教師陣

 じゃ、と短い挨拶を告げ、手元の小さな機械のディスプレイをなぞって通話を切る。市販のスマートフォンを参考に作った卒業試験の教師用通信機器だが、案外に使いやすい。ちなみにマイクとスピーカーは別になっていて、耳に装着するようになっている。


 本体を胸ポケットに滑り込ませ、ミミは足早に進む。目指すは化学実験室の隣の空き教室だ。


 森に飛ばされた、というケースは過去に一度も無い。というかそんな可能性は0だと思われる。それでもミミがクノラの言葉を疑わなかったのは、無駄な嘘をつかないというクノラの性格をよく知っているからと、彼女の担当する能力不能生でもう一人、森にいると報告した生徒がいるからだ。


 “ここ、森っぽいんだけど……”


 その子も心底困惑した声でミミに報告してきた。その時は気のせいでしょ! と言って流したのだが。その後でクノラも森にいると言ったため、どうやらその子も気のせいではなかったらしい。


 これで、ミミが知るだけでも2人。もっといる可能性も否めない。


 耳の横の、そこだけ長い髪を指に絡ませる。これでも仕事は責任を持ってやるタイプなのだ。なのに初っ端からこれはないよね、とミミはため息をついた。




 空間移動装置の部屋を覗くと、2人の男が作業していた。


「ガードン先生、ディクター先生」


 呼びかけると彼らは揃って振り返った。


「あれ、ミミ先生。なんかあったんスか、さっき出てったばっかなのに」


 立ち上がって笑いかけたのは、ガードンという男。長身でそれなりに鍛えられた身体を持ち、肌は浅黒く焼けている。パッと見体育会系だが、彼は技術教師だ。普段は機械や工具の扱い方、魔法電気器具の使い方や作り方を教えている。この3台の空間移動装置の管理は彼に任されていた。


 ミミは部屋に入り、彼らの近くに寄った。


「今それ、片付けてるんですか」

「ああ、はい。まー簡単な作業なんですぐ終わりますよ」

「人に無理矢理手伝わせておいてよく言うな、ガードン」


 もう一人の男が、座ったまま作業を続けながらガードンへと言葉を吐いた。


「すねんなってディクター」

「呆れているだけだ。大体、なぜお前一人で片付けをしようとしない」


 文句を言いながらも装置をいじる手を止めない彼は、クノラの担任であるディクターだ。ディクターはすらりとした細身の青年で、黒縁眼鏡をかけている。ミミは常々、彼の本体はあの眼鏡なのではないかと思っていた。真面目で硬い性格は黒縁眼鏡の印象そのものだ。


 ディクターはじろりとガードンを見上げる。


「これは本来お前の仕事だろう」

「だってなぁ、一人でやる作業ほど寂しいものはないんだぜ?」

「その寂しさも含めてお前の仕事だと思うが」

「それはそうだけど、ほら、一人より二人の方が何事もはかどるし、な?」

「だったらもっとこういう作業を楽しみそうな人を誘え」

「相変わらずつれねぇな……」

「お前との会話に必要性を感じないだけだ」

「ひどい!」


 この二人は数年前までコンビを組んで魔物ハンターをやっていた。数年前に勇者の称号を与えられてからはレザルカ学園で教師として働いている。今のところ教師陣の中ではいちばん若い。見た目で言えばミミの方が若いのだが、彼女の正確な年齢はよく分からないので除外。


 その年齢不詳の女を置き去りに、青年たちの会話は本筋から大幅にずれながら突っ走っていく。


「ディクター、俺はたまにお前の言っていることが理解できない」

「奇遇だな、私もだ。だいたいなぜお前はいつもコーヒーに砂糖を入れない。あんなもの、苦すぎて私には飲めん」

「いやお前が入れる砂糖の量は常軌を逸してるって。あれはただの黒い砂糖水だろ」

「ちゃんとコーヒーの味はしているぞ」

「微妙に匂いが残ってるだけでコーヒーの味がするとは言わないと思うんだが」

「うるさいな…別にコーヒーを愛しているわけでもあるまいに」

「いや先にコーヒーの話出してきたのお前だからな?」


 完全に作業の手を止めて言い合うガードンとディクター。蚊帳の外のミミは声もかけられずに立ち尽くしていた。それにようやく気付いたディクターが嘆息する。


「ガードン。無意味な言い争いはやめよう。このままではミミ先生が蚊に刺されてしまう」

「は? 今の季節に蚊なんていないぞ?」

「比喩だ、馬鹿。…それで、ミミ先生はどうなさったんですか?」

「えっ!? あっ、えーと……」


 急に話を自分に向けられて、ミミはどこから説明するべきかと迷った。というかまずこの二人のやり取りの中に入れる気がしない。だが伺うような二対の視線を向けられ、ミミはとりあえず口を開く。


「えと、ちょっと確認したいことがあってですね……。片付け、一旦ストップしてもらえません?」

「? まぁ、別に……」


 ガードンが応じるのと、ディクターが立ち上がるのはほぼ同時。あっと声を上げ、ガードンはディクターの方を向いた。


「ディクター、コーヒーでも淹れ「お前が淹れろ」…はい」


 ガードンが窓際に置いてあるコーヒーメーカーに向かった。いつもは技術準備室にあったはずのそれを、どうやら今日だけこの教室に持ち込んだらしい。ディクターは、ガードンが3つ分のカップを用意している様子を満足げに見ている。ミミはディクターの印象を改めなければならないと密かに思った。


「さて、ミミ先生」ディクターがミミに視線をずらした。「何があったんです?」


 ミミは軽く俯いた。


「実は……」

「はい」

「クーちゃん含む生徒二人が、森に飛ばされたと報告してきて」

「「は?」」


 男二人の声が、綺麗に重なった。


「森? 森って、えーと、あの森ですよね?」戸惑ったような声を上げながら、ガードンが三人分のコーヒーを運んできた。


「多分その森ですよ」ミミは渡されたコーヒーを一口飲んで顔を顰める。苦すぎる。何をどうしたらこの濃さのコーヒーになるのか。


「森って……あれですか。フォレストですか」ディクターはガードンの淹れたコーヒーを最初からは飲まず、砂糖を大量に入れている。


「英語で言うとそうなりますね」ミミは、ディクターがコーヒーに入れた砂糖類を数えながら見ていたが、シロップが18個、スティック砂糖が6本になったあたりで数えるのを諦めた。


 ガードンとディクターが、自分好みになったコーヒーを一口飲む。


 そして、数秒の沈黙。


「「…って、はぁぁぁああああああああああああッ!!?」」

「まぁそうなりますよね」


 男たちの絶叫を、ミミは落ち着いて聞き流した。さて、このコーヒーはどうしよう。何かを入れて苦味を誤魔化そうにも、砂糖類はディクターが入れたので全部だった。いや、正確には全部ではない。コーヒーメーカーの横にはなぜかカル⚫︎ス的な乳酸菌飲料の原液がどっしりと鎮座していた。コーヒーに混ぜる気はまるでならないが。


 ミミが手元のコーヒーと乳酸菌飲料の原液を見比べているうちに、ガードンは空間移動装置の横のパソコンの電源を入れていた。


「ミミ先生、本当なんすかソレ」

「本当っぽいんです。あ、待って。とりあえず転送場所一覧を……」


 ミミは結局コーヒーに原液を入れた。飲むと普通に不味かった。


 苦味と甘味と酸味が内戦を起こしている液体を片手に、ミミはパソコンの画面を覗き込んだ。画面にはちょうど、試験のスタート地点となりうる場所が縦にずらりと並んでいる。生徒たちはここからコンピューターがランダムに選んだ場所へ転送されるようになっていた。地名の横には全てに「4」という数字が表示されているが、これはその場所に装置と対応する魔法陣が4つあるということを示している。


 ミミはシンプルな画面を睨みつけた。右上に、転送場所の総数が表示されている。


「転送場所、増えてない、ですね……」

「そう…っすね。でもそしたら、森みたいな場所に飛ぶなんてありえないっすよ。この装置の大元はこのパソコンだから、パソコンに設定されたところ以外転送出来ないんです」

「んー……。じゃあ例えば、誰かがこのリストから転送場所を一つ消して、新たに森を転送場所に加えたりとかは?」

「それだったらありえなくもないっすけど……。ハッキングとかそういうことになりますよね。魔法陣の設置とかで割と手間もかかるし。よほどじゃなきゃやらないのでは……」

「とりあえずこれ、しらみつぶしに見てみますか……」


 難しい顔をするガードンに、顔全体に「めんどくさい!」と書いたミミが提案する。


「あ、でも地名とか書き換えられてたら……」

「いや、それはないっす。表示されてる地名は人工衛星によるものなんで」

「うう、じゃあ確認しますか……。68ヶ所なんて多いよぅ……」

「まぁすぐに終わりますよ」

「68ヶ所?」


 不意に後ろから声が上がり、ミミとガードンは振り返った。空間移動装置に関しては完全に専門外であるディクターはそれまで黙って二人の会話を聞いていたのだが、聞こえた数字に首を傾げる。


「68ヶ所…ですか?」

「え? 違うんですか?」


 眉間にしわを寄せるディクターに、素っ頓狂な声を上げるミミ。ガードンが不思議そうに問う。


「ディクター、どうした急に。68ヶ所だろ、去年までもそうだったし」


「去年までは、な」ディクターは眼鏡を押し上げた。「エンロスティーゼのことを忘れたのか」


「「え? …………あ」」


 ミミとガードンは顔を見合わせた。


「「あーーーーーーーーーぁぁぁっっ!!!」」



 * * * *



「……で、それで、分かったんですか、原因」

『完全に私のミスでした。申し訳ございません』


 あれから約一時間後。森で一人ルールブックを読んでいたクノラは、イヤカフが伝える声にため息をつく。


 結局あんたのせいじゃないかと思いながら、おそらく今クノラに向けて土下座をしているであろうミミに、独り言のように呟いてみる。


「本当に、レザルカ学園の先生って、いい加減ですよね」

『……返す言葉もございません』


 クノラには、がっくりとうなだれるミミの姿が見えるようだった。

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